マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos

文字の大きさ
4 / 67
OL時代

少し前向きに

しおりを挟む
 朝は、久しぶりのバイクの長距離運転にもかかわらず、とても爽快に目が覚めた。

 食堂でてきぱきと動いている奥さんに、おはようございますと声をかけ、一人優雅にテーブルについた。雨も止んで、今日は秋の太陽が辺りをやわらかく照らしている。窓から見えるのは、ペンションのオーナーが作っているそれほど広くない畑とハーブガーデン。山々が遠くでかすんでいる。素朴な田舎の景色だ。

 運ばれてきたのは大き目のお皿で、スクラングルエッグと厚切りのベーコンとウィンナーが一本乗っていた。トーストしたパンと、ヨーグルト。そしてサラダにフルーツ。

「パンのおかわりもあるよ。ロールパンも自家製。」
「ありがとう。コーヒーはアメリカンでお願いします。」

 素敵なモーニングプレートにワクワクしながら、奥さんにコーヒーをオーダーして、まずウインナーをぱくっと一口。
 ・・んっ?・・皮は少しやわらかく焦げ目がついた所はパリッとして、かみしめると中からじゅわっと肉汁がお口の中で溢れた。何かの香りがするがマキノにはそれが何のハーブの香りなのかわからなかった。

「そのウィンナーどう?それも手作りよ。庭のタイムとローズマリーを入れてみたの。」
「あー。なるほど。その香りなんですね。おいしい・・ウィンナーまで手づくりするんですか。」
 マキノは、フォークに刺さった残り半分のウィンナーを見つめた。
「毎日作るわけじゃないわよ。気が向いた時だけ。」
「買って帰りたいな。」
「売り物はないわねぇ。でも、ご満足いただけてうれしいわ。」
奥さんがうれしそうに言った。

 マキノはこのペンションの居心地を確認するように、そのコーヒーには砂糖もミルクも入れずにゆっくりと味わった。

 朝食の後、出発の用意をして、山本モータースさんに電話でバイクのことを尋ねた。悪くなっていたのはバルブだけで、タイヤは無事とのこと。ポムドテールの奥さんにそこまでの道順を教えてもらった。
「ここからバス停まで3分歩いて、駅行きのバスに乗って、このバス停で降りる。そこからこの地図のとおり。5分ぐらいだと思うけど、わかる?」
「はい。大丈夫だと思います。」

 道順の説明を聞いていると、一泊して食事をしている間も一度も顔を見なかったポムドテールのオーナーらしきおじさんが、フロントの奥から少し心配そうにこちらを覗いていた。お料理はすべてあのご主人が作っておられるのだろう。

 マキノがバッグを背負って出発する時は、奥さんが手を振って見送ってくれた。


 山本モータースには、迷うことなく十時前に無事到着した。、
 マキノは、そろりとお店の中へと進み、パソコンを叩いている奥さんに声をかけた。
「おはようございます。昨夜は本当にありがとうございました。」
「いえいえ。どういたしまして。ちょっと待ってね。」
 奥さんはしばらくそのままパソコンを睨んでいたが、一段落ついたらしくこちらを向いた。
「お代金はおいくらでしょうか?」
「バルブが悪かっただけだから、その部品代とパンクの点検代で二千五百円。」
「えっと、出張していただいた分や、消費税は?」
「税込。出張費はいいわ。」
「えっ・・えっ・・」
「普通ならロードサービスに電話してタダのはずでしょ?」
 それはそうだけど。
 ちょうど工場にいたご主人がお店に入ってきた。
「若い子が変な気をつかわなくていいよ。」
「そうですか・・すみません。」
 お言葉に従って、言われた金額を支払うことにした。

「あ、じゃあええと。個人情報だとは思うんですけど、昨日のタツヒコさんていう方の連絡先教えていただけませんか?お礼がしたいんです。」
「それも、気をつかわなくていいと思う。彼の性格じゃ却って困惑するよ。」
「そうですか・・。」

 個人的なことをそれ以上たずねることもできず、お礼だけを言って出発した。
 自分にとっては、奇跡に近いぐらいありがたいことだったけれども、こんなことは彼らにとってはなんでもない事なのかもしれない。
 見知らぬ人の好意に手放しで甘えるなんて、戸惑ってしまうけれど。これはモータースのご主人が言うように変な気兼ねなんてしないほうがいい事のように思えてきた。

 マキノは、よみがえったVTR250にまたがり、昨日と同じ御芳山へリベンジに向かった。今度は山道は走らず、バイクをふもとの駐車場に停めておいて、ロープウェイに乗ることにした。そのほうが紅葉を堪能できそうだったからだ。
 ここは桜の名所としても有名だけれど、もみじの木もたくさんある。
 ロープウェイからは谷合の紅葉を縫うような遊歩道と色づいた山を見降ろすことができた。山はすっかり秋の色だ。若いカップルと少しお年を召したカップルが同乗していた。
 山上駅でロープウェイを降りると、観光地らしく軒を連ねるあちこちの店からいい匂いがしてくる。この街並みは、昨夜軽トラックのお兄さんと走った道のようだ。
 
 マキノは、手作りこんにゃくを箸に刺したものを一本買って、そばに置かれているベンチに座って食べた。 こっくり味のしみた歯ごたえの良いこんにゃくだ。
 お土産物屋さんには、かわらしくておしゃれな葛菓子が並んでいた。
 ぶらぶらとあちこちのお店を見分しながら歩く。観光客が茶店で食べていたお汁粉がおいしそうで、その『お汁粉の素』がお土産として売られていたので、実家と会社にお土産を買って帰ろうと思った。
 しばらく歩くと、徐々に勾配がきつくなってきて、にぎわっていた町を抜けだし、売店や茶店も減ってきた。
 ジグザグの山道を、まばらに歩くハイカーや観光客と共に、上へ上へと歩く。視界が広がり景色を見下ろせるようになってきた。標高が上がって来たのがわかる。だんだん息もあがってくる。自分を叱咤しつつ、休憩もせず歩いた。40分ほどでやっと展望台の看板が見えた。
 見晴らし台の上に立って、下界を見下ろす。さっきまで歩いてきた道と街並み大きなお寺の屋根まで山全体が見下ろせた。高い。広い。紅葉がきれい。空気もきれい。
 歩いて体がホコホコとしていた。ほてった頬に冷たい空気をいっぱい吸い込む。
 そして、ふぅぅとゆっくり息を吐いた。

 がんばろ。
 わたしはもっと、がんばれる。
 前向きに生きることを、がんばろう。
 そして、またここに来よう。
 今度は、桜の咲く時期に。

 今回、縁のあった人達と、また会えるといいな。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 旅行から帰ってしばらくしてから、マキノは葛菓子やお汁粉の素を持って実家に寄った。

「母さん、ただいまー。」
「おかえり。今日は何か外に食べに行く?」
「ううん。なんでもいいから作って。」

 母さんは、昼間はお弁当屋さんでパートをしている。父親は5年前に肝臓の病気で亡くなり、姉の万里子は嫁いでいたが、実家の一室を改造して美容室を開いていた。
 マキノは、外食の誘いを断ってゴロゴロとだらしなくころがってすごし、母さんの手料理の夕ご飯を食べた。
 カレイの煮つけと、ヒジキと、かぼちゃの煮物と、白菜のおひたしと、豆腐のみそ汁。それと、お漬物。純和風だ。
 マキノの一人暮らしはもう3年半になる。大学は通えば片道2時間。頑張れば自宅から通える距離だったが、3年生の時からバイトなどをしながら一人暮らしをしていた。
 自炊は苦にならなかったが、時折、母さんの作る料理がなつかしくなり、たまに食べに帰って来る。自宅にいる頃は和食に魅力など感じなかったのに、最近は自分でもこんなお惣菜も作るようになった。

 先に夕ご飯を食べていたら姉の万里子が仕事を終えて台所に入ってきた。さっそく食卓に並んでいるお漬物を一つ口に放り込んでポリポリとつまみ食いをした。
「マキノ、おかえり。」
「旦那さんのごはんは?」
「いいの。あの人自分でごはん作れるから。明日、着付けの予約が入ってて朝が早いし今日はもう帰らない。」
「いいねぇ、自由で。」
「結婚して自由なわけないじゃん。マキノこそ自由でしょ。」
「サラリーマンが自由なわけないじゃない。」
 万里子も、のっそりと座ってご飯を食べ始めた。
 今でこそえらそうにしているけれども、この姉は子どもの頃随分引っ込み思案の内弁慶だった。
 家族と一緒に出掛けても、思っていることをその場では言わなず、家に帰ってからつまらなかったと文句を言うのだ。
 いっしょに食事をしながら、万里子が肩こりがどうの腰痛がどうのと年よりくさい話をしているのに相槌をうっていたが、マキノもふと思い出して、耳鳴りのことを口にした。
「寝る前のちょっとの間だけだよ。すぐ寝ちゃうし、朝になったら忘れてて昼間は全然気が付かないんだけどね。気のせいかも。」
「病院に行った方がいいんじゃないの?」
 姉妹の会話をそれまではただ聞いていた母さんが気遣わしげな顔をした。万里子の肩こり腰痛には反応しなかったのに。
「ほんとに気のせいのような気がするから行かない。体調も悪くないし。」
「中耳炎じゃないの?」
「自律神経が弱ってるのかもよ。」
 母さんと万里子が口々に言いだした。

「いいよいいよ。もっとひどくなったら行くよ。」
 マキノは無理やり話を切り上げた。
 そして夕食を終えて片づけを手伝うと、その日のうちに、自分のハイツへと帰り、また普通の日々へと戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...