マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos

文字の大きさ
48 / 67
カフェをめぐる物語(1)

恵比寿神社

しおりを挟む

・・えっ。ちょっと・・。
・・さっきのお話し、もう終わり?・・ホントに終わり??

いや・・
いやちょっと待て。

いつの間にか話の方向が変わってしまった。このまま完結してしまうのか?
ここで流れてしまったらもう二度と求める岸へはたどりつけない気が・・

「あのっ、ちょっと待ってください。」
「えっ?」

「その、なんて言いましたっけ一番最初。そうだ、定休日・・お休みの日。」
「・・?」
「定休日は作らないかもしれないけど、オヤスミすることはできます。たぶん。お店はなんとか・・、イズミさんや、みんなにお願いして。土曜日か日曜日ですよね。」
今度は春樹さんが笑い出した。

「オレが余計なこと言ったからって深刻に受け止めなくたっていいよ。そんなに急に、悲壮な決意しなくても・・。お店をみんなに任せて、マキノちゃんもちょっと休憩すればって言っただけで・・とくに土日じゃなくたって、平日でも‥」
「違います。」
「?」

「平日じゃ、お出かけできませんよね?」
「えっ?」

春樹さんの目が・・丸くなった。・・・。
「だからさっきの、最初からやり直しを・・。お休みの日ってあるの?のところから。」

「マキノちゃんが、お休みの日をとる?」
「はい。あの、だから、おでかけできます。」

「・・あっ・・」

「わっ・・わっ・・わたしも・・、春樹さんのこと。」
私は・・何を言おうとしているのか・・・。

「知りたいなって、以前から思ってて・・・。」
言葉が転がり出たとたん、今度は自分の顔が赤くなったのがわかった。

「・・・いろいろお世話になったのに、ゆっくりお話しも出来てなくて。」
いや、違うそんな他人行儀な挨拶じゃなくて、
「ううん、そうじゃなくて・・。えっと・・えっと・・どこか、連れていってください私を。おいしいところに・・。」
「お・・おいしいところ・・・」

「う・・はぃ。」

「ぐふっ・・・ぷははっ」

「わ・・笑うところですか?」

「おいしいところ、っていうのが、マキノちゃんらしい。ぷぷぷっ・・。」


くうっ・・・
マキノは、意を決してぽつりぽつりと語りだした。
春樹が、誠実に伝えてくれたことに、私も応えなければ。

「わたし、今、春樹さんが言った通り、頭の中がこの店のことでいっぱいで。・・・次はどんな事したらいいのか、献立のこととか、もっとスタッフを増やすべきなのかとか、ちゃんと利益が上がるのか、もっと地域の食材活用できないかとか、よそのカフェに行って勉強したりしたいし・・・ほんとにほんとに、いっぱい考えることがあって・・」

マキノが話すことを今度は春樹が、うん、うん・・と聞いてくれる。

「でも、まだ何も始まっていない元旦に、春樹さんが来てくれたとき、・・私、ぱあっと嬉しくなったんですよ。」
ダメだぁ・・恥ずかしい・・。

「・・・今まで何度も助けてくれてたのに・・・それでっ・・わたし、なんて迂闊だったんだろうって・・・。」
「・・・。」

「春樹さんのこと,もっと知りたいなっ・・て思っ・・て・・。」
ダメだってば・・これ以上見つめられたら、倒れるぅ・・。
「うん・・・わかった。・・わかったよ。」

春樹さんは、穏やかな目で自分をまっすぐに見てる。
「おいしいところ、考えとく。」
「・・うん。」

「時間ができたら、連絡くれる?」
「・・うん。」

「おいしくて楽しいところ・・見つけておくから。」
「・・うん。」


春樹はマキノの頭を、小学生にするようにぽんぽんとして、そして帰っていった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇



春樹がやって来た翌日。
マキノは、和風ランチセットの候補メニューをイズミさんと考えていた。今朝は地元のお豆腐やさんが行商に来たので、そのお豆腐を使って、手作りヒロウスの試食を作るのだ。
ひじき、ゴボウ、ニンジンに味を煮含ませておいて、木綿豆腐を水切りして、山芋とゴマと片栗粉を少し入れて練ってまぜてまるめて油で揚げる。

いつもどおりにしているつもりなのに、イズミさんから「マキノちゃん、今日おかしいよ?どうしたの?」と聞かれた。
「いえいえなんでもございません。」
一応ごまかしてみるが、昨夜の春樹さんとの会話が、どうも、どうも頭の中でリフレインしているのは自分でも自覚していて、イズミさんいわく、「ため息ばかりついている。」らしい。ため息は無意識なんだけど。

春樹さんとイズミさんが身内だけに、照れくさくて言い出せないのだが、最後には心配事でもあるの?と真顔で問い詰められてとうとう一部始終を話すことになった。

すると、何故か大爆笑された。

「あなたたち、お互いつっこみどころ満載よ。」
「そうですか?どこがですか?」
「あえて、何も言わないよ。そのままでいいと思う。」

ひとしきり笑われた後で、春樹のことをいろいろと教えてくれた。

「春ちゃんはね、おおむね見た通りの人。明るくて元気で、優しくて一生懸命。子どもみたいでしょ。だから子どもにも人気があるんじゃないかな。」
「わかります。」
「でも、意外とつらい過去もあったのよ。」
「つらい過去・・ですか?」
「あれは、結婚して2年ぐらいだったかなぁ・・じゃあもう10年になるのかしら・・。春ちゃんはまだ大学生で、家を出て一人暮らししてたから私はあまり知らなかったんだけれど、つきあってる彼女がいたのですって。」
マキノは黙ってうなずいた。
「ひとつ年上の彼女だったんだけど、バイクに乗ってて事故で亡くなっちゃった。」
「え・・・」
「しばらくはすごく落ち込んでたようだけど。立ち直って教員採用試験も合格して、地元に帰って来たのよ。えらいなぁって思ってた。今の元気さを見ると想像もできないけど、気持ちの整理は簡単じゃなかっただろうなって思うよ。」
「・・・。そうだったんですか・・・。」


なんだか、デリケートな過去を本人の知らない間に聞いてしまったことを、申し訳なく思った。
・・できれば、その時春樹さんのそばにいられたらよかったのにな・・。
でも、春樹さんは一人でちゃんと立ち直って、今を生きてる。
強い人なんだ・・。


ぼーっとしていたら、またイズミさんから声がかかった。
「冬は蒸し物がいいと思わない?マキノちゃんどう思う?」
「あ・・うん。レンコンまんじゅうとか、カブラ蒸しなんかもよさげですね・・だけど手間がかかりすぎるかなぁ。茶わん蒸しもいいですね。・・ああ食べたくなっちゃったな・・明日やってみようかな。それに合う器はあったかなぁ。」
「ところで、このがんもうまくいかないね・・バラバラになっちゃう。」
「水切りが充分じゃなかったと思う。それもまた明日やり直してみます。」
「そもそも、がんもを買っちゃえばよくないかしら?お豆腐屋さんで買って煮ればいいのに。」
「いや、それとはまたモノが違うんです。揚げたてのあつあつを天つゆで食べるんですよね。花矢倉でやってるのを見たから。家庭で食べるお惣菜じゃなくてちゃんとした一品になるんです。」
「ふうん。じゃあ・・、ランチメニュー他には何を考えてるの?」

「冷凍できるカツオのタタキとか常備しておいて、レタスと玉ねぎの上にのせて薬味で飾ってサラダ風にするとか。」
「それはいいね。」
「ああ・・あったかいおそばも食べたいな・・うちじゃ無理かな。」
「おそばねぇ・・」
「ブリ大根、だし巻、煮しめ、酢の物・・・何がいいかなぁ。」
「マキノちゃん・・・食べることはホント意欲的だね。」
「食べることは正義です。」
「それいつか全部、春ちゃんに食べさせてもらえる?」
「ぶっ・・・・」
イズミさんがくっくっと笑った。
「からかわないでくださいっ・・・」


「あっそうだ、もうすぐ建国記念日の休日だけど、お店は営業よね?」
急に話題が変わってちょっと面食らう
「何があるんですか?」
と逆質問。
「毎年、えびす神社のお祭りがあるの。子ども達が行きたいっていうからどうしようかなと思って。」
「神社のお祭り?」
「そう。街中の小さい神社なんだけどね。そこを中心に屋台とか出店が出てるだけだけど、昔は瀬戸物やら植木やら珍しいものを売る市が立って賑やかだったみたい。駅前通りが中心だから、商店街の人たちが力を入れてるの。だから我々もまぁ、賑わいにね。」
「市場ですか?」
「ううん。それは昔のことで、今はタコ焼きとか、からあげとか、綿菓子とか、縁日で出てるみたいなものばかり。商店街の人たちが、無料でお餅つきしてるし、くじ引きがあるから、子ども達はそれがお目当てなのよ。クラスのお友達と約束したりね。」
「縁日かぁ・・いいな・・。」
屋台も縁日も、随分行ってない。ちょっと見に行ってみたい。でも、そんなことぐらいでお店を閉めるのはちょっとなぁ。
「替わりばんこに見に行ってはどうかな?マキノちゃんが子ども達を連れて行ってくれれば、さっと見て回って子ども達放置して帰って来て、私と交替してくれればいいよ。」
「いいですか?交替してる間、子ども達大丈夫かな。」
「あの子達、勝手がわかってるから、敏ちゃんや仁美ちゃんもいるかもしれないし、PTAの役員さんや先生たち・・あ、春ちゃんも見回りしてると思うから、別行動でも大丈夫。」
「ぶっ・・。」
「いちいち反応しなくてもいいからね。ふふっ。」
「イズミさぁん・・。」
「じゃあ、それでいきましょ。ふふふっ。」



神社のお祭りの日の朝は、普通にお店を開けてイズミさんの家族が来るのを待った。
2月の寒空だけど、天気だけはよかった。お昼前に子ども達を連れて駅前通りへと向かい、国道下の川べりの駐車場に車を停める。坂道を上がると、通りは今まで見たことがないくらいの人だかりになっていた。こんなににぎやかな街の様子のは初めてだ。
敏ちゃんと仁美さんとも、えびす神社の前でばったり出会って、そこまでいっしょだったイズミさんの子ども達をお願いして、自分は足早に見て回った。
酒蔵の見学をして、酒粕を買った。和ランチに粕汁もいいな・・。この辺りには造り酒屋が3軒もある。水がおいしいのかもしれない。今度飲み比べしてみようかな。山本モータースさんから推薦されてるお酒もある。
空き地でフリーマーケットなどを出している人もいた。しばらく歩いて、大判焼きを買っていると、後ろから春樹さんから声をかけられた。
「や。マキノちゃん。」
「あ、こんにちは。」
顔が熱くなったのが自分でもわかった。
お休みの日の返事ができていない。でも、まわりに子ども達がいて、春樹さんにまとわりついていたので、それ以上の会話はできなかった。
「お嬢ちゃん、800円ね。」
大判焼のおじさんから声がかかった。
「あっはい。」
代金を払ってから振り返ると、人の波の向こうに、背の高い春樹さんが駅の方へ歩いていくのが見えた。
・・いつ・・お休みもらおう・・。
マキノは、ほこほこと温かい大判焼きの箱を抱えて、イズミさんと交替するために早々に引き上げた。 



店に戻ってくると、元会社の同僚たちがちょうど来てくれたところだった。
サクラが抱きついてきた。
「会いたかったよー、マキノ。よくがんばったねー。」
同僚たちは口々に、よくやったね。すごいね。と感心してくれて、お祝いに大きな花束とご祝儀をくれた。
それぞれにランチを注文して、コーヒーやドリンク類を注文してくれる。
糸原女史が、あちらこちらをスマートフォンで撮って、話しかけてきた。
「これ、ブログやSNSに乗せてもいいかしら?」
「どうぞどうぞ~。どんどん宣伝してくださいまし!」
実のところ、糸原女史の仕事以外での姿を見たことがなかったので、ブログやSNSと言う単語が出てくることすら想像できなかった。
「いいところねぇ。景色もいいし。」
「何もないけど、それがいいのかも。」
「お水がおいしいね。」

同僚たちは、それぞれにマキノのお店のことを誉めてくれたり、励ましてくれたり、今後の発展と繁栄を祈念して帰って行った。
不思議な事だけれど、一緒にいる時にはわからなかった連帯感が芽生えていた。自分も彼らと同じ場所で同じ仕事をしていたんだ。離れてから・・仲間だったんだと分かることもあるんだ。

同僚たちがプレゼントしてくれた花束は大きくて、それをを活けられるような大きな花瓶を持っていなかった。マキノは、会社にいるときに、あまり心を開いていなかったかもしれない・・と反省しながら、一旦、花束をバケツに浸けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...