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カフェをめぐる物語(1)
恵比寿神社
しおりを挟む・・えっ。ちょっと・・。
・・さっきのお話し、もう終わり?・・ホントに終わり??
いや・・
いやちょっと待て。
いつの間にか話の方向が変わってしまった。このまま完結してしまうのか?
ここで流れてしまったらもう二度と求める岸へはたどりつけない気が・・
「あのっ、ちょっと待ってください。」
「えっ?」
「その、なんて言いましたっけ一番最初。そうだ、定休日・・お休みの日。」
「・・?」
「定休日は作らないかもしれないけど、オヤスミすることはできます。たぶん。お店はなんとか・・、イズミさんや、みんなにお願いして。土曜日か日曜日ですよね。」
今度は春樹さんが笑い出した。
「オレが余計なこと言ったからって深刻に受け止めなくたっていいよ。そんなに急に、悲壮な決意しなくても・・。お店をみんなに任せて、マキノちゃんもちょっと休憩すればって言っただけで・・とくに土日じゃなくたって、平日でも‥」
「違います。」
「?」
「平日じゃ、お出かけできませんよね?」
「えっ?」
春樹さんの目が・・丸くなった。・・・。
「だからさっきの、最初からやり直しを・・。お休みの日ってあるの?のところから。」
「マキノちゃんが、お休みの日をとる?」
「はい。あの、だから、おでかけできます。」
「・・あっ・・」
「わっ・・わっ・・わたしも・・、春樹さんのこと。」
私は・・何を言おうとしているのか・・・。
「知りたいなって、以前から思ってて・・・。」
言葉が転がり出たとたん、今度は自分の顔が赤くなったのがわかった。
「・・・いろいろお世話になったのに、ゆっくりお話しも出来てなくて。」
いや、違うそんな他人行儀な挨拶じゃなくて、
「ううん、そうじゃなくて・・。えっと・・えっと・・どこか、連れていってください私を。おいしいところに・・。」
「お・・おいしいところ・・・」
「う・・はぃ。」
「ぐふっ・・・ぷははっ」
「わ・・笑うところですか?」
「おいしいところ、っていうのが、マキノちゃんらしい。ぷぷぷっ・・。」
くうっ・・・
マキノは、意を決してぽつりぽつりと語りだした。
春樹が、誠実に伝えてくれたことに、私も応えなければ。
「わたし、今、春樹さんが言った通り、頭の中がこの店のことでいっぱいで。・・・次はどんな事したらいいのか、献立のこととか、もっとスタッフを増やすべきなのかとか、ちゃんと利益が上がるのか、もっと地域の食材活用できないかとか、よそのカフェに行って勉強したりしたいし・・・ほんとにほんとに、いっぱい考えることがあって・・」
マキノが話すことを今度は春樹が、うん、うん・・と聞いてくれる。
「でも、まだ何も始まっていない元旦に、春樹さんが来てくれたとき、・・私、ぱあっと嬉しくなったんですよ。」
ダメだぁ・・恥ずかしい・・。
「・・・今まで何度も助けてくれてたのに・・・それでっ・・わたし、なんて迂闊だったんだろうって・・・。」
「・・・。」
「春樹さんのこと,もっと知りたいなっ・・て思っ・・て・・。」
ダメだってば・・これ以上見つめられたら、倒れるぅ・・。
「うん・・・わかった。・・わかったよ。」
春樹さんは、穏やかな目で自分をまっすぐに見てる。
「おいしいところ、考えとく。」
「・・うん。」
「時間ができたら、連絡くれる?」
「・・うん。」
「おいしくて楽しいところ・・見つけておくから。」
「・・うん。」
春樹はマキノの頭を、小学生にするようにぽんぽんとして、そして帰っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
春樹がやって来た翌日。
マキノは、和風ランチセットの候補メニューをイズミさんと考えていた。今朝は地元のお豆腐やさんが行商に来たので、そのお豆腐を使って、手作りヒロウスの試食を作るのだ。
ひじき、ゴボウ、ニンジンに味を煮含ませておいて、木綿豆腐を水切りして、山芋とゴマと片栗粉を少し入れて練ってまぜてまるめて油で揚げる。
いつもどおりにしているつもりなのに、イズミさんから「マキノちゃん、今日おかしいよ?どうしたの?」と聞かれた。
「いえいえなんでもございません。」
一応ごまかしてみるが、昨夜の春樹さんとの会話が、どうも、どうも頭の中でリフレインしているのは自分でも自覚していて、イズミさんいわく、「ため息ばかりついている。」らしい。ため息は無意識なんだけど。
春樹さんとイズミさんが身内だけに、照れくさくて言い出せないのだが、最後には心配事でもあるの?と真顔で問い詰められてとうとう一部始終を話すことになった。
すると、何故か大爆笑された。
「あなたたち、お互いつっこみどころ満載よ。」
「そうですか?どこがですか?」
「あえて、何も言わないよ。そのままでいいと思う。」
ひとしきり笑われた後で、春樹のことをいろいろと教えてくれた。
「春ちゃんはね、おおむね見た通りの人。明るくて元気で、優しくて一生懸命。子どもみたいでしょ。だから子どもにも人気があるんじゃないかな。」
「わかります。」
「でも、意外とつらい過去もあったのよ。」
「つらい過去・・ですか?」
「あれは、結婚して2年ぐらいだったかなぁ・・じゃあもう10年になるのかしら・・。春ちゃんはまだ大学生で、家を出て一人暮らししてたから私はあまり知らなかったんだけれど、つきあってる彼女がいたのですって。」
マキノは黙ってうなずいた。
「ひとつ年上の彼女だったんだけど、バイクに乗ってて事故で亡くなっちゃった。」
「え・・・」
「しばらくはすごく落ち込んでたようだけど。立ち直って教員採用試験も合格して、地元に帰って来たのよ。えらいなぁって思ってた。今の元気さを見ると想像もできないけど、気持ちの整理は簡単じゃなかっただろうなって思うよ。」
「・・・。そうだったんですか・・・。」
なんだか、デリケートな過去を本人の知らない間に聞いてしまったことを、申し訳なく思った。
・・できれば、その時春樹さんのそばにいられたらよかったのにな・・。
でも、春樹さんは一人でちゃんと立ち直って、今を生きてる。
強い人なんだ・・。
ぼーっとしていたら、またイズミさんから声がかかった。
「冬は蒸し物がいいと思わない?マキノちゃんどう思う?」
「あ・・うん。レンコンまんじゅうとか、カブラ蒸しなんかもよさげですね・・だけど手間がかかりすぎるかなぁ。茶わん蒸しもいいですね。・・ああ食べたくなっちゃったな・・明日やってみようかな。それに合う器はあったかなぁ。」
「ところで、このがんもうまくいかないね・・バラバラになっちゃう。」
「水切りが充分じゃなかったと思う。それもまた明日やり直してみます。」
「そもそも、がんもを買っちゃえばよくないかしら?お豆腐屋さんで買って煮ればいいのに。」
「いや、それとはまたモノが違うんです。揚げたてのあつあつを天つゆで食べるんですよね。花矢倉でやってるのを見たから。家庭で食べるお惣菜じゃなくてちゃんとした一品になるんです。」
「ふうん。じゃあ・・、ランチメニュー他には何を考えてるの?」
「冷凍できるカツオのタタキとか常備しておいて、レタスと玉ねぎの上にのせて薬味で飾ってサラダ風にするとか。」
「それはいいね。」
「ああ・・あったかいおそばも食べたいな・・うちじゃ無理かな。」
「おそばねぇ・・」
「ブリ大根、だし巻、煮しめ、酢の物・・・何がいいかなぁ。」
「マキノちゃん・・・食べることはホント意欲的だね。」
「食べることは正義です。」
「それいつか全部、春ちゃんに食べさせてもらえる?」
「ぶっ・・・・」
イズミさんがくっくっと笑った。
「からかわないでくださいっ・・・」
「あっそうだ、もうすぐ建国記念日の休日だけど、お店は営業よね?」
急に話題が変わってちょっと面食らう
「何があるんですか?」
と逆質問。
「毎年、えびす神社のお祭りがあるの。子ども達が行きたいっていうからどうしようかなと思って。」
「神社のお祭り?」
「そう。街中の小さい神社なんだけどね。そこを中心に屋台とか出店が出てるだけだけど、昔は瀬戸物やら植木やら珍しいものを売る市が立って賑やかだったみたい。駅前通りが中心だから、商店街の人たちが力を入れてるの。だから我々もまぁ、賑わいにね。」
「市場ですか?」
「ううん。それは昔のことで、今はタコ焼きとか、からあげとか、綿菓子とか、縁日で出てるみたいなものばかり。商店街の人たちが、無料でお餅つきしてるし、くじ引きがあるから、子ども達はそれがお目当てなのよ。クラスのお友達と約束したりね。」
「縁日かぁ・・いいな・・。」
屋台も縁日も、随分行ってない。ちょっと見に行ってみたい。でも、そんなことぐらいでお店を閉めるのはちょっとなぁ。
「替わりばんこに見に行ってはどうかな?マキノちゃんが子ども達を連れて行ってくれれば、さっと見て回って子ども達放置して帰って来て、私と交替してくれればいいよ。」
「いいですか?交替してる間、子ども達大丈夫かな。」
「あの子達、勝手がわかってるから、敏ちゃんや仁美ちゃんもいるかもしれないし、PTAの役員さんや先生たち・・あ、春ちゃんも見回りしてると思うから、別行動でも大丈夫。」
「ぶっ・・。」
「いちいち反応しなくてもいいからね。ふふっ。」
「イズミさぁん・・。」
「じゃあ、それでいきましょ。ふふふっ。」
神社のお祭りの日の朝は、普通にお店を開けてイズミさんの家族が来るのを待った。
2月の寒空だけど、天気だけはよかった。お昼前に子ども達を連れて駅前通りへと向かい、国道下の川べりの駐車場に車を停める。坂道を上がると、通りは今まで見たことがないくらいの人だかりになっていた。こんなににぎやかな街の様子のは初めてだ。
敏ちゃんと仁美さんとも、えびす神社の前でばったり出会って、そこまでいっしょだったイズミさんの子ども達をお願いして、自分は足早に見て回った。
酒蔵の見学をして、酒粕を買った。和ランチに粕汁もいいな・・。この辺りには造り酒屋が3軒もある。水がおいしいのかもしれない。今度飲み比べしてみようかな。山本モータースさんから推薦されてるお酒もある。
空き地でフリーマーケットなどを出している人もいた。しばらく歩いて、大判焼きを買っていると、後ろから春樹さんから声をかけられた。
「や。マキノちゃん。」
「あ、こんにちは。」
顔が熱くなったのが自分でもわかった。
お休みの日の返事ができていない。でも、まわりに子ども達がいて、春樹さんにまとわりついていたので、それ以上の会話はできなかった。
「お嬢ちゃん、800円ね。」
大判焼のおじさんから声がかかった。
「あっはい。」
代金を払ってから振り返ると、人の波の向こうに、背の高い春樹さんが駅の方へ歩いていくのが見えた。
・・いつ・・お休みもらおう・・。
マキノは、ほこほこと温かい大判焼きの箱を抱えて、イズミさんと交替するために早々に引き上げた。
店に戻ってくると、元会社の同僚たちがちょうど来てくれたところだった。
サクラが抱きついてきた。
「会いたかったよー、マキノ。よくがんばったねー。」
同僚たちは口々に、よくやったね。すごいね。と感心してくれて、お祝いに大きな花束とご祝儀をくれた。
それぞれにランチを注文して、コーヒーやドリンク類を注文してくれる。
糸原女史が、あちらこちらをスマートフォンで撮って、話しかけてきた。
「これ、ブログやSNSに乗せてもいいかしら?」
「どうぞどうぞ~。どんどん宣伝してくださいまし!」
実のところ、糸原女史の仕事以外での姿を見たことがなかったので、ブログやSNSと言う単語が出てくることすら想像できなかった。
「いいところねぇ。景色もいいし。」
「何もないけど、それがいいのかも。」
「お水がおいしいね。」
同僚たちは、それぞれにマキノのお店のことを誉めてくれたり、励ましてくれたり、今後の発展と繁栄を祈念して帰って行った。
不思議な事だけれど、一緒にいる時にはわからなかった連帯感が芽生えていた。自分も彼らと同じ場所で同じ仕事をしていたんだ。離れてから・・仲間だったんだと分かることもあるんだ。
同僚たちがプレゼントしてくれた花束は大きくて、それをを活けられるような大きな花瓶を持っていなかった。マキノは、会社にいるときに、あまり心を開いていなかったかもしれない・・と反省しながら、一旦、花束をバケツに浸けた。
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