君が死んだあの春で、何度でも

くす

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この色褪せた世界で

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チャイムが鳴る直前、教室の窓がかすかに震えた。
雨は降っていない。それなのに、ほんの一瞬だけ—— 雨の匂いがした。

ユウは机の端を握りしめた。
“あの日”とまったく同じ匂い。
胸の奥が、冷たい手で撫でられるようにざわつく。

隣ではソラが何気なくノートを開いていた。
一年前そのままの姿。
笑い方も、髪の揺れ方も、声の抑揚も……
全部“未来のソラ”と繋がってしまう。

——本当に時間は戻ったのか?
——いや、それだけじゃない。

ユウの中で、一つだけ引っかかっていることがあった。

(ソラ……なんでさっき、
 私がまだ言ってないことを分かったみたいに笑ったんだ?)

意識した瞬間、黒板がぼやける。
視界の端で、ソラがユウの方へ小さく首をかしげた。

「ユウ、今日……少し変だよ?」

「え、あ……いや。なんでもない。」

ソラは柔らかく笑った。
けれどその笑みの奥に——
“知ってる人だけが浮かべる、安堵の影” があった。

(まるで……
 私がこうなることを“知っていた”みたいに。)

その瞬間、背中を冷たい汗が伝った。



休み時間。
ソラはふと窓際へ歩き、外を眺めた。
雲の切れ間から光が差しているだけの、普通の風景。

なのにソラは、なぜか目を細めて呟いた。

「……ここ、『もっと雨が強かった』んだよね。」

ユウは言葉を失った。

“もっと強かった”という言い方。
今を見ているのではなく、
まるで——

未来の雨を知っているような言い方だった。

「え? どういう意味?」

「あ、、ううん、忘れて。」
ソラはすぐに笑顔に戻り、誤魔化した。
けれどその笑みは、わずかに震えていた。

ユウの心臓がどくりと鳴る。

(ソラ……やっぱり何か知ってる。
 戻ったのは私だけじゃなく……もしかして——)

考えかけたところで、ソラが軽い声を出した。

「あ、そうだユウ。今日の放課後、時間ある?」

「なんで?」

「ううん。ちょっと、話したいことがあって。」

ソラはズボンのポケットに手をそっと添えた。
そこに何か、小さなものを触れて確認するように——
まるで大切な秘密を隠す人の仕草。

ユウは気づかなかった。
そのポケットに入っているものが、
彼自身の“日記の切れ端” だということを。

ソラは視線を落とし、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。

「(……やっと、会えた。)」

その目は、
一年前の彼のものではなかった。
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