さよなら、大切な人

夢月 愁

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さよなら、大切な人

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 「さよなら、私の誠、あなたに会えてよかった」

 …最愛の女、高坂忍は俺、神堂誠にそう言って病院のベッドでこの世を去った。

 滅多にかからない奇病らしく、その死に顔は、安らかなものだった。

 「…普段の行い悪いから、地獄に落ちるわね。私」

 生前、忍は自分でそう言っていた。

 俺は、それに対してこう答えたものだ。

 「君が地獄に落ちるなら、いずれ地獄で再会しよう」

 …そうは言ったのだが、俺は忍の後追い自殺はしなかった。

 忍はそれを望まないだろうから。

 日常に戻る俺は、なんと薄情なのだろう。

 そう思っていると、ある日の仕事帰りに、突如赤い炎に包まれる。

 「なんだ…これは」

 痛くも熱くもない、不思議な炎だった。

 そして、それが晴れると、辺りは一面の砂漠になっていた。

                  ★

 その砂漠にはホラーの映画に出てくるような亡者がところどころでふらつき、俺を見ると襲ってきた。

 「くそっ!化け物め!」

 俺は、武道の心得があったので、拳で、蹴りで亡者を倒していった。

 しかし、亡者の襲撃は次々と切りがなかった。

 「くっ、ここまでか…」

 俺が亡者にやられるのを覚悟すると、銃声とともに目の前の亡者が倒れ、若い女性の姿が映る。それは…死んだはずの高坂忍そのものだった。

 「やっほー。誠、元気してた?」

 「その声、その姿、忍なのか?」

 「ご名答ー。とりあえずここを突破するわよ。ついてきて」

 ハンドガンで亡者を手慣れた腕前で撃ち倒す忍の後をついて行き、やがて大きな古びた街に着く。

 そこはバリケードで封鎖されていて、忍が手を振るとその一部が開けられて、俺と忍は街に入る事に成功した。

                  ★

 街の風化しかけの建物内で、俺は忍にここの事を尋ねた。

 …全く訳の分からない状況だが、忍は平然としたものだ。

 「あなたとは、一緒に地獄で会おうと誓った仲。それが通じたんじゃない?」

 「じゃあ、君は俺をここに呼んだのか?」

 俺の声には、多少の非難の響きがあった。

 …この状況では無理もないだろう。

 「分からないけど、誠がここに来たって事はそうじゃないの?私の普段の行いがいいから、閻魔様があなたを呼んで来てくれたのよ」

 この状況で冗談を言えるのには、俺は素直に凄いと思った。なので俺も便乗した。

 「じゃあ、ついでにもう一つの約束も履行してもらおうか。地獄では、仲良く釜湯で混浴する予定だったよな?」

 忍はボン、と顔を真っ赤に染める。これが分かる辺り、コイツは本物の高坂忍で間違いないだろう。

 「やだー、誠のエッチ。そのためだけにこんなところまで追ってきたの?」

 「違うわ!」

 俺は反射的に突っ込みを入れる。そこに新たな声が横から入る。

 「漫才はそのあたりでいいかな?ここの事で二人に話がある」

 …それは、ここのリーダーの黒髪の若い女、レイラのものだった。

                     ★

 「ここは地獄の一丁目だ。亡者にやられれば亡者になる。しかし、北の果てに行ければ、脱出できるとも、ここの先達のメモにあった」

 レイラは続けてこうも言う。

 「どうせここで待っていても、いずれやられて亡者になるだけだ。なら、一緒に北の果てを目指さないか?」

 「いいだろう」

 俺は即答したが、そのついでに条件も付ける。

 「ただ、全滅して、俺も亡者になると悔いが残る。忍と一緒に、先に風呂で混浴させてくれ」

 「誠、それ…この状況下で不謹慎よ」

 忍が咎めるが、女リーダーのレイラは軽く笑う。

 「いいだろう。未練が残っても良くないしな。準備するから、きっちり命の洗濯をするんだよ」

                     ★

 「まさか、本当に地獄で混浴するとはね…」

 忍が、旅館奥の露天風呂で、肩まで湯に浸かって、顔を上気させて言う。こういうところは可愛い女だ。

 「君も同意したことだろう。それとも、俺と一緒じゃ不満かな?」

 「冗談。本望よ。地獄で一緒にお風呂なんて、私達、赤い糸でつながっているわね」

 「…俺は、赤い炎に包まれたけどな…」

 
 こうして、俺と忍は、露天での混浴を堪能し終えると、ここでの軽い食事の栄養バーを分けてもらい、かじる。

 …こういうところでも、こういうものはあるらしい。

 「ついでだから、今日は添い寝しちゃう?私の部屋で」

 忍の言に、俺は従うことにした。

 「そうだな。毒を食らわば皿までだ」

 「だれが毒よ!」

 そういうやりとりをしつつも、忍のベッドでこの日は一緒に休んだ。

 …本当に添い寝しただけだったが、それは温かく心地よかった…。

                   ★

 「よし、出発だ!」

 次の日、リーダーのレイラの号令とともに、北の果てへの地獄のドライブが始まった。

 俺は銃等を使ったことはないが、レイラから、一丁のリボルバー銃を渡される。

 「弾が切れたら、即補充しろ」

 …そうして、砂塵を舞い上げて、砂漠を疾走するジープは3台。

 俺は、忍とリーダーのレイラと同じジープだ。

 ガゥン!ガゥン!ガゥン!

 銃声と共に、走るジープに群がる亡者が崩れ落ちる。

 しかし、とめどなく出てくる亡者に、一台のジープが途中で転倒する。

 「うわー!」

 「修、明、恵、くそっ!」

 レイラが、転倒したジープの乗員の名を叫ぶ。亡者の群れに飲まれて、その3人は助からないだろう。

 だが、2台のジープは、亡者を振り切り、北の果てに差し掛かる。

 「ここは抑える!クレイ達は先に行け!」

 もう一台のジープに先に行かせて、レイラが言う。

 サブリーダー格の男、金髪のクレイは、ジープの運転席からレイラに答える。

 「お先に!きっと後から来てくださいよ!」

 しかし、ワープゾーンにも見える、赤黒い空間の亀裂の前には、金棒を持った巨大な亡者のボスがいた。

 「くっ!うわー!」

 クレイのジープは、その脇を果敢に抜けようとしたが、結果的にその金棒の餌食になった。

 「クレイ!くそっ化け物め!」

 亡者を振り切って追いついた俺達のジープ。レイラが運転席から、ハンドガンで銃弾を見舞うが、痛覚がないのだろう。亡者のボスはまだ倒れない。

 「ここは俺がやる」

 俺はこのボスの相手をすることにした。無謀にも見えるが、俺には勝算があった。

 「ていやっ!」

 亡者のボスの膝を、思い切り蹴りつける。こんなものでは殺せないが、膝を砕かれた亡者はガクンと体勢を崩した。

 「頭を撃ち抜けば、さすがに死ぬだろう」

 俺はリボルバー銃の引き金を引き、この亡者のボスの頭を吹き飛ばした。

                        ★

 「誠、こっちよ!」

 赤黒い空間の亀裂の前で、レイラと忍が待っている。

 俺はすぐに追いついて、忍と手をしっかりとつないで、この空間の亀裂に向かう。

 「どこに行くかは分からないが、しっかりつかまってろ。忍!」

 「あなたとなら、どこだって構わないわ。誠!」

 こうして、先にレイラが飛び込み、続いて、俺達も空間の亀裂に飛び込んだ。


                      ★

 「ぶはっ!」

 俺が気が付くと、そこは一面の草原、いや花畑だった。

 俺と忍はここにいたが、忍の身体はかすんでいた。

 「ここは境界線のようね。私は一度死んでるから、元の世界には戻れないの。理屈でない何かで分かるの…」

 俺は思わず叫ぶ。

 「なんでだ!せっかくまた会えたのに、二人で一緒にここまできたのに、それでこれではあんまりだ!」

 「仕方ないわ。元は私の未練が呼んだもの、一緒に入ったお風呂、楽しかったわ」

 そういって、忍は俺を突き飛ばす。俺は力なく後ろに倒れて、そのまま暗い闇に落ちた。

                    ★

 …次に気づくと、俺は病院の白いベッドの上で寝ていた。

 何でも、ナースの話だと、なぜかある山中で倒れていたのを、猟師が発見して保護したのだという。

 身体的には異常もなく、軽い検査を受けると、退院した俺は忍の墓に向かった。

 「全く。地獄まで本当に行って、風呂まで一緒になるとはな。安心しな。俺は他には女はもたない。いずれ改めて会いに行くから、それまで大人しく待っていてくれよな」

 …その言葉が何かに届いたのか、俺は他に女を作る間もなく、忍と同じ奇病にかかる。

 「忍…今行くよ…。待っていてくれ…忍…」

 …病院のベッドで、俺は何度も忍の名を呼び、その姿を思い浮かべた。彼女の元に行けるようにと。

 …そして、俺の意識は絶え絶えになる。俺は、彼女の元にきちんと行けるだろうか?

 …そして、一瞬彼女が迎えに来るのが視えて、俺の意識は途絶えた…。
 
 
 「『さよなら、大切な人』了」

 

  


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