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11.執事と黒歴史(1)
「失礼いたします」
家に着き、自室に入ったのとほぼ同時に、扉をノックする音がした。すぐに入室の許可を出すと、予想通りクロードが立っている。
通信魔法で会話をした際は、父の使いで屋敷から離れていると言っていたけれど、黒い髪は丁寧に整えられ、執事服は乱れ一つなく完璧そのもの。とても急いで帰ってきたようには見えない。
「クロード! あのねっ、さっき――」
側まで駆け寄り、縋るようにロングテールコートを掴む。生徒会室で起きた出来事を聞いてもらおうと顔を上げた瞬間、制止するように目の前に出されたクロードの手のひらとぶつかった。
「んぐっ!」
「お嬢様、少々お待ちください」
鼻を押さえる私をよそに、クロードは胸に手を当てて一礼すると、ティーワゴンを部屋に運んできた。ソファーの前に設置されたローテーブルの上に、優雅な手付きでティーセットとデザートプレートを置いていく。カップに紅茶が注がれ準備が整うと、クロードに促されるままソファーに腰を下ろした。
一連の動きをポカンとして見ていた私は、いやいやそうではないと傍らに立つクロードを見上げる。
「クロード! だから、私は!」
「こちらお嬢様の好きなアップルパイでございますよ」
「むっ!」
あ、と口を開いたタイミングでクロードにアップルパイを放り込まれる。不敬だと睨むも、素知らぬ顔で給仕に勤しんでいる。
口の中に広がるカスタードの甘み。サクサクとしたパイ生地と煮詰められてしっとりとした林檎の食感。テーブルに視線を向ければ、アップルパイの香ばしそうな焼き色と美しいツヤがなんとも心をときめかせる。
アップルパイの隣に用意されたティーカップを見ると、いつもより透明感のある黄金色の紅茶が入れられている。口にすると、独特なハーブの香りと、爽やかな味わいを感じた。
「これは?」
「カモミールティーです。お嬢様が心乱されているようでしたので、本日はリラックス効果のある紅茶にいたしました」
不安や緊張を解いて心を落ち着かせる効果があると聞きながら口にすると、いつもと違う優しい香りも相まって、本当に心が安らいでいくような気がしてくる。
ほうっと息をついた私を見て、ようやくクロードは話を切り出した。
「一体どうしたのですか? 緊急事態だから絶対に部屋に来い、などとおっしゃるなんて」
「それは……」
クロードにエドワード殿下とのことを話すつもりだった。いつもの完璧な王子様から一変して、私に詰め寄る様が少し怖いと思ってしまったことを。
でも、不穏な空気を感じただけで他に何かあったわけではない。無理難題をふっかけられたわけでもない。ただ会話をしただけといえばそれまでだし、よくよく考えてみると……
「大したことじゃなかったわ」
「何ですかそれは」
クロードのあきれた顔が視界に入る。私としてはもうこの話は切り上げてしまってよかったのだけれど、クロードはそうではないらしい。追及の手を緩めず言葉を続ける。
「お嬢様が騒ぐほどのことであれば、そうですね――エドワード殿下に宛てた書類をお渡しするよう、旦那様から依頼された件でしょうか」
「あら、クロード知ってたの?」
父から話を聞いたとき、確かクロードはその場にいなかったはず。どうして知っているのかと聞けば、すぐに答えが返ってくる。
「あの書には私も関わっておりますので。受渡しにあたって殿下がお嬢様をご指名されたことも存じておりますよ」
「指名? そういえば殿下も似たようなことを言っていたわ。どうして私に指示したのかしら?」
「……さあ。嫌がらせではないですか?」
そう言ってクロードが嫌そうな顔をする。いつもは冷静沈着な執事の露骨な態度を珍しいと思いながら、私は紅茶を口に運ぶ。
クロードは私付きの執事であるものの、私が学校で不在の間は父の仕事を手伝うこともあるのだという。私の知らないところで王家と関わる機会があるのだろうかと考えたところで、エドワード殿下からのプレゼントを思い出した。
「そうだわ! 殿下からの頂き物があるの」
鞄から木箱を取り出してクロードに差し出す。
「貴方にですって」
「私に? 一体何でしょうか」
「わたくしにも分からないわ。開けて確認してみて」
渋るクロードを促して開けさせる。
白いグローブを付けた手が留め具を外し、木箱の蓋を開く。中からは一通の封筒と、ポロライドカメラのような機器が入っていた。
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