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セシリアの葛藤
しおりを挟むアルフォンスとのやりとりの後、セシリアは院長に挨拶だけしてそのまま孤児院を後にした。
予定ではもう暫く滞在するつもりでいたけれど、今の複雑な心境では上手に笑顔を作れなくて子供達を不安にさせてしまいそうだった。
帰りの馬車の中で、追加で教師を呼ぶようカーラに指示を出しておく。
離宮に戻ったセシリアは着替えを終えると、本を読みたいからと言って侍女達には部屋を出てもらい一人きりになった。
王宮の庭園内にある離宮の裏手側は、小さな庭のようになっている。
庭の中に庭があるというおかしな造りだが、セシリアは手入れが行き届いたその庭を愛していた。
今の時期は花壇にチューリップが咲いている。部屋の窓越しにそれを眺めながら、先程アルフォンスから言われた言葉を思い返す。
真っ直ぐにセシリアの目を見つめながらアルフォンスは言っていた。
セシリアだって幸せになってもいいのだと。
「幸せ、ね……」
アルフォンスと結婚して、自分は幸せになれるのだろうか。
(――分からないわ)
セシリアは息をつく。
家族と離れ、一人離宮で暮らしていたセシリアには、貴族令嬢としての一般的な幸せがよく分からない。
父はセシリアの母と結婚して良かったと、幸せだったと言っているけれど、その後の父の苦悩を思うとセシリアにはとてもそんな風には思えなかった。
「アルフォンス様はこの件に関して他言無用とおっしゃっていたけれど、本当に、父上に相談しなくていいのかしら」
アルフォンスのことだけならまだしも、セシリアの婚姻に関しては隣国バラゾアから持ちかけられている件もある。
レベッカから教えられた情報の裏付けを取る必要だってあるだろう。
そう考えれば結論はすぐに出る。
今すぐ父と話をした方がいい。
――そう思うのに、父に相談するのを躊躇う自分がいる。
そもそも、良くない噂があるからこの人との結婚は嫌だなど、あれこれ言う権利がセシリアにあるのだろうか?
セシリアが口にすることで、父を困らせてしまったら……
「ああ、もう!」
セシリアは頬を押さえると頭を左右に振った。
そんな風にグズグズと考えてしまう自分が嫌だ。
父の気持ちを考慮しようとすると、セシリアはいつだって動けなくなってしまう。
行き場のない感情を抱えたまま、窓ガラスに映る自分の姿に目を向ける。
癖のない黄金色の髪に、鮮やかな緑色の瞳。
見慣れた姿がそこにある。
幸せになれるかどうかは分からない。
でも、少なくとも結婚すれば、今いる離宮から出ることができる。
セシリアを守るこの箱庭から抜け出して、今よりももっと自由に暮らせるかもしれない。
結婚を機に、変わることが出来たなら。
胸に小さな希望が宿った時、セシリアの視界にキラッと光る何かが見えた。
それは夏の夜空に飛ぶ蛍のように、庭の中でキラキラと光り輝いている。
(あれは……一体……)
温かな気持ちのまま、目を凝らして見てみようとしたセシリアの脳裏に、突然、過去の記憶が蘇った。
『気持ち悪い!!』
ハッ! と我に返ったセシリアは慌ててその光から目を背けた。
見えないものなど、見えるはずがない。
だから、あれはただの気のせいだ。
先程まで感じていた高揚はスッと消えてしまった。
セシリアは顔を上げると、無言で窓に背を向けた。
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