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ココットの受難 2
しおりを挟む本物のエメラルドと金を使った髪飾り。
商人が持ってきた物の中で一番素敵だと思った物をココットが選んだ。
「お金のことは気にせずに選んでいい」と言ってくるあたり、両親の本気度が窺える。
お茶会にあたって、母はレベッカ殿下と仲良くなることがいかに重要かをココットに叩き込んだ。
母の話によると、レベッカ殿下は王女という地位のみならず、周囲への影響力があることで知られているらしい。
彼女の母親である王妃の生家は公爵家で、祖父のイーゼン公爵は国家財務の責任者として要職に就いている。イーゼン公爵が孫を溺愛していることは、貴族の中では有名な話なのだそうだ。
また、弟のウィリアム王太子殿下とは姉弟仲が良く、姉として意見出来る間柄なのだという。
つまり、レベッカ殿下と仲良くなれば偉い人達との繋がりが持てる。結果、父も母も大喜びだ。
ふむふむと話を聞いていたココットは、とりあえずそこだけは理解した。
まずは贈り物をきっかけにして、ココットを気に入ってもらう必要がある。
「レベッカ殿下の御髪に似合うと思って用意いたしました」
そう言って髪飾りを乗せた左手に右手を添えて前に出す。
ココットは顔を上げて王女の反応を窺った。レベッカ殿下はジッとココットの手元を見つめている。
(この方が王女様かぁ……もはやオーラが違うよ。オーラが)
王女というよりも女王様のようだ。
人から敬われることに慣れた傲慢さがありながら、それを上回る気品がある。ココットの父がどんなに虚勢を張っても、こうはなれないだろう。
レベッカ殿下は目鼻立ちのはっきりした華やかな顔をしている。
髪飾りを受け取ってくれるのを待っていると、彼女の細く釣り上がった眉が見る見るうちに歪んでいった。険しい表情でココットを見下ろす。
(ん?)
「お前、それは私に対する嫌味のつもり?」
レベッカ殿下の鋭い声が部屋に響き渡る。
その場の空気がピリッと張り詰めたのを、ココットは肌で感じた。
「……へ?」
まさかそんなことを言われるとは思わず、間の抜けた声が出た。
ぽかんと口を開けたココットを見て、そのような意図はないと気付いたのだろう。王女はすぐに表情を変えて笑みを浮かべて見せた。
「あらいやだ。私の勘違いだったみたいだわ」
「そ、そうですか」
「でも、コレは要らないわ。だって趣味じゃないもの。要らない物は受け取らないようにしているの。センスの悪い物を身に着けていると、自分の価値まで下げてしまうでしょう? 貴方もそう思わない?」
よく分からないが、ココットが何か失敗してしまったことだけは分かった。
その後のお茶会は散々だった。
レベッカ殿下は表立ってココットを貶すような真似はしない。ただ、ふとした態度や言葉の節々で下に見ていることが伝わってくる。
そして、そういう空気は伝染しやすい。
お茶会に呼ばれるくらいレベッカ殿下と親しい令嬢方は、殿下の意向を正しく理解してココットを嘲笑の的にした。
ココットは王女と仲良くなるどころか、肩身の狭い思いをしてひたすら耐えることしか出来なかった。
お茶会が終わり馬車が停められた場所まで向かう途中、参加者の一人である公爵令嬢メアリがココットに声を掛けた。
ココットが死にそうな顔でフラフラ歩いていたため、心配になりわざわざ声を掛けてくれたらしい。
王太子殿下の婚約者であり、幼い頃からレベッカ殿下と交流のあるメアリは、扇子で口元を隠しながらこっそり教えてくれた。
「マッケンゼン子爵令嬢は、どうしてレベッカ様の不興を買ったのかお分かりになって?」
「全然分かりません……」
「まあ……それは勉強不足ね。レベッカ様が気分を害されたのは、貴方が贈ろうとした髪飾りの色のせいよ」
「? 色、ですか?」
「ええ」
それとなく周囲を見渡して誰も聞いていないことを確認すると、メアリは声を落として告げた。
「黄金色の髪が尊ばれるこの国で、レベッカ様の髪色は王妃様と同じ焦茶色。口に出すことはないけれど、内心コンプレックスを抱いてらっしゃるのよ」
「そんな……。で、ですが、ゴールドの装飾品なんてありふれた物ですし……!」
「ゴールドだけならまだしも、それに加えてエメラルドでしょう? 金と緑なんて、セシリア殿下の色じゃない。組み合わせとしては最悪ね」
「最悪……」
まさか自分がレベッカ殿下の地雷を踏み抜いたとは思いもしなかったココットは、呆然と呟く。
そんなココットに同情したのか、メアリは自分の知っている情報を伝えた。
「さすがの貴方でも、離宮に隔離された第一王女のことは知っているでしょう? 実際に姿を見たことのある人は少ないけれど、セシリア殿下は美しい金色の髪に、エメラルドのように輝く瞳を持っていると言われているの。レベッカ様は誰よりも多くの物を持っていらっしゃるのに、自分には持っていない物を持つセシリア殿下に対抗意識を持たれているのよ」
メアリから王族にまつわる話を聞いて、ココットは普段馴染みのない世界にただただ圧倒された。
ココットからしてみれば、髪の色なんて何色だろうがいいじゃないかと思ってしまう。
けれど、そう思わない人もいるのだろう。
確か、かつて王となった人の中には金髪じゃない人もいたはずだ。
ただ、その王は王家の色を持つ子供を産むために金髪の妻を娶ったという話を聞いた覚えがある。
王太子殿下の婚約者であるメアリの美しいブロンドヘアを見ながら、偉い人は大変だな~~なんて呑気に思っていたココットは、自分がやらかした事の大きさに気付いて震え出した。
「――それで、お嬢様はお詫びの品を探してるって訳ですか」
「そうなの! なんとか挽回しないと、私、屋敷から追い出されちゃう!」
そう言って、ココットはテーブルに広げられた宝飾品を食い入るように見つめる。
マッケンゼン子爵家有する商会に依頼し、お茶会があった次の日には屋敷に品物を持ってこさせていた。
お茶会に呼んでもらったお礼の手紙と一緒に、受け取ってもらえなかった髪飾りの代わりとなる物を送り、なんとかレベッカ殿下との繋がりを維持したい。
宝飾品を手に取りながら必死な顔で見比べるココットを見て、商人は少し考えた後、「王家と言えば……」と声を落として話し出した。
「ここだけの話ですがね、商人たちの間でまことしやかに囁かれている噂があるんです」
「えっ? なになに! どんな噂?」
「実は、レインフェルト公爵家の嫡男が、第一王女と結婚するんじゃないかって言われているんです」
「第一王女って……セシリア殿下のことでしょ? さすがにそれはないんじゃない?」
高位貴族の事情は知らないココットでも、第一王女のことは知っている。
レインフェルト公爵家嫡男のアルフォンス様と言えば、貴族令嬢なら誰もが憧れるイケメンだという噂だ。
冷遇されているはずの第一王女のお相手には当てはまらないような気がする。それに、昨日のお茶会でレベッカ殿下が姉のことを嫁ぎ遅れだと馬鹿にしていたばかりだ。
「ですがね、公爵家では様々な商会に声を掛けて、とびきり立派なエメラルドを探しているらしいですよ。なんでも、高貴な方に似合う素晴らしい物を作りたいからって」
「そういえば、メアリ様が言ってたかも。セシリア殿下は緑色の瞳をしてるって」
「ね、繋がりますでしょう? 公爵家が秘密裏に探させているというのも信憑性を高めているんですよ」
「なるほど……!」
ココットは納得したように大きく頷いた。
(セシリア殿下の結婚かぁ)
レベッカ殿下はこのことを知っているのだろうか。
見下している姉に、そんな話があることを。
もし、レベッカ殿下が知らない情報をココットが教えることができたとしたら、よくやったと感謝されるかもしれない。
後がないココットは、一縷の望みにかけることにした。
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