冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

文字の大きさ
11 / 44

ココットの受難 2

しおりを挟む

本物のエメラルドと金を使った髪飾り。
商人が持ってきた物の中で一番素敵だと思った物をココットが選んだ。
「お金のことは気にせずに選んでいい」と言ってくるあたり、両親の本気度が窺える。

お茶会にあたって、母はレベッカ殿下と仲良くなることがいかに重要かをココットに叩き込んだ。

母の話によると、レベッカ殿下は王女という地位のみならず、周囲への影響力があることで知られているらしい。
彼女の母親である王妃の生家は公爵家で、祖父のイーゼン公爵は国家財務の責任者として要職に就いている。イーゼン公爵が孫を溺愛していることは、貴族の中では有名な話なのだそうだ。
また、弟のウィリアム王太子殿下とは姉弟仲が良く、姉として意見出来る間柄なのだという。

つまり、レベッカ殿下と仲良くなれば偉い人達との繋がりが持てる。結果、父も母も大喜びだ。
ふむふむと話を聞いていたココットは、とりあえずそこだけは理解した。
まずは贈り物をきっかけにして、ココットを気に入ってもらう必要がある。

「レベッカ殿下の御髪に似合うと思って用意いたしました」

そう言って髪飾りを乗せた左手に右手を添えて前に出す。
ココットは顔を上げて王女の反応を窺った。レベッカ殿下はジッとココットの手元を見つめている。

(この方が王女様かぁ……もはやオーラが違うよ。オーラが)

王女というよりも女王様のようだ。
人から敬われることに慣れた傲慢さがありながら、それを上回る気品がある。ココットの父がどんなに虚勢を張っても、こうはなれないだろう。

レベッカ殿下は目鼻立ちのはっきりした華やかな顔をしている。
髪飾りを受け取ってくれるのを待っていると、彼女の細く釣り上がった眉が見る見るうちに歪んでいった。険しい表情でココットを見下ろす。

(ん?)

「お前、それは私に対する嫌味のつもり?」

レベッカ殿下の鋭い声が部屋に響き渡る。
その場の空気がピリッと張り詰めたのを、ココットは肌で感じた。

「……へ?」

まさかそんなことを言われるとは思わず、間の抜けた声が出た。
ぽかんと口を開けたココットを見て、そのような意図はないと気付いたのだろう。王女はすぐに表情を変えて笑みを浮かべて見せた。

「あらいやだ。私の勘違いだったみたいだわ」

「そ、そうですか」

「でも、コレは要らないわ。だって趣味じゃないもの。要らない物は受け取らないようにしているの。センスの悪い物を身に着けていると、自分の価値まで下げてしまうでしょう? 貴方もそう思わない?」

よく分からないが、ココットが何か失敗してしまったことだけは分かった。

その後のお茶会は散々だった。
レベッカ殿下は表立ってココットを貶すような真似はしない。ただ、ふとした態度や言葉の節々で下に見ていることが伝わってくる。
そして、そういう空気は伝染しやすい。
お茶会に呼ばれるくらいレベッカ殿下と親しい令嬢方は、殿下の意向を正しく理解してココットを嘲笑の的にした。
ココットは王女と仲良くなるどころか、肩身の狭い思いをしてひたすら耐えることしか出来なかった。



お茶会が終わり馬車が停められた場所まで向かう途中、参加者の一人である公爵令嬢メアリがココットに声を掛けた。
ココットが死にそうな顔でフラフラ歩いていたため、心配になりわざわざ声を掛けてくれたらしい。
王太子殿下の婚約者であり、幼い頃からレベッカ殿下と交流のあるメアリは、扇子で口元を隠しながらこっそり教えてくれた。

「マッケンゼン子爵令嬢は、どうしてレベッカ様の不興を買ったのかお分かりになって?」

「全然分かりません……」

「まあ……それは勉強不足ね。レベッカ様が気分を害されたのは、貴方が贈ろうとした髪飾りの色のせいよ」

「? 色、ですか?」

「ええ」

それとなく周囲を見渡して誰も聞いていないことを確認すると、メアリは声を落として告げた。

「黄金色の髪が尊ばれるこの国で、レベッカ様の髪色は王妃様と同じ焦茶色。口に出すことはないけれど、内心コンプレックスを抱いてらっしゃるのよ」

「そんな……。で、ですが、ゴールドの装飾品なんてありふれた物ですし……!」

「ゴールドだけならまだしも、それに加えてエメラルドでしょう? 金と緑なんて、セシリア殿下の色じゃない。組み合わせとしては最悪ね」

「最悪……」

まさか自分がレベッカ殿下の地雷を踏み抜いたとは思いもしなかったココットは、呆然と呟く。
そんなココットに同情したのか、メアリは自分の知っている情報を伝えた。

「さすがの貴方でも、離宮に隔離された第一王女のことは知っているでしょう? 実際に姿を見たことのある人は少ないけれど、セシリア殿下は美しい金色の髪に、エメラルドのように輝く瞳を持っていると言われているの。レベッカ様は誰よりも多くの物を持っていらっしゃるのに、自分には持っていない物を持つセシリア殿下に対抗意識を持たれているのよ」

メアリから王族にまつわる話を聞いて、ココットは普段馴染みのない世界にただただ圧倒された。
ココットからしてみれば、髪の色なんて何色だろうがいいじゃないかと思ってしまう。
けれど、そう思わない人もいるのだろう。

確か、かつて王となった人の中には金髪じゃない人もいたはずだ。
ただ、その王は王家の色を持つ子供を産むために金髪の妻を娶ったという話を聞いた覚えがある。
王太子殿下の婚約者であるメアリの美しいブロンドヘアを見ながら、偉い人は大変だな~~なんて呑気に思っていたココットは、自分がやらかした事の大きさに気付いて震え出した。



「――それで、お嬢様はお詫びの品を探してるって訳ですか」

「そうなの! なんとか挽回しないと、私、屋敷から追い出されちゃう!」

そう言って、ココットはテーブルに広げられた宝飾品を食い入るように見つめる。
マッケンゼン子爵家有する商会に依頼し、お茶会があった次の日には屋敷に品物を持ってこさせていた。

お茶会に呼んでもらったお礼の手紙と一緒に、受け取ってもらえなかった髪飾りの代わりとなる物を送り、なんとかレベッカ殿下との繋がりを維持したい。
宝飾品を手に取りながら必死な顔で見比べるココットを見て、商人は少し考えた後、「王家と言えば……」と声を落として話し出した。

「ここだけの話ですがね、商人たちの間でまことしやかに囁かれている噂があるんです」

「えっ? なになに! どんな噂?」

「実は、レインフェルト公爵家の嫡男が、第一王女と結婚するんじゃないかって言われているんです」

「第一王女って……セシリア殿下のことでしょ? さすがにそれはないんじゃない?」

高位貴族の事情は知らないココットでも、第一王女のことは知っている。
レインフェルト公爵家嫡男のアルフォンス様と言えば、貴族令嬢なら誰もが憧れるイケメンだという噂だ。
冷遇されているはずの第一王女のお相手には当てはまらないような気がする。それに、昨日のお茶会でレベッカ殿下が姉のことを嫁ぎ遅れだと馬鹿にしていたばかりだ。

「ですがね、公爵家では様々な商会に声を掛けて、とびきり立派なエメラルドを探しているらしいですよ。なんでも、高貴な方に似合う素晴らしい物を作りたいからって」

「そういえば、メアリ様が言ってたかも。セシリア殿下は緑色の瞳をしてるって」

「ね、繋がりますでしょう? 公爵家が秘密裏に探させているというのも信憑性を高めているんですよ」

「なるほど……!」

ココットは納得したように大きく頷いた。

(セシリア殿下の結婚かぁ)

レベッカ殿下はこのことを知っているのだろうか。
見下している姉に、そんな話があることを。
もし、レベッカ殿下が知らない情報をココットが教えることができたとしたら、よくやったと感謝されるかもしれない。

後がないココットは、一縷の望みにかけることにした。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。 全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。 持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……? これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

処理中です...