冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

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皇帝ジルバート 2

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――残虐非道な『凶帝』ジルバート。
セシリアが知っているのは隣国から流れてきた噂話だけ。
懇意にしている教師陣ですら、ジルバートに関する詳しい情報は持っていなかった。

(陛下を取り巻く環境や、趣味嗜好……もっと陛下のことを知る必要があるわ)

そのためにジルバートを知る人から話を聞きたい。
彼の人となりが分かれば、次に会った時、きっとより良い話ができるはずだ。
そして、セシリアと話をして良かったと思ってもらえれば、また次の機会が生まれるはず。
婚約者との交流というよりも、なんだか交渉や駆け引きのようだが仕方ない。

(できることなら、ゆっくり心を通わせられたら一番いいのだけど……)

本来であれば、会話を楽しみながら少しずつ互いのことを知っていく。それが正攻法なのだろう。
過去に読んだ本の中にも、男女がそうやって交流を深めていくシーンがあった。

――でも……

(それは、陛下が私と交流を深めたいと思っているのが前提よね)

もしくは定期的に会う機会があればいいのだが、現時点ではセシリアから要請して会ってもらっている状態だ。
頻繁に会いたいと願って、ジルバートから面倒な女だと思われてしまうのは困る。
それでなくても来て早々問題を起こしてしまい、マイナスの印象を与えてしまったのだから。

(次に会った時に、少しでも挽回しないといけないわ)

そう決意したセシリアは、共にユリウスを見送っていたロジーナに声を掛けた。

「ロジーナ、貴方が働きかけてくれたお陰で陛下とのお目通りがかないそうだわ。どうもありがとう」

「とんでもございません。当然のことをしたまでです」

ピンと背筋を伸ばし、生真面目な表情を変えないままロジーナが謙遜する。
王宮に来てまだ二日だが、セシリアは礼儀正しくて優秀なロジーナの存在を心強く思っていた。

「明日の妃教育だけれど、こちらから要望を出すことは可能なのかしら?」

「何か不満などございましたか?」

「そうではないの。ただ、陛下とお会いするにあたって、その前に少しでも陛下のことを知っておきたいと思って。その方が陛下の御心に寄り添えると思ったものだから」

「そうですか……」

セシリアの言葉を聞いて、ロジーナがわずかに表情を変えた。

変えたと言っても、目元と口元がほんの少し動いただけ。
それでも、ロジーナが嬉しそうで――それでいてどこか心苦しげな様子が窺えた。
今まで感情を露わにすることのなかったロジーナの珍しい表情に、おや? と思う。
セシリアが不思議に思っていると、すぐに元の生真面目な顔に戻ったロジーナがキビキビと答えた。

「承知しました。そういうことでしたら、カリキュラムを一部変更していただくよう手配いたします」

「ありがとう」

ロジーナの力強い返事に勇気付けられて、セシリアはもう一度気合いを入れた。



――そして二日後、セシリアは再びジルバートと顔を合わせることになった。



幼い頃からずっと離宮で暮らしていたセシリアには、同年代の異性と話す機会はほとんどなかった。
それでも知識ならある。婚約者同士がどのように交流を深めていくのか、教師から得た知識は申し分ないはずだ。

一般的なのは、ティータイムを共に過ごし二人だけの時間を楽しむこと。
他にも、相手のことを考えて花やプレゼントを贈り合ったり、パーティーに参加したりと、思い出を重ねながら心を通わせていくのだと聞いたことがある。

(じゃあ、これは一体……)

けれど、今、セシリアの目の前にあるものは、教師から聞いたどの話とも違っていた。

「どうした? 気に入る物は無かったか?」

なら次の物を、と商人に指示を出すジルバートを見ながら、セシリアはどうしてこんなことになっているのだろうと内心首を傾げた。

謁見の間に用意された、金銀に輝く装飾品や、絵画に彫刻といった美術品。
ドレス用の豪華な生地に、何に使うか分からない木製の道具まで、様々な物が揃えられている。
それらの中から商人達がいくつか見繕ってジルバートの元に運び、セシリアが気に入れば詳しい説明を、気に入らなければ次の物を持ってくるようになっているようだ。

「欲しい物があれば何でも言うといい」

ジルバートからそう言われて、笑顔を見せようと試みる。

けれど、ジルバートと二人きりで話ができると思っていたのに、自分達よりも商人らの方が余程熱心に話をしている事態に、セシリアは思わず顔を歪ませた。




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