冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

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皇帝ジルバート 4

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セシリアの予期せぬ言葉に、部屋にいる誰もがジルバートの反応を窺う。
皆が息を殺して見つめる中、ジルバートは眉を顰めた。

「なんだと?」

ジルバートから発せられる圧が強くなる。
それは、セシリアが初めてジルバートに会った時を彷彿とさせる威圧感だった。
そこから更に苛立ちが足されて、より一層凄みが増している。

「それは、暗に私から与えられる物に何の価値もないと言っているのか?」

ジルバートの低い声が部屋に響く。
静かな怒りが込められたその声は、聞く者に恐怖を与えた。

誰もが動きを止める中、セシリアは小さく首を傾げた。

「陛下が私に渡したい物があるのでしたら、喜んで頂戴いたします。ですが、私の機嫌を取るために贈ってくださるというのでしたら、それは全く必要ありません」

真っ直ぐにジルバートを見つめ返して、セシリアは自分の考えを告げる。

憤りを湛えたジルバートを前に、体が震えそうになるのを気力で耐える。
セシリアだって、本当は怖い。何か耐性があるわけではなく、ただただ心を強く持つことで立ち向かっていた。

セシリアは賭けに出ていた。
今セシリアがしていることは、下手をすればジルバートの機嫌を損ね、今後の関係を悲惨なものにしかねない。

(……でも、聞いた通りの人なら、こちらの意図をきっと分かってくれるはず)

セシリアはこの日のために、ジルバートをよく知る人物から彼に関する話を聞いている。
事前に情報を得ていたからこそ大胆な行動に出ることができた。

(『彼』には感謝しないといけないわ)

昨日の事を思い出しながら、黒髪の若き皇帝を見つめる。

――『アイツは生い立ちのせいで女性不信気味だからね。ジルを落とすのは王女サマには大変かもよ』……

自称『ジルバートの親友』の忠告が頭を過ぎる中、セシリアは自分に言い聞かせた。

(例え二人きりでなかったとしても、私がやることは変わらないわ)

自分のことを知ってもらい、次の機会を得ること。
黒曜石のようなジルバートの瞳を見つめながら、セシリアは口を開いた。

「贈り物があろうとなかろうと、アルデンヌ王国の王女として、陛下に添い遂げたいと願う私の気持ちに変わりありません」

もしジルバートが物で懐柔できると思っているのなら、それはきちんと否定しなければならない。
父のようにプレゼントで誤魔化せると思われては困る。

「陛下と友好な関係を築くため、決意を持ってこの国に来ております。ですから、物で私の決意が変わることはありません。それに――折角夫婦になるのですから、物を介した交流ではなく、できることなら貴方と心を通わせていきたい。陛下には私の願いを分かっていただきたいのです」

そう言い切ったセシリアを見て、ジルバートはわずかに目を見開いた。

「心を……」

「ええ。それが私の願いです」

重ねて言うと、心の機微に触れたのかジルバートはほんの一瞬、目を伏せた。
隣にいるセシリアだけが見ることのできた、どこか弱さを感じさせるジルバートの姿。

初めて目にする姿にセシリアは驚く。
それは皇帝の姿ではなく、ジルバート本来の姿に見えた。

「君には驚かされてばかりだ」

そう呟いたジルバートは、すぐに元の凛々しい顔に戻ると、セシリアを前に謝罪した。

「すまない。君の気持ちを軽んじていたようだ。地位や物が欲しいのだろうと、思い込みでこちらの考えを押し付けていた」

「いえ、どうか気にしないでください。私の方こそ出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございません」

そして、セシリアは固まっている周囲を見回すと、にっこりと笑って言った。

「せっかくご用意いただいたのですから、もしよろしければ他の物も見せていただけませんか? ぜひ勉強させてください」

それまで固唾を呑んで見守っていた商人達は、その言葉を聞いて慌てて動き出す。
再び商品を持ってくると、ジルバートとセシリアに説明し始めた。

先程のように商人達から話を聞いていると、それまで静かだった精霊がそっとセシリアに近付いてきた。

『……セシリア。この中に危ないオーラを持つヤツがいる』

耳元でフェニが警告した。




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