本気の宇宙戦記を書きたいが巨乳も好きなのだ 〜The saga of ΛΛ〜 巨乳戦記

砂嶋真三

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起[転]承乱結Λ

9話 天秤衆、苺。

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 トール達の帝都到着より数日前に遡る。
 
 狭い部屋に、女が一人いた。
 
 彼女は、その身を包むには些か窮屈過ぎる修道服を脱ぎ、丁寧に折り畳んでから小さな衣装棚に仕舞う。
 
 かせから解放された豊かな胸は、それを祝福するかのように弾んでいる。
 だが、与えられた自由は一瞬の事であった。

「――ブリジット様、お急ぎ頂きませんと――院長がお怒りになります!」
 
 部屋の外から、彼女を急かす声が響いた。

 それには答えず、ナノ合金製のコルセットで上半身を締め付ける作業に勤しんでいた。
 胸の形を保つためではなく、剣刃けんじんを通さぬためだ。

「ん――」
 
 吐息を漏らしつつ、どうにか二振りの難物をかせに収める。
 その上から、黒を基調とした上衣じょういを羽織り、縦長にスリットの入った下衣したごろもを履く。
 
 それだけでは寒かろうという女神の――いや教会側の配慮だろうか。
 膝上まである漆黒のハイソックスとブーツが下半身の冷えを防いでくれる。
 
 壁に立てかけられたハルバードを手に取り、姿見の前に立った。

 戦斧と槍の利点を併せ持つその武器は、古代史において、マスケット銃の登場まで白兵戦最強とも謳われた代物である。

 ナノ合金の誕生と、刀剣への回帰に伴い、当世再び最強武器の座を取り戻していた。
 とはいえ、扱いが非常に難しく、高い練度と白兵戦への創造性が要求される。
 
 それほどの得物を持つ女が、姿見の前で柔和な微笑みを浮かべていた。
 周囲の人々に平穏をもたらすであろう、慈愛に満ちた笑みである。

「ブリジット様ッ!!」

 再び、焦れた声が上がる。

 だが、女は気にする様子もなく、笑みを浮かべたまま顔を左右に振った。
 何かを確認するかの如く、鏡面の前で幾度も同じ仕草を繰り返している。

「んもう、入りますよ。院長がお待ちかねなんですッ」

 扉を開いたのは、まだ年端の行かぬ少女で、修道女らしい身なりをしている。
 彼女から見えているのは、姿見を前にしたブリジットの背中だけであった。

 背には、片方に傾いた天秤を示す小さな意匠がある。

「五月蠅いんですよねぇ。院長って厳し過ぎると思い――」

 ふと、そこで、少女は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 教皇領、聖都アヴィニョンの外れに位置するプロヴァンス女子修道院は、千名を超える修道女が暮らす、帝国最大規模の巨大な女子修道院である。

 数年前、彼女は、この女子修道院に預けられた。

 帝国近衛師団を所轄する禁衛府きんえいふ長官を、代々務める名家の生まれであるが、少女の素行不良ぶりに謹厳な父親が激怒したのである。
 以来、ブリジットの傍付きとして仕えてきたのだ。

 微笑みを絶やさず、いかなる相手にも女神ラムダの慈雨じうを降り注ぐブリジットの傍にある事は、少女に大きな変化をもたらした。
 素行は改善され、いつしか自身もブリジットのような敬虔な信徒となりたいと願うまでになったのだ。

 ゆえに、少女にとってブリジットとは、揺るがぬ善性であり、なおかつ悪から守ってくれる庇護者なのである。

 だが――、

 今、この瞬間の少女は、姿身を前にした女の背中に怯えた。
 常日頃とは異なる気配を感じ取ったのだ。

 それは、原始的情動が生み出す根源的な恐怖心であったかもしれない。

「クリス」

 背を向けたまま、ブリジットは少女の名を呼んだ。
 普段と変わらぬ声音であった。

「は、はい」

 一方のクリスの声音は震えを帯びる。

「お待たせしてしまい――」

 幾分名残り惜しそうな目線を鏡面に送った後、ゆるりと振り向いた。

「――申し訳ありませんでした」

 クリスは思わず息を吐いた。
 呼吸を止めていた事に気が付いたのだ。

「おねえさ――い、いえ――ブリジット様」
 
 そこにはいつものかおがあった。
 小春日和の息吹を感じさせる柔和で慈愛に満ちた微笑みがある。

 思わず夜の癖が出てしまったクリスは取り繕うように言い直す。

「いいのよ」
 
 ブリジットは、クリスの持つ銀色の髪をくように撫でた。
 どれほど願っても、今生では彼女が得られぬ色である。
 
「おねえさま」

 とはいえ、ひしと抱きつく――いとまなど無かった。

「と、ともかくお急ぎ下さい。院長もお怒りでしょうが、何より聖レオをお待たせしているのです」

 火照る耳朶を意識しつつ、クリスは己の務めを果たす。

 ◇

「失礼致します」

 部屋の主と先客は、天秤衆の装束に身を包んだブリジットに目を向ける。
 院長は不機嫌そうな表情であるが、レオ・セントロマの細面ほそおもてからは、常と変わらず何の感情も読み取れない。

猊下げいか、ご無沙汰しております。暮れの大礼拝以来でございましょうか」

 レオに向かい、ブリジットは屈膝礼カテーシーをして見せる。

 右手にハルバードを持ったままであるため、些か無骨な仕草とはなったが、彼女の優雅さがそれを補った。

「うむ」

 レオは、軽く頷き肯定した。

 彼女が浮かべる幼き日から変わらぬ無垢な笑みは、女神ラムダへの信仰こそが真理であるとの確信を深めてくれる。
 レオが常に悩まされている罪悪感を、幾ばくかは軽減してくれるのだ。

「良き日であった」
「ええ、本当に――」
「ブリジット」

 無駄話で時を費やすことを嫌う院長が口を挟む。
 天秤衆を務める多数の修道女を管理する院長は、あらゆる無駄を嫌った。

 最近では、今生での命すら無駄に思えるほどであるが、教理違反となるため口にはしない。

猊下げいかはお忙しい方なのですよ。慎みなさい」

 そう言われ、ブリジットは口を閉じ頭を下げた。

「私は構わぬが――確かに、今はいてはいる。ブリジットも教理局より請われているのであろうしな」

 実際、これから配下の天秤衆を引き連れ、帝都に在する教理局へ向かう予定となっていた。
 異端審問と決まれば、その役割は天秤衆が担う。

「はい。帝都に参るところでした」

 聖都アヴィニョンから帝都までは、ポータルを経由し一日程度で到着する距離である。

「私も行くのだ。例の――宴に呼ばれている」

 これから信仰心を洗おうという当の相手を祝うのだ。
 宰相エヴァン・グリフィス公爵に、どうしてもと言われ断り切れなかった。

「それは、心中お察し致します」

 ブリジットは眉根を寄せ、同意する気持ちを示した。

「いや、良い。これも聖務である。ただ、お前まで帝都に行くと聞いてな。是が非でも渡しておきたい物があり、急ぎここへ来たのだ」

 いかな枢機卿すうきけいと言えども、女しか立ち入れぬこの場所では、院長の立ち合いが無ければ面会は叶わない。

 レオは、院長に背を向け、ブリジットの傍に寄ると、小さなバスケットを手渡した。
 赤い苺が盛られており、手土産用にとリボンなどもあしらわれている。

 それを見た瞬間、ブリジットは内心を読み取られたのかと勘繰るが、バスケットの底に小さな紙片があるのに気付き、思い違いであったと考え直す。
 レオが渡したい物は苺などではなく、底に忍ばせた紙片なのだろう。

 昔から彼は、秘事はEPR通信ではなく、似たような手段でブリジットに伝えてきたのだ。

猊下げいか、お心遣い感謝致します。帝都の友柄ともがらが大層な苺好きでおりますこと、覚えていて下さったのですね」
「今朝方に、良いものが届いたのだが、生憎あいにくと私は果物を食さぬのでな」

 院長は小さく鼻を鳴らすと、窓の外に目を向けた。

 巨大な敷地を持つプロヴァンス女子修道院には、艦船用の発着場まで備えられている。
 天秤衆を帝都に送るための専用艦が上空に見えた。

「あら――お迎えが来たようです」
「そのようだ」

 レオも窓を振り向き言った。

「私も行くが、帝都では会えるか否か分からぬ。渡せて良かった――。ともあれ、決してたがえるでないぞ」

 常より強い口調で告げた後、骨ばった手で、ブリジットの肩を掴んだ。

 ◇

 こうして、天秤衆ブリジット・メルセンヌは、百余名の配下と共に帝都へと旅立った。
 配下のうち何名かは、艦内で苺を口にする事が出来ている。

 ブリジットは空になったバスケットを床に置いた。

 底にあったレオからの紙片は、頭に入れた後に始末済みである。
 自身と、何よりレオの立場を考えるならば、残すべき代物では無かったのだ。

 ――けれど、楽しみだわ。

 ブリジットは独りになると、誰にも見せぬ表情を浮かべた。

 ――あなたは、新鮮な苺でなければ怒るでしょうからね。

 懐かしい日々を思い出しつつ、ブリジットは妖しく微笑んだ。
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