本気の宇宙戦記を書きたいが巨乳も好きなのだ　〜The saga of ΛΛ〜　巨乳戦記

砂嶋真三

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起転[承]乱結Λ

18話　グレートホープ！

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　――クリスティーナ・ノルドマンを保護すべし。

　と、父に指示されたアドリアが取れる手段は限られていた。

　船付神官といえども奴隷逃亡を手引きしたと露見すれば、レギオン旗艦に辿り着く前に頸を刎ねられ星間空間へと放り出されるだろう。

　また、仮に救命艇で脱出させ得たとしても、帝国に戻る事は既に不可能な距離となっていた。

　となれば、アドリアに残された手段は二つだけとなる。

　奴隷を買い取るか――、

「これで、よし――と」

　特記事項を記入した後、署名の上に拇印を押したアドリアが満足気に呟く。

　グノーシス船団国では、行政手続きの多くは書面で行われていた。

　首船、レギオン船団、その他の艦艇が、ネットワーク的には事実上断絶された状態にある為だ。

「ふぅっ」

　拇印の上へ二度三度と息を吹いてから、机の引き出しに意見書を仕舞い込む。

　クリスティーナ・ノルドマンは危険思想の持主であり、神官による矯正を行わねば主人に仇名す低俗な畜生となる旨を証する書類である。

　船付神官は、奴隷がおいそれと自死を選ばぬよう慰撫すると同時に、奴隷市場へ流す前に徹底した思想教育が必要な者を選別する役目もあった。

　ユピテル・レギオンであればさっさと殺してしまうところだが、進歩派レギオンともなると教育を施して勝手の良い畜生に育てる慈悲を持ち合わせている。

　ともあれ──意見書が受理されたなら、クリスは下船に伴いアドリア預かりとなるのだ。

　首船の矯正施設へ連れて行くと偽り、父ルキウス・クィンクティへ引き渡せば任務完了である。

　――ただ、もっと激しく口答えしてくれると意見書の説得力が増したのだけれど……。

　船付神官の務めとして獄での説諭を日々行っているが、いつの頃からかクリスは何の反応を示さなくなっていた。

　他の畜生と同じく無気力の闇に取り込まれてしまったのだろう。

　今回の連中は覇気がない――というのが、奴隷船グレートホープ号の乗組員達の評であった。

　気力を失い、ひたすらに従順で、叛乱どころか反抗する気配もない。
　
　統計的には一％程度の確率で奴隷の叛乱とは起きるものなのだ。

　無論、叛乱が成功裏に終わった試しはなかったが――。

　◇

「到着は明日らしい」

　暗がりの中で囁くように告げたのは、若と呼ばれる薄汚い男である。

「ホント？」

　クリスは臥せたままの体勢で問い返す。

　獄に入れられた当初は男女を問わず他人同士で雑魚寝状態という扱いに、恥じらいと怒りを覚えたものだが今となっては些事である。

「物見連中、全員が聞いてる」

　外界と奴隷を隔てる格子の傍には、等間隔で何名かの人間を配していた。
　
　覇気がなく弱々しく見える者を揃え、ボウとした虚ろな表情のまま、格子の外を行き交う見張り番達の会話に耳を澄ませている。

「トーマスも聞いてる」

　素食の影響を全く受けない小太りの男の名である。

　彼は獄の入口付近で、常に数字を唱える狂人を演じていた。

　蹴られても、殴られても、脅されても――羊を数え続けるのみである。

　その為、トーマスが入口付近に座り続けていても気にする者など居なくなった。

「そう。じゃあ、間違いなさそうね」
「明日の朝が頃合い、いや、というより――最初で最後のチャンスって事になる」
　
　数日前、クリスに諦めろと言ったその男は、フリッツと名乗った。

　散々と諦念混じりの皮肉を述べた後、気勢の衰えぬクリスを見て取ると、ようやく人の悪いを笑みを浮かてこう告げたのだ。

　――どうやら、アンタでいけそうだな。
　――はあ？

　フリッツは虜囚となって以降、周囲の様子を観察し続けてきた。

　自身の企みに使える人物を選別する為、各人の素性と人となりを調べていたのである。

　――領地無しとはいえ伯爵令嬢で、おまけにプロヴァンスの修道女だろ？
　――どちらも、元もとが付くけど……。

　フリッツはシンボルを探していたのである。気力と希望を失った人々をまとめ、そして立ち上がらせる為の旗印を求めたのだ。
　
　――奴隷船の叛乱なんて、成功した事例はひとつも無い。
　――う、ウソでしょ？
　――古典文明に遡っても、だ。

　大海原を船で渡った時代、船上で叛乱に成功したとしても、船の操舵は奴隷船の船乗り任せとなり結局は生国に帰れなかったのである。

　――ところが、幸いにも今回は俺様がいる。
　――若様？

　そう言うと、フリッツは嫌そうな表情を浮かべた。

　――そいつはトーマスの馬鹿だけで勘弁してくれ。まあ、それは兎も角だ――このイカレタ糞船の操舵は俺に任せろ。

　操船技術があるのなら、敵など皆殺しにしてしまえば良い。

　――とはいえ、俺がそう言ったところで、誰も信じねぇし従わないだろ？

　フリッツは他人を従わせ得るバックボーンが己には無いと自覚していた。

　――気に入らんが、テメェをリーダーって事にする。つまり、俺様は軍師――平たく言えば参謀だ。

　絶望的な状況下にあって、フリッツは不思議と瞳を輝かせている。

　――ふうん。でも、若様――いや、ええと、軍師様は、具体的にどうしようってのよ？

　クリスが軍師と言い直すと、フリッツはやけに嬉しそうな笑みを浮かべた。

　素直に笑む表情は悪くない、とクリスに思わせる初心さが垣間見える。

　――まずは、仮痴不癲かちふてんだな。
　――はあ？
　――噂のトール・ベルニクと同じ手法って訳さ。バカでやる気も無いフリをするんだ。

　クリスにすれば不吉な名を聞かされたのだが、具体策を持ち合わせていない彼女としては、唐突に漲みなぎり始めた男を信じる他に手が無かった。

　こうして──、フリッツの命ずるがまま、皆はこれまで以上に気力を失った様子を見せてきたのだ。

「いよいよなのね」
「ああ」

　叛乱が成功する可能性が著しく低い事はクリスにも分かっていた。

　虜囚された人々の数が多かろうと、以前のフリッツが言った通り武器も持たない素人である。

　だが、このまま大人しく奴隷とされて、生き続ける意味などあるだろうか？

「――それはそうと、フリッツ」
「んだよ」
「アンタの名前を教えなさい。不公平じゃない」

　自身が語ったせいであるが、クリスの氏素性は全て知られている。

　翻って、フリッツは、若と呼ばれる薄汚い男である以上の情報が無い。

「ふん。まあ、十中八九死ぬ訳だしな――特別に教えてやろう」

　そう言って、フリッツは鼻の下を掻いた。

「俺様はな、フリッツ・モルトケだ」
「――モルトケ――何だか聞いた事があるような」
「へへ」

　と、片頬を上げ笑む彼の顔貌には、幼さと凶暴性が共存していた。

「こちとら、悪名轟く元海賊だ」

　◇

　昨夜、熟睡出来た者は、極僅かであったかもしれない。

「朝飯だ」

　暗闇の獄に薄暗い照明が灯された。

　獄の入口付近で座ったまま首を揺らしていたトーマスは、目を覚ますと同時に羊の数を唱え始める。

　食事を運ぶ船員は気狂いトーマスなど意に介さず、そのまま台車を押して獄に入って来た。傍に立つ見張り番にも警戒した様子は見られない。
　
　この獄に在るのは、諦めきった畜生と気のふれた畜生のみである。

　その上、もう少しでレギオン旗艦に到着するのだ。

　ミネルヴァ・レギオンを伴走するカジノ船か、あるいは常春船で羽目を外す算段を思い描き、誰も彼もが浮足立っていた──。

　その時、フリッツが拳を上げて叫んだ。

「トーマス！」

　応じてトーマスが立ち上がった次の瞬間、食事を運んで来た船員が床に倒れていた。

　手刀で頚部に強烈な打撃を受けたのである。

　トーマスは棒立ちとなっている入口付近の見張り番の許へと歩み寄ると、指先を相手の両の眼に突き刺して口を塞ぎながら眼球を掻き出した。

　相手が吊るしていた剣を奪い、頸動脈を斬り裂いて絶命させる。

　気狂いトーマスから、血塗れのトーマスとなった。

「ふぅ」

　気絶して床に倒れている船員の頸も斬ると、トーマスは額を拭きながら息を吐いた。

「――若――あのう――俺──もっと、もっと殺したい……」

　泣く子も黙る、進歩派ミネルヴァ・レギオンの奴隷船には希望がある。

　いざ行ゆかん、グレートホープ！

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