本気の宇宙戦記を書きたいが巨乳も好きなのだ 〜The saga of ΛΛ〜 巨乳戦記

砂嶋真三

文字の大きさ
117 / 230
起転[承]乱結Λ

28話 頭(こうべ)を垂れる。

しおりを挟む
 謁見の間にて座すウルドの傍らには、教皇アレクサンデルが巨躯に似合わぬ小さな椅子に腰かけていた。

 そこに、八名の諸侯が両脇に並び立つさまも、女帝の権威付けとしては申し分がない。
 
 ――頭など幾らでも下げますよ。

 女帝にひざまずくルキウスを見下ろすトールは、アールヴヘイム邸のバーカウンターで彼と語らった夜を思い起こしている。

 ――女帝と会うとは、そういう事なのでしょう?
 ――まあ、そうですね。

 従来の慣例に従うなら、銀冠を戴かぬオビタルは謁見する事すら叶わなかったのである。

 ――でも、ルキウスさんの立場が不味くなりませんか?

 つまるところ、グノーシス船団国とは劣等感を触媒として存在する国家なのだ。

 そのような国柄であればこそ、却って虚勢を張りたくもなるだろう。

 女帝に跪いたルキウスが、国に戻って無事で済むとトールには思えなかったのである。

 ――いえいえ。私がこれからトール殿にお願いする事に比べたら、実に些細な問題でございましょう。

 女帝に跪くなど、ルキウスの企みにとっては序章に過ぎない。

 だが、母の会代表であるジュリアや他の使節団は、今にも金切声でさえずりそうな強面こわもてとなっていた。

 無論、それら下々の些事など、女帝ウルドが意に介するはずもない。

「名を口上せよ。許す」

 ルキウスが面を上げた。

「グノーシス船団国、執政官ルキウス・クィンクティと申します。畏れ多くも尊き陛下へのお目通りが叶い――」

 彼は胸に手を当て満の笑みを浮かべる。

「――この小さき魂も歓喜に震えております」

 追従──と決め付けるには余りに真に迫っていた。

 実際、彼は喜びに震えていたのである。

 ――来ましたよ――ついに――。

 幾夜も夢に描いた状況となったのである。万感の思いも去来しよう。

 他方で、諧謔かいぎゃく的な彼の魂はこうも考えていた。

 ――この美しさはもはや呪いかもしれません。
 ――嫉妬深く独占欲も強そうです。きっと性格も悪い――。夫となるのは人徳者か愚か者でしょうね……。

「遠路遥々の客人を歓迎しよう」

 ルキウスの想念など知らぬウルドは、常の通り頷き告げた。

「――とはいえ、ラムダの教えを異にする者共とは聞く。聖下に異存は無かろうか?」
「陛下の御心のままに為されば宜しかろう」

 悪漢は短く応えるにとどめつつ、女帝ウルドの意向である旨を強調したのである。

善哉よきかな。して、執政官殿――長旅を厭わなんだ用向きを申されよ」

 この場に居合わせた者達ならば知った内容である。

 だが──、

「国交を結んで頂きたく」

 実際に耳にすると重みが異なる。

 謁見の間に低い嘆声がさざ波の様に広がっていく。

「ふむん――」

 鼻を鳴らし、ウルドは思案気な様子を見せた。

「――元老方々はいかが考える?」

 事前に申し合わせた通り、筆頭元老のロスチスラフが口火を切った。

「仔細は後に詰める事になりましょうが、帝国にとって利の多き申し出かと愚考致します」
理由わけを」

 ロスチスラフは、希少資源の存在や略奪行為の抑止などの効用について、グノーシス船団国側の面目を保ちながら言葉を選び奏上《そうじょう》した。

 中でも、エヴァン率いる復活派勢力圏内では、従来通りの略奪行為が続くという点について、何名かは心の琴線に触れたようである。
 野人伯爵たるディアミド・マクギガンなどは、御前に相応しからぬ快哉を叫んだ。

「ほう――聞く限りにおいては、我が方の利ばかりであるな」
「我々にも利が御座います」

 ルキウスは、グノーシス船団国側の事情を説明する。

 略奪と奴隷に立脚した国家体制の行き詰まりについて明け透けに語った為、ジュリアなどは悲憤のあまり倒れそうになっていた。

「いかがで御座いましょうか?――ご検討頂けるならば、別の場にて――」

 と、言い残しつつルキウスは、女帝の傍に立つ男へ視線を送る。

 彼は全てを、この男に賭けたのだ。

 トール・ベルニクを巻き込む為にルキウスは全てを曝け出した。

 挙句、グノーシス船団国の核心的秘蹟を彼に託している。

 容器の中で回転し続けるモノリスをベルニクに渡した事が露見したなら、ルキウスは四肢を切断されたとしても一切の抗弁を許されないだろう。

「そうですな。以降は別の場にて――」

 ホクホク顔のロスチスラフが言を引き継いだ時の事だった。

「待て」

 ルキウスが──否、誰も想定していない人物からの横槍が入った。

「気に入らぬ」

 女帝ウルドである。

「――は、はい?」

 戸惑いの言葉を返したのは、ルキウスではなくロスチスラフであった。

 彼の賢しい計画には無かった筋書なのである。

「気に入らぬ――と申したのだ」

 幾分か華やぎつつあった謁見の間に沈黙が下りる。

「これまで数多の臣民が攫われ、未だ奴隷とされておろう」
「誠に不幸な次第であると認識しております。ですから、先ほど申し上げました通り、長期計画に基づき段階的に――」
「野盗、やつがれの言い分であろ」

 ロスチスラフは瞳を閉じて天を仰いだ。

うぬらが攫った者達を全て解放せよ。また、以後は帝国のいかなる場所であろうとも不逞行為は許さぬ。不忠の輩が根城にしておる星系であったとしても、だ」

 復活派勢力圏における略奪行為も止めよと告げた訳である。

「それでは、我が国が立ち行かなくなりましょう。陛下のお怒りは理解できますが――」
「できるものかッ!!」

 ついにジュリアが雄叫びを上げた。

「偉大なるグノーシス船団国は、異端者共を奴隷にする権利を女神ラムダより与えられている!!」

 国許の原理主義者達が見れば、感涙にむせび泣く光景であったかもしれない。

「この様な茶番は――はぐ――げふぅ」

 おくび音を漏らし、ジュリアが床に崩れ落ちた。

 怪訝な表情を浮かべ振り向いたルキウスに、スキピオは手元で指を弾く仕草をした後に片目を閉じてみせる。
 彼の掌に怪しげな黒い錠剤が数個残っていた。

「失礼致しました。お見苦しいところを――長旅の疲れでご婦人が倒れてしまったようで御座います。どこぞへ運んで頂けますと――」

 衛兵が二人がかりでジュリアを運んでいく。

「とまれ──野盗の言い分には飽いた」

 グノーシス船団国側の事情など知らぬという意味である。

 相手側の利もかんがみつつ、新生派オビタル帝国の利を最大化しようとしていたロスチスラフからすると目を覆いたくなる状況であった。

「余が求めるは、先に言うた通り」

 奴隷解放と、さらなる略奪の禁止である。

「だが、他方で与えてやらんでもない」

 この提案は女帝にしか出来ない。

「我等に与し、不忠の輩を滅せば──呉れてやろう」
「は──、な、何をでしょうか?」
「領地よ」

 帝国の一領邦として生き残る道を示したのである。

「不忠が居座る領地を、追い払った後に一つやる。その地で、臣下となって大人しゅう暮らせ」

 女帝ウルドがルキウスを詰める役を演ずる次第となり、トールが一計を案じたのだ。

 この提案ならグノーシス船団国の原理主義勢力を大人しくさせ、ルキウスを救えるやもしれぬと考えたのである。

 経緯を知らなかったルキウスは、驚きを以って女帝の申し出を聞いた。
 
 帝国に臣従するならば、船上暮らしを抜け出し、まともな国家運営に至る道が眼前に示されたのである。
 多くの国民が心密かに願う夢でもあった。

 但し、そこへ至る障壁は無数に存在する。

 ニューロデバイスに適合しないグノーシス船団国の民は大きなハンデを背負う。
 
 解放した奴隷達の受け入れ先も難題となる。

 そして、何より最も大きな問題は――、

「互いを異端と見なす者同士が同じ屋根の下で和せましょうか?」
「笑止。帝国とは本来かようなものであろうが――のう?」

 異民族、異文化、異教を、白鯨の如く呑み下し、力と権威で抑え込むのが帝国というものの本来的な在り方なのである。

 話を振られたアレクサンデルは、己の顔をひと撫でした後に口を開いた。

「うむ、相違ない」

 ルキウスの賭けた男は、期待以上の土産を用意してくれていたのである。

 だが、それでも──それでも、ルキウスは信じていない。

 船団国の民を、氏族を、議員を、神官を、ソルジャーを、そして何より奴隷達を信じていなかった。

「仔細と調印は後日となりましょうが――」

 トール・ベルニクへ僅かに視線を送った後、ルキウスは言葉を続けた。

「奴隷を解放し、略奪せぬという条件は忍んで受けさせて頂きます」

 この場でがえんずるとは思っていなかった諸侯達は息を飲んだ。

「ですが──、このまま私が戻れば、反対する勢力に潰されるのは必定で御座いましょう」

 星系の下賜を約されたとはいえ、奴隷と略奪は船団国の理念に通底している。

 ルキウスを廃して条約も反故にしようと動く可能性が高い。

「その場合は、どうなさるのか?」

 これこそがトールに約させた一事である。

「討つ」

 と、端的な応《いら》えがあった。

「トール・ベルニク伯の功によりグノーシスへ至る道は既に開かれておる。余に代わり、銀獅子権元帥が万艦率いて己らを根絶やしにしてくれるわ」

 そこまで言ってないですけど、という様子でトールが小さく咳払いをした。

「――素晴らしい」

 表にしてはならぬ本音が、思わず執政官ルキウスの口から漏れてしまう。
 
 歴史は何によって動かされて来たのか。
 
 ルキウスが学んだ限りにおいては美しい理念や理想などでは無かった。仮にそう見えたとしても、勝者が上書きした死化粧に過ぎない。

 いわんや、力のみである。

「陛下、誠に厚かましき儀ながら、今ひとつ――今ひとつの願いが御座います」

 おや、という表情をトールが浮かべる。

「民に信じさせて頂きたいのです」
「ほう、疑うか?」

 ルキウスが欲するのは確信であった。

「陛下が条約を違えられるとは申しませんが、他方で我が方が違えた場合――」

 討つ、という話しを約してくれ、と言いたい訳である。

 条約を破れば攻め滅ぼすなどと書面に出来るはずも無いが、ルキウスは帝国の力を利用して国柄を変えようとしている。

 強者からの明白な脅迫が必要なのだ。

「うむ、相分かった。トール伯――」

 ルキウスの望みが刻印の誓いであると察したトールは、聖剣を抜き放つと自身の髪をひと房掴んだ。

「――余に渡せ」
「え?」

 戸惑うトールの許へ、玉座を立ったウルドが近寄り、彼の聖剣を取り上げた。

「貴方らが約を違えたなら――」

 ウルドは自身の結い上げた銀髪にトールの剣を添えて告げる。

「――母の腹よりでた事を後悔させてくれよう」

 ひと房切ると、結いのほどけた銀髪が少女の輪郭を覆う。

「余の刻印に誓う」

 地に着くほどにこうべを垂れたルキウスの肩が震える。

 かくして、男は大事だいじを成した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...