選ばれし者

ドリーム

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選ばれし者 3

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 やがて静かになった。祈祷する声も聞こえない。やがて暫くすると急にイネが入っている箱ごと誰かが担いでいる。ザバザバと水を歩く音、一人ではなく複数で担いでいるようだ。何故か川から引き揚げられ箱ごと荷車で運んでいるようだ。イネは何がなんだか分からない。外を見たくても箱は窓すらない。宇治川の生け贄になるのではなかったのか? 連れて行かれたのは武家屋敷ようだがイネはどうなっているのだろうと困惑した。やがて屋敷に入ると箱が降ろされた。
「殿、連れて参りました」
「おうそうか、では連れて参れ。いや待て、まず風呂に入れて着替えさせろ」
「かしこまりました。そのように致します」
 イネは箱から出された。真夜中で良く分からないが庭は沢山の蝋燭の灯りで明るい。立派な屋敷だと分かる。人身御供の筈がなぜこのような所へ連れて来られたのか。しかし死んではいない。

  すると数人の女中がイネを連れて行き大きな風呂に入るように言われ、上がると綺麗な白い着物を着せられ、化粧が施された。連れて行かれた部屋には布団が二人分敷かれてある。
 幼いイネとはいえ十六歳これから何が起るか想像が付く。
 白い寝巻き姿のイネを見て朝倉元景(もとかげ)は驚いた。普段は汚い着物姿で化粧なんて皆無。それが綺麗に化粧を施されていた。当のイネ自信、自分が綺麗かどうか分かるはずもない。生まれた時からロクに鏡も見た事が無い。必要もない朝から晩まで働くだけだ。その一日が生きて居られたことに感謝するだけだ。元景が驚くのも無理はない。ただの石ころが宝石だったとは?   これが選ばれた娘か百姓の娘とは思いない美しさだ。いやこれほど美しい娘は見た事もない。まさに天女のようだ。それでも喜びを押し殺しようにイネに囁く。
「ほうなかなかの、べっぴんじゃないか。さぁさぁもっと側に寄れ、悪いようにはせん」

 この朝倉元景は天下一の極悪人と噂が高い朝倉孝景の親戚筋にあたる。応仁の乱で時の人となった天下に名を轟かせる朝倉孝景ほどではないが、この辺一帯を収める朝倉元景だ。イネの救いは朝倉孝景じゃなかったことだ。元影は極悪人ではないがスケベで有名だ。そこで各村の長に、何かといって女を集めさせていた。困った宝次郎は自分の娘は差出しなくない。そこで占い師と相談して決めたのが人身御供だった。だが娘を人身御供にして、それで水害が収まらなければ村の衆が百姓一揆を起こしかねない。その代わり氾濫が起きない工事をしてくれるならと引き受けたのだった。この朝倉元景、女が手に入るならと簡単に承諾した。女の為なら金に糸目をつけないと程の女好きだ。

つづき
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