クリムゾン・ウィッチ

なつき

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第一章

酒場の仲間たち

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 翌日。丸一日眠り、風呂も済ませたキャシーは、約束どおりいつもの酒場に向かった。

 「はろーキャシー♪」

 「シルヴィ!待ったぁ?」

 「ぜーんぜん。私もさっき仕事片付けてきたとこだから。いつものやつ注文しといたけど、良かった?」

 いつものやつとは、この酒場で人気のおつまみメニューである。チーズを薄い皮で包み、カラッと揚げた美味しい一品の他、いろいろなものを組み合わせた【店主のオススメ】である。

 「もち!あ、店員さーん、エアールひとつお願いしまーす!」

 エアールは、麦を元に醸造される炭酸酒である。

 「あいよ!」

 テーブルにつくと、すぐにエアールが運ばれてきた。キンキンに冷えたジョッキに注がれた黄金色のエアールは、見事な白い泡を乗せていて、いかにも美味しそうだ。

 「じゃ、かんぱーい♪」

 「かんぱーい!」

 女子二人がジョッキを合わせたところだった。

 「すみません、遅れました」

 現れたのはマークス。いつもの執事服ではなく、白を貴重とした私服である。

 「来なくていいのに」

 「キャシー、あんたホントにマークスに冷たいわね」

 「だってこいつ、うざいんだもん!」

 「うざっ......」

 動揺を隠せないマークスの頭を、シルヴィアがよしよしと撫でてやる。

 「シルヴィ!そんなのに優しくしないでいいから!」

 「えー。だってこいつ、こう見えて結構繊細なのよ?」

 ねー、と慰めるように言ったシルヴィアに、マークスは複雑そうな顔で口を開いた。

 「シルヴィア、あなた、私を子供扱いするのはよして下さいませんか」

 「あら。だってホントの事じゃなーい」

 ニコニコ笑うシルヴィアに悪意はない。ただマークスがキャシーに毛嫌いされて落ち込んでいるのを知っているから、放っておけないだけだ。少し面白がっている面もあるのは否定出来ないが。

 「シルヴィアはマークスと同期だからそいつ庇うんでしょーけど、あたしは嫌いだから。生理的に無理」

 キャシーの言葉に、マークスはどよーんと分かりやすく落ち込む。繊細というのはあながち間違っていないのだ。

 「あー、作家先生にメイドさん!両手に花とかずるくないか執事長!俺も混ぜて~♪」

 「「げっ!」」

 二人して同時に顔を歪めたキャシーとシルヴィアの事などおかまいなしに、金髪碧眼の美声年が飲みの席に加わった。キラキラと輝く短い金髪はゆるい癖毛で、頭頂部にはいつもアホ毛が揺れている。顔立ちはなかなか整っているが、冷たい印象はない。いつも人なつっこい笑顔を浮かべているのが印象的だ。身長は成人男性として通用する高さだし、体躯も男として見るには十分。いつも紅い魔法玉を付けた杖を持ち歩いている。
 そんな彼の名はアレックス。見た目の軽薄さからは伺い知れないが、実はその昔、大賢者オーシャンが設立した由緒正しい魔法王国の第一王子その人である。大賢者オーシャンの教えに基づき、王位を継ぐまで世界を旅し、見識を広めるという使命を遂行中の、れっきとした王族である。その外見と普段の行いの軽薄さから、そんな立場だとは全く思えないのが難点である。

 「げって、酷い。傷付くなー」

 「鬱陶しいのよ、いつもいつも!ナンパなら他でやれ、他で!」

 「あ、でもうちの部下に手ぇ出したら殺すから」

 「メイドさん目が笑ってない!こわっ!」

 そう言いつつも席を立たないのは、何だかんだ言いつつも自分が許される事を知っているからである。権力にモノを言わせる訳ではないが、事を荒立てるような馬鹿な行いはしない事をちゃんと分かってもらえていると知っているのだ。

 「あんたってホンット図太いわよねー」

 「そうよねー。いくら賓客でも長居し過ぎって自覚あんの?」

 「作家先生もメイドさんも容赦ねーなー」
 
 「アレックス様、我が国を気に入って頂けたのは光栄ですが、あまり長居をしては旅に支障をきたすのではありませんか?」

 「執事長さんまで!」

 「まあまあ皆さん、王子はこーゆー方ですが、ちゃんと目的があって滞在させて頂いているので。もうしばらくお許し願いませんか」

 口を挟んだのは、いつの間にか同じテーブルに着いていた長い白銀髪の男だった。灰色の瞳を持つ目はいつも開いてるんだか閉じてるんだか分からない糸目で、口許には常に微笑が湛えられている。アレックスより頭ひとつ分ほど背が高いが、体躯は女性と言われても違和感がない細身である。高級そうな薄い水色の布で出来た服を、ゆったりと着こなしている。首もとには大きな紅い宝玉が輝いている。傍目には分からないが、強い魔法力を持つ魔法石である。
 本当に強い魔法使いは杖など持たない。自分が魔法使いだと相手に悟らせる事なく魔法をかける。完璧に、完全に。アレックス付き従者である彼、ソーマは、まごうことなき凄腕魔法使いだ。その優しい物腰からは想像もつかないが、かつて国を揺るがす大戦争が起きた際など、前線で活躍した一流魔法使いである。おまけに各国首脳を唸らせるほどの頭脳を持つ。食えない男の代表格と言える男なのである。

 「言っとくけど、あたしはあんたも大嫌いだからね?」

 ジロリとキャシーに睨まれ、ソーマは余裕の微笑を返す。

 「嫌いで構いませんよ。王子にさえ害がなければ、ね」

 そう。ソーマはいつの時もアレックス第一。アレックスの意思を読み取り、アレックスのいいように事を運ぶ。それが従者たるソーマの使命であり、生き甲斐なのだ。

 「なんだなんだ、お前ら揃って何やってんの?俺も混ぜろよ~」

 すっかり出来上がった様子で近付いて来たのは、大柄な執事服の男だった。きっちりと整えられた黒髪。キリリとした眉。髪と同じく漆黒の瞳を持つ切れ長の目。スッキリとしたシャープな顔立ち。まさに執事らしい執事、マイヤー=ニコラシフである。彼はこの国一の権力を誇る大貴族の一人息子に仕える執事長である。

 「マイヤー!ちょうど良かった!あんたもこの放蕩王子様に何か言ってやって!」

 「なぁに言ってやがんだ。この店じゃ立場を忘れるのがルールだろーが。んな難しい顔してねーでほら、飲め飲め!」

 「うー、マイヤーにそう言われちゃ仕方ないわね」

 ようらく矛を納め、キャシーは手元のジョッキに口をつけた。グビグビと飲み干す。

 「ぷはーっ!うまっ!!」

 「いい飲みっぷりじゃねーか!よし!今夜はガンガン飲もうぜえ!」

 「おーう!」

 すっかり意気投合しているキャシーとマイヤーに習い、一同は酒を飲み、つまみを食う。時に笑い話を挟みながら、賑やかに。酒場の夜は、いつもこうして更けていくのだった。
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