小説練習帖 七月

犬束

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否応なしに〈19〉

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 under the rose  3.
 
 逡巡しゅんじゅんする間もなく、一瞬にして、その夏、10歳の夏に呼び戻された。
 小学生の頃、夏や冬の長い休みに、母方の祖母の家で過ごすのが習慣だった。いとこたちは既に高校生と大学生で、部活動やアルバイトに忙しくしており、Sの遊び相手になることはなかった。
 Sは、従兄弟が乗らなくなった自転車を借りて遠出したり、海へ泳ぎに行ったり、雨の日は死んだ祖父のレコード(映画のサウンドトラックとか、ジャズとかハワイアンとか)を聴いたりして、ほとんどの時間を一人で過ごしていた。
 その年、10歳の夏が特別だったのは、空き家だった隣の屋敷に、かつての住人の息子を名乗る家族が越して来て、そこの娘がSと同い年だったよしみで、親しくなったことに起因する。
 夏休みの始まりと共に、家財道具が運びこまれた。母親が娘を連れてSの家に挨拶に訪れたのは、午後の暑い盛りの時刻だった。
 応対に出た祖母に短い口上を述べ、持参した紙袋を差し出しながら、
——娘がピアノを習っておりまして、もしや、音をやかましく思われるかも知れませんが。
 母親はにこかにいい、さらに、
——ピアノのお部屋は、防音しておりますので、ご迷惑をおかけすることはないよう、心がけてございますのよ。
 と、つけ加えた。彼女が防音の自慢をしたがっているは、子供のSにも分かった。
 玄関脇の応接間のドアを薄く開け、覗き見していたSを見つけた娘が、
——遊びに来てね。
 母親とは似つかぬ、ためらいがちの声で呼びかけた。
 ネイビーに白い花柄のカシュクールワンピースが、彼女をひどく大人びて見せていた。


 
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