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第17話 試練
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ミウの最高の結婚相手であるユアンを助けるため、すぐにでも出発が必要になった。
とはいえ、すでに日は落ち、辺りは暗くなり始めている。
馬車を借りに、商業ギルドへ交渉に行ってみると、最初は夜中になると危険だという理由で断られたのだが、ミウがエンボス家の一人娘だと分かると担当者の態度が一変。御者付きで四人乗りの馬車を貸してくれることとなった。
エンボス家、身分は高そうだと思っていたのだが……相当な範囲の領地を収める大貴族だった。
ちなみに、ジルさんの婚約者が住むアーテムの村も、このエンボス家の領土となる。
ジルさんも、この領主へ真竜討伐懸賞金増額の陳情に同行したということだから、その時に俺達の事を話題にしていたのかもしれない。
魔核を燃料としたライトで前方を照らし、馬車はかなりの速度で聖域目指して走る。
二頭立ての馬車で、御者は御者台という馬車前方の台に座っている。
俺達が乗っている場所は屋根付きの小さな部屋のようになっており、対面の椅子で俺とユナが並んで座り、ミウはクッションを枕に、横になって眠り込んでしまっていた。
馬車が出発する時点では、相当不安そうな顔をしていたのだが、ユナが魔法が使える上級冒険者であり、そして俺がユアンの現在位置をはっきりと把握出来るからもう大丈夫だ、と告げると、安心したのか、十分もしないうちに眠り込んでしまったのだ。
しかし、これは緊張感がないからではない。
今まで気が張り詰めすぎて、限界に達していたのだ。
実際、昨晩はユアンが試練を受けることになり、そして将来、自分と結婚する可能性が出て来たことに、喜びと期待、若干の不安で眠れなかったという。
そして彼が出発した後で聞いた、中級冒険者三人に襲わせるという恐ろしい計画。
馬に飛び乗り、灰色熊が出るかもしれない街道を、たった一人で何時間もかけて走って来た。
まだ十六歳の少女が、短期間に、これだけの精神的、肉体的な試練を受けたのだ。普通に起きていられるはずがない。
「……すごいね、この子……よく頑張って、私達のところに辿り着いたね……」
ユナが、尊敬の眼差しでミウを見つめながら呟いた。
「……愛の力、かな。本当に彼の事、好きなんだろうな……」
「うん、それもあるんでしょうけど……あと、行動力も、それに見合う実力もある……」
「……実力?」
「そう。馬に乗って、私達のところまで辿り着ける。それだけの技量と、体力、精神力もある……いくら夢中だからって、普通の女の子が、こんな事できると思う?」
「……そうだな……運が良かった、っていうのでもないだろう。凄いよ、ミウは」
「……ひょっとしたら、タクって、そういう人を引き寄せるのかもしれないね」
「引き寄せる?」
「そう、恋愛に夢中になって、冒険までしてしまう人。ジルさんもそうだったでしょう?」
「……君もそうだしな」
「私? 私はただ、最高の相手がどんな人か知りたかったのと、なんていうか、恋愛に真剣な人を全力で応援してるだけで……」
「そのために、君も冒険しているだろう?」
「……そう言われてみれば、そうかな? でも、だったらタクも同じよね」
「俺? 俺はお金が絡んでるからな……」
「割に合わないっていってたじゃない。今回も、規定料金意外はもらわないつもりでしょ?」
「……まあ、そうなるかな……」
「本当に、商売下手ね……でも、それがタクの良い所、かな。私も嫌な気分にならないし、ジルさんも、そういうところを気に入ってくれてるって言ってたし。そのおかげで、エンボス家も紹介してくれたんでしょうね」
「そんな風に言ってくれてたのか? やっぱり、商売は誠実が一番、だな」
「どうだか……でも、本当にタクの噂が広まったら、占って欲しいって人、いっぱい出てくると思うけど、遠くから来る人ほど凄いっていうことになりそうね」
「……うーん、凄いっていう定義がよく分からないけど、確かに旅をするためには、遠ければ遠いほど、費用がかかったり、危険が増したりするからな……俺ももう、二度目は無いって言われてるし……」
ユナの指摘は、的を射ているように感じた。
……と、ここでユナが、俺をじっと見つめていることに気付いた。
尊敬しているのでも、見とれているのでもない。
明らかに、何かを怪しむ目だ。
「……どうした?」
「……今、『二度目は無い』って言ったよね? それって、どういう意味?」
彼女の質問を聞いて、しまった、と思ったが、後の祭りだ。
ごまかそうかとも考えたが、彼女にウソは通用しない。
「……いずれ話せる時が来たら話す、っていうのじゃダメか?」
「……やっぱり、何かあるのね……うん、それでいい。でも、なるべく早めにね」
「ああ、分かったよ」
何とかユナが機嫌を悪くしなかったことに安堵しながら、今回の依頼について、何をどう進めていくか、小声で相談した。
四時間ほど走って、領主の屋敷が見えてきたところでミウを起こした。
そして彼女の指示で馬車を止め、俺達は降りた。
御者は「こんなところで降りられては困る」というような事を言っていたが、人命最優先だ。
ミウは、自分が帰って来たことを屋敷の人に伝えて欲しい、これを見せれば分かるはずだから、と、手紙のような物を渡していた。
彼には申し訳ないが、料金は先にミウが少し多めに支払っていたようだし、彼女が勝手に行動したと言うことにすれば、そんなに責められることはないだろう。
とにかく、ユアンという名の青年を早く見つけ、事情を説明し、盗賊に襲われることは阻止しなければならない。
ミウと彼を繋ぐ『運命の糸』は見えている。
広い聖域内だが、立木などの障害物もそれほど密集しているわけではなく、ほぼ真っ直ぐに山中へと伸びている。
辺りは真っ暗だが、ユナと俺がランタンを持っていたため、足元にも大きな不安はない。
何かの作業のために整備されたのか、かなり古そうな小道を見つけ、それが糸が伸びている方に続いていたため、そこに向かって全力で走る。
さすがにミウが一番走るのが遅かったが、それでも息を切らせながら必死について来てくれた。
やがてもう少し大きな道に合流し、さらに上へと登っていく。
一時間近く小走りしたときだった。
ぼんやりと、月明かりに照らされた大きな石造りの建物が見えてきた。
「あれって……まさか、神殿!?」
ミウが青くなりながらそう呟いた。
神殿は、本来彼が試練の最後に訪れるべき場所だ。
今の時点でそこに辿り着くと言うことは、予定よりずっと早かった、ということになる。
あるいは、何かの手違いで、他の四つの試練を飛ばしてしまったのかもしれない。
ただ、問題の本質はそこではなく……神殿の手前で、武装した三人のハンターが待ち構えているということだ。
「急がないと……タク、本当に糸はあっちに伸びてるのね?」
「ああ、間違いない……戦闘になってたら加担する。シアンは十八歳の青年だ。練習用の木剣を持っているって事だから、すぐに分かるとは思うけど」
「分かったわ。ミウ、あなたは後に控えていてね」
「はい、了解しました……」
ミウは心配のあまり涙を溢れさせながら、それでも必死について来た。
そして、神殿の手前、数十メル四方の開けた場所で、その異変に気付いた。
金属製の胴鎧や籠手、脛当てを身に纏った戦士が三人、腰を下ろしたり、膝を付いたりしていたのだ。
休憩中……というわけではなく、全員、苦しそうな表情をしている。
「……どういうこと? 何があったの?」
その奇妙な光景に、ユナが疑問の声を上げた。
「……な、なんだあんた達……」
三十歳後半ぐらいの大男が、うめくようにそう聞いて来た。
「……俺達は、ここに試練を受けに来た青年を援護するためにやってきた。……盗賊に扮した中級ハンターっていうのは、あんた等のことか?」
「な……なんでそれを!」
三人は、一様に焦ったような表情を見せた。
盗賊は犯罪者。役人に引き渡されれば処罰される。
「あなた達の悪事はお見通しよ! ユアンは無事なんでしょうね!」
ユナが剣を抜き、声を荒げる。
「あの化け物剣士のことか……この状況見りゃ分かるだろう。オルド様も人が悪い、あんな凄腕って教えてくれてりゃ、俺達の心構えも違ったのに……」
小太りの男が、吐き捨てるようにそう言った。
「……それって、どういうこと? もしかして……たった一人に、負けちゃったの?」
ユナが、相変わらず遠慮なく言葉を投げかける。
「……負けたって言うか、あいつの腕を認めて、通してやっただけだ。そもそも、俺達は盗賊のふりをして、あいつの腕試しをしただけだ。その証拠に……見てみろ」
と、頬に傷のある男が長剣を差し出してきた。
じっくりと見てみると、その剣は、刃が丸くなっていた。
他の三人の剣も同じだった。
「……じゃあ、貴方達は、最初からユアンを殺すつもりじゃなかったの?」
「おいおい、物騒なこと言うなよ。確かに、あいつを驚かすために盗賊のふりをしたがな……それなのに、奴は木剣一つで俺達に向かってきた……そこに戸惑いと、油断が出来ちまった。鎧のない場所とか、関節に正確に当ててきやがったんだ……あんな早い剣、見たことねえ。さすがオルド様の弟子だ」
「オルドって……ひょっとして、剣聖オルド?」
ユナが驚いたように声を上げる。
「なんだ、知らなかったのか? ここの領主、オルド・エンボス様だよ」
彼等は、逆に呆れていた。
「ミウ、あなたのお父さん、あの剣聖オルドなの?」
「あ、はい、昔そう呼ばれていたのは知っています。エンボス家に婿入りして、この地方の領主になりました」
「……すっごーい。ねえねえ、タク、聞いた? 元五つ星ハンター、剣聖・オルドがお父さんだって。だったら、ユアンっていう人が凄腕なのも分かるけど……でも、木剣で武装した中級ハンター三人を倒すなんて……私でも、魔法を使ってやっと何とかなるぐらいだわ……」
ユナはすっかり感心していた。
「……じゃあ、その領主様からすれば、本当に純粋に腕試しだったのか。ユアンを認めるかどうかの」
と、俺がまとめようとしたとき、神殿から純白の光の筋が、天に向かって伸びていった。
「……聖光の柱……ユアンが試練を成し遂げた……」
ミウが、涙をハンカチでぬぐいながらそう呟いた。
それは、彼がエンボス家の一員としてふさわしいと、認められた証だった。
それから、しばらくの間。
ミウとユナが、三人の中級冒険者達に治癒魔法をかけ、手当を行った。
二人が初級の治癒魔法を使えることに、俺も彼等も驚いたが、二人とも魔法の才能が相当なものなので、使えるのが普通なのかもしれない。
だったら、あのドラゴンの時も自分で治癒出来たのでは、と聞いてみたのだが、
「背中に負った傷は手当てできないでしょう?」
と当たり前のように言われてしまった。
また、ミウが領主の一人娘であることを話すと、三人は目を見開いて驚いていた。
そして、彼女がユアンを心配して俺達を連れてきたこと、そして彼が試練に挑んでいたことに、何となく事情を察したようで、目配せをして苦笑していた。
と、そこに軽装の青年が、神殿の方から歩いてきた。
「……ユアン、無事だった?」
ミウが彼の方に駆け寄っていく。
「……ミウ様! どうしてここに……」
すらりと背が高く、それでいて線の細さは感じさせない、がっしりとした体つき。
顔は小さく、相当なイケメン……。
そんな彼だが、ミウがこの場にいることには相当驚いているようだった。
「よかった、ユアン……ずっと心配してたの。無事、試練を達成したのね……」
ミウは真っ赤になって、涙を流しながら彼に話しかける。
二人の間には、『運命の糸』がはっきりと直結しているのが見えた。
しかし、ユアンは一定以上、間を詰めようとしない。
そこに、身分差という壁があるのか……と、そう感じたときに、彼はいきなりミウに近づいて、その小柄な体を抱き締めた。
俺達は全員、えっと思ったのだが、そのまま彼が、ミウを抱えて横っ飛びし、彼女を守るように倒れ込んで――そのすぐ脇に、轟音と共に巨大な何かが降ってきたのを見て、戦慄を覚えた。
沸き起こった土埃が収まった、そこに存在していたものは……。
「……どこまで……どこまでしつこいのよ!」
ユナが、怒ったような、震えるような声でそう叫んだ。
薬品による火傷によって片目を失った巨竜。
残る隻眼を燃えるようにぎらつかせ、俺達のことを睨み付けている。
あの真竜が、三度俺達の前に立ちはだかった。
とはいえ、すでに日は落ち、辺りは暗くなり始めている。
馬車を借りに、商業ギルドへ交渉に行ってみると、最初は夜中になると危険だという理由で断られたのだが、ミウがエンボス家の一人娘だと分かると担当者の態度が一変。御者付きで四人乗りの馬車を貸してくれることとなった。
エンボス家、身分は高そうだと思っていたのだが……相当な範囲の領地を収める大貴族だった。
ちなみに、ジルさんの婚約者が住むアーテムの村も、このエンボス家の領土となる。
ジルさんも、この領主へ真竜討伐懸賞金増額の陳情に同行したということだから、その時に俺達の事を話題にしていたのかもしれない。
魔核を燃料としたライトで前方を照らし、馬車はかなりの速度で聖域目指して走る。
二頭立ての馬車で、御者は御者台という馬車前方の台に座っている。
俺達が乗っている場所は屋根付きの小さな部屋のようになっており、対面の椅子で俺とユナが並んで座り、ミウはクッションを枕に、横になって眠り込んでしまっていた。
馬車が出発する時点では、相当不安そうな顔をしていたのだが、ユナが魔法が使える上級冒険者であり、そして俺がユアンの現在位置をはっきりと把握出来るからもう大丈夫だ、と告げると、安心したのか、十分もしないうちに眠り込んでしまったのだ。
しかし、これは緊張感がないからではない。
今まで気が張り詰めすぎて、限界に達していたのだ。
実際、昨晩はユアンが試練を受けることになり、そして将来、自分と結婚する可能性が出て来たことに、喜びと期待、若干の不安で眠れなかったという。
そして彼が出発した後で聞いた、中級冒険者三人に襲わせるという恐ろしい計画。
馬に飛び乗り、灰色熊が出るかもしれない街道を、たった一人で何時間もかけて走って来た。
まだ十六歳の少女が、短期間に、これだけの精神的、肉体的な試練を受けたのだ。普通に起きていられるはずがない。
「……すごいね、この子……よく頑張って、私達のところに辿り着いたね……」
ユナが、尊敬の眼差しでミウを見つめながら呟いた。
「……愛の力、かな。本当に彼の事、好きなんだろうな……」
「うん、それもあるんでしょうけど……あと、行動力も、それに見合う実力もある……」
「……実力?」
「そう。馬に乗って、私達のところまで辿り着ける。それだけの技量と、体力、精神力もある……いくら夢中だからって、普通の女の子が、こんな事できると思う?」
「……そうだな……運が良かった、っていうのでもないだろう。凄いよ、ミウは」
「……ひょっとしたら、タクって、そういう人を引き寄せるのかもしれないね」
「引き寄せる?」
「そう、恋愛に夢中になって、冒険までしてしまう人。ジルさんもそうだったでしょう?」
「……君もそうだしな」
「私? 私はただ、最高の相手がどんな人か知りたかったのと、なんていうか、恋愛に真剣な人を全力で応援してるだけで……」
「そのために、君も冒険しているだろう?」
「……そう言われてみれば、そうかな? でも、だったらタクも同じよね」
「俺? 俺はお金が絡んでるからな……」
「割に合わないっていってたじゃない。今回も、規定料金意外はもらわないつもりでしょ?」
「……まあ、そうなるかな……」
「本当に、商売下手ね……でも、それがタクの良い所、かな。私も嫌な気分にならないし、ジルさんも、そういうところを気に入ってくれてるって言ってたし。そのおかげで、エンボス家も紹介してくれたんでしょうね」
「そんな風に言ってくれてたのか? やっぱり、商売は誠実が一番、だな」
「どうだか……でも、本当にタクの噂が広まったら、占って欲しいって人、いっぱい出てくると思うけど、遠くから来る人ほど凄いっていうことになりそうね」
「……うーん、凄いっていう定義がよく分からないけど、確かに旅をするためには、遠ければ遠いほど、費用がかかったり、危険が増したりするからな……俺ももう、二度目は無いって言われてるし……」
ユナの指摘は、的を射ているように感じた。
……と、ここでユナが、俺をじっと見つめていることに気付いた。
尊敬しているのでも、見とれているのでもない。
明らかに、何かを怪しむ目だ。
「……どうした?」
「……今、『二度目は無い』って言ったよね? それって、どういう意味?」
彼女の質問を聞いて、しまった、と思ったが、後の祭りだ。
ごまかそうかとも考えたが、彼女にウソは通用しない。
「……いずれ話せる時が来たら話す、っていうのじゃダメか?」
「……やっぱり、何かあるのね……うん、それでいい。でも、なるべく早めにね」
「ああ、分かったよ」
何とかユナが機嫌を悪くしなかったことに安堵しながら、今回の依頼について、何をどう進めていくか、小声で相談した。
四時間ほど走って、領主の屋敷が見えてきたところでミウを起こした。
そして彼女の指示で馬車を止め、俺達は降りた。
御者は「こんなところで降りられては困る」というような事を言っていたが、人命最優先だ。
ミウは、自分が帰って来たことを屋敷の人に伝えて欲しい、これを見せれば分かるはずだから、と、手紙のような物を渡していた。
彼には申し訳ないが、料金は先にミウが少し多めに支払っていたようだし、彼女が勝手に行動したと言うことにすれば、そんなに責められることはないだろう。
とにかく、ユアンという名の青年を早く見つけ、事情を説明し、盗賊に襲われることは阻止しなければならない。
ミウと彼を繋ぐ『運命の糸』は見えている。
広い聖域内だが、立木などの障害物もそれほど密集しているわけではなく、ほぼ真っ直ぐに山中へと伸びている。
辺りは真っ暗だが、ユナと俺がランタンを持っていたため、足元にも大きな不安はない。
何かの作業のために整備されたのか、かなり古そうな小道を見つけ、それが糸が伸びている方に続いていたため、そこに向かって全力で走る。
さすがにミウが一番走るのが遅かったが、それでも息を切らせながら必死について来てくれた。
やがてもう少し大きな道に合流し、さらに上へと登っていく。
一時間近く小走りしたときだった。
ぼんやりと、月明かりに照らされた大きな石造りの建物が見えてきた。
「あれって……まさか、神殿!?」
ミウが青くなりながらそう呟いた。
神殿は、本来彼が試練の最後に訪れるべき場所だ。
今の時点でそこに辿り着くと言うことは、予定よりずっと早かった、ということになる。
あるいは、何かの手違いで、他の四つの試練を飛ばしてしまったのかもしれない。
ただ、問題の本質はそこではなく……神殿の手前で、武装した三人のハンターが待ち構えているということだ。
「急がないと……タク、本当に糸はあっちに伸びてるのね?」
「ああ、間違いない……戦闘になってたら加担する。シアンは十八歳の青年だ。練習用の木剣を持っているって事だから、すぐに分かるとは思うけど」
「分かったわ。ミウ、あなたは後に控えていてね」
「はい、了解しました……」
ミウは心配のあまり涙を溢れさせながら、それでも必死について来た。
そして、神殿の手前、数十メル四方の開けた場所で、その異変に気付いた。
金属製の胴鎧や籠手、脛当てを身に纏った戦士が三人、腰を下ろしたり、膝を付いたりしていたのだ。
休憩中……というわけではなく、全員、苦しそうな表情をしている。
「……どういうこと? 何があったの?」
その奇妙な光景に、ユナが疑問の声を上げた。
「……な、なんだあんた達……」
三十歳後半ぐらいの大男が、うめくようにそう聞いて来た。
「……俺達は、ここに試練を受けに来た青年を援護するためにやってきた。……盗賊に扮した中級ハンターっていうのは、あんた等のことか?」
「な……なんでそれを!」
三人は、一様に焦ったような表情を見せた。
盗賊は犯罪者。役人に引き渡されれば処罰される。
「あなた達の悪事はお見通しよ! ユアンは無事なんでしょうね!」
ユナが剣を抜き、声を荒げる。
「あの化け物剣士のことか……この状況見りゃ分かるだろう。オルド様も人が悪い、あんな凄腕って教えてくれてりゃ、俺達の心構えも違ったのに……」
小太りの男が、吐き捨てるようにそう言った。
「……それって、どういうこと? もしかして……たった一人に、負けちゃったの?」
ユナが、相変わらず遠慮なく言葉を投げかける。
「……負けたって言うか、あいつの腕を認めて、通してやっただけだ。そもそも、俺達は盗賊のふりをして、あいつの腕試しをしただけだ。その証拠に……見てみろ」
と、頬に傷のある男が長剣を差し出してきた。
じっくりと見てみると、その剣は、刃が丸くなっていた。
他の三人の剣も同じだった。
「……じゃあ、貴方達は、最初からユアンを殺すつもりじゃなかったの?」
「おいおい、物騒なこと言うなよ。確かに、あいつを驚かすために盗賊のふりをしたがな……それなのに、奴は木剣一つで俺達に向かってきた……そこに戸惑いと、油断が出来ちまった。鎧のない場所とか、関節に正確に当ててきやがったんだ……あんな早い剣、見たことねえ。さすがオルド様の弟子だ」
「オルドって……ひょっとして、剣聖オルド?」
ユナが驚いたように声を上げる。
「なんだ、知らなかったのか? ここの領主、オルド・エンボス様だよ」
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「ミウ、あなたのお父さん、あの剣聖オルドなの?」
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と、俺がまとめようとしたとき、神殿から純白の光の筋が、天に向かって伸びていった。
「……聖光の柱……ユアンが試練を成し遂げた……」
ミウが、涙をハンカチでぬぐいながらそう呟いた。
それは、彼がエンボス家の一員としてふさわしいと、認められた証だった。
それから、しばらくの間。
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だったら、あのドラゴンの時も自分で治癒出来たのでは、と聞いてみたのだが、
「背中に負った傷は手当てできないでしょう?」
と当たり前のように言われてしまった。
また、ミウが領主の一人娘であることを話すと、三人は目を見開いて驚いていた。
そして、彼女がユアンを心配して俺達を連れてきたこと、そして彼が試練に挑んでいたことに、何となく事情を察したようで、目配せをして苦笑していた。
と、そこに軽装の青年が、神殿の方から歩いてきた。
「……ユアン、無事だった?」
ミウが彼の方に駆け寄っていく。
「……ミウ様! どうしてここに……」
すらりと背が高く、それでいて線の細さは感じさせない、がっしりとした体つき。
顔は小さく、相当なイケメン……。
そんな彼だが、ミウがこの場にいることには相当驚いているようだった。
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ミウは真っ赤になって、涙を流しながら彼に話しかける。
二人の間には、『運命の糸』がはっきりと直結しているのが見えた。
しかし、ユアンは一定以上、間を詰めようとしない。
そこに、身分差という壁があるのか……と、そう感じたときに、彼はいきなりミウに近づいて、その小柄な体を抱き締めた。
俺達は全員、えっと思ったのだが、そのまま彼が、ミウを抱えて横っ飛びし、彼女を守るように倒れ込んで――そのすぐ脇に、轟音と共に巨大な何かが降ってきたのを見て、戦慄を覚えた。
沸き起こった土埃が収まった、そこに存在していたものは……。
「……どこまで……どこまでしつこいのよ!」
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