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エール

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第39話 マスター

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 翌早朝、俺達はオルド公とその従者に見送られながら、アクテリオスを探し出し、そして眠れる王女を救うための旅に出発した。

 まず御者を務めたのは、ユアン。
 馬車の中は、俺とジル先生が同じ座席に、そして対面にミウ、ミリア、ユナの三人が座って、

「どんな旅になるのか」
「不安もあるけど楽しみが大きい」

 そんな事を話しながらの、和気藹々とした雰囲気だった。
 ただ、ミリアだけは終始無表情、無口で、眠そうで……っていうか、ほとんど寝ていた。

 古都キエントには、この日を一日目とすると、三日目の夕方に辿り着くことを目標とする。
 しかし、天候の影響などの事情により、計画通り辿り着けるとは限らない。
 季節は初夏、内陸部を目指して馬車を走らせており、今のところ湿気も少なく快適だ。
 三時間も走ると、話すことも少なくなって、ミリアのように眠くなってきた。

 と、ここでハプニングが発生。
 今まで眠そうにしていたミリアが、急に

「……馬車を止めて……何かいる……」

 と、珍しく早口で言ったのだ。
 俺はちょっと驚いたが、なにかあると直感し、ユアンに馬車を止めるよう指示した。

「ミリア、何かって、何がいるんだ?」

「……人の気配……金属の気配……武装した人間、十数人が、この先の岩陰に隠れている……」

「……すごい、ミリア、時々何か魔法使ってるなって思ってたけど、あんな微弱な探知魔法でそんなのに気付けるんだ……どのぐらい先?」

 ユナが目を見開いてそう聞いた。

「……五百メルぐらい先……隠れてるから、まだ見えない……」

 たしかに、この辺りはごつごつとした岩があちこちに点在しており、中には縦、横、高さとも数十メルもありそうな大岩も存在する。
 街道は馬車が余裕を持ってすれ違える程度の幅で平らにのびているが、すぐ側にまで、大岩が迫っている場所もあった。 

「……まさか、盗賊、でしょうか? この辺り、何度も騎士団が討伐に出ていると聞きましたけど……」

 ミウが、不安そうにそう呟いた。

「……あの大岩の上に、見張りがいる……何か光らせて、仲間に合図している……」

 ミリアの指差す方向を見ると、確かに二キロほど先に、黒っぽい影のようなものが見えた気がしたが……。

「本当、……今、何か光った!」

 今度はユナが驚いて声を上げた。

「……なるほど、もし騎士団が来たり、あるいは、護衛を多く引き連れた商人の隊列なんかだったら見張りが合図して手を出さず、我々のような少人数の旅人だけを襲う作戦なのかもしれません……」

 昨日、王都で商人に、俺達が馬車一台でキエントを目指す、と言ったときには、

「最近盗賊が増えてきているから、馬車一台だけで行くなんて無茶だ。三日後に大規模な隊列ができるから、それに加わるべきだ」

 とアドバイスももらっていたのだが、王女のあの姿を見た以上、なるべく早く出発したかったし、またそのようにデルモベート老公からも指示を受けていた。

 それに、多少の盗賊相手ならば、俺達が遅れをとることも無いだろう……そう考えていたのだが、十数人に奇襲攻撃をされるとさすがにヤバイか?

「……大丈夫、私がいるから……」

 そう言うと、ミリアはそそくさと馬車を降りた。
 俺達は慌てて彼女の後を追ったが……そこで、何が、ぞくん、と背筋に、しびれのようなものが走った。

「……広域詳細探知魔法……すごい、これだけ高出力のものを……」

 ユナが驚いているが、俺にはいまいちピンとこない。

「……前方約五百メルに計十三人、全員男性……強い魔力反応なし……」

 そんな俺達の動揺をよそに、ミリアは相手の情報らしきことを呟くと、両手を全面に突き出し、素人の俺でも分かるほどに膨大な魔力を練り上げていく。

「ちょっと、ミリア、それ、危なっ……」

 ユナの制止も間に合わないほど急激に膨れあがった魔力を、一気に収縮し、そして光弾として五百メルほど先に飛ばした。

 一瞬遅れて、強烈な閃光と爆撃音が響き、俺達は驚いて耳を塞いだ。
 しかし、隠れていた者達はもっと驚いたようで、姿こそ見えないものの、うめきとも、叫びともとれぬ苦しそうな声が聞こえ、そしてまた元の静けさに戻った。

「……今、攻撃したのか?」

 恐る恐る、ミリアに確認する。

「……ううん……閃光音響魔法でビックリさせただけ……みんな、逃げた……」

「そ、そうか……だったら、良かった……」

 冷静に話したつもりだったが、ちょっと声が震えていたかもしれない。
 これがあの、昨晩ユナの隣で子猫のように可愛らしく寝ていたミリアなのか……。

 しかし、そんな彼女もやはり弱点はある。
 かなり強い魔法を使ったので、発熱していたのだ。
 ミウに頼んで冷却してもらい、そして『魔結晶』を一粒、ミリアに摂取させた。

「……それにしても、せめてどんな魔法使うのか、先に言ってくれよ。ちょっと、いや、相当ビックリした」

 俺は苦笑いしながら、そう言ったのだが、

「……それって、命令?」

 と、相変わらず無表情で聞いてきた。

「いや、命令って言うか、そんな大層なものじゃなくて……」

 俺が困惑していると、

「待って! ……えっと、ミリアはタクの『命令』を聞くように、『命令』されているの?」

「……そう……私の今のマスターは、タクヤ……私、タクヤの命令なら、受け入れる……」

 と、予想外の言葉を返してきた。
 マスター……つまり、パーティーの中で『主たる指示者』は、俺ということになっているらしい。

 どうやら、デルモベート老公と魔術師ジフラールに、そうすり込まれているようだった。
 どこまで命令に従ってくれるのかは分からないし、そもそもこんな可愛い女の子に命令なんてするつもりは全くなかったのだが。

 既に受けている『命令』を『破棄』させることも可能だった。
 俺はユナの指摘により、俺と毎晩一緒に泊るよう受けていた『命令』を、『破棄』させた。

 宿によっては部屋割りに制限があるし、
「『命令』でずっと一緒の部屋にいさせるのは、可哀想……」
 というユナの意見もあり、仕方の無い措置だが、ちょっと残念なような……。

 ただ、一緒に泊るのは『命令』ではなくなっただけで、

「また気が向いたら、部屋割りによっては三人で泊るのもいいかもね」

 と、こそっとユナが言ってくれたのと、ミリア自身も

「……嫌じゃなかった……」

 と言ってくれたのは救いだった。 

 そして後から判明したことだが、このとき逃げた者達は、『盗賊』などという表現で示せるものでは無く、もっと恐ろしい集団の先方部隊だった。
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