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第68話 東の岩戸
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ワノクニは、実に自然豊かな島国だ。
変化に富んだ四季があり、木々が生い茂っている。
そのため、住居に使うための資材としての材木は容易に調達できる。
それらの木材を使った建築様式は独特であり、小さな小屋から、何層にも重なる壮大な居城まで、実に多彩な建物を、高度な技術で組み上げているのだ。
また、農耕が盛んで、特にコメは主要な作物となっている。
他には、島国であるために魚介類が豊富に取れ、逆に牧畜は盛んではない……というか、農民達に言わせれば、農耕で役に立つ牛や馬を食べるなんてとんでもない、とのことだった。
そんな自然に恵まれた環境だからこそ、神々への信仰は厚く(この国の宗教は多神教)、独自の呪術が使える者もいる。
神話や、それに基づく伝承も多いのだが、それらとは別に、古(いにしえ)より奇妙な物語が残されている。
山の中で拾って育てた女の子が、短期間で成長し、月の世界へと帰って行くという話もある。
ほかには、助けた生き物に連れられて別世界に行き、数日間もてなしをうけ、帰って来てみると数百年の時がすぎていたという話もある。
特殊な力をもった主人公が、仲間を集め、鬼と呼ばれる魔物の集団を倒すという内容の英雄伝説も存在するが、先の二つの話は、明らかに異質だ。
この地域は、特にそういった『別世界』への行き来に関する伝承が多く残っている。
前回この地を訪れた際に懇意になった、この地方の上級貴族によれば、それは当たり前で、この地域には、俺達が通ってきた、異国へと繋がる『西の岩戸』と、おそらく異世界へと繋がる『東の岩戸』の二つが実在しているからだ、ということだった。
今、そんな神聖な地域を治める領主の前に、俺達は座っていた。
五層存在する城の、一番下の階層だ。
彼は一段高い床に、小さなマットを敷いて同じように座っている。
歳は、五十歳手前ぐらいだろうか。がっしりした体格で、少し髭を生やし、雰囲気だけでかなり威厳があるように見える。
この謁見の間はかなり広く、領主の斜め後に槍を持った護衛が計四人、そして俺達の横にも三人ずつ、計六人が待機している。
別に俺達が特に警戒されているわけではなく、誰が客として来たとしても、こういう警備を実施しているということだった。
その他にも役人と思われる人物が二十人以上、俺達の背後に控えている。
「数ヶ月ぶりだな、タクヤ。前回来たときは、石になってしまった仲間を復活させたいと言っていたが……それは果たせたのか?」
「はい、石になっていたのは今、隣にいる娘、このユナです。無事、毒も抜け、万全の状態で復活することができました」
「ふむ……それは良かった。信じがたい話だったが、回復したのならば何よりだ。こちらとしては何も手助けしてやることができなかったから、ずっと気にかかっていた」
領主が、わずかに笑みを浮かべる。
「いえ、情報をいただけるだけで十分です。それで、前回伺った話で、次に『東の岩戸』が開くのは、三日後ということで間違いないでしょうか」
「ああ、私の直属の学者が計算でそうはじき出した。三日後の夜中だ」
「……分かりました、では、それまでの滞在の許可を」
「無論だ。その方達が使用する異国の魔術、期待している。前回の約束通り、魔獣が現れなければ、そのまま『東の岩戸』は通過して構わない。ただ、魔獣が現れた場合は、倒す事に協力してもらわねばならない。倒した後なら、好きに通ってもらって問題無い……まあ、このような堅苦しい挨拶は終わりにせぬか? まだ三日ある、今日は歓迎の宴を開催するとしよう」
領主の一言で、場の緊張が一気に緩むのが分かった。
彼が退出するのを見計らい、皆それぞれに持ち場を離れていく。公式な謁見が終了したのだ。
「……えっと、まったく話について行けなかったんだけど……三日後に、何があるの?」
早速ユナが、俺に対して疑問を投げかけてきた。
「皆既月食(かいきげっしょく)、だ。『西の岩戸』は、実は百年以上も開いたことがなくて、なのに数ヶ月前に俺達が突然開いて出てから大騒ぎになったんだ。それに対して『東の岩戸』は、一~三年に一回、皆既月食のタイミングで開くんだ。とはいっても、この地域の住人がそこを通ることは、領主様に固く止められているんだけどな」
「……えっと、うん、皆既月食の時に、その『岩戸』っていうのが開くのは分かった。でも、それはどうして?」
「それは分からない。ただ、ずっと昔からそうなってたんだとさ。それで、過去二十年の内に、三人そこを通った者がいるらしいんだけど、誰一人として帰って来ていないって話だ」
「……三人も!? 帰って来てないって……それ、大変じゃない!」
「まあ、そうなんだけど、領内で罪を犯し、追い詰められた末の行動だったり、年老いた老人が、死ぬ前に一度は行ってみたいと通ったり……まあ、もう一人は青年で、純粋な好奇心からだったらしいけどな……」
「……それで、ウィンの『運命の糸』、その帰って来た者のいない『東の岩戸』に繋がっているのね?」
「そういうことだ。これは他言無用で頼むよ」
「うん、わかった。って、それって軽く言っているけど、相当やばくない?」
「ああ……いよいよ帰って来られない可能性が高くなった」
「……本当に、もう……」
ユナが、呆れたようにそう言って、しばらく考え込んでしまった。
「……まあ、いいわ。元々、帰って来られないかもしれないって話だったしね。ところで……岩戸から魔獣が出現って、どういうこと?」
変化に富んだ四季があり、木々が生い茂っている。
そのため、住居に使うための資材としての材木は容易に調達できる。
それらの木材を使った建築様式は独特であり、小さな小屋から、何層にも重なる壮大な居城まで、実に多彩な建物を、高度な技術で組み上げているのだ。
また、農耕が盛んで、特にコメは主要な作物となっている。
他には、島国であるために魚介類が豊富に取れ、逆に牧畜は盛んではない……というか、農民達に言わせれば、農耕で役に立つ牛や馬を食べるなんてとんでもない、とのことだった。
そんな自然に恵まれた環境だからこそ、神々への信仰は厚く(この国の宗教は多神教)、独自の呪術が使える者もいる。
神話や、それに基づく伝承も多いのだが、それらとは別に、古(いにしえ)より奇妙な物語が残されている。
山の中で拾って育てた女の子が、短期間で成長し、月の世界へと帰って行くという話もある。
ほかには、助けた生き物に連れられて別世界に行き、数日間もてなしをうけ、帰って来てみると数百年の時がすぎていたという話もある。
特殊な力をもった主人公が、仲間を集め、鬼と呼ばれる魔物の集団を倒すという内容の英雄伝説も存在するが、先の二つの話は、明らかに異質だ。
この地域は、特にそういった『別世界』への行き来に関する伝承が多く残っている。
前回この地を訪れた際に懇意になった、この地方の上級貴族によれば、それは当たり前で、この地域には、俺達が通ってきた、異国へと繋がる『西の岩戸』と、おそらく異世界へと繋がる『東の岩戸』の二つが実在しているからだ、ということだった。
今、そんな神聖な地域を治める領主の前に、俺達は座っていた。
五層存在する城の、一番下の階層だ。
彼は一段高い床に、小さなマットを敷いて同じように座っている。
歳は、五十歳手前ぐらいだろうか。がっしりした体格で、少し髭を生やし、雰囲気だけでかなり威厳があるように見える。
この謁見の間はかなり広く、領主の斜め後に槍を持った護衛が計四人、そして俺達の横にも三人ずつ、計六人が待機している。
別に俺達が特に警戒されているわけではなく、誰が客として来たとしても、こういう警備を実施しているということだった。
その他にも役人と思われる人物が二十人以上、俺達の背後に控えている。
「数ヶ月ぶりだな、タクヤ。前回来たときは、石になってしまった仲間を復活させたいと言っていたが……それは果たせたのか?」
「はい、石になっていたのは今、隣にいる娘、このユナです。無事、毒も抜け、万全の状態で復活することができました」
「ふむ……それは良かった。信じがたい話だったが、回復したのならば何よりだ。こちらとしては何も手助けしてやることができなかったから、ずっと気にかかっていた」
領主が、わずかに笑みを浮かべる。
「いえ、情報をいただけるだけで十分です。それで、前回伺った話で、次に『東の岩戸』が開くのは、三日後ということで間違いないでしょうか」
「ああ、私の直属の学者が計算でそうはじき出した。三日後の夜中だ」
「……分かりました、では、それまでの滞在の許可を」
「無論だ。その方達が使用する異国の魔術、期待している。前回の約束通り、魔獣が現れなければ、そのまま『東の岩戸』は通過して構わない。ただ、魔獣が現れた場合は、倒す事に協力してもらわねばならない。倒した後なら、好きに通ってもらって問題無い……まあ、このような堅苦しい挨拶は終わりにせぬか? まだ三日ある、今日は歓迎の宴を開催するとしよう」
領主の一言で、場の緊張が一気に緩むのが分かった。
彼が退出するのを見計らい、皆それぞれに持ち場を離れていく。公式な謁見が終了したのだ。
「……えっと、まったく話について行けなかったんだけど……三日後に、何があるの?」
早速ユナが、俺に対して疑問を投げかけてきた。
「皆既月食(かいきげっしょく)、だ。『西の岩戸』は、実は百年以上も開いたことがなくて、なのに数ヶ月前に俺達が突然開いて出てから大騒ぎになったんだ。それに対して『東の岩戸』は、一~三年に一回、皆既月食のタイミングで開くんだ。とはいっても、この地域の住人がそこを通ることは、領主様に固く止められているんだけどな」
「……えっと、うん、皆既月食の時に、その『岩戸』っていうのが開くのは分かった。でも、それはどうして?」
「それは分からない。ただ、ずっと昔からそうなってたんだとさ。それで、過去二十年の内に、三人そこを通った者がいるらしいんだけど、誰一人として帰って来ていないって話だ」
「……三人も!? 帰って来てないって……それ、大変じゃない!」
「まあ、そうなんだけど、領内で罪を犯し、追い詰められた末の行動だったり、年老いた老人が、死ぬ前に一度は行ってみたいと通ったり……まあ、もう一人は青年で、純粋な好奇心からだったらしいけどな……」
「……それで、ウィンの『運命の糸』、その帰って来た者のいない『東の岩戸』に繋がっているのね?」
「そういうことだ。これは他言無用で頼むよ」
「うん、わかった。って、それって軽く言っているけど、相当やばくない?」
「ああ……いよいよ帰って来られない可能性が高くなった」
「……本当に、もう……」
ユナが、呆れたようにそう言って、しばらく考え込んでしまった。
「……まあ、いいわ。元々、帰って来られないかもしれないって話だったしね。ところで……岩戸から魔獣が出現って、どういうこと?」
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