黒焔の保有者

志馬達也

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第Ⅱ話

Ⅱ ①

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 天月学園。
 バベル機関日本支部が設立した学園である。
 目的としてはゴーストの驚異に備えて、早期の戦力確保とその教育である。能力が確認された時点でバベル機関への登録及び所属が義務付けられている。その年齢が十五歳から十八歳以内であれば、半強制的に天月学園への入学という形になる。
 その天月学園はバベル機関が創立したわけではなく、日本支部独自のシステムであり、世界に類を見ない保有者専門の学校というわけで今、各支部から注目を集めている。
 創立から十五年程の年月が過ぎているが、卒業生は日本支部を始め、各支部でも活躍し学園の今後が期待されている。
 大元が国際期間ということもあり、学園の設備は最新のものが揃っている。それだけでも、十分な目玉なのだが、それ以上に何といっても広い。とにかく広い。
 正門から教室へ移動するのに10分以上かかるし、移動教室があった日にはちょっとしたマラソンをしなければならない。
 だからと言って文句を言っても仕方がない。移動しなければ授業が受けられない上に、今日は小隊での初実習だ。行かないわけにもいかない。

 第六演習室。
 そこには第三分隊所属のメンバーが続々と集まってきていた。あとで知ったことだが、一つの分隊につき、十個の小隊が編成されているようだ。つまり60人はこの部屋の中に確実にいるわけだが、それでもあと二つの分隊は入れるんじゃなかというほどの広さがある。
 部屋は壁一面が白く、何かの素材で覆われていた。おそらく、ある程度能力を使っても大丈夫な設計なのだろう。
 こんな部屋があと最低六個あると思うと、さすがだなと思えてくる。

「あ、悠一くん!」

 前の方に舞がいた。大きく手を振ってこっちを見ている。その横には大和と佐久間もいる。

「よう」

 おそらく、このあとは小隊で行動するだろうから今のうちにメンバーと固まっていたほうが良いと思い、そちらの方へ足を向ける。

「よう、遅かったじゃねぇか」

 大和が元気よく声をかけてくる。

「ああ……前の授業が黒木先生の英語だったんだよ。だから、終了時間ギリギリだった」
「なるほどな。あの先生、いつもギリギリだもんな。実習の前くらい、少しは早く終わってくれても良いのに」

 無論、それはクラス中で抗議の声が上がった。
 しかし、どれだけ抗議の声を浴びようと「この時間は私が与えられたものだ。だから、私がどう使おうと勝手だろう」ということを言い出した。
 さらに抗議の声が上がったが、「ほう、私に意見するとはいい度胸だ。よし、ならば私に勝てたら時間を考えてやろう」と言い出したので、そこで全員が黙った。いくら全員で取り掛かろうとあの先生なら勝ってしまいそうで怖い。

「ふん。まあ今回は遅刻しないですんだようだな」

 佐久間はメガネを上げながら、冷静な顔をしていた。メガネが似合う佐久間がそれをするとなんの違和感も覚えられない。

「まあな。俺もそんなことばったりしていたら、迷惑かかるだろうしな」
「そうか。じゃあ次からは大丈夫そうだな」

 心なしか少し安堵しているようだった。大和が言うように本当に心配性なんだな。

「そう言えば、茜ちゃんは? 同じクラスだったんだろ?」

 思い出したように大和が言う。確かにあたりを見渡すと茜はいない。

「一緒に来たわけじゃないからな。大方、まだ着替えているんじゃないか?」
「そうか? その割には遅いような……」

 この実習では体操着に着替えるようにと通達が来ていた。だから、着替える時間と移動の時間を考えると、休憩時間を一杯まで使わなくてはならない。
 しかも三組は前の時間のギリギリまで授業をしていた。そのため、同じクラスのやつはまだあまり来ていないようだった。

「案外、迷っているのかもな。この学園、ホントに広いし」
「あーわかるわそれ。俺も玲二と一緒じゃなかったらマジで迷ってた」
「私もクラスの子と一緒じゃなかったら、無理だったかも……」

 二人ともが同じようなこと言っている。入学してから一ヶ月した経っていないが、これからこんなのが続くとなると少し憂鬱だ。

「でも、茜ちゃん本当にどうしたんだろうな」
「さあな。それを言ったら久遠だっていないぞ」
「ああ、そう言えば」

 辺りを見渡すが二人の姿は見当たらない。本当に迷ったのだろうか。

「私ならここにいるわ」

 後ろから不意な声。あまりにも不意打ちだったので、思わず飛び退く。

「なんだ久遠か……いつからそこにいたんだよ」
「ついさっき。あなたたちが話しているのを見かけたから。どうせ、小隊で行動するんだろうし」

 だからと言って無言で近づくのはどうだろうか。というか、俺たちが話題にしていなかったらずっと黙っていたのだろうか。
 大和と舞も久遠に気づき各々、挨拶を交わしている。そうこうしているうちに予鈴がなった。
 同時に指導教官である黒木先生が入ってきた。さっきまでのスーツ姿ではなく今はジャージだ。

「これより小隊実習を始める! 小隊ごとに列を組み、速やかに並べ!」

 拡声器も使わずによくこれだけ声が出せるなと思うほどの声量だった。その号令に従って各員は列を作り始める。
 先に佐久間が先頭に立って、そのあとに大和、舞、久遠と続く。俺も、それに並ぼうとしたとき、腕の袖を何かに引っ張られた。

「茜。お前、なにしていたんだよ」

 見ると、茜が袖を引っ張っていた。走ってきたんだろう、少し息が切れている。

「何って……悠一と一緒に行こうと待ってたら……あんた先に行っちゃうし」
「え……そんな約束してたっけ?」

 今日は一切、そんな話はしていないはずだが。もし、していたら、茜との約束だ。絶対に覚えれいるはずだ。

「してないけど……まあ、いいわ。言ってなかったあたしが悪いんだし」

 プイと顔を背けて、列に並びに行く。

「なんなんだ……」

 茜の行動はわからなかったが、俺もいつまでもボーッとしているわけにはいかない。
 先生の怒号が飛んでくる前に、みんなが並んでいる後ろへと向かった。



「さて、今日は初めての実習ということもある。だから、お前たちには武現化をてもらい武現具をだしてもらう」

 整列していた生徒からざわめきが広がる。それはそうだ。武現具はまだ先のことだと思っていたからだ。

「なあ」

 前の方にいた、大和が静かに声をたてる。

「どうしたの秋月くん」
「前、見てないと怒られるわよ」

 舞と久遠が大和に注意をしていた。佐久間は後ろでヒソヒソやられているのが気になっているのかソワソワしている。

「ものすごく、疑問なんだが……武現具ってなんだ?」

 それを聞いて、佐久間以下一同ガクッとうなだれる。

「ちょっと秋月くん。本当に知らないの?」
「ああ……なんのことだかさっぱりだ」

 久遠がハァとため息をついたのがわかった。佐久間も後ろは向いていないが、肩を落としていた。

「ええとね……大和くん」

 誰も呆れてものが言えないなか、舞が説明しようとする。
「武現化っていうのは私たちの能力が武器になって表すことを言うんだよ。で、その武器のことを武現具って言って私たちの能力発動に欠かせないものになるんだ」
「そうなのか? でも、俺はそんなのなくても発動できたぞ」
「それ、全力じゃないでしょ」

 今度は久遠が口を挟む。今まで、あまり喋っていなかったから少し驚いた。

「武現具を持って発動するのと、そうでないのとではあまりにも違うわ。ある実験では発動スピード、有効射程、威力。全てが倍以上だったらしいわ」

 さすがはというところだ。久遠はよく勉強していると思う。

「はぁ……すごいもんだな。なあそれって、好きなものを出せるということなのか」
「違うわ。武現具は能力と心の有り様で決まると言われているわ。だから、自分の好きなものは出せないし、気に入らないからと言って変えることも不可能よ」
「なるほどな。じゃあ、どんなものなのかはわかんねぇってことか」
「まあ、そういうことだと思うわ」
「オーケー。ありがとうな久遠!」
「別に」

 初日のあの「うるさいわ」発言を考えると、なかなか良好な関係を気づいているようだ。
 それは本当に良いことだと思うが、久遠があれだけ喋っているのは初めて見たな。

「そこ、何をこそこそしている。話を聞いているのか!」

 先生の怒号が飛んでくる。それにビクッと肩をすくめてしまう309小隊一同。
 先生はズカズカと大股で歩き、小隊の前に立つ。喋っていたのはこちらなため、言い訳んどできるはずもない。
 前の方からは「大和くん……」「俺のせいかよ」というやり取りが聞こえてきた。

「ちょうどいい、この小隊から実際に誰か実演してもらおう。その方がみんなにもわかりやすいだろうしな」

 全員が下を向いているのがわかる。無理もない武現化は誰にでもすぐできるようになるものではなく、二ヶ月ぐらい訓練してやっと武現具が出せるくらいだ。一年のそれも初期にサラッとできるようなものではない。

「さて、それでは……上瀬。実演してみろ」

 やはりそう来たか……。心の中では、来るかもと思っていたがその通りになった。
 いくら、先生とは言え上手くいくかどうかわからない生徒にやらせるわけがないか。

「どうした、早く出てこい」

 急かされ、列の前に出る。そのままさっき先生がいた場所、分隊の全員が見られる場所へと移動した。
 この短期間に全員から注目される日がくるとは思っていなかった。あの時は好奇な視線だったが。
 309小隊の方からは佐久間はあまり表情を変えていないが眉をひそめていた。舞はものすごく不安そうな顔をしていたので、大丈夫だという意味も込めて頷く。

「では、始めろ」

 先生の号令を同時に両手を伸ばす。目を閉じ、集中する。
 イメージ。自分の心の中を、その有り様を、あの時のように。
 鋭く、そして燃え上がる。自分の力、その武器を。
 すると、両手の先から光が現れた。その光は無数の小さな球状となり両腕に絡みつく。そして、いきなり炎に変わった。熱さは感じない。
 一瞬で燃え上がり、やがて消えていく。
 その後に残ったのは二本の日本刀。それぞれの手に持っていた。
 フゥーとゆっくり息を吐きながら、両手を下ろす。

「先生、できました」

 ゆっくりと振り返る。
 先生は厳しい表情のままだったが、どこか、安心したみたいだった。

「よくやった」

 小さく、すれ違いざまに肩をトンと叩かれる。

「わかったか。今、上瀬がやって見せたようなことを今度は全員にやってもらう! 最初は難しいかもしれないが、これができなくては話にならん。小隊ごとに距離を取って励め。以上、始め!」

 一斉に広い演習室の中で生徒たちが散らばる。
 俺も、自分の小隊のところへと戻った。



「すごいな、悠一! お前、あんなことできたんだな!」

 帰るなり、大和がポンポンと頭を叩きながら、迎えてくれた。

「ホントに……悠一くん、もしかして初めてじゃないの?」

 舞が信じられないという風に尋ねてくる。

「あー……昔、ちょっとな。あんまり、公言はしないでくれよ」
「でも、高校生以下の武現化って違法」

 ボソッと久遠が言う。
 確かにそうだ。本来は違法であるため、今さっきの出来ことは「たまたま」できたことにしなくてはならない。
 そこは先生がなんとかしてくれると思うので、あまり大声では言えないがメンバーだけには少しだけ、本当のことを言おうと思った。

「でも、成功するなんて意外。絶対に失敗すると思ってた」
「おいおい……」

 そこは普通、成功することを祈っておくことが普通なんじゃないか?
 声に出すと、またトラブルになりそうなので、それは心の中で留めておく。

「おい、そろそろ始めるぞ。先生に目をつけられるとやっかいだからな」
 佐久間が他の小隊との距離を取ろうと、その場から移動する。
 それに続くように俺たちも後を追った。



 少し離れたところでメンバーが円を描くように集まった。それは問題ないのだが、なぜかその中心に俺がいた。

「で、なんで俺がここなの?」

 全員が俺を囲んでいた。

「当たり前だろ、武現化は少しの訓練でできるものじゃない。しかも、先生はなんのアドバイスも無しにそれをやってのけろと言った。普通にしていたら、時間がかかりすぎる。だが、俺たちの小隊には武現化ができるやつがいる。なら、そいつに教えてもらうのが一番手っ取り早いだろ」
「いやまあ、確かにそうだが……」

 そうだとしても囲まれるのは少し抵抗があるのだが……。
 メンバーは俺がどうするのかをジッと見つめている。こうまでされて、いや教えませんとは言えないだろう。

「……わかった。じゃあ、全員目を閉じてくれ」

 言われた通りに全員目を閉じる。

「それから、両手を伸ばしてくれ」 

 静かに両手を伸ばす。みんなは目を閉じているからわからないだろうが俺からしたら、ものすごく異様な光景だ。まるで、なにかの儀式みたいだ。

「ここからが難しいところなんだが。自分の能力をイメージして欲しい。どういうふうにな能力なのか、その能力をどうしたら上手く使えるのかを考えて欲しい。たぶん、それが一番イメージしやすいはずだ」
「また、あいまいなことを言う」
「しょうがないだろ。武現化は理屈じゃないんだ。ちょっとしたコツと心の持ちよう。それだけなんだから」

 それを言われて、みんなは眉をひそめる。難しいが、これができなければ武現具なんてだせやしない。俺もこの段階で随分と時間をかけた。
 大和はウーッと唸なっているし、舞もだんだんと難しそうな顔をしている。茜に至ってはなぜか両手を振り回している。
 これはこの時間では無理かなとおもったその瞬間だった。
 突如、光が現れた。それは間違いなく武現化のときに発生する光だった。光は無数の小さな球状になり久遠の右手へとまとわりつく。
 そのまま、光が刃に変わり――弾けた。
 さっきまでそこにあった光は嘘のように消え去って、あとにはなにも残っていない。

「なに、これ?」

 久遠が呟く。

「あー……残念だが失敗だ。途中で武現化に失敗するとこういうふうに弾けるんだ」

 成功ならば、そのまま武現具となるが、失敗したときはキレイさっぱりと光が消え失せる。
 久遠は残念そうな表情をしたあと、また目を閉じて両手を伸ばす。
 結局、今日の実習で成果があったのは久遠だけだった。
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