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4、あなたに釣り合う私になりたいです
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オルクスくんとお友達になる宣言をして、それを受け入れてもらえて、朝食もご一緒しちゃって、私ってば転生二日目からノリにノッてるんじゃない? なんてことを思っていられたのは、実技の授業が始まるまでだった。
魔法学院と銘打っているだけあって、ここでの勉強は魔法がメインだ。
魔法の基礎知識か、魔法の歴史か、魔法の使い方を学ぶのが、この学校でやることだ。
座学はなんとか、他の生徒と差をつけられない程度にはやれていると思う。というより、「マジラカ」プレイヤーとして何度もシナリオを周回している身としては、ここで“一年生”している生徒たちよりは知識はあるはずなのだ。少なくとも、シナリオの中に出てきた知識だけは。
「マジラカ」プレイヤーの中には、私のようにキャラに萌え転がる人もいれば、シナリオから垣間見える知識や歴史を細かく考察ふる人もいて、そういった人がネットにあげてくれていた様々なものを読んで私も隙間を補足していた。
その考察がすべて合っているということはないだろうけれど、授業を聞く足がかりにはなっていると思う。
でも、実技となると話は別だった。
この世界の魔法は、精霊と契約することによって使うことができる。そして、その契約した精霊の種類によって、得意とする、つまり安定して使える魔法の属性が定まる。
水の精霊ならば水属性を、火の精霊ならば火属性を、土の精霊ならば土属性を……という具合にだ。
ほとんどの魔法使いが生まれながらにその契約をしているため、いつどんなきっかけでそれを結んだのか知らないことが多いらしい。
かくいう私も、幼いときから魔法が使えたものだから、自身も周囲も、いつ、何の精霊と契約したのかということに頓着せずに今日まで生きてきてしまった。
それが、まさか入学してから困ったことになるなんて、考えていなかったのだ。
「うまくできなさすぎて草生える……とか言ってる場合じゃないんだけど」
放課後の教室で、私は蔦だらけになった目の前の燭台を見て、にやけてしまっていた。笑っている場合ではないし、本当は笑いたくない。でも、あまりの自分の不出来さにもう笑うしかなくなってしまったのだ。
今日、初めての魔法の実技授業ということで、初歩の初歩である蝋燭に火をつける魔法を教わった。これは前提条件として、この学校に入学した者なら誰でも使えるもので、先生もまさかできない生徒がいるとは思っていない、くらいのものだ。
得意不得意があるし、授業ということで緊張してしまってすぐにはうまくできない者もいる。それでも先生からのアドバイスを受け、杖の振り方や詠唱の仕方に気をつけるようにすれば、授業の終わりにはほとんどの生徒がきちんと使えるようになっていた。
今日の授業はおそらく、魔法を使うとはどういうことで、どんなことに気をつければいいかということを体感するのが狙いだったはずだ。身近にある道具の正しい使い方や便利な使い方を教えるといったところだろうか。
たとえばその道具がハサミなら、怪我をしない正しい持ち方はどういったものかとか、紙を切るときはハサミではなく紙を動かすときれいに切れるとか、そういうことを説明するのが初回の授業の目的だったのだろう。
だから、まさかハサミの持ち方も使い方も知らないレベルの生徒がそこにいることは、先生だって想定していなかったはずだ。
……私自身だって、自分がそんなレベルだと思いたくなんてなかった。
でも現実問題、私は今日の授業で最後まで蝋燭に火を灯すことができず、なぜか燭台を植物まみれにしてしまった。火の魔法を使ったはずなのに、杖を振るたび蔦が伸び葉が茂り花が咲くという珍事が起きたのだ。
先生はそんな私を叱ったりせず、めずらしい例として取り上げてみんなに紹介してくれた。たまに契約した精霊が亜種だったり変わった特性を持っていたりすると、なかなか魔法が定まらず苦労することもあるのだと。その代わり、苦手を克服したとき大きな魔法を使えるようになることもあるのだと。
ようは、慰めてくれたのだ。
でも私は自分の不甲斐なさが嫌で、そのあと聞こえてきた陰口が気になってしまって、こうして放課後に自主練習をしている。「金を積んで裏口入学したんだろ」なんて言われて、魔法が使えないままでいることなんてできない。
うちの実家は材木問屋で確かに魔法に縁がない家系だけれど、家族はみんな私が魔法を使えることを、魔法学院に入学したことを、喜んで誇りにしてくれているのだ。私を学校に行かせることは商売の何の足しにもならないけれど、お父さんもお母さんも「しっかり勉強してきなさい」と言ってくれたのだ。
それを成金の見栄による裏口入学だなんて言われてたまるかという話だ。
それに、オルクスくんの魔法があまりに見事で、あれを見たら、下手くそなままではいたくないと思ったのだ。せっかく友達になってもいいと言われたのだから、彼に釣り合うできる人間でいたい。
そう思って、少しはマシになればと練習しているわけだけれど……。
「わっ……なになに!?」
もう一度やってみようと、燭台に向かって杖を構えたそのとき。
何かが顔に飛んできて、そのまま貼り付いてしまった。その何かはふわふわしていて、まるでぬいぐるみみたいだ。でもそれがぬいぐるみでないとわかるのは、顔に貼り付いたお腹と思しき部分がふくふくしていることと、温かかったからだ。
「プルート! 知らない人にいきなり貼り付いてはだめだ」
この柔らかいものをどうすればいいのだろうと戸惑っていると、そんな声がしたあと顔からふわふわが引き剥がされた。そして開けた視界に、美しい顔が飛び込んでくる。
「すまない、プロセルさん。うちの使い魔が失礼した」
「オルクスくん……この子は、羽が生えたイタチ?」
そばまで来ていたのはオルクスくんで、彼の手の中には真っ白なフェレットのような見た目のふわふわがいた。そのふわふわの背中には羽が生えていて、どうもそれで飛べるらしい。見たことがない生き物だけれど、大きな口や長い胴体についている控えめな手足が可愛らしい。
「これはドラゴンの幼生だ。こういう、毛足が長いものもいるんだよ」
「毛足が長い……そうなんだ。かわいいね」
私の言葉がわかるのか、プルートと呼ばれたドラゴンの子供は、誇らしげにオルクスくんの肩にとまって羽をパタパタしていた。
「お前……魔法の練習をしていたのか」
机の上の燭台に気づいて、オルクスくんが尋ねた。どうやら、驚いているらしい。
「うん。初日の授業であのできなさはまずいと思って……」
「そうか。……授業中に言われたことを気にしてるのか? もしくは、誰かに何かされたか?」
「え……?」
偶然通りかかったわけではないだろうと思ったけれど、オルクスくんは私のことを心配してくれていたようだ。近くの席で授業を受けていたわけではないのに、私が陰口を言われたことまで知っている。
「夕食を一緒に食べるか確認してなかったから、女子寮に伝書蜂を飛ばしたんだが返事がなくて、もしかして困ったことになってるんじゃないかと探しに来たら、プルートがお前を見つけたんだ」
「困ったことって……」
「僕と一緒にいるのを見た人間がお前に嫌がらせをするとか、追いかけ回して怖い思いをさせるとか……くだらない人間がやりそうなことならいくらでも思いつくからな。でも……本当にただ魔法の練習をしていたようで安心した」
そう言って、オルクスくんは本当に安心したような表情をした。
きっと夕食に誘おうとしたのも、私の安否を気にしてのことに違いない。
ゲーム本編でいつだって孤独を選んできた彼だから、誰かと親しくすればその相手がどんな目に遭うかということも、しっかりわかっているだろう。だから、こうして私のことを気にしてくれているほだ。
でも、そんな気遣いができてしまうのは、あまりに悲しすぎる。
「大丈夫だよ。成金の裏口入学って言われて、ムキになって魔法の練習してただけ。だから、夕食のお誘いも嬉しいけど、魔法のお手本を見せてくれたら助かるな」
「お手本って……僕だって、今日教えられた以上のことができるわけじゃないからな」
「私は今日教えられたことすらできないんだよ。上手な人に見せてもらったら、何かコツが掴めるかもしれないし」
「そういうことなら、わかった」
私がねだると、オルクスくんは渋々といった様子ではあるものの、杖を構えてくれた。
それから真剣な眼差しで燭台を見つめ、ほんのひと振り杖を動かす。
「“火を灯しましょう”」
オルクスくんの杖の動きと声に合わせて、燭台に火が灯った。その火は大きすぎも小さすぎもしない、ほどよいサイズの火だ。
そして、火は無駄に揺らめくことなく安定していた。それは、この火を灯すにあたって注がれたオルクスくんの魔力が安定しているということだ。これがまだ魔力の放出量が安定していないと、火がゆらゆらしたり無駄に燃え上がったりするものなのである。
「……オルクスくんの魔法、やっぱりきれい」
「やっぱりって?」
「今日の授業中、見てたんだ。どんな感じかなーって。そしたら上手で、すごいなーって」
「お前、あれだけ先生を手こずらせてたくせに、余裕だな」
私が手放しで魔法を褒めると、オルクスくんは照れたみたいに笑った。こんな顔はゲームをプレイしているときには見たことがないものだったから、すごく不思議な気分になる。
ヒロインであるシャニアを中心に切り取ったストーリー上では、決して見られなかったものだ。そして、シャニアたちが知らないオルクスくんの顔だ。
「失敗してもいいから、お前もやってみろ。僕も、お前の魔法が気になっていた。何をどうしたら、あんなことになるのかって」
「……何か、変な期待をかけられてるのが嫌なんだけど」
いたずらっぽく笑うオルクスくんに促され、私は杖を構えた。あきらかに魔法が成功するのを期待されていないのは、微妙な気分だ。でも、見せてみないことには始まらないのはわかっている。
「“火を灯しましょう”」
私が呪文を唱えると、机から蔦が芽吹いて、見る間に燭台に絡みついていく。心なしか、さっき自分で練習したときよりも蔦が元気な気がする。蔦はくるんくるんとよく絡まってから葉を広げ、ご機嫌に花を咲かせてみせた。
「……お前は、土属性なのか? いや、こうして植物が育つのには光も風もいるだろうし……一体、何が起きているんだ」
「それは、私も知りたいんだよね。どうも、ただの土属性じゃないみたい……」
「先生も言っていたとおり、一筋縄ではいかないんだろうな」
間近で見ると予想以上に私の魔法はひどかったのか、オルクスくんは難しい顔をしていた。“魔法が使える”だけでこの学校に入学してしまったから、今日の先生や周囲の人たちの反応は悪い意味で新鮮だった。
「私、魔法に縁のない家庭で育ったから、どんな魔法を使ってもみんなに褒められて喜んでもらえてたの……だからまさか、自分がこんなに何もできないなんて、知らなかったんだよね」
前世は、狂おしいほどにこの「マジラカ」の世界に憧れていた。魔法が当たり前にある世界に、それを学ぶことができる世界に、ものすごく惹かれていた。
その影響からか、転生した現世では魔法の才能に恵まれ、周りの人に喜んでもらいたい一心でいつも小さな魔法を見せていた。それが花を咲かせる程度のささやかなものでもみんなが喜んでくれるから、私は今日まで自分はちゃんと魔法が使えると信じていたのだ。
「別に、できないわけではないだろう……」
「でも、オルクスくんの友達です!って胸を張るには、もっとちゃんとできてたいなって思うんだよ」
落ち込んだ私を見て、オルクスくんは動揺していた。きっと、誰かを慰めるなんてしたことがないだろう。少なくとも、友達を慰める経験なんてきっとなかったはずだ。
だから、その不慣れなことをしようとしてくれただけで嬉しくなる。
「僕は、友人を魔法の優劣で選ぶつもりはない」
「え?」
「最初は、関わってしまった以上、危害が及ばないか見守っていようくらいにしか思っていなかったが、面白い魔法を使うし、評判だけで人を判断しないところも気に入った。だから……魔法が上達するのを手助けしてやってもいいと思っている」
オルクスくんは、何だか恥ずかしそうにしていた。その怒っているような困っているような顔が新鮮で、私は心の中で「うわぁ~新規表情差分、マジ神がかってるんですけど~」という気持ちと、「オルクスくん、何が言いたいの……?」という気持ちがせめぎ合って、結局彼が言いたいことをすぐには理解できなかった。
すると、それまでオルクスくんの肩でおとなしくしていたプルートが飛んできて、私に頬ずりをした。
「え、なになに?」
「それは、プルートなりの親愛の証だ」
「親愛の証って、もっと仲良くなりたいってこと?」
「……そういうことだ」
私が試しに顎の下を撫でてみると、プルートはさらにスリスリと頬を寄せてきた。それをオルクスくんは何だか恥ずかしそうに見ていた。
もしかしたら、プルートは主人であるオルクスくんの気持ちを代弁しようとしているのかもしれないと思って、私は感激してしまった。恥ずかしそうにしているということはきっと、少なからず彼はプルートの意図がわかっているということだから。わかっていて、止めないということだから。
「そうだね。これから、もっと仲良くなろうね」
私はオルクスくんに言いながら、そっとプルートの体を撫でた。
魔法学院と銘打っているだけあって、ここでの勉強は魔法がメインだ。
魔法の基礎知識か、魔法の歴史か、魔法の使い方を学ぶのが、この学校でやることだ。
座学はなんとか、他の生徒と差をつけられない程度にはやれていると思う。というより、「マジラカ」プレイヤーとして何度もシナリオを周回している身としては、ここで“一年生”している生徒たちよりは知識はあるはずなのだ。少なくとも、シナリオの中に出てきた知識だけは。
「マジラカ」プレイヤーの中には、私のようにキャラに萌え転がる人もいれば、シナリオから垣間見える知識や歴史を細かく考察ふる人もいて、そういった人がネットにあげてくれていた様々なものを読んで私も隙間を補足していた。
その考察がすべて合っているということはないだろうけれど、授業を聞く足がかりにはなっていると思う。
でも、実技となると話は別だった。
この世界の魔法は、精霊と契約することによって使うことができる。そして、その契約した精霊の種類によって、得意とする、つまり安定して使える魔法の属性が定まる。
水の精霊ならば水属性を、火の精霊ならば火属性を、土の精霊ならば土属性を……という具合にだ。
ほとんどの魔法使いが生まれながらにその契約をしているため、いつどんなきっかけでそれを結んだのか知らないことが多いらしい。
かくいう私も、幼いときから魔法が使えたものだから、自身も周囲も、いつ、何の精霊と契約したのかということに頓着せずに今日まで生きてきてしまった。
それが、まさか入学してから困ったことになるなんて、考えていなかったのだ。
「うまくできなさすぎて草生える……とか言ってる場合じゃないんだけど」
放課後の教室で、私は蔦だらけになった目の前の燭台を見て、にやけてしまっていた。笑っている場合ではないし、本当は笑いたくない。でも、あまりの自分の不出来さにもう笑うしかなくなってしまったのだ。
今日、初めての魔法の実技授業ということで、初歩の初歩である蝋燭に火をつける魔法を教わった。これは前提条件として、この学校に入学した者なら誰でも使えるもので、先生もまさかできない生徒がいるとは思っていない、くらいのものだ。
得意不得意があるし、授業ということで緊張してしまってすぐにはうまくできない者もいる。それでも先生からのアドバイスを受け、杖の振り方や詠唱の仕方に気をつけるようにすれば、授業の終わりにはほとんどの生徒がきちんと使えるようになっていた。
今日の授業はおそらく、魔法を使うとはどういうことで、どんなことに気をつければいいかということを体感するのが狙いだったはずだ。身近にある道具の正しい使い方や便利な使い方を教えるといったところだろうか。
たとえばその道具がハサミなら、怪我をしない正しい持ち方はどういったものかとか、紙を切るときはハサミではなく紙を動かすときれいに切れるとか、そういうことを説明するのが初回の授業の目的だったのだろう。
だから、まさかハサミの持ち方も使い方も知らないレベルの生徒がそこにいることは、先生だって想定していなかったはずだ。
……私自身だって、自分がそんなレベルだと思いたくなんてなかった。
でも現実問題、私は今日の授業で最後まで蝋燭に火を灯すことができず、なぜか燭台を植物まみれにしてしまった。火の魔法を使ったはずなのに、杖を振るたび蔦が伸び葉が茂り花が咲くという珍事が起きたのだ。
先生はそんな私を叱ったりせず、めずらしい例として取り上げてみんなに紹介してくれた。たまに契約した精霊が亜種だったり変わった特性を持っていたりすると、なかなか魔法が定まらず苦労することもあるのだと。その代わり、苦手を克服したとき大きな魔法を使えるようになることもあるのだと。
ようは、慰めてくれたのだ。
でも私は自分の不甲斐なさが嫌で、そのあと聞こえてきた陰口が気になってしまって、こうして放課後に自主練習をしている。「金を積んで裏口入学したんだろ」なんて言われて、魔法が使えないままでいることなんてできない。
うちの実家は材木問屋で確かに魔法に縁がない家系だけれど、家族はみんな私が魔法を使えることを、魔法学院に入学したことを、喜んで誇りにしてくれているのだ。私を学校に行かせることは商売の何の足しにもならないけれど、お父さんもお母さんも「しっかり勉強してきなさい」と言ってくれたのだ。
それを成金の見栄による裏口入学だなんて言われてたまるかという話だ。
それに、オルクスくんの魔法があまりに見事で、あれを見たら、下手くそなままではいたくないと思ったのだ。せっかく友達になってもいいと言われたのだから、彼に釣り合うできる人間でいたい。
そう思って、少しはマシになればと練習しているわけだけれど……。
「わっ……なになに!?」
もう一度やってみようと、燭台に向かって杖を構えたそのとき。
何かが顔に飛んできて、そのまま貼り付いてしまった。その何かはふわふわしていて、まるでぬいぐるみみたいだ。でもそれがぬいぐるみでないとわかるのは、顔に貼り付いたお腹と思しき部分がふくふくしていることと、温かかったからだ。
「プルート! 知らない人にいきなり貼り付いてはだめだ」
この柔らかいものをどうすればいいのだろうと戸惑っていると、そんな声がしたあと顔からふわふわが引き剥がされた。そして開けた視界に、美しい顔が飛び込んでくる。
「すまない、プロセルさん。うちの使い魔が失礼した」
「オルクスくん……この子は、羽が生えたイタチ?」
そばまで来ていたのはオルクスくんで、彼の手の中には真っ白なフェレットのような見た目のふわふわがいた。そのふわふわの背中には羽が生えていて、どうもそれで飛べるらしい。見たことがない生き物だけれど、大きな口や長い胴体についている控えめな手足が可愛らしい。
「これはドラゴンの幼生だ。こういう、毛足が長いものもいるんだよ」
「毛足が長い……そうなんだ。かわいいね」
私の言葉がわかるのか、プルートと呼ばれたドラゴンの子供は、誇らしげにオルクスくんの肩にとまって羽をパタパタしていた。
「お前……魔法の練習をしていたのか」
机の上の燭台に気づいて、オルクスくんが尋ねた。どうやら、驚いているらしい。
「うん。初日の授業であのできなさはまずいと思って……」
「そうか。……授業中に言われたことを気にしてるのか? もしくは、誰かに何かされたか?」
「え……?」
偶然通りかかったわけではないだろうと思ったけれど、オルクスくんは私のことを心配してくれていたようだ。近くの席で授業を受けていたわけではないのに、私が陰口を言われたことまで知っている。
「夕食を一緒に食べるか確認してなかったから、女子寮に伝書蜂を飛ばしたんだが返事がなくて、もしかして困ったことになってるんじゃないかと探しに来たら、プルートがお前を見つけたんだ」
「困ったことって……」
「僕と一緒にいるのを見た人間がお前に嫌がらせをするとか、追いかけ回して怖い思いをさせるとか……くだらない人間がやりそうなことならいくらでも思いつくからな。でも……本当にただ魔法の練習をしていたようで安心した」
そう言って、オルクスくんは本当に安心したような表情をした。
きっと夕食に誘おうとしたのも、私の安否を気にしてのことに違いない。
ゲーム本編でいつだって孤独を選んできた彼だから、誰かと親しくすればその相手がどんな目に遭うかということも、しっかりわかっているだろう。だから、こうして私のことを気にしてくれているほだ。
でも、そんな気遣いができてしまうのは、あまりに悲しすぎる。
「大丈夫だよ。成金の裏口入学って言われて、ムキになって魔法の練習してただけ。だから、夕食のお誘いも嬉しいけど、魔法のお手本を見せてくれたら助かるな」
「お手本って……僕だって、今日教えられた以上のことができるわけじゃないからな」
「私は今日教えられたことすらできないんだよ。上手な人に見せてもらったら、何かコツが掴めるかもしれないし」
「そういうことなら、わかった」
私がねだると、オルクスくんは渋々といった様子ではあるものの、杖を構えてくれた。
それから真剣な眼差しで燭台を見つめ、ほんのひと振り杖を動かす。
「“火を灯しましょう”」
オルクスくんの杖の動きと声に合わせて、燭台に火が灯った。その火は大きすぎも小さすぎもしない、ほどよいサイズの火だ。
そして、火は無駄に揺らめくことなく安定していた。それは、この火を灯すにあたって注がれたオルクスくんの魔力が安定しているということだ。これがまだ魔力の放出量が安定していないと、火がゆらゆらしたり無駄に燃え上がったりするものなのである。
「……オルクスくんの魔法、やっぱりきれい」
「やっぱりって?」
「今日の授業中、見てたんだ。どんな感じかなーって。そしたら上手で、すごいなーって」
「お前、あれだけ先生を手こずらせてたくせに、余裕だな」
私が手放しで魔法を褒めると、オルクスくんは照れたみたいに笑った。こんな顔はゲームをプレイしているときには見たことがないものだったから、すごく不思議な気分になる。
ヒロインであるシャニアを中心に切り取ったストーリー上では、決して見られなかったものだ。そして、シャニアたちが知らないオルクスくんの顔だ。
「失敗してもいいから、お前もやってみろ。僕も、お前の魔法が気になっていた。何をどうしたら、あんなことになるのかって」
「……何か、変な期待をかけられてるのが嫌なんだけど」
いたずらっぽく笑うオルクスくんに促され、私は杖を構えた。あきらかに魔法が成功するのを期待されていないのは、微妙な気分だ。でも、見せてみないことには始まらないのはわかっている。
「“火を灯しましょう”」
私が呪文を唱えると、机から蔦が芽吹いて、見る間に燭台に絡みついていく。心なしか、さっき自分で練習したときよりも蔦が元気な気がする。蔦はくるんくるんとよく絡まってから葉を広げ、ご機嫌に花を咲かせてみせた。
「……お前は、土属性なのか? いや、こうして植物が育つのには光も風もいるだろうし……一体、何が起きているんだ」
「それは、私も知りたいんだよね。どうも、ただの土属性じゃないみたい……」
「先生も言っていたとおり、一筋縄ではいかないんだろうな」
間近で見ると予想以上に私の魔法はひどかったのか、オルクスくんは難しい顔をしていた。“魔法が使える”だけでこの学校に入学してしまったから、今日の先生や周囲の人たちの反応は悪い意味で新鮮だった。
「私、魔法に縁のない家庭で育ったから、どんな魔法を使ってもみんなに褒められて喜んでもらえてたの……だからまさか、自分がこんなに何もできないなんて、知らなかったんだよね」
前世は、狂おしいほどにこの「マジラカ」の世界に憧れていた。魔法が当たり前にある世界に、それを学ぶことができる世界に、ものすごく惹かれていた。
その影響からか、転生した現世では魔法の才能に恵まれ、周りの人に喜んでもらいたい一心でいつも小さな魔法を見せていた。それが花を咲かせる程度のささやかなものでもみんなが喜んでくれるから、私は今日まで自分はちゃんと魔法が使えると信じていたのだ。
「別に、できないわけではないだろう……」
「でも、オルクスくんの友達です!って胸を張るには、もっとちゃんとできてたいなって思うんだよ」
落ち込んだ私を見て、オルクスくんは動揺していた。きっと、誰かを慰めるなんてしたことがないだろう。少なくとも、友達を慰める経験なんてきっとなかったはずだ。
だから、その不慣れなことをしようとしてくれただけで嬉しくなる。
「僕は、友人を魔法の優劣で選ぶつもりはない」
「え?」
「最初は、関わってしまった以上、危害が及ばないか見守っていようくらいにしか思っていなかったが、面白い魔法を使うし、評判だけで人を判断しないところも気に入った。だから……魔法が上達するのを手助けしてやってもいいと思っている」
オルクスくんは、何だか恥ずかしそうにしていた。その怒っているような困っているような顔が新鮮で、私は心の中で「うわぁ~新規表情差分、マジ神がかってるんですけど~」という気持ちと、「オルクスくん、何が言いたいの……?」という気持ちがせめぎ合って、結局彼が言いたいことをすぐには理解できなかった。
すると、それまでオルクスくんの肩でおとなしくしていたプルートが飛んできて、私に頬ずりをした。
「え、なになに?」
「それは、プルートなりの親愛の証だ」
「親愛の証って、もっと仲良くなりたいってこと?」
「……そういうことだ」
私が試しに顎の下を撫でてみると、プルートはさらにスリスリと頬を寄せてきた。それをオルクスくんは何だか恥ずかしそうに見ていた。
もしかしたら、プルートは主人であるオルクスくんの気持ちを代弁しようとしているのかもしれないと思って、私は感激してしまった。恥ずかしそうにしているということはきっと、少なからず彼はプルートの意図がわかっているということだから。わかっていて、止めないということだから。
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