個別ルート配信前にサ終した乙女ゲームの推しと、転生した私

猫屋ちゃき

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18、攻略って何なのでしょう?

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 真夜中の寮の屋根の上でリリーに聞かされた、私が「マジラカ」の新ヒロインだという事実も大概だったけれど、あのあとさらにひどいことを知らされた。
 それは、「オルクスくんを攻略するには、他のキャラの好感度をオルクスくんの好感度より上げてはいけない」というものだ。
 それ自体は、乙女ゲームの√分岐における当たり前の仕組みだ。でもリリーが言うには、もしオルクスくんの好感度より他のキャラの好感度を上げてしまったら即、オルクスくんの闇落ちが決定するらしい。
 ナニソレ面倒くさい!いつからオルクスくんはそんな危ないヤンデレになってしまったの!と思ったのだけれど、リリーが言うには攻略難易度の関係で仕方がなかったらしい。
 というのも、新ヒロインによるオルクスくん攻略√は、他の√と一線を画すものでなければならなかったそうで。従来の√のように攻略できてしまうのは面白くない、どうせならこの√でしか味わえないとびきりの面白さを、と考えられたシナリオということのようだ。
 「マジラカ」を作っているのは、元々は謎解き脱出ゲームで人気を博した会社だ。だから新ヒロインがオルクスくんを攻略する√でも、その特色を存分に取り入れようということになったのだという。
 それが、この前のあの異常にハードな試験だ。私もリリーも転生者だからどうにかクリアできたけれど、謎解き脱出に馴染みのない他の生徒たちにはあまりに難しかったと思う。
 しかもそれが、私とオルクスくんの物語(シナリオ)のために難しくなっていたなんて……複雑すぎて何も言えない。
 そして、今後何かの節目にはあの難易度の謎解き脱出を強いられるとわかっているだけでも憂鬱なのに、その上オルクスくん以外のキャラとの好感度についても気をつけていなければならないなんて、かなりしんどい。
 とはいえ、この前の試験を見る限り、ネプトをはじめとした攻略キャラたちはみんなシャニアとチームを組んでいたようだから、きっと好意の矢印は私には向いていないだろう。

 ……なんて思っていたのだけれど、どうやらこの世界は、そんな簡単に物事を運ばせてはくれないようだ。

「というわけで、この前の試験で目覚ましい活躍をした生徒たちは、特別に研究サロンに招待した。本来なら最上級学年にならなければ入ることができないから、破格の待遇といえる」

 とある小講義室の教壇で教師が話すのを聞きながら、私はひとりでぷるぷると震えていた。正確にいうとひとりではない。四方をネプトとイグニスとソリとベントに囲まれている。気をつけようと思った矢先に、これだ。
 先ほど教師が言っていたように、この前の試験で活躍が認められた生徒は、特別な講義が受けられることになった。講義といっても教師が一方的に教えるのではなく、生徒それぞれが興味があることを持ち寄って議論したり、実験したりという、前世の世界でいうと大学のゼミみたいな集まりである。
 その集まりに参加させてもらえるようになったのは光栄なのだけれど、いかんせん講義室が狭かったため、攻略キャラたちにロックオンされた私はあっという間に囲まれてしまった。
 そしてさらに運が悪いことに、少し遅れて講義室に入ってきたオルクスくんは私の姿に気づいたけれど、近くの席に座ることができず、ずっと納得がいかない視線を私に向け続けている。
 なぜ攻略キャラたちにロックオンされているのか――少し前ならわからなくて納得がいかなくて、さぞ怖かったことだろう。でも、リリーに事実を知らされた今なら、「ああ、私がヒロインだからね」と理解することはできる。理解できるだけで納得することは、できないというよりしたくないけれど。
 乙女ゲームでよく、何らかの行事で活躍すると攻略キャラのヒロインに対する好感度が上がるということがある。学園モノだと体育祭や文化祭なんかがそれだ。それらの行事で活躍するために、パラメータが存在するゲームなら行事までにきっちり必要項目を上げておかなければならないけれど、大きく好感度が上がるチャンスでもあるのだ。
 というわけで、この前の試験で頑張ってしまった私は攻略キャラたちの好感度を上げ、興味を引いてしまっている。

「次の研究会までに、自分が取り組んでいきたいテーマを決めるって、コレットちゃんは何にしたい?」

 ほとんど何を話されているのかわからないまま講義の時間が終わって、ベントが話しかけてきた。講義中も私の右側をがっちりキープしていた彼は、ここぞとばかりに甘いマスクに優美な笑みを浮かべて見つめてくる。距離感がおかしい。

「えっと、まだ決めてないので、寮に帰ってから考えようかなって……」
「俺は、プロセルさんの特殊な魔法について研究するのはどうかなって思ってる。俺たちも君の変わった魔法が気になるし、君だって自分の特殊な魔法についてわかることが増えれば、ためになると思うんだけど」

 適当にお茶を濁して帰ろうとしたのに、左側に陣取っていたネプトが私の腕を掴んでそれを阻止した。キラキラした目で見てくるから、下心というより純粋に私の魔法に関心があるのだろうけれど、この人もこの人で距離がおかしい。でもここで腕を掴んでいることを指摘でもしようものなら、「ご、ごめん……」などと言って頬を赤らめて好感度が上がってしまうのだ、こういうキャラは。

「俺は、土魔法こそプロセルさんの植物を生やす魔法と親和性が高いと思うのだが。幸いにも、植物をいくらでも生やしていい花壇の管理を俺はしている。好きなだけ魔法の練習に付き合ってやれるぞ」

 後ろの席から、静かな声でソリが言ってきた。落ち着いているし淡々と話すけれど、このキャラが人間にここまで関心を示しているというのが、好感度が高い証拠だ。背後の席に座っているというのも、何かあればがっちりガードしますよというアピールのようで、ちょっと怖い。

「そんなことよりさ、コレットが本当に植物以外の魔法を使えないのかを試してみたくないか? 俺がバァーッて火の魔法を放ったら、さすがに身を守るために水魔法を使えるとか風魔法で消そうとするとか、何らかの進歩がありそうじゃないか?」

 前の席からくるっと後ろを振り返ってイグニスが言う。かなり物騒な発言だ。悪気はないのだろうけれど、こんなのは根拠のない根性論で、こちらの気持ちや事情は何も考えていない。この無邪気な俺様系にガツンと言ってやりたいのだけれど、そんなことしようものなら「へえ、面白いやつ」と興味を引いてしまうからだめだ。
 四人に囲まれていて、それぞれが言いたい放題で、私は教室から出ることすらかなわない。早くここを抜け出して、少しでも彼らとの接点を減らしたいのだけれど、このままじゃ勝手に好感度が上がってしまう。

「うわぁっ」

 どうやって逃げたものかと考えていると、唐突に私の体が宙に浮かび上がった。よく見ると、脇や腰に触手のように黒いものが巻き付いている。

「だ、誰だ!?」
「ピンクだ!」
「……俺は見てない」
「わーぉ」

 触手によって運ばれる私を、驚いた顔で攻略キャラ四人が見ていた。ネプト以外はパンツの話しかしていないとわかって、私は慌ててスカートを押さえた。
 でも、そんなことしても見えてしまったものはどうしようもなくて、恥ずかしくてどうにかなってしまうかと思ったけれど、そうこうしているうちに私の体は教室の外へと運び出されていた。

「……ごめん。困っているのかと思って、助けたつもりだった」
「オルクスくん……」

 黒い影の触手を見たときに、すぐにオルクスくんがやったのだとわかっていた。
 でも、彼がこんなに悲しそうな顔をしているのは、全く想像していなかった。

「余計なことを、してしまっただろうか?」

 オルクスくんは悲しそうに、そして困ったような顔をして私に尋ねた。私を気遣っているというより、自分のしてしまったことに対して私が怒っていないかどうかを気にしているような、そんな表情に見える。

「ううん、余計なことだなんて……どうやって抜け出せばいいかわからなくて、困っていたから」
「そうか。それならいいんだが……コレットに友人ができる邪魔をしてしまったかもしれないと、やってしまってから後悔している」
「友人って……あの人たちは……私のこと、面白がってるだけだと思うな」

 攻略キャラたちは、私がヒロインだから構うのだ――そんなことを思うと、ものすごく憂鬱な気分になった。
 そして、オルクスくんが彼らにヤキモチを焼いているとわかっても、嬉しいという感情より先に何ともいえない感情が湧いてきた。
 私はモブに生まれ変わったのだから、オルクスくんの友人に選ばれて、彼を支えて孤独から救うのだと、入学式に出会ったときに決めたのだ。オルクスくんと仲良くなれたとわかったとき、彼のそばにいることを許されたのだと、すごく嬉しかったのだ。
 でも、それは私の“推しへの愛”が成就したからではなかった。私(モブ)としてオルクスくんの信頼を勝ち取ったわけではなくて、私(ヒロイン)が好かれるのなんて、シナリオ上、必然のことだった。
 そのことを自覚すると、胸がモヤモヤして苦しくなってきた。「こんなはずじゃなかったのに!」って、誰かに向かって叫びたい気分だ。

「あいつらは面白がっているというより、お前に興味があるんだろう。……ああして束になってかかってくるところが本当にずるいと思うから、今度から僕が一緒に講義を受ける」

 オルクスくんはピシッとクールに、でも少しはにかみながら言った。
 いつもなら、「表情差分だ! こんな表情するんだ!」なんて思って感激していただろう。でも今は、私がヒロインだからこんな顔を見せてくれるだな、なんて思って素直に喜べない。

「……私、研究会にはもう出ないかも」

 モヤモヤに耐えられなくなって、私はそう言って走り出していた。

 
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