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第二十話 ミュリエルとメルヒ先生1
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「うえっへっへぇー! グツグツ煮込んで、煮詰めて、より凶悪な薬を作ってやるぜー!」
「ちょっと! 真面目にやりなさい。そんなのじゃ、すぐに焦げつかせるわよ」
ふざけて悪者みたいな台詞を叫ぶリカから木べらを奪い取り、ミュリエルは毒々しい液体の入った鍋をかき混ぜる。
「真面目にやってどうするんだよ。このくらいの気分でなきゃ、やってられないって」
「でも、大切な薬でしょ? この薬がなくては、またメルヒ先生があなたのお母様に追いかけられるのだから」
「……そうだけどさ。本当、迷惑なジジイとババアだ」
ミュリエルが真剣に鍋をかき混ぜ続けるのを、リカは面白くなさそうに見ている。だが、自分の両親のことが絡んでいるから強くは出られないのだ。
なぜなら、今作っているのはファルケンハイン公爵夫妻の夫婦円満の秘訣――精力増強剤なのだから。
あの夜会の翌日、正式にメルヒオルがリトヴィッツ伯爵家に挨拶に訪れ、ミュリエルの父に婚約を申し入れた。
口約束とはいえ、一度は破談になった話だ。認めてもらえないのではと心配したが、意外なほどあっさり認められた。
「ミュリエルは絶対にメルヒオル君の顔が好きだと思ったんだ。娘を託すなら、いけ好かない美形より信頼できる美形(メルヒオル)がいいと思ってな」
などと言って、むしろご機嫌だった。ひと波乱あったものの、娘が自分のお気に入りの青年と結婚することになって気分がいいようだ。
結局父の思惑通りになってしまったことは癪だが、メルヒオルが嬉しそうにしているのを見ると、ミュリエルも文句を言う気にはならなかった。
正式に婚約するのは、ミュリエルが十七歳を迎える翌年の春だ。それからゆっくりしっかり準備をして、式を挙げることになっている。
それまでの間は本来、花嫁修行に勤しむのだが、ミュリエルの場合は魔術を学ぶ時間にあてることにした。十六歳になったら、本当は魔術学校に行かせてもらえるはずだったのだ。だから、結婚するまでは存分に学ばせてもらうというのが、ミュリエルのせめてもの意地だった。
すぐにクレーフェ家の屋敷に戻ったミュリエルだったが、なぜだかこうしてリカと忙しく薬作りをしているのがほとんどだ。
必要なものだから仕方がないとはいえ、これではいけないと自分でもわかってはいる。
だが、想いを通わせてから、メルヒオルと顔を合わせることがミュリエルは難しくなっているのだ。
「ちょっとー。悪の秘密結社の人たち。適度に休憩入れながらやらないとだめだよ。それと、換気はしなさい」
リカとかわりばんこに鍋を混ぜていると、ドア越しにメルヒオルから声をかけられた。においがつくのを防ぐためにリカもミュリエルもローブを着てフードまで被っているから、そのコソコソとした様子を見てメルヒオルが“悪の秘密結社”と名づけたのである。
「ミュリエルは、そろそろ私と授業だよ」
返事をするより先に、ドアが開いてメルヒオルが入ってきた。ダークブラウンの髪に琥珀色の目をした美形を見て、ミュリエルは叫ぶ。
「キャーッ! 先生、素顔で現れないでって何度言ったらわかるんですか!」
「あー! ごめんごめん!」
叫ばれて、メルヒオルはあわてて顔を両手で覆って部屋を出ていく。まるで裸を見てしまった人と見せた人のようだ。そのおかしなやりとりを見て、リカがニヤニヤする。
「ミュリエル、早く慣れろよ。じゃないと、何かメルヒの顔が猥褻物みたいだろ」
「だって、あんまりにも美形で、恥ずかしくなってしまうんだもの……長く見ていると、鼻血が出ちゃうし」
「やっぱ、猥褻物だな」
リカに呆れられるが、自分自身でも呆れている。好きな人の本当の姿に慣れることができなくて、ジッと見ていると鼻血が出てしまうなんて情けなさすぎる。
頑張って慣れようとは思うのだが、まともに顔を合わせると鼻血が出てしまうのだから、どうしようもない。夜会のときのように、倒れないだけまだましだ。
「はい、顔を隠してきたよ」
「出たな、変態仮面!」
少しすると、あの猫仮面で目元を隠したメルヒオルが戻ってきた。
打開策として、こうして仮面で顔を隠している。
「リカ、あまり言わないでくれよ。私だって気にしているのだから」
「……すみません」
悲しそうにされて、ミュリエルは謝るしかない。
「さあ、行こうか。今日は暖炉のある居間で授業をするよ」
「はい」
「リカは火の後始末をして、部屋で勉強だ」
ミュリエルを部屋の外へ促しながら、メルヒオルは忘れずにリカにも指示を出す。薬を作ることになったなりゆきで、リカも魔術を学ぶことになったのだ。いい年頃の貴族の子息が何もせず無為に過ごしているのはよくないと、メルヒオルがそう判断した。
「やだー! 俺も箒に乗ったり実技したりしたいー」
「それはまた今度」
リカを適当にあしらって、メルヒオルも部屋を出る。後ろから「同じ弟子なのにミュリエルばっかり贔屓だー」とリカが文句を言っているが、肩をすくめるだけで無視してしまう。リカはまだしっかりと座学に取り組まなくてはならないから、仕方がない。
リカとの薬作りに使っているのは、屋敷の端にある部屋だ。そこから居間までは少し距離があり、メルヒオルの隣をしずしずと歩きながらミュリエルはぷるると小さく震えた。まだ雪が降るほどではないとはいえ、もう十分に寒い。
「寒い? もう少し廊下も暖かくなるようにしたほうがいいかな」
「大丈夫です」
ちょっとした仕草すら見逃さずにいてくれることが嬉しくて、ミュリエルの心はほっこり暖かくなる。
とんでもない美形になっただけで、こうした気遣いができるあたり、やはり紛うことなく彼はミュリエルの大好きなメルヒ先生なのだ。そう改めて実感すると、早くこの本来の姿に慣れねばと思う。
「ちょっと! 真面目にやりなさい。そんなのじゃ、すぐに焦げつかせるわよ」
ふざけて悪者みたいな台詞を叫ぶリカから木べらを奪い取り、ミュリエルは毒々しい液体の入った鍋をかき混ぜる。
「真面目にやってどうするんだよ。このくらいの気分でなきゃ、やってられないって」
「でも、大切な薬でしょ? この薬がなくては、またメルヒ先生があなたのお母様に追いかけられるのだから」
「……そうだけどさ。本当、迷惑なジジイとババアだ」
ミュリエルが真剣に鍋をかき混ぜ続けるのを、リカは面白くなさそうに見ている。だが、自分の両親のことが絡んでいるから強くは出られないのだ。
なぜなら、今作っているのはファルケンハイン公爵夫妻の夫婦円満の秘訣――精力増強剤なのだから。
あの夜会の翌日、正式にメルヒオルがリトヴィッツ伯爵家に挨拶に訪れ、ミュリエルの父に婚約を申し入れた。
口約束とはいえ、一度は破談になった話だ。認めてもらえないのではと心配したが、意外なほどあっさり認められた。
「ミュリエルは絶対にメルヒオル君の顔が好きだと思ったんだ。娘を託すなら、いけ好かない美形より信頼できる美形(メルヒオル)がいいと思ってな」
などと言って、むしろご機嫌だった。ひと波乱あったものの、娘が自分のお気に入りの青年と結婚することになって気分がいいようだ。
結局父の思惑通りになってしまったことは癪だが、メルヒオルが嬉しそうにしているのを見ると、ミュリエルも文句を言う気にはならなかった。
正式に婚約するのは、ミュリエルが十七歳を迎える翌年の春だ。それからゆっくりしっかり準備をして、式を挙げることになっている。
それまでの間は本来、花嫁修行に勤しむのだが、ミュリエルの場合は魔術を学ぶ時間にあてることにした。十六歳になったら、本当は魔術学校に行かせてもらえるはずだったのだ。だから、結婚するまでは存分に学ばせてもらうというのが、ミュリエルのせめてもの意地だった。
すぐにクレーフェ家の屋敷に戻ったミュリエルだったが、なぜだかこうしてリカと忙しく薬作りをしているのがほとんどだ。
必要なものだから仕方がないとはいえ、これではいけないと自分でもわかってはいる。
だが、想いを通わせてから、メルヒオルと顔を合わせることがミュリエルは難しくなっているのだ。
「ちょっとー。悪の秘密結社の人たち。適度に休憩入れながらやらないとだめだよ。それと、換気はしなさい」
リカとかわりばんこに鍋を混ぜていると、ドア越しにメルヒオルから声をかけられた。においがつくのを防ぐためにリカもミュリエルもローブを着てフードまで被っているから、そのコソコソとした様子を見てメルヒオルが“悪の秘密結社”と名づけたのである。
「ミュリエルは、そろそろ私と授業だよ」
返事をするより先に、ドアが開いてメルヒオルが入ってきた。ダークブラウンの髪に琥珀色の目をした美形を見て、ミュリエルは叫ぶ。
「キャーッ! 先生、素顔で現れないでって何度言ったらわかるんですか!」
「あー! ごめんごめん!」
叫ばれて、メルヒオルはあわてて顔を両手で覆って部屋を出ていく。まるで裸を見てしまった人と見せた人のようだ。そのおかしなやりとりを見て、リカがニヤニヤする。
「ミュリエル、早く慣れろよ。じゃないと、何かメルヒの顔が猥褻物みたいだろ」
「だって、あんまりにも美形で、恥ずかしくなってしまうんだもの……長く見ていると、鼻血が出ちゃうし」
「やっぱ、猥褻物だな」
リカに呆れられるが、自分自身でも呆れている。好きな人の本当の姿に慣れることができなくて、ジッと見ていると鼻血が出てしまうなんて情けなさすぎる。
頑張って慣れようとは思うのだが、まともに顔を合わせると鼻血が出てしまうのだから、どうしようもない。夜会のときのように、倒れないだけまだましだ。
「はい、顔を隠してきたよ」
「出たな、変態仮面!」
少しすると、あの猫仮面で目元を隠したメルヒオルが戻ってきた。
打開策として、こうして仮面で顔を隠している。
「リカ、あまり言わないでくれよ。私だって気にしているのだから」
「……すみません」
悲しそうにされて、ミュリエルは謝るしかない。
「さあ、行こうか。今日は暖炉のある居間で授業をするよ」
「はい」
「リカは火の後始末をして、部屋で勉強だ」
ミュリエルを部屋の外へ促しながら、メルヒオルは忘れずにリカにも指示を出す。薬を作ることになったなりゆきで、リカも魔術を学ぶことになったのだ。いい年頃の貴族の子息が何もせず無為に過ごしているのはよくないと、メルヒオルがそう判断した。
「やだー! 俺も箒に乗ったり実技したりしたいー」
「それはまた今度」
リカを適当にあしらって、メルヒオルも部屋を出る。後ろから「同じ弟子なのにミュリエルばっかり贔屓だー」とリカが文句を言っているが、肩をすくめるだけで無視してしまう。リカはまだしっかりと座学に取り組まなくてはならないから、仕方がない。
リカとの薬作りに使っているのは、屋敷の端にある部屋だ。そこから居間までは少し距離があり、メルヒオルの隣をしずしずと歩きながらミュリエルはぷるると小さく震えた。まだ雪が降るほどではないとはいえ、もう十分に寒い。
「寒い? もう少し廊下も暖かくなるようにしたほうがいいかな」
「大丈夫です」
ちょっとした仕草すら見逃さずにいてくれることが嬉しくて、ミュリエルの心はほっこり暖かくなる。
とんでもない美形になっただけで、こうした気遣いができるあたり、やはり紛うことなく彼はミュリエルの大好きなメルヒ先生なのだ。そう改めて実感すると、早くこの本来の姿に慣れねばと思う。
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