Fortune ―ファウストの聖杯―

明智紫苑

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本編、アスターティ・フォーチュンの物語

Beyond The Heavens

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 365年、9月。私たちはフォースタス・マツナガ博士の葬儀に参列した。
 私たち夫婦には五人の子供たちがいる。
 長男、グウィディオン・チャオ・フォーチュン、354年生まれ。
 長女、イオストリー・チャオ・フォーチュン、356年生まれ。
 次女、ニース・チャオ・フォーチュン、レシェフの双子の姉で360年生まれ。
 次男、レシェフ・チャオ・フォーチュン、ニースの双子の弟で360年生まれ。
 そして、三女で末っ子のポーモーナ・チャオ・フォーチュン、364年生まれ。
 マツナガ博士は99歳で天寿を全うした。私たちは博士の最後を看取ったが、認知症を発症せず、最後まで意識はクリアだった。博士の最後の言葉は「ようやっと会えるかな?」だったが、その誰かが最初の恋人なのか、最後の恋人なのかは分からない。
 葬儀場には一組の親子がいる。母親は私と同い年、息子は私たちの長男グウィディオンより一つ下。ネミ…ネミッサ・ハラウェイ改めネミッサ・フォーチュンと息子アーサーだ。
 私たち夫婦はフォースタスの苗字「チャオ(趙)」を子供たちにミドルネームとして名付けたが、ネミは私の「フォーチュン」姓に改名した。そして、彼女の一人息子はこの惑星ほしの初代大統領と同姓同名だ。
 アーサーは私たちの子供たちの腹違いの兄弟だ。
 無性愛者であるネミにはパートナーがいない。彼女の子供は人工授精で産んだアーサー一人だけだ。彼女はモデルを引退し、介護士の資格を取得し、アガルタの職員になっている。
 フォースタスは文壇に復帰し、私はミュージシャンとしてはほぼ裏方に徹している。私たちが所属する芸能事務所邯鄲ドリームは、企業としては立ち直ったが、それでもデヴィル・キャッツなどの所属タレントらを失った穴は大きかった。
「あれ?」
 参列者たちの中に一組の見覚えがある男女がいる。一方は、どことなく若い頃のフォースタスに似た男性、もう一方は黒髪をシンプルに結っている細身で色白の女性だ。そう、あの大震災があった際に出会った、そして、私が何度か見た夢に出てきた人たちにそっくりだ。
「フォースタス、あの人たち…」
「…どこかで見たような?」
 しかし、私たちは問題の二人を呼び止めなかった。もしかすると、人違いかもしれない。いや、きっと人違いだろう。あの二人は会場を出て行った。

「父さん。俺、映画監督になるよ」
 グウィディオンは言う。
「父さんの小説を映画化するんだ」
「そうか…」
「母さんの曲を使いたいんだ。『Flowers rather than weapons(武器ではなく花を)』。今のソーニアとかの紛争があるから、平和を取り戻すためにも」
 フォースタスはグウィディオンの頭を撫でて微笑んだ。
 ソーニアの「王」プレスター・ジョン・ホリデイは、クーデターでたおれた。彼の愛人だったロクシー…ロクサーヌ・ゴールド・ダイアモンドは行方不明になったが、新たに台頭したいくつかの軍閥のうちの一つのトップの愛人になったという噂がある。さらに信じられない噂として、彼女は海賊の「女王」として君臨しているという。
 生前のマツナガ博士が語ったアヴァロン号の大気圏内降下は実現し、地上3000メーターを静止衛星のように周っている。そのアヴァロン号には新たに、ドイツ語で空中都市を意味する〈ヒメルシュタット〉と名づけられた。
 地球文明から受け継がれた科学的遺産を保つという点で、アガルタとヒメルシュタットは兄弟姉妹の関係だった。
 ヒメルシュタットはソーニアの南の海のはるか上から、ソーニアを監視している。そして、いざという時には、上空からソーニアを攻撃出来るだけの軍備がある。
 ソーニア独立のあおりを受け、中央政府から離れたいくつかの州の独立宣言が相次ぎ、中央政府の影響力の弱体化が目立ち始めた。コートニー・サトクリフ大統領は、任期を満了して政界を引退したが、後継者たちにはサトクリフ元大統領ほどの力量はなかった。
〈アガルタ・ソロモン・プロジェクト〉で生まれた子供たちは、世界中に広まっていく。私たちの子供たちもそうだ。今もなお、バールたちに対して偏見を抱く人間たちは少なくないが、それでも徐々に「融和」は進んでいる。

 武器ではなく花を。平和の果実を食べに行こう。
 どうか、かつての平和と自由を取り戻せるように。



「アスターティ、子供を五人も産んでいるのに、変わらないわね」
「フォースタスも若々しいな」
 また夢を見た。一組の男女が夜のアヴァロンシティを闊歩する。そう、何度か夢や現実で見かけたあの二人だ。
「この街もかなり蘇ったな。まるで奇跡だ」
「この国の、この惑星ほしのみんなの願いが奇跡を起こしたのよ」
…ねぇ…?」
 灰色だったアヴァロンシティは再び極彩色のきらめきを取り戻していた。
「ねえ、果心カシン
「何だ、緋奈ヒナ?」
「やはりあの二人、あの二人の生まれ変わりかしら?」
 果心と呼ばれた男性は首を傾げる。
「俺たちは、から受け取ったあの二人の魂を解き放った。フォースタスとアスターティがあの二人の生まれ変わりだとしてもおかしくない」
「現に、もう一人のフォースタスもの生まれ変わりだったのだから…」
 果心と緋奈は繁華街の中に消えていった。

 生まれ変わり? 何だろう? 私は目を覚ます。



 子供たちはすっかり成長し、私たち夫婦はアガルタで余生を過ごしている。グウィディオンは映画監督として成功し、他の子供たちもそれぞれの道を歩み、幸せに暮らしている。私たちは多くの孫たちのみならず、曾孫たちにも恵まれていた。
 私とネミは、同年代の人間女性たちよりは若々しい外見だったが、それでもじっくりと歳を重ねている。かつてのネミの艶やかな黒髪は、今は私と同じくすっかり白くなっていた。
「ねえ、アスターティ」
「なぁに、ネミ?」
「天国ってあると思う?」
「天国…ヒメルシュタットの事?」
 ネミは私のトンチンカンな答えに吹き出した。
「色々な宗教で語られている天国よ」
 私は考え込む。
「うーん。私はむしろ、生まれ変わりを信じたいの。この世こそが天国だと信じたいから」
「なるほどね。この世こそが天国であり、地獄でもある。だけど、私たち生ある者たちは、ただ生きていくだけ」
 アガルタの職員たちは、すっかり世代交代していた。ミサト母さんもマーシャ・ウキタ元所長も亡くなった。私たちは、古きアガルタの生き証人だった。
 アガルタの外にいた親友の最後の生き残りだったヒルダは、生涯独身のままだった。彼女はアガルタから〈ソロモン・プロジェクト〉への参加(すなわち、人工授精で新人類を産む)を打診されたが、彼女はそれを断った。そのヒルダももういない。
 私の幼馴染みゴールディ、そして私の弟アスタロスは、ソーニア独立の混乱により、行方不明になった。
「秋の空はどこまでも遠く」
 この遠い青空の向こうに、私の大切な人たちは去って行った。いや、もしかすると、またこの世に別の肉体を持って生まれ変わっているのかもしれない。

 そして、私の最愛の人も。

「アスターティ、ありがとう。お前に会えて良かった」
 私と同じ総白髪のフォースタスは私の手を握り、永遠の眠りについた。
 私たちの子供たち、孫たち、曾孫たち。家族たちに見守られ、私のフォースタスは死んだ。私はこの人の手を握り、涙を流す。
 フォースタスの葬式は、アガルタの葬儀場で行われる。享年98歳。同じくらいの歳で亡くなったマツナガ博士の時と同じ葬儀場だ。
「若い頃のじいちゃんってカッコ良かったんだね」
「何しろ、俳優さんとしても活躍したし」
 孫たちがフォースタスの遺影を見て故人の思い出話をする。
 喪主は私たちの長男グウィディオンだ。各メディアからの取材があり、フォースタスの死はトップニュース扱いされたが、おおむね好意的な報道だった。
 私はフォースタスの恩師アーサー・ユエ先生を思い出した。
 ユエ先生はあの大震災後、瓦礫の中から遺体を発見されたが、そばには刑務所から戻っていた息子マークの遺体もあった。マークの手にはナイフが握られており、ユエ先生の胸には刺し傷があった。父親を恨むマークはナイフでユエ先生を刺殺し、その直後に被災して死んだのだ。
 スコットとフォースティンの娘ジェラルディンは、私たちの息子グウィディオンの妻である。彼女は父親と同じく役者の道を進み、私たちの息子を選んだ。
 ネミとアーサーも参列している。この二人も私の家族だ。アーサーも自身の家庭を持っており、何人かの子供や孫を連れている。

 遺産相続手続きは特に問題はなかった。ネミとアーサーにもある程度の遺産を相続する権利はあった。そのネミも亡くなった。



 私はフォースタスの墓の前に立つ。曾孫のルシールと一緒だ。この娘の名前は私の今は亡き親友に、そして、フォースタスの実の姉に由来する。
「ひいばあちゃん、この犬どこから来たの?」
 そこに、一匹の白いミニチュアブルテリアがいた。今は亡き愛犬メフィストに似た、雄のミニチュアブルテリアだ。
《アスターティ》
「え!?」
 私は幻聴だと思った。犬がしゃべったのだ。
《初めまして、アスターティ。僕はあの大震災から生まれた者たちの子孫のひとりです》
 間違いない。犬が話している。サイボーグ犬だったメフィストのように。
「あなた、人間の言葉を話せるの? アガルタのサイボーグ犬みたいに?」
 犬は微笑む。
果心カシン緋奈ヒナ…あなたとフォースタスを見守っていた人たちが、大震災の前に軌道エレベーターの周辺に石の卵を埋め込みました。あの二人は、地球人の末裔であるあなたたちを護る精霊たちです。僕らは、あの二人が生み出した石の卵から生まれました》
 何もかも信じられない。私は自分の頭がおかしくなったのかと思った。ルシールも呆然としている。
「なぜ? あなたたちは何のためにいるの?」
《今のアヴァロンは、乱世になりました。アヴァロン連邦の崩壊も、時間の問題です。ソーニアを始めとして、中央政府からの独立宣言をした州は、事実上の独立国家になりました》
 犬は語る。
《この惑星ほしの文明は、退行しつつあります。今あるインフラ整備も、やがては不可能になるでしょう。しかし、〈アガルタ・ソロモン・プロジェクト〉で生み出された新人類たちが世界中に広まり、混沌の世界から人々を導き、救うでしょう》
 犬の姿が徐々に消えていく。
《アスターティ。あなたの名前は、この世界を守護する『女神』として語り継がれていくでしょう。さようなら。いつか会いましょう》

 私も、いなくなる。

 430年、7月7日。今日は私の100歳の誕生日だが、同時に最後の誕生日でもある。
 私のベッドの周りには家族一同が集まっているが、私はもう動けず、目を開けられず、言葉を発せない。
 遺言はすでに残している。遺産相続などの話は、フォースタスと私がまだ足腰が自由だった頃に済ましている。後は、みんなで助け合って生き続けてほしい。
 誰かが私の右手を握っている。長男のグウィディオンだろう。この子もすでに何人かの孫たちがいる。ルシールもその一人だ。
 一世紀、生きてきた。悔いはない。
 きっとまた、私はフォースタスに会える。私は思う。またいつか、桜吹雪の中で手を取り合って。

『Beyond The Heavens』、それがミュージシャンとしての私の遺作であり、歌手ルシール・フォーチュンのデビュー曲だ。

 私は、アヴァロンの大気に融け込んでいく。
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