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第6話 不穏
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「じ、地獄?」
ユリウスさんの言っていることを理解する為には、『地獄』をそのままオウム返しするしかなかった。ユリウスさんは俺が驚いていることに驚く様子もなく、薄暗い倉庫で不気味に笑みだけが漂っていた。
「ええ。コウジ殿の世界にも、地獄という概念は存在したはずですが?」
「いやまあ…天国と地獄みたいなことですよね?実際あるかどうかは知りませんけど…」
「この世界には、地獄があります。いや、正確には、あなた方が元の世界で地獄と呼んでいた場所に非常に似た世界があります。私はフエゴデル域と呼んでいますがね」
ユリウスさんはそう言うと、懐に隠してあった短剣を取り出した。鞘からそれを抜き、鞘を持っている方の手の親指を切りつけた。
「誓約を交わします。フエゴデル域に行くためには、必要なことです」
「ほ、本当に行くんですか?もう二度と帰って来れないなんてことは…」
「大丈夫です。貴方なら帰って来れますよ」
ユリウスさんはニコリと微笑んだ。その笑みに、まだ陰りは見えなかった。
俺は、薄暗い倉庫を数歩進んでユリウスに近づき、短剣を手で受け取った。そして、左手の人差し指に、短剣の切っ先を置き、少し切って血を流した。
すると、ユリウスさんの血液と俺の血液が、同時に倉庫の床にこぼれ落ちた。その直後、二人を囲むように床いっぱいに円上の魔法陣が発現した。
「うおぁぇぁ?!」
魔法陣のお陰で、倉庫内が更に明るくなった。
そして、こぼれ落ちた血液が重力に逆らい宙に浮上すると、それらが混じり合って、その形を『鍵』へと変えた。血が混ざり合って完成した鍵が、俺の掌にポトリと落ちた。ひんやりと冷たい、見た目は普通の小さな鍵だった。
「それが、貴方がフエゴデル域を出入りするための『資格』です」
「ってことは…ティナは入れないってことですか?」
「そうなります」
となると、だいぶ心細いというか、むさ苦しいというか。
「では、早速覗いてみましょうか?フエゴデル域を」
ユリウスさんはそう言って、俺から受け取った短剣を懐にしまった。
「あ、失礼しました。もう一つやっておくことがありました」
ユリウスさんはそう言うと、俺の横を通り過ぎて、倉庫の扉の前に立った。俺たちが潜った扉だ。ユリウスさんは扉に向かって片手を掲げた。
「Sin Límites」
謎の言葉を発した。それは、俺が勉強しているこの世界の言葉とは、また違う言葉のような気がした。日本語、英語、中国語、フランス語、ドイツ語、ロシア語…俺がいた世界には様々な言語が存在する。無論、俺はその全てを話せるわけではないが、耳で聞いた感じの違いなら分かる。あ、これはフランス語ではないな、とか。アジア系の言語っぽいな、とか。
ユリウスさんが放った謎の言葉は、その感覚を呼び起こした。この言葉は、俺が現在進行形で勉強しているこの世界の言葉とは、恐らく違う言葉だ。
ユリウスさんの手から、目で追えないスピードで魔法陣が扉に向かって放たれた。すると、魔法陣に溶け込むようにして、倉庫の扉が姿を消し、そこはただの壁になった。
「え?!」
「扉を隠しました。フエゴデル域に行くためには、この場所に来なければなりません。このことは私と貴方と、ティナの3人の間の秘密ですからね。他の眼があるといけない」
なるほど、俺がフエゴデル域とやらに赴くためにこの倉庫を行き来しているのがバレると面倒くさいことになるから、この倉庫の存在そのものを扉の外から分からないようにしたと言う訳か。
「でも、今まであった倉庫への扉が消えたらそれこそおかしな事になるんじゃないですか?」
「それは問題ありません。ここは、ペルデへの扉がある螺旋階段があった北塔ではなく、南塔の地下です。南塔の管理は父上から任されています。それに、こんな何もない倉庫に普段人は出入りしません」
用意周到な帝国宰相に、寒気すら覚えたのは確かだった。
「では、いきましょうか。フエゴデル域に」
その瞬間、ユリウスさんは俺の手の上にあった鍵を手で掴み、それを俺の胸へと押し当てた。俺はバランスを崩し倒れそうになったが、ユリウスさんが手の力を抜かなかったためか、そのまま倉庫の壁へと押しやられた。
「なっ…!?」
変な感覚だった。俺の胸とユリウスさんの掌に挟まれた鍵が、俺の体の中に入り込んでいく。ズブズブと音が鳴る。だが、痛みはなかった。
そして、鍵は俺の体の中へ消えた。
「ええぁぁ!?何をしたんすか?」
「鍵を体に埋め込みました。これで無くす心配もありませんね」
爽やかな笑顔でユリウスさんはそう言った。
「取れるんですよね…?」
「心配はいりませんよ」
この人、怖い。
それから俺たち二人は、倉庫に入ってきた扉があった壁とは正反対の奥の壁を潜り、フエゴデル域とやらに足を踏み入れた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここでの闘いで、土煙が上がることは滅多にない。なぜならここは、地面全てが新緑の草で覆われているためだ。生命力が所狭しと肩をそろえるこの森では、命を懸けた闘いですら、美しく見える。
金属音が不定のリズムで鳴り響く。闘技ロペアの屋上で、激しいつばぜり合いがなされ、十字に重なった槍と剣越しに、二人のエルフが顔を見合わせる。その顔はどこか、この闘いを楽しんでいるようだった。
「また腕を上げたんじゃねえか?ナルッシソ!」
長い槍を握ったエルフ、ヴィーが口角を上げ愉悦に浸ったように相手を褒める。エルフにしては筋肉質で、まさに木の幹のように太く逞しいその両腕で叩き込まれる槍の一撃一撃は、重かった。
その間も、チリチリと金属同士が擦れ合っている。
「ヴィーさんこそ…相変わらずのパワーだ…!」
ヴィーの槍を、細い腕と細いレイピアで受け止めるのはナルッシソだ。ヴィーとは対照的で痩躯のナルッシソは、正直喋っている余裕もないほどだった。
そして、ヴィーのパワーがナルッシソを上回る。弾かれたレイピアの死角から槍が放たれるが、ナルッシソはそれをいち早く感じ取り、華麗に躱して体勢を整える。
「チッ!」
ヴィーは嬉しそうに舌を鳴らす。そして、長い槍を軽々手で回す。
「教えて欲しいぜ俺も。お前のその、攻撃を見切るセンス」
「天性の才能ですよ。僕を誰だと思っているんですか?」
ヴィーに煽てられたナルッシソは、メガネを光らせて満更でもない表情を浮かべた。
木漏れ日が、二人が立つ闘技ロペアの屋上を斑に照らす。多少の視界の悪さのあるその不規則な陽光の斑模様だが、今の二人にとってそんなものは歯牙にもかけない要因だった。
様々な用途で作られるロペアだが、この闘技ロペアは少し特殊だ。名前の通り、戦闘のために作られたロペアとだけあって、そこで戦うエルフ達の攻撃に耐えられるような、太い木が改築されて作られている。更に、肝心の闘技スペースは、葉が撤去され丸裸になった太い幹の頂上に設けられており、その広さは猛者達がしのぎを削るには十分すぎるものであった。そのため、木の幹の内部には、ちょっとした休憩スペース以外に空洞はない。これも、闘技ロペアが猛者達の攻撃に耐えられる理由であった。
この闘技ロペアは、安全性に考慮し、エルフ達が集う広場『キューレイション』には存在しておらず、そこから離れた所にいくつか建てられている。
その為、己の丹念のために闘いを望むエルフの猛者達は、わざわざキューレイションから離れて、この闘技ロペアにまでやってくるのだ。
もちろん、ヴィーとナルッシソも例外ではない。
だが今回の場合少し違う。彼等は、キューレイション外部の森の調査のために、この辺りに来ていたのだ。その調査の途中、痺れを切らしたヴィーがナルッシソを戦闘に誘ったというわけだ。
「っていうかヴィーさん、調査の方はいいんですか?怒られますよ?」
「っへ!いいんだよ!それとも何だ?俺との闘いから逃げる気か?」
「…言うじゃないですか。いいですよ、僕もそろそろ本気を――――――」
二人が煽り合っていると、大きな影が闘技場ロペアの屋上に落ちた。二人は一斉に上空を見上げる。
「あれァ…ココのハーピーじゃねえか。なんだってこんなところに」
ヴィーは木漏れ日に眼を細めながら言った。
そこには、白とオレンジの毛並みが美しい大きな鳥がいた。そよ風に揺れる優しい毛並みとは裏腹に鋭くギラついた赤い眼が、己の足下を確認する。そうして、その鳥、ハーピーはヴィーとナルッシソの近くに降り立った。
ハーピーの背中に乗っていた長身で短髪の女エルフが、飛び降りる。
「ヴィー!ナルッシソ!あんたらこんなとこでなに油売ってんだい!」
「わりィわりィ。ちょっと調査に飽きちまってよ」
「そんなことをしている場合ではないぞ。キューレイションにアカガネゴンが侵入してきた」
女エルフ、ココのその言葉に、先ほどまで闘いの愉悦に浸っていた二人の目つきが真剣なものに変わった。
「アカガネゴンが?ありゃ森の東域の魔物だろ?なんだってまた…」
「東ということは…バドとポーランの担当エリアじゃないですか」
「まさか…取り逃がしたってのか?あの二人に限って…」
不穏な空気が漂う。ココはメガネをクイっと指で上げた。
「恐らく例のオクレビトの影響じゃないかって話になってるみたいだ」
「オクレビト?なんだ、もうここにいるのか?」
ヴィーは何やら嬉しそうだった。そんなヴィーに、呆れた顔を浮かべてナルッシソが口を開く。
「ヴィーさん、オクレビトがここに来たのは恐らく昨日ですよ。フィオーネ様が言ってたじゃないですか」
「あれ?そうだっけか?すまんすまん」
ヴィーは悪気もなさそうにゲラゲラと笑った。
ココは真剣な表情を浮かべたままだった。
「とにかく、調査は打ち切りだ。キューレイションに戻るぞ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
地獄とやらが怖くて、俯いていたら案の定、最初に目に入ったのは地面だった。なんて血色の悪い土色をしているんだろうと、まず最初に思った。
おそるおそる顔を上げると、赤黒い空があった。空かどうかも怪しいくらいだ。雲は、ない。
そこは、基本的に何もなかった。
建物も、植物も、川も、泉も、光も。ただ、決して暗闇ではない。空とおぼしき赤黒い天井が、不思議とこの世界を照らしていた。
地形は入り組んだ山のようにかなり複雑なところから、何もない真っ平らな所まで様々だ。まるで人の手が行き届いていないような、無法地帯のようだった。とにかく息苦しい。ペルデとのギャップが凄まじかった。
「どうですか?初めての地獄は」
「なんつーか…一刻も早く帰りたい、って感じです」
「私も、この場所は好きではないです」
ユリウスさんはそう言いながらも、慣れた足取りで歩を進めた。俺は後に続くことだけを考え、怯えながらも一歩一歩前に進んだ。
土を踏んだときの音に非常によく似ているが、なんだろう、なにかが違う。なんというか、響きのない重い足音だった。
「な、なあユリウスさん」
「どうしました?」
「この…フエゴデル域とやらは何なんです?地獄って具体的に…」
ユリウスさんは、足を止めた。この手の質問には、今まで足を止めずに説明をしてくれたユリウスさんにしては、珍しいと、俺は思った。
「ここは、死者が集う場所です」
「…は?」
「生前悪行を働いた者、生きながらにしてたたき落とされた者、そしてこの闇の世界に元々住まう者。そういった者たちが住まうのがここ、フエゴデル域、通称”地獄”です」
背中を向けて話していたユリウスさんは、俺の方を見た。
「そして、私は、このフエゴデル域を生きながらにして出入りすることを許された人間の集団『フエゴデル・ユヘルシート』の一員です」
ユリウスさんの笑みに、初めて不穏な陰が垣間見えた気がした。
ユリウスさんの言っていることを理解する為には、『地獄』をそのままオウム返しするしかなかった。ユリウスさんは俺が驚いていることに驚く様子もなく、薄暗い倉庫で不気味に笑みだけが漂っていた。
「ええ。コウジ殿の世界にも、地獄という概念は存在したはずですが?」
「いやまあ…天国と地獄みたいなことですよね?実際あるかどうかは知りませんけど…」
「この世界には、地獄があります。いや、正確には、あなた方が元の世界で地獄と呼んでいた場所に非常に似た世界があります。私はフエゴデル域と呼んでいますがね」
ユリウスさんはそう言うと、懐に隠してあった短剣を取り出した。鞘からそれを抜き、鞘を持っている方の手の親指を切りつけた。
「誓約を交わします。フエゴデル域に行くためには、必要なことです」
「ほ、本当に行くんですか?もう二度と帰って来れないなんてことは…」
「大丈夫です。貴方なら帰って来れますよ」
ユリウスさんはニコリと微笑んだ。その笑みに、まだ陰りは見えなかった。
俺は、薄暗い倉庫を数歩進んでユリウスに近づき、短剣を手で受け取った。そして、左手の人差し指に、短剣の切っ先を置き、少し切って血を流した。
すると、ユリウスさんの血液と俺の血液が、同時に倉庫の床にこぼれ落ちた。その直後、二人を囲むように床いっぱいに円上の魔法陣が発現した。
「うおぁぇぁ?!」
魔法陣のお陰で、倉庫内が更に明るくなった。
そして、こぼれ落ちた血液が重力に逆らい宙に浮上すると、それらが混じり合って、その形を『鍵』へと変えた。血が混ざり合って完成した鍵が、俺の掌にポトリと落ちた。ひんやりと冷たい、見た目は普通の小さな鍵だった。
「それが、貴方がフエゴデル域を出入りするための『資格』です」
「ってことは…ティナは入れないってことですか?」
「そうなります」
となると、だいぶ心細いというか、むさ苦しいというか。
「では、早速覗いてみましょうか?フエゴデル域を」
ユリウスさんはそう言って、俺から受け取った短剣を懐にしまった。
「あ、失礼しました。もう一つやっておくことがありました」
ユリウスさんはそう言うと、俺の横を通り過ぎて、倉庫の扉の前に立った。俺たちが潜った扉だ。ユリウスさんは扉に向かって片手を掲げた。
「Sin Límites」
謎の言葉を発した。それは、俺が勉強しているこの世界の言葉とは、また違う言葉のような気がした。日本語、英語、中国語、フランス語、ドイツ語、ロシア語…俺がいた世界には様々な言語が存在する。無論、俺はその全てを話せるわけではないが、耳で聞いた感じの違いなら分かる。あ、これはフランス語ではないな、とか。アジア系の言語っぽいな、とか。
ユリウスさんが放った謎の言葉は、その感覚を呼び起こした。この言葉は、俺が現在進行形で勉強しているこの世界の言葉とは、恐らく違う言葉だ。
ユリウスさんの手から、目で追えないスピードで魔法陣が扉に向かって放たれた。すると、魔法陣に溶け込むようにして、倉庫の扉が姿を消し、そこはただの壁になった。
「え?!」
「扉を隠しました。フエゴデル域に行くためには、この場所に来なければなりません。このことは私と貴方と、ティナの3人の間の秘密ですからね。他の眼があるといけない」
なるほど、俺がフエゴデル域とやらに赴くためにこの倉庫を行き来しているのがバレると面倒くさいことになるから、この倉庫の存在そのものを扉の外から分からないようにしたと言う訳か。
「でも、今まであった倉庫への扉が消えたらそれこそおかしな事になるんじゃないですか?」
「それは問題ありません。ここは、ペルデへの扉がある螺旋階段があった北塔ではなく、南塔の地下です。南塔の管理は父上から任されています。それに、こんな何もない倉庫に普段人は出入りしません」
用意周到な帝国宰相に、寒気すら覚えたのは確かだった。
「では、いきましょうか。フエゴデル域に」
その瞬間、ユリウスさんは俺の手の上にあった鍵を手で掴み、それを俺の胸へと押し当てた。俺はバランスを崩し倒れそうになったが、ユリウスさんが手の力を抜かなかったためか、そのまま倉庫の壁へと押しやられた。
「なっ…!?」
変な感覚だった。俺の胸とユリウスさんの掌に挟まれた鍵が、俺の体の中に入り込んでいく。ズブズブと音が鳴る。だが、痛みはなかった。
そして、鍵は俺の体の中へ消えた。
「ええぁぁ!?何をしたんすか?」
「鍵を体に埋め込みました。これで無くす心配もありませんね」
爽やかな笑顔でユリウスさんはそう言った。
「取れるんですよね…?」
「心配はいりませんよ」
この人、怖い。
それから俺たち二人は、倉庫に入ってきた扉があった壁とは正反対の奥の壁を潜り、フエゴデル域とやらに足を踏み入れた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここでの闘いで、土煙が上がることは滅多にない。なぜならここは、地面全てが新緑の草で覆われているためだ。生命力が所狭しと肩をそろえるこの森では、命を懸けた闘いですら、美しく見える。
金属音が不定のリズムで鳴り響く。闘技ロペアの屋上で、激しいつばぜり合いがなされ、十字に重なった槍と剣越しに、二人のエルフが顔を見合わせる。その顔はどこか、この闘いを楽しんでいるようだった。
「また腕を上げたんじゃねえか?ナルッシソ!」
長い槍を握ったエルフ、ヴィーが口角を上げ愉悦に浸ったように相手を褒める。エルフにしては筋肉質で、まさに木の幹のように太く逞しいその両腕で叩き込まれる槍の一撃一撃は、重かった。
その間も、チリチリと金属同士が擦れ合っている。
「ヴィーさんこそ…相変わらずのパワーだ…!」
ヴィーの槍を、細い腕と細いレイピアで受け止めるのはナルッシソだ。ヴィーとは対照的で痩躯のナルッシソは、正直喋っている余裕もないほどだった。
そして、ヴィーのパワーがナルッシソを上回る。弾かれたレイピアの死角から槍が放たれるが、ナルッシソはそれをいち早く感じ取り、華麗に躱して体勢を整える。
「チッ!」
ヴィーは嬉しそうに舌を鳴らす。そして、長い槍を軽々手で回す。
「教えて欲しいぜ俺も。お前のその、攻撃を見切るセンス」
「天性の才能ですよ。僕を誰だと思っているんですか?」
ヴィーに煽てられたナルッシソは、メガネを光らせて満更でもない表情を浮かべた。
木漏れ日が、二人が立つ闘技ロペアの屋上を斑に照らす。多少の視界の悪さのあるその不規則な陽光の斑模様だが、今の二人にとってそんなものは歯牙にもかけない要因だった。
様々な用途で作られるロペアだが、この闘技ロペアは少し特殊だ。名前の通り、戦闘のために作られたロペアとだけあって、そこで戦うエルフ達の攻撃に耐えられるような、太い木が改築されて作られている。更に、肝心の闘技スペースは、葉が撤去され丸裸になった太い幹の頂上に設けられており、その広さは猛者達がしのぎを削るには十分すぎるものであった。そのため、木の幹の内部には、ちょっとした休憩スペース以外に空洞はない。これも、闘技ロペアが猛者達の攻撃に耐えられる理由であった。
この闘技ロペアは、安全性に考慮し、エルフ達が集う広場『キューレイション』には存在しておらず、そこから離れた所にいくつか建てられている。
その為、己の丹念のために闘いを望むエルフの猛者達は、わざわざキューレイションから離れて、この闘技ロペアにまでやってくるのだ。
もちろん、ヴィーとナルッシソも例外ではない。
だが今回の場合少し違う。彼等は、キューレイション外部の森の調査のために、この辺りに来ていたのだ。その調査の途中、痺れを切らしたヴィーがナルッシソを戦闘に誘ったというわけだ。
「っていうかヴィーさん、調査の方はいいんですか?怒られますよ?」
「っへ!いいんだよ!それとも何だ?俺との闘いから逃げる気か?」
「…言うじゃないですか。いいですよ、僕もそろそろ本気を――――――」
二人が煽り合っていると、大きな影が闘技場ロペアの屋上に落ちた。二人は一斉に上空を見上げる。
「あれァ…ココのハーピーじゃねえか。なんだってこんなところに」
ヴィーは木漏れ日に眼を細めながら言った。
そこには、白とオレンジの毛並みが美しい大きな鳥がいた。そよ風に揺れる優しい毛並みとは裏腹に鋭くギラついた赤い眼が、己の足下を確認する。そうして、その鳥、ハーピーはヴィーとナルッシソの近くに降り立った。
ハーピーの背中に乗っていた長身で短髪の女エルフが、飛び降りる。
「ヴィー!ナルッシソ!あんたらこんなとこでなに油売ってんだい!」
「わりィわりィ。ちょっと調査に飽きちまってよ」
「そんなことをしている場合ではないぞ。キューレイションにアカガネゴンが侵入してきた」
女エルフ、ココのその言葉に、先ほどまで闘いの愉悦に浸っていた二人の目つきが真剣なものに変わった。
「アカガネゴンが?ありゃ森の東域の魔物だろ?なんだってまた…」
「東ということは…バドとポーランの担当エリアじゃないですか」
「まさか…取り逃がしたってのか?あの二人に限って…」
不穏な空気が漂う。ココはメガネをクイっと指で上げた。
「恐らく例のオクレビトの影響じゃないかって話になってるみたいだ」
「オクレビト?なんだ、もうここにいるのか?」
ヴィーは何やら嬉しそうだった。そんなヴィーに、呆れた顔を浮かべてナルッシソが口を開く。
「ヴィーさん、オクレビトがここに来たのは恐らく昨日ですよ。フィオーネ様が言ってたじゃないですか」
「あれ?そうだっけか?すまんすまん」
ヴィーは悪気もなさそうにゲラゲラと笑った。
ココは真剣な表情を浮かべたままだった。
「とにかく、調査は打ち切りだ。キューレイションに戻るぞ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
地獄とやらが怖くて、俯いていたら案の定、最初に目に入ったのは地面だった。なんて血色の悪い土色をしているんだろうと、まず最初に思った。
おそるおそる顔を上げると、赤黒い空があった。空かどうかも怪しいくらいだ。雲は、ない。
そこは、基本的に何もなかった。
建物も、植物も、川も、泉も、光も。ただ、決して暗闇ではない。空とおぼしき赤黒い天井が、不思議とこの世界を照らしていた。
地形は入り組んだ山のようにかなり複雑なところから、何もない真っ平らな所まで様々だ。まるで人の手が行き届いていないような、無法地帯のようだった。とにかく息苦しい。ペルデとのギャップが凄まじかった。
「どうですか?初めての地獄は」
「なんつーか…一刻も早く帰りたい、って感じです」
「私も、この場所は好きではないです」
ユリウスさんはそう言いながらも、慣れた足取りで歩を進めた。俺は後に続くことだけを考え、怯えながらも一歩一歩前に進んだ。
土を踏んだときの音に非常によく似ているが、なんだろう、なにかが違う。なんというか、響きのない重い足音だった。
「な、なあユリウスさん」
「どうしました?」
「この…フエゴデル域とやらは何なんです?地獄って具体的に…」
ユリウスさんは、足を止めた。この手の質問には、今まで足を止めずに説明をしてくれたユリウスさんにしては、珍しいと、俺は思った。
「ここは、死者が集う場所です」
「…は?」
「生前悪行を働いた者、生きながらにしてたたき落とされた者、そしてこの闇の世界に元々住まう者。そういった者たちが住まうのがここ、フエゴデル域、通称”地獄”です」
背中を向けて話していたユリウスさんは、俺の方を見た。
「そして、私は、このフエゴデル域を生きながらにして出入りすることを許された人間の集団『フエゴデル・ユヘルシート』の一員です」
ユリウスさんの笑みに、初めて不穏な陰が垣間見えた気がした。
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