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第6章 再会のとき
第39話
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「そうか……。好きな人がいるのか……。知ってたけどね」
「えっ?」
「僕は友だちが多いんだよ。校内の噂は大抵、耳に入ってくるのさ。黒江くん……だったかな?」
白野先輩の口から、ふいに黒江くんの名前が出て、なぜか軽くめまいがした。
「君は黒江くんというイケメンと、とっても仲がいいという話だった。君たちは付き合ってるの?」
めまいをふりはらうように、わたしは首を横にふった。
「いえ、まだそういうことには……」
でも、きっとわたしたちは付き合える。そう信じられるほどに、わたしは黒江くんを求めていて、黒江くんもわたしを求めてくれている。
早く黒江くんのところに帰らなきゃ!
「いまはまだ付き合っていなくても、いずれそうなりたい。そう思っているんだね? ならば、君はイケナイ子だよ」
「えっ……」
白野先輩の爽やかな笑顔にみるみる暗い陰がさしていく。
にじり寄ってくる白野先輩から離れようと、反射的に後ずさるわたし。
「白野……先輩……?」
「好きな男がいるのに、僕に近づいたのか? お調子者の遠藤に協力させて、僕と距離を縮めようとした。そうだろう? ええ?」
白野先輩、一体どうしちゃったの!?
「君は、僕と黒江を両天びんにかけたのさ。はかりは黒江に傾いた。だから、僕なんかどうだっていいっていうのか!?」
そんな言い方、いくら白野先輩でもヒドいよ!
後ずさるわたしを追いかけるように、白野先輩はにじり寄ってくる。
「僕の笑顔はね、顔にぴったりと張り付いた、まさに仮面なんだ。誰も笑顔の裏にある、僕の感情に気づかなかった! 君だけなんだよ。僕の悩みや悲しみに目を向けてくれたのは!」
ついさっきまでわたしの胸をドキドキさせた白野先輩はもういなかった。
こんなの、わたしの知ってる白野先輩じゃないっ!
――ドンッ!
背中にコンクリートの壁が当たった。もうこれ以上、うしろには下がれない。
「君なら、僕の苦しみを取りのぞいてくれるだろうと……僕の運命の人かもしれないと……思ったけど……僕がバカだった」
自嘲気味に笑うと、白野先輩の笑顔はぞっとするような、見てはいけないようなゆがみ方をした。
「君は……僕の運命の人なんかじゃない」
わたしは右側に逃げようとした。
すかさず、わたしの進路をふさぐように、ドン! と左手をつく白野先輩。
反対側に逃げたって、結果は見えてる。
本来なら、女の子にとって憧れのシチュエーションである壁ドン。わたしだって、人生で一度くらいはイケメンにされてみたいと思っていたけれど……。
願いが叶ったというのに、怖くて仕方ない。
だけど……。
白野先輩は苦しそうで――。笑顔という仮面を取り去ろうと、必死にもがいているように見える。
そんな白野先輩を見ていたら、自然と涙がこぼれ落ちていた。
笑顔になるときって、うれしかったり、喜ぶことがあったり、おもしろいことがあったときで。それをプラスの感情とするなら、怒りや悲しみといったマイナスの感情もある。
白野先輩はまさに、ためこんでいたマイナスの感情が一気に吹き出しているような状況なんだ。
それはまさしく、抑えこまれていた笑いを解放させた黒江くんと逆の現象で。
やっぱりだ。白野先輩は、笑顔以外の表情を封印されちゃってたんだよ!
だったら、わたしは逃げちゃいけない。こぼれ落ちる涙をそのままに、わたしはあらん限りの大声で叫んだ。
「がんばってください! 白野先輩! わたしが封印を解いてみせますから!」
わたしってば、なにを叫んでるんだろう?
ただ……白野先輩を救える力が、わたしには眠ってる!
頭のなかに響く自分の声が、そう教えてくれる。
白野先輩は苦しそうにうめき、顔を両手でおおった。
わたしの心から、すっかり恐怖心が消えている。ただ、白野先輩の苦しみを取りのぞきたい。それだけを願った。
でも……わたしひとりの力じゃ……限界があるよ……。
白野先輩はニヤリとして、再び壁ドンしてきた。
「フン、君になにができるっていうんだ?」
そして、わたしの顎を、細い指でクイッと持ち上げた。
今度は顎クイ!
「僕の呪縛を解き放てる者は、他にいる……」
え……? それって、まさか……?
「あーら、これはとんでもないところに来ちゃった感じ?」
きき覚えのある声がして、ハッとした。
白野先輩はわたしの顎から手を離し、ふり返るや「誰だ!?」と叫んだ。
「ユメちゃん!」
仁王立ちしているユメちゃんを見て、わたしはホッと安心できた。身体を固くしていた緊張が解けていく。
「お邪魔だったかな?」
そう言って、わたしと目を合わせると、ユメちゃんは怪訝な顔つきになった。
「ああ、邪魔だね。向こうに行っててくれないか?」
トゲのある声を出し、ユメちゃんに詰め寄る白野先輩。
「ちょっと待ってよ。ヒナ泣いてるじゃん! 壁ドンやら顎クイされて、感激の涙を流してるってわけでもなさそうだけどね」
ユメちゃんがキッと白野先輩をにらみつけた。
「う、うるさいっ! 関係ないだろ! 向こうに行ってろよ!」
これまできいたことのない白野先輩の乱暴な言葉。そればかりか、ユメちゃんの肩を押したの。
ユメちゃんに乱暴しないでよ! と叫ぼうとした刹那――。
白野先輩の小柄な身体は、空中で一回転していた。
「ぐはっ!」
背中を地面にしたたか打ちつけた白野先輩。
「ユメちゃん、すごい!」
わたしは思わず拍手を送っていた。だってカッコよかったんだもん。
ユメちゃんは白野先輩の手首をつかんで、そのまま投げ飛ばしたの。合気道の技……なのかな?
「えっ?」
「僕は友だちが多いんだよ。校内の噂は大抵、耳に入ってくるのさ。黒江くん……だったかな?」
白野先輩の口から、ふいに黒江くんの名前が出て、なぜか軽くめまいがした。
「君は黒江くんというイケメンと、とっても仲がいいという話だった。君たちは付き合ってるの?」
めまいをふりはらうように、わたしは首を横にふった。
「いえ、まだそういうことには……」
でも、きっとわたしたちは付き合える。そう信じられるほどに、わたしは黒江くんを求めていて、黒江くんもわたしを求めてくれている。
早く黒江くんのところに帰らなきゃ!
「いまはまだ付き合っていなくても、いずれそうなりたい。そう思っているんだね? ならば、君はイケナイ子だよ」
「えっ……」
白野先輩の爽やかな笑顔にみるみる暗い陰がさしていく。
にじり寄ってくる白野先輩から離れようと、反射的に後ずさるわたし。
「白野……先輩……?」
「好きな男がいるのに、僕に近づいたのか? お調子者の遠藤に協力させて、僕と距離を縮めようとした。そうだろう? ええ?」
白野先輩、一体どうしちゃったの!?
「君は、僕と黒江を両天びんにかけたのさ。はかりは黒江に傾いた。だから、僕なんかどうだっていいっていうのか!?」
そんな言い方、いくら白野先輩でもヒドいよ!
後ずさるわたしを追いかけるように、白野先輩はにじり寄ってくる。
「僕の笑顔はね、顔にぴったりと張り付いた、まさに仮面なんだ。誰も笑顔の裏にある、僕の感情に気づかなかった! 君だけなんだよ。僕の悩みや悲しみに目を向けてくれたのは!」
ついさっきまでわたしの胸をドキドキさせた白野先輩はもういなかった。
こんなの、わたしの知ってる白野先輩じゃないっ!
――ドンッ!
背中にコンクリートの壁が当たった。もうこれ以上、うしろには下がれない。
「君なら、僕の苦しみを取りのぞいてくれるだろうと……僕の運命の人かもしれないと……思ったけど……僕がバカだった」
自嘲気味に笑うと、白野先輩の笑顔はぞっとするような、見てはいけないようなゆがみ方をした。
「君は……僕の運命の人なんかじゃない」
わたしは右側に逃げようとした。
すかさず、わたしの進路をふさぐように、ドン! と左手をつく白野先輩。
反対側に逃げたって、結果は見えてる。
本来なら、女の子にとって憧れのシチュエーションである壁ドン。わたしだって、人生で一度くらいはイケメンにされてみたいと思っていたけれど……。
願いが叶ったというのに、怖くて仕方ない。
だけど……。
白野先輩は苦しそうで――。笑顔という仮面を取り去ろうと、必死にもがいているように見える。
そんな白野先輩を見ていたら、自然と涙がこぼれ落ちていた。
笑顔になるときって、うれしかったり、喜ぶことがあったり、おもしろいことがあったときで。それをプラスの感情とするなら、怒りや悲しみといったマイナスの感情もある。
白野先輩はまさに、ためこんでいたマイナスの感情が一気に吹き出しているような状況なんだ。
それはまさしく、抑えこまれていた笑いを解放させた黒江くんと逆の現象で。
やっぱりだ。白野先輩は、笑顔以外の表情を封印されちゃってたんだよ!
だったら、わたしは逃げちゃいけない。こぼれ落ちる涙をそのままに、わたしはあらん限りの大声で叫んだ。
「がんばってください! 白野先輩! わたしが封印を解いてみせますから!」
わたしってば、なにを叫んでるんだろう?
ただ……白野先輩を救える力が、わたしには眠ってる!
頭のなかに響く自分の声が、そう教えてくれる。
白野先輩は苦しそうにうめき、顔を両手でおおった。
わたしの心から、すっかり恐怖心が消えている。ただ、白野先輩の苦しみを取りのぞきたい。それだけを願った。
でも……わたしひとりの力じゃ……限界があるよ……。
白野先輩はニヤリとして、再び壁ドンしてきた。
「フン、君になにができるっていうんだ?」
そして、わたしの顎を、細い指でクイッと持ち上げた。
今度は顎クイ!
「僕の呪縛を解き放てる者は、他にいる……」
え……? それって、まさか……?
「あーら、これはとんでもないところに来ちゃった感じ?」
きき覚えのある声がして、ハッとした。
白野先輩はわたしの顎から手を離し、ふり返るや「誰だ!?」と叫んだ。
「ユメちゃん!」
仁王立ちしているユメちゃんを見て、わたしはホッと安心できた。身体を固くしていた緊張が解けていく。
「お邪魔だったかな?」
そう言って、わたしと目を合わせると、ユメちゃんは怪訝な顔つきになった。
「ああ、邪魔だね。向こうに行っててくれないか?」
トゲのある声を出し、ユメちゃんに詰め寄る白野先輩。
「ちょっと待ってよ。ヒナ泣いてるじゃん! 壁ドンやら顎クイされて、感激の涙を流してるってわけでもなさそうだけどね」
ユメちゃんがキッと白野先輩をにらみつけた。
「う、うるさいっ! 関係ないだろ! 向こうに行ってろよ!」
これまできいたことのない白野先輩の乱暴な言葉。そればかりか、ユメちゃんの肩を押したの。
ユメちゃんに乱暴しないでよ! と叫ぼうとした刹那――。
白野先輩の小柄な身体は、空中で一回転していた。
「ぐはっ!」
背中を地面にしたたか打ちつけた白野先輩。
「ユメちゃん、すごい!」
わたしは思わず拍手を送っていた。だってカッコよかったんだもん。
ユメちゃんは白野先輩の手首をつかんで、そのまま投げ飛ばしたの。合気道の技……なのかな?
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