降る、ふる、かれる。

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第一章 リスナー

リスナー、うそ

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体育が終わり、教室へと続く渡り廊下を歩いていた。

運動でのぼせ上った体にじめりとした空気が張り付く。朝は肌寒いくらいだったが、今は扇風機が欲しいくらいだ。

私たちは暑い、暑いと言いながら白シャツをつまんではためかせ、風を送っていた。りりかは長い髪の毛を白い貝殻のついたバンスクリップで上げている。細いうなじには金色の産毛が毛並びよく生えていた。

「天城―」とりりかを呼ぶ声がする。

正面からスーツを正しく着こなした化学の山下先生が小走りでやってきた。イケメンとは言い難いが、人を引き寄せるような独特的な顔立ちに、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。りりかの好きな先生リストに入っている一人だ。

「なんですかぁ、山下センセ」りりかはふざけたように言った。

「お前、昨日出せっていてたワーク、まだ出してないだろ。今日残ってやってもらうぞ」私は、山下先生のこういう「お前」呼びが苦手だ。その上、授業が分かりにくいくせに、たくさんの宿題を出してくる。

「あー、それやったんだけど家に忘ちゃったぁ」
「本当か?」
「ほんと。ほんと。ね、センセ信じて。明日、絶対もってくるから」りりかはぐずる子供のように体を揺らした。顔は笑っている。

「ほんとうかぁ?この前もそう言って一週間出さなかっただろ」先生は怒った様子もなく、頬を緩ませた。

「今日は、ママが誕生日だから一緒にご飯行く約束してるんです。せんせー、明日ちゃんともってくるから」

りりかのこういう、躊躇なく嘘をついてこの状況をやってのけるところがすごいと思う。私は、期限に遅れて提出など絶対にできない。その上明日まで待ってくれ、だなんて口が裂けても言えるもんではない。スマホを持っているところが先生にばれても、こういう風に大体うまい具合に状況を丸めてしまう。

「しょうがないな。絶対だぞ」先生は納得した様子でフンと鼻を鳴らした。こんなんで許してしまう先生は馬鹿なのか。締め切りを守った私と、目の前のりりかが同じ評価なんて不平等すぎる。

「ねっ、先生、婚約する予定の彼女がいるってホント?」かりんが過ぎ去ろうとした山下先生をひきとめるようにして言った。

「お前ら、それどこ情報だよ」先生は踏み出した足を元に戻した。

もう少し、話は長引きそうだ。本当はカバンの中に入っている英単語帳を引っ張り出したかったが、そんなことをしたら反感を買うのは目に見えている。

じっと我慢して顔笑みを浮かべ、脳内ではlieと layの活用形を思い出すことにした。

「えー、皆もう知っていますよ?ね」晴美が私たちに同意を求める。

「先生のプライベートは秘密ですぅ」
「えー――いいじゃん。教えてよ」「うちらだけの秘密にしとくから」「お願い。ねっ先生。可愛い女子高生がこうやってお願いしてるんだからさー」

りりかと晴美とかりんが何度もしつこく先生に迫る。

〈ライ-レイ-レイン-ライング〉
 廊下の隅では蜘蛛の死骸が仰向けになっていた。

「えぇー、絶対に言わないか?」先生は言った。
「うん。絶対。うちら口固すぎるから大丈夫」
「まぁーそうだな。そういう人がいないって言ったら嘘になるかな」と先生が言うと、「ぎゃぁー」と三人は吠えた。

「まじで?まじで?」「婚約者のどこが好きなの?」「えっ、芸能人で言うと誰に似てる?」初デートはどこ?」「写真見せてよ」
3人は一気に質問を浴びせた。

〈レイ-レイド-レイド-レイング〉

「まぁ、まぁ」と先生は笑っている。「お前ら、早くしないと昼ごはんを食べる時間なくなるぞ、いいのか」先生は腕時計をチラリとみて言った。
「えー、でも先生の恋愛事情気になるんだもん」りりかは先生の腕に絡ませた。

「先生も他の人にワークの居残りを言わないといけないから。はい、解散」
「えー、じゃあ今度絶対詳細聞かせてくださいね」
「天城がワークを忘れなくなったな」
「えっ、じゃあ頑張る」
「じゃあってなんだよ。普通に頑張れよ」先生は笑った。

「わかりましたー。じゃあ、山下先生、バイバーイ」
「絶対ワーク忘れんなよ」

〈レイ-レイド-レイド-レイング〉

私は忘れてしまわぬように、何度も小さく呟いた。
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