降る、ふる、かれる。

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第一章 リスナー

リスナー、スマホ

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大変なことになった。

 この後を予想することなど簡単である。明日からの私の学校生活はいつも通りにはいかない。

 私は、自分の教室の三年二組へと走った。

 一刻も早くこの状況をりりかに伝えなければ。私は悪くないということをりりかにわかってもらわなければならない。

 息せき切って教室までやってきたが、そこには誰もいなかった。私が残したスクールカバンがあるだけだ。三人とおそろいの熊のキーホルダーが揺れている。

 何で。何でりりかは居ないんだろう。

 私は急いで隠し持っていたスマホを取り出した。

 学校では使わない、と決めていたがこのような状況ではしょうがない。電源まで切って持ち歩いている私は、スマホの電源を長押しして、起動させた。早く、早くと気持ちが焦る。パスコードを押し、ラインを開こうとした。

 その刹那、「誰かいるのかー」という声が聞こえてきた。私は素早くスマホを背中に隠した。

「なんだ、優紀か。まだ残っていたのか」数学の曽野先生だ。年齢の割に禿げ上がった頭が特徴的で、本人も笑いのネタにしている。

「はい、すぐ帰ります」
「そうか。今日のテストどうだったか?やっぱり満点か?」そのままどっかに言ってくれればいいのに、先生はまだ私に言葉をかけてくる。

「いやー、どうでしょう。少し、難しかったので」手探りで、スマホの音量を一番小さくした。お願いだから、何も通知が来てくれるな。音が鳴らないでくれと願う。

「そうか。そうか。優紀は、もう志望校決まっているのか?」
「まだですね。まよっちゃって。でも、国立に行こうとは思っています」
「まぁ、優紀の成績ならどこにでも行けるだろう」

「あはは、そうですかね。ありがとうございます」早く、通り過ぎてくれ。と思いながら顔にぎこちない微笑を浮かべた。普段なら嬉しい言葉も、こんな状態じゃ素直に喜べない。

「あぁ、引き留めてごめんね。帰る時は、そこの窓閉めて帰ってね」先生は指をさす。

「はい。先生さようなら」
「はい、さようなら」先生は、廊下を歩き出した。

 私は、先生の足音が階段を上がってゆくのを聞いてから、じっとりと汗ばんだ指で素早くラインのアイコンをタップした。

 りりかからメッセージがきている。

 〈ゆあー、ごめん。さか先来てさ、帰れって言われたから学校出た〉
 〈今、いつものスタバいる〉

 どうしよう。既読はつけてしまった。何か反応を示さなければ。

 考えれば考えるほど、ドツボにはまってゆく。その間にも、刻一刻と時間が過ぎてゆく。早く、何か打たなければりりかが怒ってしまう。

 私は、りりかとのトークルームを閉じ、かりんとのルームを開いた。

 〈どうしよ。吉田君にりりかの代理告白しようと思ったら、逆に告られたんだけど〉

 私がトークを飛ばすと、すぐに既読がついた。

 〈マジ?それ、やばいよ〉
 〈だよね。どうしよ。どうしたらいい?〉私は縋る思いでかりんに尋ねた。

 〈今、隣にりりかいるんだけど、ゆあの返信遅くて若干不機嫌だよ〉
 〈マジか〉私はうなだれる。
 〈とりあえず、こっち来たら?〉
 〈大丈夫け?〉

 〈でも、ゆあ悪いこと何にもしてなくない?〉そうなのだ。私に悪いところなど何もないのだ。
 〈そうだけどさ〉
 〈まぁ、話し合いなよ。早く解決した方がいいっしょ〉
 〈流れがヤバそうになったらフォローしてくれない?〉
 〈おっけ〉

 私は再びりりかのトークルームを開き、〈今すぐそっち行くね〉と送った。すると、数秒後に〈待ってる〉の一言だけが返ってきた。いつもは絵文字、小文字、スタンプを多用するだけに、シンプルな一文が背中をゾクリとさせた。
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