降る、ふる、かれる。

茶茶

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第二章 歌い手

花々の死体

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雨はいつしか霙に変わり、窓にこつこつと当たる音がしている。

むき出しの素足が寒さに悶えた。家にいると謎の焦燥感にかられる。今すぐ、どこかに走り出しりたくなる。

パソコンの画面を落とし、僕はすくりとたちあがった。そして適当なサンダルをつっかけて家を出た。

家の近くのスーパーでお酒を買った。まずは、ビールを取り出し、煽りながら適当にふらふらと歩く。風が寒さをひきよせ、目の前を歩いていたスーツ姿のサラリーマンがぶるりと震えた。僕の足は寒さですっかり感覚がなくなっていた。

 僕の隣を電車が轟音を立てながら走り去っていった。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた電車の中の人々の目は真っ黒に沈んでいた。あなたと僕はいったいどっちが幸せなんだろう。意味のないことを考えてしまう。

 霙は遠慮なく僕を打ち付ける。パーカーのフードを頭からかぶった。

 缶ビールを飲み終わると、今度はカップ酒に手にとった。だんだんと酔いが回り、体がぽっと暖かくなる。鼓動が耳まで響き、手先が勝手にぷるぷると震える。

 先ほどまで編曲をしていた曲を鼻唄に乗せながら、気持ちが赴くままに歩いた。

綺麗なY字路にあたった。二面鏡のカーブミラーに二人の自分が映っている。僕はぼうっと見つめていた。

片方にはアカサカイオリが、もう片方には無夢がいた。無夢が、アカサカイオリの鏡に入り込んでいた。楽しそうに話していたのもつかのま、無夢はアカサカイオリの首に手をかけて殺してしまった。無夢は楽しそうに笑っている。

 真っ赤な車の大きなクラクションではっと現実に戻された。運転手は僕に睨みを効かし、コンビニの方向へ走り去っていった。

綺麗な花屋が目に飛び込む。ガラス張りで、綺麗に整頓され様々な綺麗な色が順番に並んでいた。エプロンを巻いた店員さんが紫の花を熱心に切っている。

綺麗な一本の太くて大きな花を残し、切り取られてしまった不揃いな小さな花は床に落ち、店員の足によってぐしゃりと潰された。今度は美しい黄色い花だけが切り取られ、他はすぐさま踏まれてしまった。床に落ちた花と綺麗に包装された色とりどりの花束。きゅうに胸がぎゅうぎゅうと押しつぶされ、苦しくなって止めていた足を再び動かした。

 太陽が傾きつつある。淡い暖色が街を染め上げていた。

 もこもこのピンクのダウンジャケットを着た小さな女の子と背の高いショートカットのお母さんが手を繋ぎ、歩いていた。

「ねー。はーちゃんの息白いよ。ほら、真っ白―」

「そうだね。すごいね」お母さんはゆっくりと相槌を打つ。「はーちゃんさ、今日の晩御飯どうする?」

「うーんと、うーんと、カレー!!」

会話がますます僕を締め付ける。電気コードが体に巻き付いているみたいだ。

歩く景色はいつしか住宅街になった。あたり一面に晩御飯の匂いが漂う。僕を追い越した学ランを来た学生がただいまーと赤い屋根のお家に入っていった。

 僕は走った。あの場所にいてはいけない存在だと思ったから。お酒のせいでずいぶんよろけてしまったけど、一生懸命走った。

 走り終わった先はさびれた商店街だった。あちこちでシャッターが閉まっている。ちょうど真ん中付近で子供と大人が混ざりながら何かを一生懸命声を張り上げていた。

「募金お願いしまーす」

「恵まれない子供たちのためにお願いしまーす」

「募金お願いしまーす」

首から白色の箱を皆ぶら下げていた。

僕はポケットから財布を取り出した。三万五千百十三円。財布の中に入っていたそれらを全部白い箱の中にぶち込んだ。なぜだか分からない。事故破滅を望んでいるのかもしれない。

箱にお金を入れた瞬間、すうっと体内にたまっている黒いものが消えた。醜い僕が善人になれたような気がした。

「ありがとうございます」

綺麗な紺色のジャンパーを着た少年はにこりと微笑んだ。
 

シャンプーの隙間(歌ってみた)\無夢
無夢・三百三万回再生・三か月前
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