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とある研究員の軌跡

とある新米研究員がチームのリーダーとして活躍するまで

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 ニコライ教授から私が新規チームのリーダーになるという話を聞いてから一週間が経った。そんな私は今、この研究所で私よりも明らかに勤務期間が長そうな人たちの前でリーダーとしての挨拶をしている。
 新規チームのリーダーについて、未確認生物を収容する部屋の準備とか人員整理とかで上も色々大変そうだし、リーダーになるのにまだ時間はかかるんだろうなぁとぼんやり考えながら前のチームで作業を進めていたところ、5日後には新チームのメンバーが決まり、その次の日に新しい未確認生物を収容する仮の収容室と新規チーム用の研究室が完成したという報告を受けて、その次の日、つまり今日から新チームでの研究が開始されることとなった。
 たったの1週間で新チーム結成と新未確認生物に対する管理プログラムの施行が決まり、あまりの手際の良さで何がどうなっているのかがさっぱり分からないでいる。
 何もかもが速すぎて目を回している状態になってはいるが、そんな中でも4人の先輩研究員の前で自身でも何を言っているのかよく分からないスピーチをしている。4人を目の前にしているから分かるけど、本当に大丈夫なのかという目を全員が私に向けていた。当然、リーダーとしての流儀なんてまだ分からないし、どうやって進めていくのかも自分でまだ考えがついていない。幸先が不安過ぎてヤバい。
 なんとかスピーチを終えるとメンバーから拍手は貰えた。しかし、全員のあの目を見た後だから良い気分はしなかった。
「あの、リーダー、まず最初はどんなことをしましょうか。未確認生物10号はそろそろ麻酔が切れて目覚めるとの知らせは聞いています。起きる前に何かしらアクションを起こした方がいいかと思いますが」
 長身で眼鏡をかけており、私より少し年上な雰囲気がする男性の研究員、笹部さんが挙手して述べた。確かに笹部さんの言う通りで、なるべく早く何かしらの手を打っておかないと時間が勿体ない。見たところ人型みたいで、毛がそこかしこに波立つように生えているから、その毛は採取しておきたいとは思っている。それと同時に、腕にはバンドのように岩石が付いているので、それらも削って採取出来たら僥倖だ。
 正直なところ、それらは捕獲部隊の方で採取しておいて欲しかったけど、そこは仕事の範疇じゃなかったのかやってもらっていない。いや、本当は捕獲部隊にお願いすればそんなことまでやってくれるらしいけど、小耳に挟んだ程度だが研究員は捕獲部隊が未確認生物を捕獲した後に誰も捕獲部隊と接触はしてなかったらしい。私はその話を聞いて、何故その時に研究員が立ち会いすらしていないんだという疑問を持った。普通は研究員がその後に色々と未確認生物についてあれやこれやと研究することになるんだから捕獲部隊と何かしら接触するべきだろと、そもそも研究するのは分かっているんだから捕獲した後にせめて毛ぐらいは採取しとけよと、そんな愚痴が頭から湧き出る。当然そんな愚痴を頭に巡らせても何も解決することはないので、とりあえず今出来そうなことを出してみることにした。
「今思いつく限りとなってしまいますが、現状でやるべきことは2つあります。まず一つは10号に生えている毛と腕に付いている岩石部分を採取したいので、捕獲部隊に採取するように交渉をお願いします。最悪の場合は麻酔を再度打ってもらっても構いませんので、こちら側は麻酔の使用を承諾するということを念のため伝えてください。そして2つ目は目覚めた場合の食事です。とりあえずは無難に肉食、草食の2つのカテゴリーで考えておきましょうか。まとまり次第、候補した食料を調達するように上に申請しますので、候補をまとめたリストを私に提出をお願いします。現状やるべきことは以上ですね。……あ! それと、食事の案出しは念のため、他の未確認生物から食事についてのレポートがあれば同時に確認していただきたいです。そうすれば何か見えてくるかもしれないですし。」
「あの~、それだと二人余りませんか?」
 小柄で金髪のこれまた若そうな女性の研究員、真鍋さんが小さく挙手して質問していた。
「私は今からこの設備の作成担当に設備の機械系統について色々と聞いてきますので、よければ前例の調査を一人としてカウントしましょう。」
「あの~、それでも後一人余りますが……」
「そうですね……。それでしたら後一人は私と一緒にこの設備の機械系統についての説明を聞きに行きましょう。私は機械に強いわけではないですので、詳しい方が付いてきていただけると助かります。」
 そう言うとゆっくりと手を挙げた人が現れた。
「それなら私が行こうか。私はエンジニアとしてでもいけるからね」
 厳格な顔つきだけど温和そうなベテラン研究員、増永さんだ。
 増永さんは他の研究員の方から話を聞けるほどの有名人だ。私が知っている限りでは、増永さんは他の未確認生物に関わる設備の保守を担当していた実績を持っている。しかも、他の未確認生物の研究活動も同時に熟しているハイブリッドな人だと記憶している。しかし、聞いた話ではエンジニアの実力が認められて、前は研究員だったがエンジニア部隊に異動してしまったとのことだが、どうやら戻っていたみたいだ。何はともあれ、そんな優秀な人が新米リーダーの私の下に付けてもらえるのはとてもありがたいことだった。いざという時に頼れる人がいないとリーダーというプレッシャーで潰れてしまいそうで怖かったから、幾ばくかの安心感を得られた。
「増永さん、ありがとうございます。では、増永さんは私と一緒に設備について聞きに行きましょう。」
「まあ、ここの機械を見る限りだと、何のボタンを押したら何が起動するかとか、アラートの種類とかを覚えるぐらいかも知れないけどね。まあ、もし何か分からないことがあればマニュアル代わりには私は成れると思うよ」
 増永さんは右手で後頭部を掻きながらはにかんだ。
「捕獲部隊については僕が行ってみます。何度か依頼したことがあるので、要領は分かります。」
 大きくてずんぐりしている中年の男性研究員、熊寺さんが申し出た。捕獲部隊と何度かやり取りしているということであれば確かに適任だ。
「それは助かります。では、熊寺さんは捕獲部隊に依頼をお願いします。そういうことでしたら他の役割なのですが、笹部さんと真鍋さんには食事案についての調査をお願いします。期限を設けるなら、どれも未確認生物10号が目覚めるまでです。各自、早速動きましょう」
 一同から「ハイ」と声が上り、それぞれが目的を熟すために散っていった。
 これから私がリーダーとして新しい未確認生物の研究が動き出す。そして、この始まりが私を絶望へと叩き込む一歩であったことは、後に気づくこととなる。
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