白の世界

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とある研究員の軌跡

とある新米研究員の運命が変わってしまった出会い(1)

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 私は収容室の中に入って初めて気づいたことがあった。それはこの中が本当に真っ白で何もないように見えるということだ。
 天井には催眠ガス噴出用のスプリンクラーやバイタルチェック用のスキャン装置の一部が設置してあるはずだが、思ったよりも認識できない。しかも、下には食事を出せる装置もあるはずだが穴の縁が全く見えない。この技術は一体なんなのだろうか。私はそんなことを考えながら、しばらく部屋のあちこちを見てしまっていた。

「■▽*|#!? #%|$+〇△!?」

 突如大きな声が部屋中に響き、私は咄嗟に両腕を上げてしまっていた。
 声の正体はもちろん、あの子だ。未確認生物10号が警戒心をむき出しにして私に威嚇している。それもそのはずだ。いきなり何もないところから現れたら驚きもするだろう。さらにはこんな白くて何もない場所に連れてこられているから猶更だ。おまけに私から距離を取り始めたし、相当な警戒心の強さを持っていることがよく分かる。
 私は持っていたボードに未確認生物10号の反応、現状では会話が出来ないということ、警戒心が強いことを一点一点書き殴りであるが記録する。野生動物なら目を逸らした後に襲われるなんてことはよく聞く話しだけれど、その間はあの子は何もしてこなかった。おそらく行動が分かっていないから様子を見ていたのだろう。
 私はメモを終えたので再びあの子と向き合い、少しずつ近づいていく。なるべく警戒されないようにゆっくりと歩みを進めた。
「私はあなたに何も危害は加えない。だから安心して」
 一歩、また一歩とゆっくりとあの子に近づく。
「私とお話ししましょう。怖がる必要なんてないよ」
 あの子との距離が段々と近くなっていく。私はそのままの調子でゆっくりと近づく。しかし、その調子は一気に崩された。

 ブンッ!

 ガンッッ!!

 私の方に強い風が吹き込んできた。そう、あの子が私の目の前で拳を地面へと叩きつけたのだった。
 あの子の最大限の威嚇なのだろう。叩きつけられた先を見てみると、地面が少しばかり凹んでいるように見える。
 この施設は丈夫に出来ていると聞いていたはずだけど、まさか凹むとは……。

「◆〇#%$*●△□!」

 私が足を止めて呆けていると、あの子が私を睨みながら獣のような大きな声で威嚇してきた。これらから考えるに、次は無いという意思表示なのかもしれない。もしかしたらこのまま近づいていくと私は殺されてしまうこともあり得る。それでも……。
 私は意を決し、チームの皆が見ているであろうカメラに向けて手のひらを突き出す。今の状況で捕獲部隊の突入や催眠ガスの噴出を始めてはさらに警戒されてしまう。それだけは避けたい。だって、あの子はこの世界を、そしてこの世界に連れてこられた元凶だと思わざるを得ない相手である私を怖がっているだけなんだから。あの子に非はない。私達に非があるのだから……。
 私は止めていた足をゆっくりと動かしてあの子に再び近づく。また拳を振り下ろしてくるかもしれないという恐怖はあったが、それでも今から引き返すという選択肢なんて私にはなかった。いや、元からそんなことは案の一つとしてもなかった。
 短い期間ではあったけど、あの子を観察しているとあの子はなんだかとても寂しそうに見えた。怖さもあったのだろうけど、それでも寂しさの方が上回っているような気さえした。だから、私は今こんなことをしている。あの子には何か触れ合えるものが必要なんだ。
 一歩一歩と進み続けて、ようやくあの子との距離がほぼ間近となった。

 この距離ならいけるかもしれない!

 私はこれを絶好のチャンスを捉え、あの子に向かって一気に踏み込み、その勢いのままであの子に抱き着いた。
 抱き着いたと同時に私の左側からブワッと風を感じた。多分だけど私を殴ろうとしていたけど、急なことに驚いて拳を止めたんだと思う。それでも私は柔らかく抱いた。あの子の血の脈動が聞こえる。体温の上昇も体で感じる。毛が柔らかくて、なんだか気持ちよくなってくる。
 そんな気持ちよさを感じている時に、私の腰に硬いものが当たる。私はその硬さであの子も抱き返していることに気づいた。
「やっぱり、寂しかったんだね。ごめんね、怖かったよね」
 私はあの子の体に抱かれながら、静かに目を閉じて、あの子の体を、温かさを感じた。
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