白の世界

Hi-ライト

文字の大きさ
上 下
31 / 32
とある研究員の軌跡

とある新米研究員の決意の結果が正しいことだったと思わせるまで(2)

しおりを挟む
 私が顔には出さないように訝しげに増永さんを見ていると、増永さんが口を開いた。
「いやなに、10号が言葉を覚えられるという可能性があることが分かって、尚且つリーダーが10号を手懐けている状態になっているなら、10号の教育担当を務めていくのは問題ないなと思ってね。まあ、聞くまでもないことなんだが、やるんだろう?」
「はい、そのつもりです。ビノアは私に懐いていると言えますので、教育担当は私にしか務まらないかと」
「あの、【ビノア】っていいましたけど、もしかして10号に名前を付けちゃったんですか?」
 後ろから真鍋さんの声が聞こえてきた。私はチームメンバーの顔を一人ずつ見てから説明をする。
「皆さんに説明させてください。私は10号の名前を知らないため、私達が愛称として呼べるように10号に命名しようと考えました。それが【ビノア】です。別にこの名前は一時的なものです。もしかしたら10号には既に名前があるのかもしれません。それに関しては言葉を覚えてきたら聞き出せばいいだけの話しです。ですが、あの子に私達は味方だと思ってもらえるように、当たり障りのない、何かしらの愛称が有ればいいと考えました。なので、今日からあの子の名前は【ビノア】と呼ばせてもらいます。別にこれは決定事項ではありません。皆さんは10号と呼んでいただいて構いませんし、カテゴリ名である【ホワイトモンスター】でも構いません。ただ、私は収容室内での呼びかけに関しては【ビノア】という言葉を使わせていただきますので、名前を言っているだけだと認識いただければと思います」
 チームメンバー全員は絶句していた。私はおそらくどころではなく、皆からしては信じられないことを私はしてしまったんだなと察した。
 空気が固まったような沈黙が続いたが、この空気が突如崩れ去った。
「アハハハ! まさかそこまで考えるなんて! リーダーって10号に入れ込み過ぎですよ~!」
 そう、真鍋さんが大きな声で笑ったからだ。
 皆から否定されると思っていたが、まさか笑われることになるとは微塵も思っていなかったため、あまりの予想外な出来事に直面して、今度は私が絶句する番となった。
「自分で名前を付けちゃうなんて、もうリーダーは10号のお母さんかって! アハハハ! あ~お腹痛い」
 この事態で真鍋さんを除くチームメンバーの三名は少しずつ冷静な顔へと変わっていった。その後に増永さんはコホンと一回咳込んだ。
「まあ、よく考えれば名前を付けるのはいいんじゃないかな。今回の実験で、もうリーダーに任せても問題ないというのは分かったからね。名前を付けた方がリーダーも長続きしやすいだろう。この研究所に所属している私達の目的は生物の隔離ではなく、一応は世間にバレないようにするための保護だからね。10号のメンタル維持がそれで出来るということなら安いもんだろう」
 増永さんは首を縦にして納得するように頷いていた。いや、私から見ると、無理矢理自身を丸め込んでいるような気がしたが、今は私にとって良いムードであるため気にしないことにした。
 熊寺さんも「上層部からのカテゴリ名を無視した命名は今までなかったし、良いと思いますよ」と肯定的だった。
 そんな状況で私は笹部さんの方を見る。笹部さんは難しそうな顔をしながら口元に手を当てている。やはり肯定的ではなさそうだ。まあ、笹部さんは真面目な人だから仕方ないと私は今のところは諦めて、皆に注視してもらうために手を叩いた。
「では皆さん、以前と同じように今回の実験についてレポートをまとめていきましょう。と言っても、笹部さん、真鍋さん、そして私の三名で行いますので、熊寺さんと増永さんはまだ残っている研究に集中して取り組んでいただければと思います」
 チームメンバーから返事を聞き、私はそれを合図として真鍋さんを連れて外への扉に向かう。そこで、私はチラリとビノアの様子をモニター越しに確認した。
 ビノアはまた寝てしまっている。やはり私が出ていくと暇になってしまうのだろう。また今度会おうねとビノアから見えるはずもないのに小さく手を振って、私と真鍋さんは研究室から出ていった。
しおりを挟む

処理中です...