ジュエル・キス

ジュエル・キス

第七話

　先輩の家から帰ってくると、何故か兄貴が不機嫌だった。
　今日は特別忙しくはなかったし、ちょっと店を抜けたくらいで、とやかく言われることもないはずだ。
　現に母さんは普通だし、俺が留守の間に何かあったわけでもなさそうだ。

（一体、なんなんだ？）
　両親に対する態度は普通だから、もしかして俺に対して怒っているのか？
　正直、兄貴を怒らすようなことをした覚えはないが、理由もなく睨まれることなんてまずないだろう。
　ピリピリしている兄貴に自分から話しかける勇気はないし、兄貴も何も言ってこない。
　いっそのこと、はっきり言ってくれた方が気が楽なのに……。
　兄貴からの無言のプレッシャーに、余計に疲労感が増した気がする。

　ただでさえ寝不足で全身怠いのに、これ以上何も考えたくない。
　ちょうどお客さんもあまりいないから接客は母さんに任せて、売れて数の少なくなった焼き菓子のセットを作ることにした。
　作業に集中してしまえば、他のことを考えずにすむ。
　俺は現実逃避をするように、目の前の作業に集中した。


　仕事を終えて家に帰ってきたのは、８時を少し回った頃だった。
　昔から店の手伝いはしていたが、こんなに疲れたのは久しぶりだ。
　寝不足なのもあるが、一番の原因は兄貴の無言のプレッシャーだろう。
　結局兄貴が何を怒っているかわからないままだが、向こうが何も言わない限り、こっちから訊くのも寝た子を起こすようでなんか嫌だ。