アサシンノクニ

能良ナギ

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「…ブラギは?」

昼間でも真っ暗な通路を通って扉を開ける。
薄暗く開けた部屋。香ばしい珈琲の香りが鼻をかすめた。
「あらお帰り。ってか誰?ヤマトが客人を連れてくるなんて珍しいじゃない」
珈琲を片手に、後頭部を見せたままサエコが言う。
「客じゃない。勝手についてきた」
「いいの?連れて来ちゃって。やばくなったらアタシ出てっちゃうわよ」
「もともとここはお前の家じゃないだろ」
「で?誰?その女」
サエコが横顔を見せる。

「失礼致します。わたくしは、日本政府より派遣されてきました、日本安全東日本」「ああーそういうのいいから、名前は?」
白石葉子しらいしようこです」
「あら、それ本名?」「はい」
サエコが珈琲を持ったまま立ち上がり、白石の目の前に立つと、舐めるように顔を見た。
「ケンカなら外でやれ」
「ケンカなんかしないわよ。本名を名乗るとは度胸あるじゃない。で、政府がどうのこうの聞いた気がするんだけど」
「気がする、ではなく、言いました」
「へえ、お国がアタシ達に何の用?」
「お前じゃない。俺たちに用事があるらしい」
「あんた達に用があるならアタシにも用があるってことになるじゃない。なにせ私はアンタ達専属の天才外科医よ」
「相変わらず胡散臭い言い方だな。それに専属になったとは聞いていない」
「聞いてなくて結構。アタシが決めたんだもの」
今度は上目遣いで舐めるように俺の顔を見る。
「こんなに少人数で稼ぎのいいチームを見逃すなんてもったいないでしょう?」
「…あの」白石が言う。
「まあヤマトが中へ入れるってことは大丈夫ってことなんでしょうね。
お邪魔したわねえ。話進めてもらって結構よ。でもアタシも聞かせてもらうから、よろしくね」
はあと返事して、白石が黒ぶちの眼鏡をくいっと上げる。

「ブラギは」
「いつもの通りよ」「そうか」
「あのっ」
「そこで待ってろ。仲間を呼んでくる」

左側にあるドアをノックする。が、案の定返事はない。そのままドアを開ければ、案の定始まっていた。

「狙撃は特に難しいんだ。特に至近距離で一発撃つのと、遠くから狙いを定めて打つのでは全く違う。至近距離は撃てば当たるんだ。そりゃへたくそな奴で、稀に外す奴もいるよ。ああ、それはへたくそっていうよりは、あれだな。ビビりだ。撃つことにビビッて銃身がブレる。手がこう震えちまうわけだな。そういうヘタレな奴が外すが、まあ銃を構えた時点で外すことはまずない。どこかにゃだいたい当たるんだ。腕でも足でも首でも胸でも、どっかにこう、バーンてな」
どれくらいこの状態なんだろうか。
「ブラギ、ちょっといいか。ナタにも用がある」
「だが遠距離は違う。遠くから撃つからには、一発、たった一発で仕留めなければいけないという使命がある。一発を外せば敵は目の前にいないんだからな。逃げられちまう。細かい豆粒みたいな対象にちょこまか動かれたら、せっかく精神を研ぎ澄ませて狙いを定めたっていうのにあっという間にそれが無駄になるわけだ。研ぎ澄ましたこの精神を、この最高の状態のまま最高の仕事をするには―」
相変わらずブラギの演説は止まらない。
そしてそれを永遠に聞かされているナタも、全く文句も何も言わず、ブラギのよく動く口と手を交互に見て、理解しているのかまでは知らないが話をしっかり聞き続けている。
「ブラギ」「―あ?ああなんだヤマトか。なんだ、ノックぐらいしろよ」
「…ちょっといいか」
「なんだ、金の話か。報酬のことか」
「いいから来い。ナタも」
首を傾げていたナタも、立ち上がった。

立っている白石を囲むように座る。
「ナタ、ホットミルクでも飲む?そう、ちょっと待っててね」
「あ、俺は」「あんたは自分で作りなさいよ。ヤマトは?」「いらない」「そう」
「なんだあの女は。だいたいなんなんだ。別に仲間にしたつもりもないのにいつもいつもこの部屋にいるし。ってか住んでるよな?もう住んじゃってるのはどういうことなんだ」
「あの…」
「ああ、無視していい。続けてくれ」
白石が改めて挨拶をする。

「長期間、あなた達について調べさせていただきました。
さすがに住んでいる場所までは特定できませんでしたが」
「決めてないからな」
「ほかにも拠点があるんですね」
「拠点ってわけじゃない。気分転換にあちこち家を買ってるだけだ。ご存知の通り、今のところ金には困っていないからな」
白石が、なるほどと言って咳ばらいをする。
「それで、本題ですが、あなた達を採用させていただきます」
「はあ?採用!?あれ?ねえ俺たち試験なんか受けたっけ?俺就活なんかしたことないけどな。寝てる間にやったのかな。あははっ。すごくない?でも俺スーツ持ってねえよなあ。それも寝てる間に買ったとか。だとしたら俺すごくね?すごいっていうか、もう怖くね?これ怖くね?」
「国が俺たちを採用するということか」
「そうです」
「断ると言ったら」
「悪い話ではないと思います。
我々はあくまで表向きは、暗殺者を排除し平和と取り戻すと訴え続けておりますが、実際犯罪者を、特に暗殺者を排除するには限界があります。
協力していただけるのであれば、我々はあなた達の生活を保護し、資金面でも援助させていただくつもりです」
「金も住まいも、困ってはいないんだが」
「仕事が増えれば増えるほど、敵に狙われやすいかと思います。特に、ふくろうさんも」
「梟は死んだ。ここにいるのは【ナタ】だ」
「…失礼しました。ナタさんの生活も、我々が最後まで保障させていただきます」
「暗殺者を排除することが最終目標なら、俺たちが仮に、この国の暗殺者すべてを排除してしまったら、俺たちも用なしってことになるが」
「実際すべてを排除することはしません。一度排除したところで、また別の暗殺者が、犯罪者が次々に出てくるはずです。だから、国に協力すると誓った暗殺者達に対しては、協力してもらうかわりに生活保障、しいては命を保障するということです」

「死にたくなかったら、国に従え、ってことか」

「極端に要約すると、そういうことになります」
「正直だな」
「もとから嘘をつくつもりはありません」
「一ついいか」「なんでしょう」
「ナタの、面倒をみる、と言ったよな」「はい」
「その最後は、どこまでだ」
「ナタさんがお亡くなりになるまで。もしナタさんに、それまでにお子さんがいらっしゃった場合、お子さんが成人し、独立して暮らしていけるようになるまでを保障します」
「どこまで調べたのかは知らないが、ナタはお前らが思っているよりもずっと賢い。もしナタを裏切るような事があれば」
「わかっています。そのために契約書も持ってきています」
目の前に何通かの契約書があった。すでに相手方の印は押されている。
「そうか」
「おいおいおい、ナタが国に守られるってなったら、協力しちゃうんだあ?」
「俺たちにリスクはさほどない」
「だって、仮にこの人が全て嘘っぱちだとしたらさあ」
「私の素性を調べていただいても構いません。嘘は一言も申してません」
白石がきっぱり言った。
「まあいい。仮に国が裏切ったら、俺たちは俺たちのやり方で報復するまでだ」
「わーお」ブラギがお手上げのポーズをとる。
ナタはサエコからもらったホットミルクを飲みながら、ブラギのポーズに首を傾げていた。
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