29 / 55
3.帝国編
第29章 実力主義なんてクソくらえですわ
しおりを挟む
リリーはすっかりクラウディアを避けるようになった。嫌味な侍女長を前面に出して「リリー様は誰にも会いたくないと仰ってます」とけんもほろろに帰された。せっかくローズマリーが来てくれたというのに、ただ時間だけが過ぎていく。クラウディアはだんだん焦って来た。
「ねークラウディア様、わたしそろそろ帰っちゃいますよお?」
ローズマリーの催促もプレッシャーになる。
「学校で話せばいいじゃないですか。あの侍女長もいないし。何をそんなに頑なになってるんですか?」
できれば学校で声をかけるのは避けたかった。そんな下らないこと無視してもよかったのだが、せっかくリリーが忠告してくれた親切を大事に取っておきたい気持ちがあったのだ。
(なぜわたくしはリリー様にこだわっているのかしら? 別に放っておいてもいいのに?)
知らず知らずのうちにマクシミリアンと重ねているところがあるのかもしれない。全然違うタイプなのに、と自分でも不思議だった。
事態が膠着したまま数週間が過ぎた。マール王国なら冬の足音が聞こえてくる季節だが、ここはまだ暖かかった。アメリアのサロンに呼ばれ他愛もないお喋りに愛想笑いをする日々。情報収集以外では役に立たなかったが、周りに合わせるしかなかった。
事件はふとした時にやってきた。ある日、クラウディアがローズマリーと渡り廊下を歩いていると、校庭の方から騒がしい声が聞こえてきた。何かしらと思い、声のする方を見ると人だかりができている。野次馬の会話を盗み聞きすると、「1年よ」「いくら何でもやりすぎじゃない?相手が相手なんだから」「後で仕返しされても知らないわよ」などと聞こえてくる。クラウディアは嫌な予感がして人込みをかき分けて見に行った。すると、中心にいたのはリリーだった。なぜかずぶ濡れになっている。同級生と思しき生徒がリリーを取り囲み嘲笑していた。
「リリー様、手が滑ってしまいましたわ。ごめんなさい」
「でもうまく避けられなかったあなたも悪いですわよ」
「早く着替えた方がいいのでは?」
これはいじめだ。事態を把握したクラウディアは一際大きな声を上げた。
「あなたたち自分が何をやっているか分かっているの? 相手が誰だろうと許されないわ。しかも相手は皇女様よ? この国は一体どうなっているのかしら?」
みな一様にしーんと静まり返った。リリーも驚いてクラウディアを見上げた。ローズマリーだけは後ろに下がったまま腕組みをして様子を見ている。
「実力主義だか何だか知らないけど、自分より劣ると判断した相手には何をしてもいいという考えなのかしら。何て野蛮なこと。表向きはお上品に振舞ってるけど中身は腐っているのね。見下げ果てたわ」
「お言葉ですが、クラウディア様」
人込みの中から出てきたのはアメリアだった。
「他国からの留学生の方に我が国の流儀をとやかく言われる筋合いはございません。マール王国では常識でもここでは違うことが沢山ございます。その反対もまた然りです。外国の方は驚くでしょうが、これが我が国のやり方なのです」
「まあ、単なるいじめを正当化するのに『流儀』なんて言葉を使うのね。自分の国の皇女をいじめ抜くのが『流儀』ねえ。勉強になりましたわ。国へ帰ったらみんなに教えてあげなくちゃ」
「クラウディア様」
アメリアはなおも反論した。
「これ以上何かをおっしゃるならあなたは私たちの味方ではないということでよろしいでしょうか」
「あら、わたくし最初から誰の味方のつもりもございません。わたくしはわたくしでしてよ。サロンのことならもう結構ですわ。今までお世話になりました。ありがとう」
アメリアはむすっとした表情のままその場を去った。他の者たちもぞろぞろとアメリアに着いて行った。残されたのはクラウディアとローズマリーとリリーだけだった。
「なんで私をかばうのよ! あれだけ忠告しておいたのに! 今度はあなたの番よ! あなたが次のターゲットになるのよ!」
リリーはお礼を言うどころか、クラウディアを激しく非難した。しかしそんな程度でひるむクラウディアではなかった。
「そんなのわたくしは蹴散らして見せますわ。クラウディア・ブルックハーストに楯突くなんて千年早いと思い知らせてやります」
「バッカじゃないの!? あなた彼女たちを見くびっているのよ! そんな生易しい相手じゃないのよ! 皇女でさえ例外じゃないんだから分かるでしょ?」
「そんなのやってみなければ分からないじゃないですか。リリー様も最初から駄目だと諦めないで反抗するべきだと思います。わたくしが見たところ、リリー様は勝負が決まる前に試合放棄しているところがあるように見受けられます」
「……分かったような口をきいて! あなたみたいな人が一番嫌いよ! 私の何が分かると言うの! ちゃんと忠告はしましたからね! もう何があっても知らない!」
リリーは捨て台詞を吐くと、よろよろと建物の中に入って行った。
「厄介ごとに首を突っ込んじゃいましたねー。本人が構うなって言ってるんだから放っとけばよかったじゃないですか。自分に降りかかった火の粉は自分で振り払うのがアッシャー帝国の価値観ですよ」
後ろに下がったまま一部始終を見ていたローズマリーがやっと口を開いた。
「だからってわざと嫌がらせする必要もないじゃない。全てに腹が立つわ! いじめる奴も、いじめられる奴も、周りで見てる奴も!」
クラウディアはまだ怒りが治まらなかった。そしてその日から学院での生活が一変した。まず全校生徒に無視された。挨拶をしても返ってこないのはもちろん、授業中でさえそこにいないものとして扱われた。クラウディアの留学が、外交上重要な位置を占めているのは分からないはずがないのに、皇女すら平気で嫌がらせする連中なら何でもやりかねないと思い直した。次に私物がなくなった。別に高価なものは持ってきてないのだが、教科書やノートが隠され、後にビリビリになった状態で見つかったのは流石に困った。すぐに教師に報告したが、「実力主義」が徹底しているようで、まずは自分で対処するようにとアドバイスされただけだった。
(教師に報告するのは自分で対処するうちに入らないってわけ? ここの実力主義って一体何なの? 正々堂々といじめをする口実?)
「クラウディア様のあおりを受けて私まで無視されるんですけど、どうしてくれるんですか?」
ローズマリーから苦情を言われたが「そんなの自分で何とかしなさい」と自分が言われた言葉を返してやった。第一ローズマリーは別に何とも思ってはいない。嫌なら自分で何とかできる人間だと、クラウディアも分かっていた。
(問題はあの皇女よ。最初から何をやっても駄目だと諦めるのは、過去の挫折体験があったからに違いない。それも自己責任に含めるのはいくら何でも厳しすぎよ)
何も仕返しをしてこないと思われたらしく、いじめはだんだんエスカレートした。ある日の昼食の時間、食事をしていたクラウディアは突然食べ物の中に石が入っていることに気付き、ガリっと噛んでしまった。いつの間に入れられたのか考える暇もなく、途端に気持ち悪くなり口に入っていた中身をそのまま皿の上に出してしまった。周りからクスクスという笑い声が聞こえ、これで何があったかを察した。そして食堂中に響くほどの大声を上げた。
「わたくしの食事に毒を入れた者は誰ですの!? 毒殺未遂事件として皇帝のみならずマール王国にも報告します。これがどういうことかお分かりよね? ローズマリー! 警察にも通報!」
これを聞いた生徒たちは真っ青になった。誰かが「ただの悪ふざけじゃない……すぐ出したのなら害はないはずよ。毒殺なんて大げさな」と言うと、クラウディアはその生徒をきっと睨みつけ怒鳴った。
「人の食事に異物を混入するのが悪ふざけで済むと思って? あなたたちはよくてもマール王国はどう思うかしらね? わたくしはマール王国代表として来ているのだから、代表を毒殺しようとしたらどんなことが起きるかしら? このプロジェクトを推し進めたロジャー皇太子の顔に泥を塗るわね。あなた方のつまらないプライドのせいで戦争が起きるかもしれませんわ。ああ面白い」
クラウディアは毒殺されかけた人物とは思えない高笑いをした。これではどちらが悪役か分からない。そして食事のトレイを持ったまま食堂を出ると、学院長室に向かった。動かしようのない証拠を見せつけるためだ。途中すれ違った人が異様な光景に驚いて振り返ったがそんなものは無視した。秘書に取り次ぐこともせず、学院長室のドアを足で蹴飛ばして開けると、汚れたトレイを前に突き出して叫んだ。
「学院長! 先ほどわたくし毒殺されかけました! 外交問題に発展するのは必至ですし、あなたも監督責任を問われると思いますので覚悟してくださいまし!」
**********
早退して早めに家路につき、入浴した後ソファに寝転んでリラックスしていたクラウディアの元へ、難しい顔をしたロジャーがやって来たのは夕方になってからだった。
「学院の生徒が本当にバカなことをした。いくら謝っても許せないのは分かってる。本当に申し訳ない」
いつになく神妙な様子のロジャーに、この人も謝ることがあるのかと意外に思った。
「今回の件は取り返しのつかないことではあるが、留学を打ち切りにしたくはないんだ。俺が直接学院にかけ合って再発防止を徹底させるからどうか帰らないで欲しい。これは俺のわがままだ」
ロジャーの目は真剣だった。この人にここまで言われて矛を収めない人はいないと思われた。クラウディアも許すしかなかった。
「犯人の処罰はもちろん、これまで黙認していた教員も含め徹底的に指導していただきたいわ」
「もちろんだ。あと、これは別件だが、父が君に会いたいと言っている。今回の事態を重く受け止めたようで、皇帝自ら君に陳謝したいとのことだ。おそらくシンシア妃の件が頭にあるのだろう。ずっと毒殺されたと信じてきたから、今回のこともショックだったんだと思う」
そう言えばまだ皇帝に会ってないことにクラウディアは気がついた。実力主義の頂点におわす皇帝とはいかなる人物なのか興味があった。
「分かりました。お会いします。わたくしも皇帝陛下に相談したいことがありますし」
「相談とは?」
ロジャーは驚いてクラウディアを見つめた。
「娘であるリリー様のことをどう思ってらっしゃるのか。リリー様が学院でいじめられていることをご存じなのかということですわ」
「何で妹の話になるんだ?」
「事の発端がリリー様だからです。リリー様がいじめられてるのを咎めたら私にターゲットが移ったのです。アッシャー帝国が皇族への敬意もない国だったなんて思いもしませんでした」
「いやそれは違う。国民から尊敬されないのは妹の責任だ。尊敬というものは、ただ皇族に生まれたから受けられるものではない。何をしたかで決まるのだ」
皇太子の身分ながら、決して甘やかされず常に試され、困難な課題を克服してきた者の考え方だ。彼がそう考えるのも分かる。でも世の中は強者だけでは成り立たないのだ。
「あなたはそうやって努力してたまたまうまく行ったんでしょうけど、そんな人ばかりではありません。それに、どんな理由があろうと嫌がらせして見せしめにして嗤う権利は誰にもありませんわ。こんな事態を放置したらいつか国が傾きます」
「自分の国以外の心配もしてくれるとはさすが未来の妻だ。やっぱり君に決めた」
ロジャーはクラウディアの凛々しい横顔を見ながら、まんざら冗談でもなさそうに言った。
「ちょっ! わたくしは本気です! 茶化さないでくれますか?」
クラウディアは顔を真っ赤にして反論した。
「じゃあ皇帝に相談する前に俺に妹と話をさせてくれ。兄として妹の心配をするのは当然のことだ」
「もちろんいいですけど……」
「その代わりと言っては何だが、君とデートしたいんだが受けてくれるか?」
「交換条件を出すなんて卑怯ですわ! そういう類のものじゃないでしょう!」
「じゃあ、それとは別件で君にアッシャー帝国を案内したい。まだ城の外に出てないだろう? いいかな?」
クラウディアは困ってしまった。断る理由を考えたが全然思いつかない。とうとう降参した。
「分かりました。お受けしますからリリー様のこと忘れないでくださいね」
ロジャーはここにやって来た時とは打って変わってニヤリと笑った。一部始終を見ていたアンとローズマリーは、いつの間にか主導権を握ってしまったロジャーの手腕に呆れ返るしかなかった。
「ねークラウディア様、わたしそろそろ帰っちゃいますよお?」
ローズマリーの催促もプレッシャーになる。
「学校で話せばいいじゃないですか。あの侍女長もいないし。何をそんなに頑なになってるんですか?」
できれば学校で声をかけるのは避けたかった。そんな下らないこと無視してもよかったのだが、せっかくリリーが忠告してくれた親切を大事に取っておきたい気持ちがあったのだ。
(なぜわたくしはリリー様にこだわっているのかしら? 別に放っておいてもいいのに?)
知らず知らずのうちにマクシミリアンと重ねているところがあるのかもしれない。全然違うタイプなのに、と自分でも不思議だった。
事態が膠着したまま数週間が過ぎた。マール王国なら冬の足音が聞こえてくる季節だが、ここはまだ暖かかった。アメリアのサロンに呼ばれ他愛もないお喋りに愛想笑いをする日々。情報収集以外では役に立たなかったが、周りに合わせるしかなかった。
事件はふとした時にやってきた。ある日、クラウディアがローズマリーと渡り廊下を歩いていると、校庭の方から騒がしい声が聞こえてきた。何かしらと思い、声のする方を見ると人だかりができている。野次馬の会話を盗み聞きすると、「1年よ」「いくら何でもやりすぎじゃない?相手が相手なんだから」「後で仕返しされても知らないわよ」などと聞こえてくる。クラウディアは嫌な予感がして人込みをかき分けて見に行った。すると、中心にいたのはリリーだった。なぜかずぶ濡れになっている。同級生と思しき生徒がリリーを取り囲み嘲笑していた。
「リリー様、手が滑ってしまいましたわ。ごめんなさい」
「でもうまく避けられなかったあなたも悪いですわよ」
「早く着替えた方がいいのでは?」
これはいじめだ。事態を把握したクラウディアは一際大きな声を上げた。
「あなたたち自分が何をやっているか分かっているの? 相手が誰だろうと許されないわ。しかも相手は皇女様よ? この国は一体どうなっているのかしら?」
みな一様にしーんと静まり返った。リリーも驚いてクラウディアを見上げた。ローズマリーだけは後ろに下がったまま腕組みをして様子を見ている。
「実力主義だか何だか知らないけど、自分より劣ると判断した相手には何をしてもいいという考えなのかしら。何て野蛮なこと。表向きはお上品に振舞ってるけど中身は腐っているのね。見下げ果てたわ」
「お言葉ですが、クラウディア様」
人込みの中から出てきたのはアメリアだった。
「他国からの留学生の方に我が国の流儀をとやかく言われる筋合いはございません。マール王国では常識でもここでは違うことが沢山ございます。その反対もまた然りです。外国の方は驚くでしょうが、これが我が国のやり方なのです」
「まあ、単なるいじめを正当化するのに『流儀』なんて言葉を使うのね。自分の国の皇女をいじめ抜くのが『流儀』ねえ。勉強になりましたわ。国へ帰ったらみんなに教えてあげなくちゃ」
「クラウディア様」
アメリアはなおも反論した。
「これ以上何かをおっしゃるならあなたは私たちの味方ではないということでよろしいでしょうか」
「あら、わたくし最初から誰の味方のつもりもございません。わたくしはわたくしでしてよ。サロンのことならもう結構ですわ。今までお世話になりました。ありがとう」
アメリアはむすっとした表情のままその場を去った。他の者たちもぞろぞろとアメリアに着いて行った。残されたのはクラウディアとローズマリーとリリーだけだった。
「なんで私をかばうのよ! あれだけ忠告しておいたのに! 今度はあなたの番よ! あなたが次のターゲットになるのよ!」
リリーはお礼を言うどころか、クラウディアを激しく非難した。しかしそんな程度でひるむクラウディアではなかった。
「そんなのわたくしは蹴散らして見せますわ。クラウディア・ブルックハーストに楯突くなんて千年早いと思い知らせてやります」
「バッカじゃないの!? あなた彼女たちを見くびっているのよ! そんな生易しい相手じゃないのよ! 皇女でさえ例外じゃないんだから分かるでしょ?」
「そんなのやってみなければ分からないじゃないですか。リリー様も最初から駄目だと諦めないで反抗するべきだと思います。わたくしが見たところ、リリー様は勝負が決まる前に試合放棄しているところがあるように見受けられます」
「……分かったような口をきいて! あなたみたいな人が一番嫌いよ! 私の何が分かると言うの! ちゃんと忠告はしましたからね! もう何があっても知らない!」
リリーは捨て台詞を吐くと、よろよろと建物の中に入って行った。
「厄介ごとに首を突っ込んじゃいましたねー。本人が構うなって言ってるんだから放っとけばよかったじゃないですか。自分に降りかかった火の粉は自分で振り払うのがアッシャー帝国の価値観ですよ」
後ろに下がったまま一部始終を見ていたローズマリーがやっと口を開いた。
「だからってわざと嫌がらせする必要もないじゃない。全てに腹が立つわ! いじめる奴も、いじめられる奴も、周りで見てる奴も!」
クラウディアはまだ怒りが治まらなかった。そしてその日から学院での生活が一変した。まず全校生徒に無視された。挨拶をしても返ってこないのはもちろん、授業中でさえそこにいないものとして扱われた。クラウディアの留学が、外交上重要な位置を占めているのは分からないはずがないのに、皇女すら平気で嫌がらせする連中なら何でもやりかねないと思い直した。次に私物がなくなった。別に高価なものは持ってきてないのだが、教科書やノートが隠され、後にビリビリになった状態で見つかったのは流石に困った。すぐに教師に報告したが、「実力主義」が徹底しているようで、まずは自分で対処するようにとアドバイスされただけだった。
(教師に報告するのは自分で対処するうちに入らないってわけ? ここの実力主義って一体何なの? 正々堂々といじめをする口実?)
「クラウディア様のあおりを受けて私まで無視されるんですけど、どうしてくれるんですか?」
ローズマリーから苦情を言われたが「そんなの自分で何とかしなさい」と自分が言われた言葉を返してやった。第一ローズマリーは別に何とも思ってはいない。嫌なら自分で何とかできる人間だと、クラウディアも分かっていた。
(問題はあの皇女よ。最初から何をやっても駄目だと諦めるのは、過去の挫折体験があったからに違いない。それも自己責任に含めるのはいくら何でも厳しすぎよ)
何も仕返しをしてこないと思われたらしく、いじめはだんだんエスカレートした。ある日の昼食の時間、食事をしていたクラウディアは突然食べ物の中に石が入っていることに気付き、ガリっと噛んでしまった。いつの間に入れられたのか考える暇もなく、途端に気持ち悪くなり口に入っていた中身をそのまま皿の上に出してしまった。周りからクスクスという笑い声が聞こえ、これで何があったかを察した。そして食堂中に響くほどの大声を上げた。
「わたくしの食事に毒を入れた者は誰ですの!? 毒殺未遂事件として皇帝のみならずマール王国にも報告します。これがどういうことかお分かりよね? ローズマリー! 警察にも通報!」
これを聞いた生徒たちは真っ青になった。誰かが「ただの悪ふざけじゃない……すぐ出したのなら害はないはずよ。毒殺なんて大げさな」と言うと、クラウディアはその生徒をきっと睨みつけ怒鳴った。
「人の食事に異物を混入するのが悪ふざけで済むと思って? あなたたちはよくてもマール王国はどう思うかしらね? わたくしはマール王国代表として来ているのだから、代表を毒殺しようとしたらどんなことが起きるかしら? このプロジェクトを推し進めたロジャー皇太子の顔に泥を塗るわね。あなた方のつまらないプライドのせいで戦争が起きるかもしれませんわ。ああ面白い」
クラウディアは毒殺されかけた人物とは思えない高笑いをした。これではどちらが悪役か分からない。そして食事のトレイを持ったまま食堂を出ると、学院長室に向かった。動かしようのない証拠を見せつけるためだ。途中すれ違った人が異様な光景に驚いて振り返ったがそんなものは無視した。秘書に取り次ぐこともせず、学院長室のドアを足で蹴飛ばして開けると、汚れたトレイを前に突き出して叫んだ。
「学院長! 先ほどわたくし毒殺されかけました! 外交問題に発展するのは必至ですし、あなたも監督責任を問われると思いますので覚悟してくださいまし!」
**********
早退して早めに家路につき、入浴した後ソファに寝転んでリラックスしていたクラウディアの元へ、難しい顔をしたロジャーがやって来たのは夕方になってからだった。
「学院の生徒が本当にバカなことをした。いくら謝っても許せないのは分かってる。本当に申し訳ない」
いつになく神妙な様子のロジャーに、この人も謝ることがあるのかと意外に思った。
「今回の件は取り返しのつかないことではあるが、留学を打ち切りにしたくはないんだ。俺が直接学院にかけ合って再発防止を徹底させるからどうか帰らないで欲しい。これは俺のわがままだ」
ロジャーの目は真剣だった。この人にここまで言われて矛を収めない人はいないと思われた。クラウディアも許すしかなかった。
「犯人の処罰はもちろん、これまで黙認していた教員も含め徹底的に指導していただきたいわ」
「もちろんだ。あと、これは別件だが、父が君に会いたいと言っている。今回の事態を重く受け止めたようで、皇帝自ら君に陳謝したいとのことだ。おそらくシンシア妃の件が頭にあるのだろう。ずっと毒殺されたと信じてきたから、今回のこともショックだったんだと思う」
そう言えばまだ皇帝に会ってないことにクラウディアは気がついた。実力主義の頂点におわす皇帝とはいかなる人物なのか興味があった。
「分かりました。お会いします。わたくしも皇帝陛下に相談したいことがありますし」
「相談とは?」
ロジャーは驚いてクラウディアを見つめた。
「娘であるリリー様のことをどう思ってらっしゃるのか。リリー様が学院でいじめられていることをご存じなのかということですわ」
「何で妹の話になるんだ?」
「事の発端がリリー様だからです。リリー様がいじめられてるのを咎めたら私にターゲットが移ったのです。アッシャー帝国が皇族への敬意もない国だったなんて思いもしませんでした」
「いやそれは違う。国民から尊敬されないのは妹の責任だ。尊敬というものは、ただ皇族に生まれたから受けられるものではない。何をしたかで決まるのだ」
皇太子の身分ながら、決して甘やかされず常に試され、困難な課題を克服してきた者の考え方だ。彼がそう考えるのも分かる。でも世の中は強者だけでは成り立たないのだ。
「あなたはそうやって努力してたまたまうまく行ったんでしょうけど、そんな人ばかりではありません。それに、どんな理由があろうと嫌がらせして見せしめにして嗤う権利は誰にもありませんわ。こんな事態を放置したらいつか国が傾きます」
「自分の国以外の心配もしてくれるとはさすが未来の妻だ。やっぱり君に決めた」
ロジャーはクラウディアの凛々しい横顔を見ながら、まんざら冗談でもなさそうに言った。
「ちょっ! わたくしは本気です! 茶化さないでくれますか?」
クラウディアは顔を真っ赤にして反論した。
「じゃあ皇帝に相談する前に俺に妹と話をさせてくれ。兄として妹の心配をするのは当然のことだ」
「もちろんいいですけど……」
「その代わりと言っては何だが、君とデートしたいんだが受けてくれるか?」
「交換条件を出すなんて卑怯ですわ! そういう類のものじゃないでしょう!」
「じゃあ、それとは別件で君にアッシャー帝国を案内したい。まだ城の外に出てないだろう? いいかな?」
クラウディアは困ってしまった。断る理由を考えたが全然思いつかない。とうとう降参した。
「分かりました。お受けしますからリリー様のこと忘れないでくださいね」
ロジャーはここにやって来た時とは打って変わってニヤリと笑った。一部始終を見ていたアンとローズマリーは、いつの間にか主導権を握ってしまったロジャーの手腕に呆れ返るしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる