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3.帝国編
第33章 令嬢、ぐいぐい迫られる
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皇帝一家との夕食から一夜明け、クラウディアは自室のソファに寝転んだままぼーっと過ごしていた。皇帝がマクシミリアンに目を付けた。当然国王が許可しなければ何も起こらないが、運命のいたずらだってあり得る。今まで日陰で生きてきたマクシミリアンがいきなり表舞台に立つことになった結果がこれだ。
(考えてみれば、マール王国とアッシャー帝国の血を両方継いでいる王子が政治的に利用されないわけがないわよね。それでも殿下にその価値がなければ考えられなかったでしょうけど……)
このような話が出るのは、マクシミリアンが頭角を表しつつあるということなのだろう。本来なら喜ばしいはずなのに、クラウディアは素直に喜べなかった。そもそもの始まりは「植物学を学びたい」だったはずなのにどんどんおかしな方向に行っている。彼自身はどのように思っているのか、クラウディアを恨んでいないか気がかりだった。
「クラウディア様、ロジャー殿下がお見えです。お会いになりますか?」
突然アンに話しかけられて、クラウディアは我に返った。ロジャーは今までもここに来たことはあるが、今回は理由が分からない。クラウディアは起き上がり身支度を整えてから彼を迎えた。
「昨日は失礼した。もっと和やかな夕食会にしようと思っていたのに俺が余計なことを言ったからぶち壊しになってしまった」
ロジャーは椅子に座ると神妙な顔つきで言った。いつもの豪放さは影を潜めている。
「あら、いつもあんな感じなのでしょう。それに、殿下がおっしゃったことは本当ですからお気になさらないで下さい。助け舟を出そうとしてくださったのも理解してますわ」
「リリーやティムにも悪いことをした。いつもああなってしまうんだ。それならいっそ会わない方がいいという結論になってしまう」
「王族ってどこもこんな感じですのね。マール王国も似たようなもんですわよ」
「ははっ、うちよりはマシだろ。ところで、今日来たのはマックスの件だ。皇帝は本気だ。ああ言ったからには本気で取りに来るとおもう。ということを伝えに来た」
クラウディアは顔をこわばらせた。今しがた考えていた懸念が現実となるのだ。
「実際にお会いになったわけでもないのに随分自信満々ですわね、皇帝陛下は。マクシミリアン殿下が期待外れの人物だったらどうするおつもりなのでしょう?」
「期待外れではないという確証があるから口にしたのだと思う。あちらにいるスパイからそんな報告を受けたのだろう」
スパイという言葉が簡単に出てきたことにクラウディアは驚いた。
「他国の人間に向かってスパイの存在をよく話せますわね……まあいるんでしょうけど。シーモア夫人もスパイでしたの?」
「ああ。定期的にマックスの報告を受けていたよ。成長記録という名目でね。もっとも、当時は今のような考えではなかった。利用価値のないボンクラ王子とでも言われていたんじゃないか。詳しくは知らないが。だからあちらの国王もシーモア夫人を泳がせていたのだろう」
シーモア夫人はどんな思いでスパイ活動をしていたのだろう。今となっては確認しようがないが聞いてみたくなった。
「それでも、マクシミリアン殿下にそこまでご執心になる理由がわかりませんわ」
「シンシア妃と重ねているのだと思う。陛下にとってかけがえのない人だったから。陛下も俺のような育てられ方をして周りに味方がいなかった。唯一妹のシンシア妃だけが家族の温かさを教えてくれた。だから、隣国へ嫁がせる時は断腸の思いだったと思う。シンシア妃が亡くなったと聞いた時の取り乱し様は、まだ子供だった俺でも覚えている。あれから更に意固地になった。妻だった俺の母上も子孫を残す機械のようにしか思っていなかった。母が亡くなって第二夫人、更に今の第三夫人もそんな扱いだ。シンシア妃がいなくなって運命を狂わされた人間はこちらにも多いんだよ」
話を聞いたクラウディアは知らず知らずのうちに拳を固く握りしめていた。そんな複雑な背景があったことに驚いたが、自分だって運命を狂わされた一人のはずなのに他人事のように話すロジャーの心境も推し量れなかった。
「マクシミリアン殿下は皇帝陛下の唯一の泣き所というわけですわね。だからこそ自分の手元に置いておきたいと。」
「まあそんなとこかな。マックスはシンシアの代わりにはなり得ないのに何を考えてるんだか。それ以外は家族相手にも冷徹になれる人なのに、クラウディアの言う通り泣き所という表現がぴったりだ」
「でもマール王国側がお許しになるわけがありませんわ。国王陛下だってマクシミリアン殿下を愛していらっしゃいますもの」
「どうかな。マール国王はああ見えてなかなか強かだぞ。息子と言えども、いや、息子を評価しているからこそ敢えて困難な課題を課すところがある。マックスが今公務をしているのもそんな側面があるんじゃないかな。父親の愛情って複雑なんだよ」
そう言えば、マクシミリアンも似たようなことを言っていた。「獅子を千尋の谷から落とす」だったか。言われてみれば、確かに国王はそんなところがあるような気がした。
「それにしても、なぜわざわざわたくしのところに来て、そのことを教えて下さったんですの?」
クラウディアは話を元に戻して、最初からあった疑問をロジャーにぶつけた。
ロジャーは視線を脇へ泳がせた。彼がはっきりしない態度を示すのは、クラウディアが知る限り初めてだった。
「もしかして、もし今自分がこの留学事業をぶち壊せば、マックスの話も立ち消えになるのではないか、そう思っていないか? この案件の最高責任者は俺だ。それだけはやめてくれと言いにここまで来た」
「あら、わたくしがそんなつまらないことを考えていると思って? 随分と見くびられたものね。絶対にないので安心して下さいな。それに、マクシミリアン殿下のことに口を挟める立場ではありませんし」
クラウディアは素知らぬふりで答えた。マクシミリアンへの気持ちをロジャーに見透かされているのは分かっていたが、せめてもの矜持のつもりだった。
「それなら、俺と一緒にならないか? マックスの立場は政治的に見ても微妙だし、これからクラウディアの手の届かないところに行ってしまうかもしれない。それを考えたらまだ皇太子の方が攻略しやすいと思わないか?」
「ちょっ! なんてことを仰いますの!? 言うに事欠いてそれですか? 冗談でもやめてくださいまし!」
クラウディアは口をぽかんと開けたまま固まったが、すぐに我に返って声を上げた。
「俺は冗談は言わないよ」
ロジャーの目は笑ってなかった。
「クラウディアが好きだ。マックスがいないうちに君を奪いたくてたまらない。いつもなら皇太子の立場を弁えて躊躇するけど、皇帝が皇太子の俺を差し置いてマックスを重用する気でいるなら、しがらみなんて捨ててやる。俺なら君を守ってやれる」
真正面からの突然の告白に、クラウディアはこれ以上ないくらい赤面した。ロジャーから告白されて舞い上がらない女なんていない。そのまま脳まで沸騰するかと思われたが、最後の理性を振り絞って反論した。
「わっ、わたくしを物扱いするのはやめて下さる!? まるで何もできないお姫様みたいに。殿方の助けをただ待っているだけの女性なんてきょうび流行ってませんわよ! 自分の身は自分で守れますから心配ご無用!」
ロジャーは思いも寄らぬ反応に驚いたが、やがてアハハと大声で笑いだした。
「その通りだな! 今のはまずかった。しかもクラウディア相手に! 普通のやり方が通用しない相手なのを忘れてた。でもそういうところが好きだ。もっと好きになった!」
「もう! だからやめてって言ってるのに!」
クラウディアは頬の火照りを冷やすのに必死だった。これ以上ロジャーと一緒にいるのは危険だと本能が叫んでいた。
「分かったよ。また別のアプローチを考える。でも気に留めておいて欲しい。クラウディアとなら一緒にいて楽しいんだ」
そう言い残すとロジャーは別館を去って行った。クラウディアはソファにあったクッションに顔をうずめたまましばらく動かなかった。さっき助けを待っているお姫様なんていないと言ってしまったが、今すぐマクシミリアンに自分をここから連れ出して欲しいと願ってしまった。そうでないと、心がふらついてしまいそうで怖かった。
**********
マール王国でも動きがあった。最近マクシミリアンは、細かいものを含めると週に一度は公務に当たっている。自分は第二王子と変わらない身分なのにこんなに仕事量が多いものなのか、マクシミリアンも分からなくなってきた。国王とアレックスは何を言って来ることもなくただ仕事だけが増えていく。それが却って不気味だった。
ある日マクシミリアンは国王の執務室に呼ばれた。部屋に入ると、国王は臣下を下がらせて人払いをした。それで特別な話があることが察せられた。
「先日のジャイルズ男爵の農場の件はよくやった。実権を握るサンドラさんからも協力を得ることができたのは大きな成果だ。そろそろ公務にも慣れてきた頃だろうから、一つ大きな仕事をやって欲しい。これは密命と思ってくれ」
密命。初めて聞く言葉だった。
「お前こそが適任者、ある意味お前にしかできない仕事だ。確か友人にサミュエル・アンダーソンというのがいるだろう。アンダーソン伯爵の次男だ。アンダーソン家は代々反帝国の立場を取っていて、私の結婚にも反対だった。シンシアが亡くなった時、原因が分からず反帝国派の仕業と疑われ、当時の国王、つまり私の父上によって左遷させられた。その時の遺恨が今も残っている。しかし、帝国との関係が改善しつつある今、反帝国派の名誉を回復し、国内の不安材料を取り除きたいと思っている。その役割をマックス、お前に頼みたいんだ」
かなりの重大案件だ。これを経験が浅いマクシミリアンにさせようと言うのか。マクシミリアンは責任の重さに思いを馳せ、言葉が出なかった。
「確かにお前に任せるには荷が重いことは承知している。それにお前自身には何の責任もない。本来私がどうにかすべきことだ。しかし、私が出る前にお前に矢面に立ってもらうことで、反対派の態度を軟化させたい。実際息子のサミュエルとは友人なんだろう?」
「確かにサミュエルとは友達です。でもそんな複雑な話はしたことありません……仲良くなる前少しだけ話したけど、今は全然……」
「とにかく、そのサミュエルと協力して構わないから事に当たってくれ。これはある意味お前にとって試金石となる案件だ」
試金石……王都に来てからマクシミリアンは父の国王に試されてばかりだ。公務をやると言ったのは自分なのだから覚悟していたはずなのだが。愛情というのはただ甘いものではないということを知ったのはつい最近のことだった。
「分かりました。サミュエルの領地は確か西の方でしたから、早速旅の準備をします」
「試練ばかり与えるのも可哀想だからたまにはご褒美をあげてやる。これが無事に成功したら今度はアッシャー帝国へ行ってもらう。ブルックハースト嬢にも会えるぞ」
「クラウディアに会えるんですか!?」
マクシミリアンは興奮して大きな声を出した。アッシャー帝国、母の故郷。それより今はクラウディアがそこにいる。これまで無理に抑えていた彼女に会いたいという感情が一気にこみあげてきた。
「ああ。新年を祝う舞踏会にマール王国からも人を出さなくてはならない。どうやら向こうもお前に会ってみたいらしくてな。シンシアの息子の能力を確認したいのだろう。だからこの件がうまく行ったらお前を派遣しようと思う。頓挫したらアレックスにする。やれるか?」
「はい! やります! 成功させてクラウディアに会いたいです!」
マクシミリアンはこれからどんな運命が待ち受けているかも分からないまま、力強く宣言した。
(考えてみれば、マール王国とアッシャー帝国の血を両方継いでいる王子が政治的に利用されないわけがないわよね。それでも殿下にその価値がなければ考えられなかったでしょうけど……)
このような話が出るのは、マクシミリアンが頭角を表しつつあるということなのだろう。本来なら喜ばしいはずなのに、クラウディアは素直に喜べなかった。そもそもの始まりは「植物学を学びたい」だったはずなのにどんどんおかしな方向に行っている。彼自身はどのように思っているのか、クラウディアを恨んでいないか気がかりだった。
「クラウディア様、ロジャー殿下がお見えです。お会いになりますか?」
突然アンに話しかけられて、クラウディアは我に返った。ロジャーは今までもここに来たことはあるが、今回は理由が分からない。クラウディアは起き上がり身支度を整えてから彼を迎えた。
「昨日は失礼した。もっと和やかな夕食会にしようと思っていたのに俺が余計なことを言ったからぶち壊しになってしまった」
ロジャーは椅子に座ると神妙な顔つきで言った。いつもの豪放さは影を潜めている。
「あら、いつもあんな感じなのでしょう。それに、殿下がおっしゃったことは本当ですからお気になさらないで下さい。助け舟を出そうとしてくださったのも理解してますわ」
「リリーやティムにも悪いことをした。いつもああなってしまうんだ。それならいっそ会わない方がいいという結論になってしまう」
「王族ってどこもこんな感じですのね。マール王国も似たようなもんですわよ」
「ははっ、うちよりはマシだろ。ところで、今日来たのはマックスの件だ。皇帝は本気だ。ああ言ったからには本気で取りに来るとおもう。ということを伝えに来た」
クラウディアは顔をこわばらせた。今しがた考えていた懸念が現実となるのだ。
「実際にお会いになったわけでもないのに随分自信満々ですわね、皇帝陛下は。マクシミリアン殿下が期待外れの人物だったらどうするおつもりなのでしょう?」
「期待外れではないという確証があるから口にしたのだと思う。あちらにいるスパイからそんな報告を受けたのだろう」
スパイという言葉が簡単に出てきたことにクラウディアは驚いた。
「他国の人間に向かってスパイの存在をよく話せますわね……まあいるんでしょうけど。シーモア夫人もスパイでしたの?」
「ああ。定期的にマックスの報告を受けていたよ。成長記録という名目でね。もっとも、当時は今のような考えではなかった。利用価値のないボンクラ王子とでも言われていたんじゃないか。詳しくは知らないが。だからあちらの国王もシーモア夫人を泳がせていたのだろう」
シーモア夫人はどんな思いでスパイ活動をしていたのだろう。今となっては確認しようがないが聞いてみたくなった。
「それでも、マクシミリアン殿下にそこまでご執心になる理由がわかりませんわ」
「シンシア妃と重ねているのだと思う。陛下にとってかけがえのない人だったから。陛下も俺のような育てられ方をして周りに味方がいなかった。唯一妹のシンシア妃だけが家族の温かさを教えてくれた。だから、隣国へ嫁がせる時は断腸の思いだったと思う。シンシア妃が亡くなったと聞いた時の取り乱し様は、まだ子供だった俺でも覚えている。あれから更に意固地になった。妻だった俺の母上も子孫を残す機械のようにしか思っていなかった。母が亡くなって第二夫人、更に今の第三夫人もそんな扱いだ。シンシア妃がいなくなって運命を狂わされた人間はこちらにも多いんだよ」
話を聞いたクラウディアは知らず知らずのうちに拳を固く握りしめていた。そんな複雑な背景があったことに驚いたが、自分だって運命を狂わされた一人のはずなのに他人事のように話すロジャーの心境も推し量れなかった。
「マクシミリアン殿下は皇帝陛下の唯一の泣き所というわけですわね。だからこそ自分の手元に置いておきたいと。」
「まあそんなとこかな。マックスはシンシアの代わりにはなり得ないのに何を考えてるんだか。それ以外は家族相手にも冷徹になれる人なのに、クラウディアの言う通り泣き所という表現がぴったりだ」
「でもマール王国側がお許しになるわけがありませんわ。国王陛下だってマクシミリアン殿下を愛していらっしゃいますもの」
「どうかな。マール国王はああ見えてなかなか強かだぞ。息子と言えども、いや、息子を評価しているからこそ敢えて困難な課題を課すところがある。マックスが今公務をしているのもそんな側面があるんじゃないかな。父親の愛情って複雑なんだよ」
そう言えば、マクシミリアンも似たようなことを言っていた。「獅子を千尋の谷から落とす」だったか。言われてみれば、確かに国王はそんなところがあるような気がした。
「それにしても、なぜわざわざわたくしのところに来て、そのことを教えて下さったんですの?」
クラウディアは話を元に戻して、最初からあった疑問をロジャーにぶつけた。
ロジャーは視線を脇へ泳がせた。彼がはっきりしない態度を示すのは、クラウディアが知る限り初めてだった。
「もしかして、もし今自分がこの留学事業をぶち壊せば、マックスの話も立ち消えになるのではないか、そう思っていないか? この案件の最高責任者は俺だ。それだけはやめてくれと言いにここまで来た」
「あら、わたくしがそんなつまらないことを考えていると思って? 随分と見くびられたものね。絶対にないので安心して下さいな。それに、マクシミリアン殿下のことに口を挟める立場ではありませんし」
クラウディアは素知らぬふりで答えた。マクシミリアンへの気持ちをロジャーに見透かされているのは分かっていたが、せめてもの矜持のつもりだった。
「それなら、俺と一緒にならないか? マックスの立場は政治的に見ても微妙だし、これからクラウディアの手の届かないところに行ってしまうかもしれない。それを考えたらまだ皇太子の方が攻略しやすいと思わないか?」
「ちょっ! なんてことを仰いますの!? 言うに事欠いてそれですか? 冗談でもやめてくださいまし!」
クラウディアは口をぽかんと開けたまま固まったが、すぐに我に返って声を上げた。
「俺は冗談は言わないよ」
ロジャーの目は笑ってなかった。
「クラウディアが好きだ。マックスがいないうちに君を奪いたくてたまらない。いつもなら皇太子の立場を弁えて躊躇するけど、皇帝が皇太子の俺を差し置いてマックスを重用する気でいるなら、しがらみなんて捨ててやる。俺なら君を守ってやれる」
真正面からの突然の告白に、クラウディアはこれ以上ないくらい赤面した。ロジャーから告白されて舞い上がらない女なんていない。そのまま脳まで沸騰するかと思われたが、最後の理性を振り絞って反論した。
「わっ、わたくしを物扱いするのはやめて下さる!? まるで何もできないお姫様みたいに。殿方の助けをただ待っているだけの女性なんてきょうび流行ってませんわよ! 自分の身は自分で守れますから心配ご無用!」
ロジャーは思いも寄らぬ反応に驚いたが、やがてアハハと大声で笑いだした。
「その通りだな! 今のはまずかった。しかもクラウディア相手に! 普通のやり方が通用しない相手なのを忘れてた。でもそういうところが好きだ。もっと好きになった!」
「もう! だからやめてって言ってるのに!」
クラウディアは頬の火照りを冷やすのに必死だった。これ以上ロジャーと一緒にいるのは危険だと本能が叫んでいた。
「分かったよ。また別のアプローチを考える。でも気に留めておいて欲しい。クラウディアとなら一緒にいて楽しいんだ」
そう言い残すとロジャーは別館を去って行った。クラウディアはソファにあったクッションに顔をうずめたまましばらく動かなかった。さっき助けを待っているお姫様なんていないと言ってしまったが、今すぐマクシミリアンに自分をここから連れ出して欲しいと願ってしまった。そうでないと、心がふらついてしまいそうで怖かった。
**********
マール王国でも動きがあった。最近マクシミリアンは、細かいものを含めると週に一度は公務に当たっている。自分は第二王子と変わらない身分なのにこんなに仕事量が多いものなのか、マクシミリアンも分からなくなってきた。国王とアレックスは何を言って来ることもなくただ仕事だけが増えていく。それが却って不気味だった。
ある日マクシミリアンは国王の執務室に呼ばれた。部屋に入ると、国王は臣下を下がらせて人払いをした。それで特別な話があることが察せられた。
「先日のジャイルズ男爵の農場の件はよくやった。実権を握るサンドラさんからも協力を得ることができたのは大きな成果だ。そろそろ公務にも慣れてきた頃だろうから、一つ大きな仕事をやって欲しい。これは密命と思ってくれ」
密命。初めて聞く言葉だった。
「お前こそが適任者、ある意味お前にしかできない仕事だ。確か友人にサミュエル・アンダーソンというのがいるだろう。アンダーソン伯爵の次男だ。アンダーソン家は代々反帝国の立場を取っていて、私の結婚にも反対だった。シンシアが亡くなった時、原因が分からず反帝国派の仕業と疑われ、当時の国王、つまり私の父上によって左遷させられた。その時の遺恨が今も残っている。しかし、帝国との関係が改善しつつある今、反帝国派の名誉を回復し、国内の不安材料を取り除きたいと思っている。その役割をマックス、お前に頼みたいんだ」
かなりの重大案件だ。これを経験が浅いマクシミリアンにさせようと言うのか。マクシミリアンは責任の重さに思いを馳せ、言葉が出なかった。
「確かにお前に任せるには荷が重いことは承知している。それにお前自身には何の責任もない。本来私がどうにかすべきことだ。しかし、私が出る前にお前に矢面に立ってもらうことで、反対派の態度を軟化させたい。実際息子のサミュエルとは友人なんだろう?」
「確かにサミュエルとは友達です。でもそんな複雑な話はしたことありません……仲良くなる前少しだけ話したけど、今は全然……」
「とにかく、そのサミュエルと協力して構わないから事に当たってくれ。これはある意味お前にとって試金石となる案件だ」
試金石……王都に来てからマクシミリアンは父の国王に試されてばかりだ。公務をやると言ったのは自分なのだから覚悟していたはずなのだが。愛情というのはただ甘いものではないということを知ったのはつい最近のことだった。
「分かりました。サミュエルの領地は確か西の方でしたから、早速旅の準備をします」
「試練ばかり与えるのも可哀想だからたまにはご褒美をあげてやる。これが無事に成功したら今度はアッシャー帝国へ行ってもらう。ブルックハースト嬢にも会えるぞ」
「クラウディアに会えるんですか!?」
マクシミリアンは興奮して大きな声を出した。アッシャー帝国、母の故郷。それより今はクラウディアがそこにいる。これまで無理に抑えていた彼女に会いたいという感情が一気にこみあげてきた。
「ああ。新年を祝う舞踏会にマール王国からも人を出さなくてはならない。どうやら向こうもお前に会ってみたいらしくてな。シンシアの息子の能力を確認したいのだろう。だからこの件がうまく行ったらお前を派遣しようと思う。頓挫したらアレックスにする。やれるか?」
「はい! やります! 成功させてクラウディアに会いたいです!」
マクシミリアンはこれからどんな運命が待ち受けているかも分からないまま、力強く宣言した。
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