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3.帝国編
第39章 やっと会えたのに
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「クラウディア様起きて下さい。もう10時ですよ」
アンに起こされたクラウディアは窓に顔を向け、既に日が高くなっているのを確認した。あの後どうやって舞踏会会場から戻って来たのか記憶が曖昧だ。入浴して寝間着に着替えてベッドに入ったはずだが目が冴えて眠れなかった。ようやく明け方ごろ入眠して起きたらもう10時になっていた。
僕も男ですから。
急にマクシミリアンの言葉を思い出してかあーっと顔が熱くなり、布団の中でじたばたした。昨夜もその繰り返しでいつまでも寝付けなかった。やっぱり彼は影武者ではなかったのか。彼がそんなセリフを言う日が来るなんて予想できなかった。そんなことを言う人間ではなかったはずなのに。
(わたくしがいない間に一体殿下に何がありましたの? 確かに格好よくなられましたけど、前の可愛い殿下も好きでしたわよ!?)
色々考えた挙句、結局どちらも好きだという結論に達してクラウディアはまたじたばたした。やっと会えたのに、会ってお互いの気持ちを確認したら安心できると思っていたのに、心はなおも荒れ狂った海の中に放り込まれたままだ。恋とはこんなに心を消耗するものなのか。クラウディアは初めて思い知った。
着替えて1階に降りたクラウディアは遅い朝食を取り、まだ眠気が冷めなかったので、庭を散歩することにした。しばらく所在なげに庭をふらふら歩いているとロジャーと出くわした。
「お……おはようございます! ……ではなくてこんにちは……」
昨夜二人でいるところをロジャーにも見られていたことを思い出して、クラウディアは取り乱してしまった。皇帝よりも彼に見られたことの方が恥ずかしかった。
「おはよう……じゃなくて、こんにちは……こんなところで会うなんて奇遇だな……」
ロジャーもまた、気まずそうな態度だった。
「ごめん、今の嘘。本当はここにいれば会える気がしていた。直接訪ねるのも気が引けたんで」
クラウディアは視線を地面に落とした。彼に合わせる顔など持ち合わせていなかった。
「昨晩はお恥ずかしいところをお見せして申し訳ありませんでした。すっかりのぼせ上がってしまって作戦のことも忘れていました」
「それはいいんだ。やり方は違ったけど目的は達成されたから。陛下もマックスを自分の決めた令嬢と結婚させるのは難しいと悟っただろう。何より本人が拒絶したんだからな」
「皇帝陛下はお怒りになってませんか?」
「怒るも何も、毒気を抜かれたようだったよ。また余計なこと考えないうちにさっさと結婚した方がいいぞ」
クラウディアは顔がさあっと赤くなった。
「結婚なんて……急にそんな……」
「何言ってるんだ。陛下は抜け目ないぞ。油断しては駄目だ」
クラウディアはしばらく逡巡していたが、意を決して思っていたことを口にした。
「あの……昨日は本当にごめんなさい。あなたに一番見られたくなかった。あなたの気持ちを踏みにじる形になって申し訳なく思っています」
クラウディアはそう言うとロジャーに向かって頭を下げた。彼の誠意を裏切る形になったのが申し訳なかった。
「何も謝ることはないよ。策を弄するよりも、二人が愛し合っていると直接伝えれば簡単なことだったんだ。それが分かっていてもそうしたくなかったのは俺のエゴだ。結果的に落ち着くところに落ち着いてよかったと今は思っている」
「でも……」
「クラウディアは確かにいい女で手放すには惜しいけど、俺はマックスも好きなんだ。マックスが悲しむのはやはり見たくないし、二人が幸せになるならそれでいい。ま、完璧な俺が何で選ばれないんだって気持ちもあるけどな……最後のは冗談だって!」
クラウディアが再びうつむいてしまったのを見て、ロジャーは慌てて訂正した。
「わたくし、二人もの素敵な男性に愛されていたのね。大した人間じゃないのにもったいないわ」
クラウディアはそう言って、ロジャーに微笑みかけた。彼の気遣いが嬉しかった。
「という訳なんで、今後も変わらないお付き合いをしてくれると嬉しい。そうでないと俺の方が困るからな……」
二人は笑って別れた。すぐには難しいかもしれないが、マクシミリアンも含め友人としていい関係が築ければいいなと思った。
幾分心が軽くなり屋敷へ戻ったクラウディアだったが、そこへアンが息せき切って駆け寄ってきた。
「クラウディア様、どこに行ってらっしゃったんですか? ずっと探してたんですよ!」
いつも冷静なアンが取り乱している。クラウディアはこんな彼女を見るのは初めてだった。
「何なの? そんなに取り乱してあなたらしくない」
「先ほど報告があって、マクシミリアン殿下がいなくなったそうです!」
**********
気持ちが追い付かない。クラウディアは最初アンが何を言っているのか分からなかった。まとまらない頭で聞いたことをまとめると、朝いつまでも起きてこないので部屋を見に行ったらベッドがもぬけの殻だった、宮殿を封鎖して一斉捜索したがどこにも見当たらないとのことだった。
彼が自分からいなくなるなんて考えられない、となると……最悪の考えが脳裏をよぎり、クラウディアは血の気が引いた。
「まさか誘拐されたってこと? でも誰が何のために!?」
「落ち着いて下さい、まだ何も分かっていません」
やがて調査員がやって来てクラウディアも聴取されたが、当然何の手がかりもつかめなかった。昨夜のことがあったばかりなのに、マクシミリアンがクラウディアを置いていなくなるなんて考えられない。
昼過ぎになりアンが昼食を持ってきたが、食欲がわかず手を付けることはなかった。やきもきしてる間に夕方になり、更に悪い知らせが届いた。
「ロジャー殿下が容疑者として捕らわれたようです」
「何でロジャー殿下が? そんなのありえないわ!」
「実行犯としてオリガ夫人の親族が疑われたらしく、そのせいでオリガ夫人とティム殿下は蟄居を命じられています。ロジャー殿下はオリガ夫人とも親しく、最近国内視察に出かけた際、親族とも会ったそうなんです。そこでマクシミリアン殿下の誘拐について計画したのではないかと……それに、王宮内でも色々画策していたようです」
「その画策していた相手とはわたくしのことだわ! それならわたくしも捕らえられなきゃおかしいでしょ! もういい! 皇帝陛下に直接会ってきます!」
これ以上ただ待つなんてできなかった。クラウディアはずかずかと大股で歩き、皇帝のいる宮殿へ向かった。そしてすごい剣幕で皇帝に会わせろと臣下に凄んだ。
「どうした、ブルックハースト嬢? マクシミリアン殿下の手がかりでもあるのか?」
「ロジャー殿下を今すぐ釈放して下さい。彼は無実です」
「なぜ君にそれが分かる?」
皇帝の目つきが鋭くなったが、その程度でひるむクラウディアではなかった。
「ロジャー殿下が計画を練っていた相手とはわたくしだからです! ロジャー殿下は国内が混乱することを恐れて、マクシミリアン殿下をアッシャー帝国側に引き入れることを危惧しました。陛下に直接進言しても埒が明かないので秘密裏に行動したのです」
「なぜそんなことを秘密にする必要がある? やはり後ろ暗いところがあったからではないのか?」
「陛下が亡くなったシンシア妃と息子のマクシミリアン殿下を同一視していると思ったからです! それを指摘したら陛下が逆上されるので言えなかったんです!」
「だからそうではないと言っただろう!」
皇帝は一気に逆上した。いつものクラウディアならそんな状況で皇帝相手に対等に話すなどできなかったが、この時ばかりはそんなこと構っていられなかった。
「ではなぜそんなにムキになるのですか? 思い当る節があるからじゃないですか? 第一、ロジャー殿下がマクシミリアン殿下に害をなす理由がないじゃありませんか?」
「ロジャーは皇太子の地位が脅かされると思ったんだ。ぽっと出のマクシミリアンに勢力を拡大されるのが我慢ならなかったんだろう。別に皇太子の座を明け渡すわけでもないのに」
「そんなの当たり前じゃない! 今までロジャー殿下がどれだけ血の滲む思いで今の地位を築き上げたと思っているんですか! 親なのにそんなことも分からないの! 少しは息子のことを考えてあげなさいよ!」
「お前に何が分かる!」
皇帝の怒声が部屋中に響き渡った。並の人間ならそこでひるんで何も言えなくなっていただろう。
「陛下よりは分かりますわ。ロジャー殿下が悲壮な覚悟で皇太子の責務を担っていることも、それを隠して明るく振舞っていることも。それだけじゃありません。学院で虐められていたリリー様がご自身の力で立ち上がって学院改革を行っていることも。ティム殿下が先日7歳の誕生日を迎えられたことも。陛下はご自身の子供たちのことをどこまでご存じですか? 本当は先日の夕食会で皆さん陛下に報告したかったんですよ?」
クラウディアは泣きたい気持ちをぐっと抑えながら話した。どうしてみんなこんなに不器用なのだろう。皇帝もロジャーも相手の気持ちを思うほど心が通わなくなってしまう。リリーやティムだって親子の情を交わしたいと思っているのに、心は離れていくばかりだ。そうして皇帝は己を孤独に追いやってしまう。
「とにかくロジャー殿下は無実です。どうしてもと言うのならわたくしを捕まえて下さい。わたくしはロジャー殿下と一緒にマクシミリアン殿下をアッシャー帝国の勢力に引き入れないように計画したのですから。わたくしも同罪ですわ」
皇帝はクラウディアの気迫に気圧されていた。普通ならこんな小娘の戯言など一笑に付すはずだ。なぜそれができないのか自分でも分からなかった。
「それはできない。隣国からの客人である君を明確な根拠なく捕らえることはできない。第一動機がない」
「では、ロジャー殿下も明確な根拠はないはずです。どうか解放してください」
「ロジャーはオリガの親族と接触した証拠がある。君とは状況が違うんだ」
「オリガ夫人の親族が疑われた根拠は何なんですか?」
「ある臣下から証言を得た。情報の出所は言えない」
「では、マクシミリアン殿下がいなくなった時の情報を教えてください」
「いなくなったのが分かったのは朝の9時頃だったそうだ。その前に庭を散歩していたという目撃証言がある。ベッドには荒らされた様子がなく、部屋も散らかっていない。庭の植物が一部踏み荒らされている箇所があり、そこで誘拐されたものと思われる」
「犯人は殿下が外に出るのを知ってて、外で待ち伏せしていた感じですわね……」
気候が違うため、アッシャー帝国に生息する植物はマール王国のそれとは大分異なる。マクシミリアンならきっと興味津々で庭に出て観察したに違いない。でもマクシミリアンの植物好きを知っている人物なんて、アッシャー帝国にいるとは考えにくい。
(いや、一人いる……でもまさか)
でもあの人しかいない。それにもう一つ根拠があった。
「陛下。ある者の消息について尋ねたいのですがご協力願えますか? あと一人聴取したいものがいるのですが」
少ない手がかりの中勝負に出るのは余りに危険すぎた。しかし、彼女しか知りえないことが一つあった。それに賭けるしかない。
アンに起こされたクラウディアは窓に顔を向け、既に日が高くなっているのを確認した。あの後どうやって舞踏会会場から戻って来たのか記憶が曖昧だ。入浴して寝間着に着替えてベッドに入ったはずだが目が冴えて眠れなかった。ようやく明け方ごろ入眠して起きたらもう10時になっていた。
僕も男ですから。
急にマクシミリアンの言葉を思い出してかあーっと顔が熱くなり、布団の中でじたばたした。昨夜もその繰り返しでいつまでも寝付けなかった。やっぱり彼は影武者ではなかったのか。彼がそんなセリフを言う日が来るなんて予想できなかった。そんなことを言う人間ではなかったはずなのに。
(わたくしがいない間に一体殿下に何がありましたの? 確かに格好よくなられましたけど、前の可愛い殿下も好きでしたわよ!?)
色々考えた挙句、結局どちらも好きだという結論に達してクラウディアはまたじたばたした。やっと会えたのに、会ってお互いの気持ちを確認したら安心できると思っていたのに、心はなおも荒れ狂った海の中に放り込まれたままだ。恋とはこんなに心を消耗するものなのか。クラウディアは初めて思い知った。
着替えて1階に降りたクラウディアは遅い朝食を取り、まだ眠気が冷めなかったので、庭を散歩することにした。しばらく所在なげに庭をふらふら歩いているとロジャーと出くわした。
「お……おはようございます! ……ではなくてこんにちは……」
昨夜二人でいるところをロジャーにも見られていたことを思い出して、クラウディアは取り乱してしまった。皇帝よりも彼に見られたことの方が恥ずかしかった。
「おはよう……じゃなくて、こんにちは……こんなところで会うなんて奇遇だな……」
ロジャーもまた、気まずそうな態度だった。
「ごめん、今の嘘。本当はここにいれば会える気がしていた。直接訪ねるのも気が引けたんで」
クラウディアは視線を地面に落とした。彼に合わせる顔など持ち合わせていなかった。
「昨晩はお恥ずかしいところをお見せして申し訳ありませんでした。すっかりのぼせ上がってしまって作戦のことも忘れていました」
「それはいいんだ。やり方は違ったけど目的は達成されたから。陛下もマックスを自分の決めた令嬢と結婚させるのは難しいと悟っただろう。何より本人が拒絶したんだからな」
「皇帝陛下はお怒りになってませんか?」
「怒るも何も、毒気を抜かれたようだったよ。また余計なこと考えないうちにさっさと結婚した方がいいぞ」
クラウディアは顔がさあっと赤くなった。
「結婚なんて……急にそんな……」
「何言ってるんだ。陛下は抜け目ないぞ。油断しては駄目だ」
クラウディアはしばらく逡巡していたが、意を決して思っていたことを口にした。
「あの……昨日は本当にごめんなさい。あなたに一番見られたくなかった。あなたの気持ちを踏みにじる形になって申し訳なく思っています」
クラウディアはそう言うとロジャーに向かって頭を下げた。彼の誠意を裏切る形になったのが申し訳なかった。
「何も謝ることはないよ。策を弄するよりも、二人が愛し合っていると直接伝えれば簡単なことだったんだ。それが分かっていてもそうしたくなかったのは俺のエゴだ。結果的に落ち着くところに落ち着いてよかったと今は思っている」
「でも……」
「クラウディアは確かにいい女で手放すには惜しいけど、俺はマックスも好きなんだ。マックスが悲しむのはやはり見たくないし、二人が幸せになるならそれでいい。ま、完璧な俺が何で選ばれないんだって気持ちもあるけどな……最後のは冗談だって!」
クラウディアが再びうつむいてしまったのを見て、ロジャーは慌てて訂正した。
「わたくし、二人もの素敵な男性に愛されていたのね。大した人間じゃないのにもったいないわ」
クラウディアはそう言って、ロジャーに微笑みかけた。彼の気遣いが嬉しかった。
「という訳なんで、今後も変わらないお付き合いをしてくれると嬉しい。そうでないと俺の方が困るからな……」
二人は笑って別れた。すぐには難しいかもしれないが、マクシミリアンも含め友人としていい関係が築ければいいなと思った。
幾分心が軽くなり屋敷へ戻ったクラウディアだったが、そこへアンが息せき切って駆け寄ってきた。
「クラウディア様、どこに行ってらっしゃったんですか? ずっと探してたんですよ!」
いつも冷静なアンが取り乱している。クラウディアはこんな彼女を見るのは初めてだった。
「何なの? そんなに取り乱してあなたらしくない」
「先ほど報告があって、マクシミリアン殿下がいなくなったそうです!」
**********
気持ちが追い付かない。クラウディアは最初アンが何を言っているのか分からなかった。まとまらない頭で聞いたことをまとめると、朝いつまでも起きてこないので部屋を見に行ったらベッドがもぬけの殻だった、宮殿を封鎖して一斉捜索したがどこにも見当たらないとのことだった。
彼が自分からいなくなるなんて考えられない、となると……最悪の考えが脳裏をよぎり、クラウディアは血の気が引いた。
「まさか誘拐されたってこと? でも誰が何のために!?」
「落ち着いて下さい、まだ何も分かっていません」
やがて調査員がやって来てクラウディアも聴取されたが、当然何の手がかりもつかめなかった。昨夜のことがあったばかりなのに、マクシミリアンがクラウディアを置いていなくなるなんて考えられない。
昼過ぎになりアンが昼食を持ってきたが、食欲がわかず手を付けることはなかった。やきもきしてる間に夕方になり、更に悪い知らせが届いた。
「ロジャー殿下が容疑者として捕らわれたようです」
「何でロジャー殿下が? そんなのありえないわ!」
「実行犯としてオリガ夫人の親族が疑われたらしく、そのせいでオリガ夫人とティム殿下は蟄居を命じられています。ロジャー殿下はオリガ夫人とも親しく、最近国内視察に出かけた際、親族とも会ったそうなんです。そこでマクシミリアン殿下の誘拐について計画したのではないかと……それに、王宮内でも色々画策していたようです」
「その画策していた相手とはわたくしのことだわ! それならわたくしも捕らえられなきゃおかしいでしょ! もういい! 皇帝陛下に直接会ってきます!」
これ以上ただ待つなんてできなかった。クラウディアはずかずかと大股で歩き、皇帝のいる宮殿へ向かった。そしてすごい剣幕で皇帝に会わせろと臣下に凄んだ。
「どうした、ブルックハースト嬢? マクシミリアン殿下の手がかりでもあるのか?」
「ロジャー殿下を今すぐ釈放して下さい。彼は無実です」
「なぜ君にそれが分かる?」
皇帝の目つきが鋭くなったが、その程度でひるむクラウディアではなかった。
「ロジャー殿下が計画を練っていた相手とはわたくしだからです! ロジャー殿下は国内が混乱することを恐れて、マクシミリアン殿下をアッシャー帝国側に引き入れることを危惧しました。陛下に直接進言しても埒が明かないので秘密裏に行動したのです」
「なぜそんなことを秘密にする必要がある? やはり後ろ暗いところがあったからではないのか?」
「陛下が亡くなったシンシア妃と息子のマクシミリアン殿下を同一視していると思ったからです! それを指摘したら陛下が逆上されるので言えなかったんです!」
「だからそうではないと言っただろう!」
皇帝は一気に逆上した。いつものクラウディアならそんな状況で皇帝相手に対等に話すなどできなかったが、この時ばかりはそんなこと構っていられなかった。
「ではなぜそんなにムキになるのですか? 思い当る節があるからじゃないですか? 第一、ロジャー殿下がマクシミリアン殿下に害をなす理由がないじゃありませんか?」
「ロジャーは皇太子の地位が脅かされると思ったんだ。ぽっと出のマクシミリアンに勢力を拡大されるのが我慢ならなかったんだろう。別に皇太子の座を明け渡すわけでもないのに」
「そんなの当たり前じゃない! 今までロジャー殿下がどれだけ血の滲む思いで今の地位を築き上げたと思っているんですか! 親なのにそんなことも分からないの! 少しは息子のことを考えてあげなさいよ!」
「お前に何が分かる!」
皇帝の怒声が部屋中に響き渡った。並の人間ならそこでひるんで何も言えなくなっていただろう。
「陛下よりは分かりますわ。ロジャー殿下が悲壮な覚悟で皇太子の責務を担っていることも、それを隠して明るく振舞っていることも。それだけじゃありません。学院で虐められていたリリー様がご自身の力で立ち上がって学院改革を行っていることも。ティム殿下が先日7歳の誕生日を迎えられたことも。陛下はご自身の子供たちのことをどこまでご存じですか? 本当は先日の夕食会で皆さん陛下に報告したかったんですよ?」
クラウディアは泣きたい気持ちをぐっと抑えながら話した。どうしてみんなこんなに不器用なのだろう。皇帝もロジャーも相手の気持ちを思うほど心が通わなくなってしまう。リリーやティムだって親子の情を交わしたいと思っているのに、心は離れていくばかりだ。そうして皇帝は己を孤独に追いやってしまう。
「とにかくロジャー殿下は無実です。どうしてもと言うのならわたくしを捕まえて下さい。わたくしはロジャー殿下と一緒にマクシミリアン殿下をアッシャー帝国の勢力に引き入れないように計画したのですから。わたくしも同罪ですわ」
皇帝はクラウディアの気迫に気圧されていた。普通ならこんな小娘の戯言など一笑に付すはずだ。なぜそれができないのか自分でも分からなかった。
「それはできない。隣国からの客人である君を明確な根拠なく捕らえることはできない。第一動機がない」
「では、ロジャー殿下も明確な根拠はないはずです。どうか解放してください」
「ロジャーはオリガの親族と接触した証拠がある。君とは状況が違うんだ」
「オリガ夫人の親族が疑われた根拠は何なんですか?」
「ある臣下から証言を得た。情報の出所は言えない」
「では、マクシミリアン殿下がいなくなった時の情報を教えてください」
「いなくなったのが分かったのは朝の9時頃だったそうだ。その前に庭を散歩していたという目撃証言がある。ベッドには荒らされた様子がなく、部屋も散らかっていない。庭の植物が一部踏み荒らされている箇所があり、そこで誘拐されたものと思われる」
「犯人は殿下が外に出るのを知ってて、外で待ち伏せしていた感じですわね……」
気候が違うため、アッシャー帝国に生息する植物はマール王国のそれとは大分異なる。マクシミリアンならきっと興味津々で庭に出て観察したに違いない。でもマクシミリアンの植物好きを知っている人物なんて、アッシャー帝国にいるとは考えにくい。
(いや、一人いる……でもまさか)
でもあの人しかいない。それにもう一つ根拠があった。
「陛下。ある者の消息について尋ねたいのですがご協力願えますか? あと一人聴取したいものがいるのですが」
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