【番外編完結】婚約破棄された令嬢は忘れられた王子に拾われる

雑食ハラミ

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5.外伝

外伝① ロジャーの結婚10

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ロジャーと会わないうちに期限の半年が過ぎてしまった。皇太子妃教育は続いており、定期的に王宮に通ってはいるが、今までなら何かと理由を付けてロジャーが顔を出していたのにそれもなくなった。契約終了ならその前に話し合いをするものだと思っていたが、これでは手も足も出ない。宙ぶらりんの状態のまま、レティシアは王宮に通う日々が続いた。

しかし、このままではいられないと向こうも思ったのだろう。ある日自宅にロジャーから封書が届いた。中身は二人の間で交わされた偽装婚約の契約書と、婚約破棄の書類だった。そして手紙が同封されており、婚約破棄の書類にサインをしてほしい旨が書かれていた。また、婚約破棄の理由も記されていたが、事実からかけ離れており承服しかねる内容だった。

(書類一枚で全てを終わりにする気? 何の話し合いもなしに!? こんなの私が納得するとでも思ったの?)

そもそも自分に落ち度があったとは思っていない。向こうが勝手に心を閉ざしただけだ。それなのにこの仕打ちは何なのだ。皇太子様か何様か知らないが余りにもひどい。こうなったら王宮に押しかけて絶対に会ってやる。

王宮に問い合わせをしたら、ロジャーは地方の視察に出かけておりしばらく戻って来ないとのことだった。全て計算づくとしか思えない。更に1週間待たなければならなかった。待っている間が永遠のように感じられた。

ようやくロジャーが帰って来たと報告を受けた。レティシアは送られてきた封書を持参して王宮に向かった。この日は、皇太子妃教育はなかったのでなぜ来たのか? という目で見られたがどうでもよかった。とにかくロジャーに会わなければならない。

取次ぎを頼んだが2時間も待たされた。いきなり来たのだからどれだけ待たされても文句は言えないが、以前は特別な用事がなくても茶々を入れに来たのと比べたら落差が大きすぎた。

やっとロジャーが現れたが、何の挨拶もなくレティシアを冷たく一瞥しただけだった。まるで別人のようだ。

「手紙を送ったはずだ。書かれた通りにすればそれで十分なのだが、分からないことでもあったのか?」

表情も声色も氷のように冷たかったが、こちらも覚悟を決めて来たのだからひるむわけにはいかなかった。レティシアは腹に力を込めて口を開いた。

「あれで納得するとでも思ったの? 直接会って話もせずに書類一枚で済ませられるとでも?」

「最初から半年限りの関係であることは決まっていたじゃないか。これ以上何を話し合うんだ?」

「あなたが浮気をしたから私の方から婚約破棄を切り出したってどういうことよ? そんな事実ないでしょ? 私に嘘を言えってこと?」

「嘘も何も、この婚約こそが大きな嘘じゃないか。今更そんな小さなことにこだわるのか?」

ロジャーに痛いところを突かれて言葉が詰まったが、必死に反論の言葉を考えた。

「私の方から振る形とは言え、あなたに無実の罪を着せるのは本意じゃないわ。ただでさえ今のあなたは傷ついているのにこれ以上不名誉を被せるなんて——」

「今更善人ぶるな!」

突然ロジャーが声を上げたのでレティシアは身体をびくっと震わせた。

「最初から半年だけの関係なのは決まってたじゃないか! それなのに俺の人生に介入したがって一体何がしたいんだ? 爪痕だけ残して責任も取らずにいなくなるのは偽善者のやることだ。だったら最初から会わなければよかった!」

レティシアはショックの余り、身体ががくがく震えた。ロジャーの真意が分からない。じゃあどうしろと言うのか。自分は皇太子妃の器ではない。彼にはもっとふさわしい女性がいるはずだから、自分はおとなしく身を引くべきなのだ。それこそが彼のためだと思っていた。それなのにここまで罵倒される言われはない。怒りと悔しさで涙がこみあげてきたが、泣くのを見られるのは癪に障った。絶対に泣いてやるもんか。

レティシアは突然立ち上がると、婚約破棄の書類をビリビリと破って床に捨てた。

「あなたこそふざけないでよ! こんな紙きれ一枚で終わりにするなんて私をバカにするのもいい加減にして! とにかくこんな形で別れるなんて絶対に嫌ですからね! 皇太子殿下といえども人を簡単に操縦できると思わないで。顔洗って出直してきなさい!」

今度はロジャーが目を白黒させる番だった。

「じゃあ一体どうしたいんだよ! 別れるのか別れないのかどっちなんだ!?」

「さあ? 私にも分からない。あなたみたいな分からず屋こっちからごめんだけど、少しは人の気持ちを考えて! どうしてもっと穏便な方法を取れないの?」

ロジャーはしばらく考えていたが、重々しく口を開いた。

「つまり……手切れ金のことか?」

パーンと平手打ちの音が部屋に響いた。皇太子に平手打ちなんてとんでもないことを、とすぐに我に返って青ざめたが、ロジャーはうつむいたまま何も言わなかった。レティシアは恐怖で震えながらすぐに謝罪の言葉を口にしたが、何も反応がないのを見て駆け足で部屋を飛び出して行った。

**********

皇太子殿下と婚約者が不仲という噂はあっという間に世間に広まった。レティシアが皇太子妃教育を休むようになり、それまで一緒に参加していた公式行事も出なくなり、誰の目にも二人の関係に変化があったことは明らかだった。家には連日新聞記者が押し寄せ、レティシアから事の真相を聞こうとしたが、彼女は自分の部屋にこもりきりで、家から出ようとしなかった。

「ねえ、レティ。これは一体どういうことなの? まさか結婚が駄目になるとか、そんなことはないでしょうね!?」

「レティ姉さま、私まで色々聞かれるんだけど、本当に何があったの? 教えてよ!」

「もしかして私また社交界デビューが遠のくの? お願いそれだけはやめて!」

母や妹たちは、レティシアの部屋の前まで来て口々にそれぞれの思いを主張したが、レティシアは部屋の鍵を閉めて全て無視した。本当のことなんてとても言えない。かと言って、ロジャーが用意した嘘の理由はもっと言えない。どうしたらいいか分からず、貝のように口を閉ざすことしかできなかった。

「お前たちいい加減にしろ! レティが迷惑してるだろ!」

そこへ割って入ったのは、意外にも父だった。

「男と女の間には色々あるってもんだ。そんなにレティを問い詰めたら可哀想だろ。今はそっとしといてやれ」

まさか父がそんな気遣いをできる人だとは思わなかった。レティシアはドアを開けて父にお礼を言いたくなったが、それだと母や妹たちとも鉢合わせてしまうので躊躇した。代わりに、後で必ず父のところへ行こうと心に決めた。

それでも、どうしても外出しなければならない用事が一つあった。学校がついに完成したのだ。メラニーがやっていた財務処理を外注に回し、教員の採用や学校運営のやり方についても一通りの目途を付けた。この日はオープンセレモニーが行われることになっていた。レティシアは使用人に協力してもらって、誰にも気づかれないように裏口から外へ出て学校へ向かった。

セレモニーには既に他のメンバーたちが揃っていた。メラニーはレティシアが姿を現したのを見ると意外そうに声をかけた。

「レティシア。あなたがくるとは思わなかったわ。最近色々大変みたいだし」

「このごろずっと顔を出せなくてごめんなさい。ただオープンセレモニーだけはどうしても出たくて無理して来たの。ここにも新聞記者が来なかった?」

「来たけど謝る必要はないわよ。逆にいい宣伝にもなったの。向こうはあなたのスキャンダル目当てで来たんだろうけど、我々のやっている事業を説明してやったから」

それならよかった。あちこちに迷惑をかけている自覚はあるので、逆に利用してやったと言われた方が嬉しかった。

「ねえ、こないだはあんなこと言ってしまったけど、考えてみればあなたが婚約してくれたお陰で寄付が前より集まりやすくなったの。お金がないと何もできないからこれは大事なことだわ。こないだのことは水に流してまた一緒にやっていきましょうよ」

結局は金なのかとレティシアは内心苦笑した。結局自分にはそれしか価値がないと言われたも同然だが、本当なのだから仕方がない。しかし、レティシアの方は、同じ付き合いができるとはもう思わなかった。実際に婚約破棄してただのレティシアに戻ったとしても、二人の関係性は既に壊れた後で元には戻らない。価値観や方向性が違うと分かってしまった以上、メラニーとは距離を置くべきだと思った。今日はそれを告げるために来た。自分の心にけじめを付けるためにセレモニーに参加しようと思ったのだ。

「申し訳ないけど、私はしばらくこの事業から手を引くわ。学校が完成した後もきちんと運営されるのを見届けたい気持ちはあるけど、一通りの道筋はつけたから何とかなると思う。あとはみんなで頑張って。無責任でごめんなさい」

レティシアはそれだけ言うと、他の者が何か言おうとするのも聞かずその場を去った。それぞれ様々な経験をして、レティシアもメラニーも変わってしまったのだ。大人になるというのはこういうことなのかと、レティシアは漠然と考えた。この寂しさと孤独に耐えるのが大人であると子供の頃は思いもしなかった。

家に帰ると、メイドが緊張した面持ちで、レティシアのところに駆け寄り報告をした。

「あの、お客様がお見えです。レティシア様にお会いしたいと。客間でお待ちになっております」

誰にも取り次がないように頼んでいたはずだが、断り切れないほどの人物がやって来たのだろうか。まさかロジャーが? と思って、レティシアは反射的に身をこわばらせた。

「どなたがいらしたの?」

「え、えっと、ロジャー殿下の妹君のリリー様でございます」

リリーが!? ロジャーほどではないがそれでも十分な衝撃だった。レティシアは用意ができ次第すぐに伺いますと言付けをしてからすぐに準備をして客間に向かった。
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