加護を失った青薔薇の聖女は悪魔将軍に溺愛される【R18】

雑食ハラミ

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第20話 番外編 ダミアン視点①

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 ここからヒーロー視点の番外編となります。①②は前日譚、③④はヒロインとの初めての行為のヒーロー視点となります。




 異民族の少年は、少女と別れた後、どうやって仲間のいるところに戻ったか覚えていなかった。気づくと、一輪の青薔薇を手にしたまま、魔法にかかったかのように呆然と、見覚えのある場所に立ち尽くしていた。

「ダミアン、どこ行ってたの? またお兄さんに叱られるよ?」

 この時気づいてくれたのが母でよかったとつくづく思う。もし、父や兄たちに青薔薇を持っていることがバレたら、あっという間に取られていただろう。

「これ、伝説の青薔薇じゃないの! どうしてあなたが持ってるの?」

「ここのお嬢様に貰った。そんなにすごいものなの?」

「すごいどころか……これ一輪で私たちが一年遊んで暮らせるくらいの価値はあるわ。この辺に青薔薇の聖女がいるとは聞いてたけど、まさかここのお嬢様だったとは……」

「これどうしたらいい?」

 大家族が一年遊んで暮らせるという青薔薇を気軽にくれたセシリアという少女が恐ろしく思える。母は、じっと青薔薇に目を凝らしたまま、噛み締めるように言った。

「花びらを一枚ずつ剥がして乾燥させなさい。ポプリのように。乾いたら小瓶に入れて肌身離さず持つのよ。絶対に誰にも見せては駄目。お前の財産なんだから自分で守り切ること。いいね?」

「そんなにすごいものなの?」

「たった一枚でも瀕死の重傷を治す効果があると言われているの。本来、私たちのような者には一生かかっても手に入らない。それをお前が手に入れたということはこれ以上ない幸運よ。よく考えて、必要な時に使いなさい。お前の人生のために」

 母の真剣な口調に、ダミアンは黙って頷くことしかできなかった。自分の人生のために青薔薇を使うことを許してくれた母に感謝してもしきれない。横暴な家族の中でも母だけはいつも彼の味方だった。

 その母はダミアンが15の時に亡くなり、留まる理由のなくなった彼は、生きる場所を求めて旅芸人一座から逃げ出した。しかし、見た目からして違う異民族の少年を雇ってくれるところなんてどこもない。行く当てもないまま、路上でその日暮らしをしていたが、そんな生活も限界にさしかかったある日、裕福な商家の主人が暴漢に襲われているところを助けたのがきっかけで下働きの職を得ることができた。地頭がよく、どんな仕事も嫌な顔せずにこなすうち、主人に認められるようになり順調に出世する。仕事の傍ら学ぶ機会も与えられ、生きる技術と知恵はこの時期に身につけた。

 そんな中でも、小瓶に入れた青薔薇の花びらは、誰にも見せず肌身離さず持っていた。母の教えを忠実に守っているうちに、いつしか彼のお守りになっていた。これを失ったら自分の命も消えてしまうような、そんな感覚を覚えるようになったのだ。

 成長するに従って、いつしか、青薔薇に一度だけ出会った少女を重ね合わせるようになった。仕事で嫌なことがあった時、理不尽な思いをした時、気づくと青薔薇の入った小瓶を握りしめる癖がついていた。

 無邪気な少女がこんな不思議なものを作り出すなんて。本人は何も鼻にかけることなく天真爛漫そのものだった。もう二度と会えるとは思えないが、死ぬ前にせめて一目だけでも会うことが叶うなら。青年になったダミアンの中で、青薔薇の聖女は、女神のような神聖な存在に膨れ上がった。

 そんな漠然とした願望を持ちながらも、このままぼんやりと生きて死んでいくのだろうかと考えるようになった20代に第二の転機が訪れる。彼を取り立ててくれた主人が、その土地の領主に殺されたのだ。

 この国は王政を取っているが、中央政府の権限は地方まで至らず、各地に点在する領主がその領地の統治する地方分権制が発達していた。その結果、領主の政治力でその土地の運命は大きく変わる。ダミアンが仕えていた主人は、領民を代表して税制を下げる交渉に出向いたが、話し合いが決裂して惨殺されたのだ。

 もちろん、領民たちは、領主の横暴に屈することはなかった。この時代には、庶民も力を付けつつあり、領主の一方的な統治に反抗する者も出てきた。

 こんな時に雇われるのが傭兵集団である。あぶれ者たちを吸収して、訓練を積ませ兵士として育成することで拡大した傭兵団は、金銭と引き換えに戦を請け負い、領主を打ち負かすこともあった。この時も、殺された主人の敵討ちのために傭兵団が雇われたのだ。

 ダミアンは、慣れ親しんだ街が戦場と化すのを目の当たりにした。日常が非日常に変わり、平和を叫びながら簡単に手を汚す。こんな生き方があったなんて夢にも思わなかった。

 それよりもっと驚いたのは、我が物顔で圧政を敷いていた領主が、傭兵団の武力の前にあっけなく敗北したことだった。これは、ダミアンにとって天地がひっくり返るほどの衝撃だった。まさか、権力の移譲が現実に起きるなんて。雲の上の人はずっと手が届かないまま、自分のような人間は一生泥水をすするのが当然と思っていた。それが覆されるとは。

 ダミアンは、何かに取り憑かれたようにふらふらした足取りで、領主の生首を掲げる返り血まみれの傭兵団長に近づいた。

「あの……俺も仲間に入れてください。下働きからなんだってします。どうか一緒に連れて行ってください!」
「何だ? おめえ、殺された主人に可愛がられた丁稚じゃねえか。ここで街の再建をしなくていいのか?」
「恩人はもうこの世にいません。もうここには俺の居場所はない。どうかお願いします。傭兵にしてください」

 ダミアンは必死の形相で団長にすがりついた。この時彼の脳裏にあったのは、青薔薇の聖女の姿だった。下剋上という手を使えば彼女に会うことができる。傭兵団の中で出世できれば、自分が軍を操ることも可能だろう。彼女の領地に潜り込んで工作すれば、万に一つでもチャンスが――。

 馬鹿げた考えなのは百も承知している。だが、恩人を失って生きる意味を失った彼には、これしかすがるものがなかった。生きる意味がなくなったら、ふらっと死ぬ方を選んでしまう、そんな激しい性根を自分が持っていることは薄々勘付いていた。生きるためには、常に意味がないといけないのだ。

 
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