東京・キッズ

ユキトヒカリ

文字の大きさ
4 / 18
ショート・ショート

気楽に誘ったら〆切はいつだとダチはチョー睨んできました(涙目)

しおりを挟む
「なぁ、なぁ。なぁー。アンジュちゃん!」


 私室に割り入る御曹司は、今日もご機嫌に執事の背に絡まる。
 執事は「重い。あと、杏珠アンジュは構わねえが『ちゃん』をつけるな。何回言わせる、バカどらやろう!」と突き離す。
 しかし御曹司はメゲずに背に絡まる。

「じゃあ、おまえも俺を名前で呼んでくれよ、アンジュぅ」
「ああ気持ち悪い猫なで声を出しやがって。わかったよ、邑治ゆうじ。ほら、名前で呼ぶから離れてくれ」

 しかして離れぬ御曹司。

「わーーい、名前を呼んだ、呼んだ! アンジュちゃん可愛い!!」
「っつうか、『ちゃん』付けで呼ぶんじゃねぇ。本題は何だ、どんなくだらねえハナシだよ? バカどら邑治」
「ア、アンジュちゃーん……。ねぇ、呼ぶなら『バカ』と『どら』、どっちかに絞ってくんない?」
「テメェのウザさを表すキャッチコピー候補から選びに選んだ大賞および、準大賞が“バカどら”だ。わりいが、これ以上は絞りこめねえ」
「ははは……。厳選した結果がソレなら、3位以下は……」
「聞きたいか?」
「いや、いい。あはははは~……」

 ようやく身を離し、邑治は近場のデスクチェアを引く。真顔で正座した。
 やや面喰らう杏珠。

「なんでえ、かしこまりすぎても気持ちわりい」
「ムズカシイ話だから姿勢を直したんだ。あ、あの。アンジュ、おまえ、エンリョー文化賞。知ってる?」

 小首を傾げる杏珠。視線は変わらず、けだるげだ。

焔梁えんりょう文化賞? はん。世の文化人の登竜門。物書き連中の頂点を競うコンテストだろう」
「うわ。さすが……」
「つうか、あの賞の名を知らねえ日本人はテメェだけだよ、バカどら」
「……っ、ッ、き、決めつけんなよ! それぐらい邑治さまも知ってる!!」
「ほほぉ。じゃあ、真志葉ましばセンリが新人賞を捕った時の作品名は?」
「え?……、…………」
「はん。咄嗟にデタラメのタイトルを吹く脳みそも無いのかよ。やっぱりバカだな。日本一のバカどらピコ耳やろうめ」
「バカバカどらどら言うなぁ! ピコ耳も言うなぁ!! チクショー!!!!!」
「ピコ耳をピコ耳っつって何がわりいんだよ。ちなみに、

 据えた眼差しで手にしたデジタル機器の画面を晒す。青空書籍、と記された画面を杏珠は指差した。

「ちなみに、ご覧の通り。真志葉の賞タイトルは『荒野こうや』だ。ああ、いまも抜かす側から耳がピコピコ動いてる。至近距離だと倍にウゼぇ。止めやがれ。蹴るぜ」
「ふえ……ふぇえ……」
「鳴き出す気か。百倍にウゼぇ。鳴いたなら猫背と腹と尻を蹴り跳ばす」
「うげぇ! ヤだ! ほ、ほらっ! 鳴いてねーよ!? 泣くわけねー! 邑治さまは日本で2番目に強いんだ!!」 
「1番目は誰だ? と問いてえところだが、焔梁文化賞がどうたら、のハナシに戻す。ネタ元は、俺のタブレットかい。バカどら」
「う? うんっ!! や~、このパソコン、スゲーなぁ! チョー薄いのに、インターネットが出来るなんてさぁー!!」
「あまり遊ぶんじゃねぇ。こいつは俺の仕事道具。挙げ句、まだ試作機の段階なんだぜ」
「遊んだっていーだろ! 作ってんのはウチ(白鷺しらさぎ)の会社じゃん!」
「やれやれ。駄々を捏ねさせたら確かに国内で3位圏だな、テメェは」
「アンジュちゃんもだ。『お説教コンテスト』があったなら、国内どころか世界一だよ!……あぁ、コンテスト、コンテスト。なぁ、このエッセイ部門って、年齢別に募集してるんだな。俺、20代の部でチャレンジってみよーかなぁ」

 杏珠の目線は、いよいよ呆れと嘲りに満ちてゆく。

「は? テメェが? ぼんくら・お子様・ボキャ貧のテメェが? 文章? はん。本日は何だ、4月1日だったかい」
「エイプリルじゃねー! マジ、マジ。なぁアンジュちゃん、いっしょに投稿しよーよぉ」
「それこそエイプリル・フールだぜ。なんで俺も付き合う? 恥なら単独で晒してきやがれ」
「おまえは恥になんないだろ! 東郢とうえい大トップ合格の文学派じゃねーか!」
「まあ、確かに読書家は自負しているが」
「渋らねーで、投稿しよーよぉ。一人じゃ心細い。アンジュちゃ~ん」
「すりよるな。ウゼぇ」
「入賞したらキサトさんに自慢したいんだよぉ」

 ここで杏珠は、こめかみにも皺をよせた。

「……『キサト』だあ? おい。なぜ、ヤツの名が出る」
「う゛っ。相変わらずおまえ、キサトさんには厳しい反応だなぁ。いつになく睨んでくる……」
「キサト。通称『金鉄傘(きんてっせん)の風』。ずる賢いやろうとは承知していたが、奴は読書が好きなのかい」
「『ずる賢い』って……。ははは……。うん、キサトさんは、スゲー博識な人だよ。てゆーかね、焔梁文化賞で書いた経験があるらしいんだ!」
「なにぃ!?」
「うひぃ!! 耳元だぜ! 声、でかっ!!!!」
「ふざけろ、出任せを! やはりテメェはバカだ。そんなデマを本気にし、『わぁあ。キサトさん、かっこいい、ステキ』かよ。スペシャルにどらバカだ!! ああ畜生め、救いようがねえ!!!!!」
「だぁーっ! だから至近距離で怒るな! 俺の耳にはチョー痛いってば!」

 退く邑治とは対照的だ、杏珠は眼を見開き、意気を整える。そうして、ぐっ、と目線を上げた。

「〆切は、いつだ、邑治」
「へ?」
「参加する。締め切りは、いつだ。邑治」
「な……なんか、スゲー殺気を感じんだけど……まぁ、いっか。ええと、期限は3ヶ月後……。テーマは『父』だって」

 杏珠は手元の画面に指を走らせる。

「はん。文字数は400字詰め原稿用紙8枚以内か」
「がんばるぞー。そうだ。チョー短文にしよう! 珍しさで審査員のハートをくすぐるかも!!」
「あえて短くしなくとも、テメェは千文字もいけずに挫折するだろうさ」
「ぐっ……ムカつく!! チクショー、ダークホースのチカラなめんなよ、アンジュちゃん!!」
「はん。大穴なんざ賭けの対象にならねえ」
「じゃあ賞を捕れたら、ごほうび! チューしてくれ!」
「はぁあ? おい、ふざけろ、どらバカ。っつうか、あり得ねえ。テメェが文学で賞なんざ、とうてい無理難題……「いーから! ごほうびに、チュー! ハグも!!」
「賞品が追加されてるぞ」
「副賞だよ♪」
「はぁ……。どうしようもなくエロい脳みそだ。テーマが官能だったなら間違いなく宇宙一だよ、テメェは……」


 軽々しく引き受けた背は、邑治が室内を出て独りになった瞬間、崩折れた。ベッドの脚に背を寄りかからせる。

「よりにもよって、題目が父親か」

 あれを失ったのは、四半世紀も前だ。いいや、捨てられた、が正しい表記なのか。

「思い出したくもねえ。俺を捨てたやつなど。国など」

 タブレットが震えた。手に取る。

「とうさん」

 もしもし、おとうさん、なんですか。お元気ですか? 独白と裏腹なやりとりをメール上で繰り返し、杏珠は息をつく。

ひのえとうさん、元気そうだ。庚衣かのえかあさんも」

 けれど。と、杏珠は頭を膝に抱えた。

「けれど、丙さん。庚衣さん。すまない。優しい優しいあんたたちは。けれども、俺の本当の親じゃないんだ」

 無機質な部屋で途方に暮れる。白鷺邑治。ナチュラルに恐ろしい課題を投げてきやがって。テメェには易い件かもしれないが、俺には難題なんだぜ。
ゆらり、起き上がり、下がるサンドバッグに拳を突いた。





了.

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...