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短編
宵闇の扉 ① マヌル猫の襲来
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しまった、しくじった、と思ったが、遅い。いちど口から滑らせた言葉は、放った当人など早々に忘れて独り歩きしだす。
「キサトさん! 俺もエンリョーの賞に応募しようと思うんだ!」
「えっ」
「エンリョーで書いたことがあるあなたが読んだら爆笑するほどヘタかもしれねーけど。エイミ執筆中!」
それを言うなら『鋭意』ですユージ、と表面上は冷静に突っ込むが、その心の内は後悔で渦巻く。しまった、しくじった、
「ところでキサトさんて、いつ、どの部門で書いたことあるの? ほら、本名がわかんねーからさぁ」
(しくじりました……! この僕としたことが、こうなる予測が出来なかったとは!)
【宵闇の扉 ① マヌル猫の襲来】
舎弟・ユージこと白鷺邑治、かれとダベるは、常日頃から通う馴染みの喫茶室だ。邑治にとっては別段、いつもと変わらぬルーティン。しかし、党元の親・キサトにとっては絶体絶命になりかねぬ非常事態である。
(ああ、もう、迂闊に口を滑らせた先日の僕のノドを僕は突いてやりたい!)
コーヒーを啜り返答を待つ邑治から、かれは微妙に目線を逸らす。そうだ、あのときは夜だった。愛車を走らせる儀礼を終え、わたしはかれと交わした、取り止めのない雑談を。ただし、あのときの盃の中はアルコールだった。わたしは下戸なのに、少々、注がれたままに素直に飲み過ぎた。おかげで、単なる雑談に重要項目を盛りこんでしまったのだ。そう、それは、
「それとも実はキサトさんて、アマチュア部門じゃなくプロのライターだったり?」
それは、本名。実名。身元。その特定となるヒントーー
(どうする、どうしましょうか、僕? もちろん『ハイ僕は日野数李です』とは噴けません。しかし他の誰かの名を語っても嘘はすぐバレる、白鷺邑治の実家はトンでもない情報網をもってます、あああ……名案よ飛来しろ、ハレー彗星の如き名案よ、奇跡よ! 頼みます! 飛来してーー!!)
「お客様、お客様。御歓談中、すみません」
なんと、まさに奇跡である。祈ったと同時に、声がかかり、肘を置くテーブルの上には紙がスッと差し込まれた。
「えっ、ハイ!?」
「ちょ、オイオイ、なんだよ? いきなり失礼なヤツだな! なんの用? このペラいチラシ、なに!?」
「これこれ、ユージ、そう乱暴に返しては相手が怯えてしまいます! 貴方はコワモテなのだから」
諌めながらキサト、もとい、数李は心で歓声を挙げた。おお、ジーザス! 感謝いたします、倶利伽羅!と、崇める神と実家の不動明王の名を連呼する。
(ありがとうございます、謎のチラシ配りさん)
声掛けの主を見やる。年若い少年のようだ。感謝の笑顔を咲かせたいほどありがたい。しかし、表面上はクールに徹さねば。わたしは手前の舎弟の兄貴分なのだから。「あなたも席は選んだほうがいい。僕と彼は雷砲党のトップなのですよ」と、静かに諭してやる。
だが、相手の反応は意外なものだった。
「らいほうとう? それは社会からハミ出たバテレンどものチームだろ。俺はそんな不良なんかに怯えたりしない」
とんだ毒舌である。少年は言い切ると、ふん、と鼻を鳴らしてみせた。
「おやおや、威勢のいい」
「つーか、ナマイキ!! オイ、おまえどこの高校!? それとも大学!?」
割りいる邑治にも少年は些かも怯まない。一瞥し、「ふん。なんだい不良め」と冷ややかな眼差しで睨み射る。
「なぜ俺の学校を尋ねるのさ。さては校門にバイクで乗り込み、旗を掲げて襲おうってのか?」
本当に威勢が良い。チラシ配りの少年は小脇に抱えし荷物を空いたテーブルに置き、自由になった手で刀を構えた。
「もしそうならその前に、ココで俺が潰してやる」
口振りが牽制に過ぎないことを数李は直ぐに見抜く。なんだとこのヤロ、と息巻く舎弟の立ち上がる身体の、腹の前に腕を伸ばし留めた。
「ちょ、キサトさん!」
「落ち着きなさい。まだトワイライトです。僕たちカミナリ族の時間ではありません」
「ダメッすよ、こんなナマを許しちゃ! このガキ、ガッコで『雷砲党が関東イチ強い? ケケケ、ビリっけつから1番の間違いさ』とか噴きますよきっと!!」
「Sit、よしてくれよ不良、俺はそんな変な笑い方しない」
けれどソーリー、と続けてきた。
「Sorry、俺が確かに無礼だね。いまは不良を成敗したい正義のハートは抑え、任務を遂行しなくちゃだ」
謝ってるつもり、らしい。いや、だから、それなら素直に謝れよ、『不良を成敗』とか余計な付け足しするな、と邑治は呆れ混じりにやり返す。
「任務って、このペラいチラシ配り!?」
「さっきからチラシチラシと。よく見ろ、4枚綴りだ」
言われて数李は紙の端を摘まみ持つ。成る程、ホチキスの中綴じの、いちおう、立派な冊子だ。
「手作りにしては中々、グレードの高い印刷物ですね」
「そりゃそうさ、俺の先生んちのプリンターは最新鋭のやつなんだ」
「へ!? プリンタって、パソコンと同期で使うコピー機? なにおまえの雇用主、なにセンセイ? 写真家?」
なぜ写真家と尋ねたかは想像に易い。数李のもった印象の通り、この冊子、表紙も中身も非常に鮮明かつ、繊細な見栄えだ。ここまでのものを創るなら相当に画にこだわる御仁に違いない、と邑治は考えたのだ。
「写真家ならさぁ、俺のスキな女優とか映画スターとか撮ったりしてない?」
そう妄想したらば、急に彼はフレンドリーな態度となる。
「あー、なんなら隣に座れよ! いちごみるくパフェ奢っちゃるから!」
「おまけに買収までするのですか。やれやれ、相変わらず猫のように態度が急変しますね君は」
苦笑まじりな数季に「ちょ。ネコって言ーなよキサトさん!」と邑治は全否定を試みる。
するとチラシ少年は腕組みし、「そうだぞ、ぬこのようだと言われてるのは俺の方だ」と馬鹿真面目に応えきった。
「はー? そこ、張りあうとこ!? あと、おま、ネコっつわれて嬉しーの!? 変わってる!!」
「ほかのやつに言われたなら嫌だが、先生なら構わない」
「それ! だから何をやってるセンセなの?」
「ノベライズです、ユージ」
数李は冊子のページを開き、作品と著者が描かれた箇所を指差した。
「しかも、ちょう大物ではありませんか。びっくりです」
邑治は示された箇所を目で追い、音読した。
「大物……なの? たんのじん? 俺、国語はケッコー真面目にベンキョしてたけど、あんまし知らねーなぁ」
「でしょうね。彼の作品は教科書には載ってない。しかし、ニギノハカ、というフレーズは聴いた覚えはありませんか」
「あー、なんとなく……って、これ、ニギノハカって読むの?」
「聴こえてるだろ、不良」
「ああ!? オイおまえ、マジ言いかた悪すぎ!!」
「聴こえてるだろ」
店内の上を指差すから邑治も数李も辺りを見回した。有線放送が流れるステレオを眺め、悟る。
「ヒットソングですよね」
「レモンスカッシュガールズのオープニング! おまえのセンセ、あのドラマの監督!?」
なら、サイン、サイン! と肩を寄せる邑治。チラシ少年は「馴れ馴れしいやつだな!」と煙たがる。
「監督じゃない、原作者だ」
「へ? 原作、あったの?」
「お前、ドラマのクレジットまともに観てないな? ちゃんと作者名は出てる」
「そうですか、レモガルも手掛けてらっしゃいましたか仭御大。なかなかに守備範囲がお広い」
数李は、ひとり、冷静だ。片手でティーカップの端を摘み、もう片手の指先は冊子をゆるやかに捲る。
「今までの作品の紹介だけではない。このラスト2ページの短文は、よりぬき記事でしょうか?」
「いや、新作のショートショートさ」
「それは福音だ。仭先生、体調が回復されたのですね」
「どーゆうことキサトさん。そのエラいやつ、入院でもしてたの」
「入院か通院かは存じあげてませんが、眼の御病気で各連載をストップされてるのですよ」
ねえ、アシスタントなあなた、と数李は向き直り、微笑んだ。サングラス越しだが柔和な雰囲気は十二分に伝わる。邑治は「いーなぁ、俺にもそのビューティフルスマイル向けてくださいよぉ!」とボヤいた。
「ねえアシスタントなあなた。この配布は、丹野仭先生復帰への布石なのでしょうか?」
しかし問われた側は曖昧に笑い返すだけだった。
「復帰、か。だったら俺も嬉しいけど」
数李は悟った。この配布の裏にある事情は、喜ばしいものではない。
「出過ぎた物言い、すいませんでした」
「ぜんぜん。だって、さっきから聞いてたら。きさと、だっけ。あなた、仭先生のファンなんだろ。彼の作品が好きなひとに会えたのは凄く嬉しいから」
それとも、文学が好きなの? とも続けるので、はっ、と、数李は我に返った。その話題はよせ、若者よ、と繋げたくなる。
「いえ、その、僕は……」
「そーだぜ! キサトさんはエンリョーに書いたことがあるんだ、ニギノハカぐらいダチに決まってる!」
「ひっ」
ひいぃ、なんてこと抜かすんですかこの暗黒物質! と叫びたくもなった。出来ないが。
「仭先生とダチ、だと……?」
疑念の目線と共に翳された。「あなたの名、ペンネームは」と。
数李は機転を走らせた。あなたの御名前は? と。
「学舎の名称もお願いいたします」
「……もしかして、それは脅しか?」
「フッ、察しのいい子で助かります。さぁ、ならば騙りはお開き。君はこのまま、お引き取り下さい」
互いの密談の意味が解せず、邑治は戸惑う。
「マテマテ、待ってくれよキサトさん! こいつが偉いセンセの手下であなたがダチなら、俺が書くエッセイの入賞にイロ貸してとかお願いしなきゃだろ!」
惑いながらもアピールは忘れない。そんな間抜けさに二人は冷ややかな視線を投げる。
「そもそも僕は丹野御大と友達などと言ってません」
「つうか、ピコ耳、お前みたいな脳みそ筋肉な奴がエッセイ部門に来るのかよ。ハッ、審査員泣かせだ。いや、爆笑かな」
うーわー、自分で自分をサゲるぶんにはいいけど他人、しかも初対面のクソガキから詰られるのマジむかつくんだけど!! みたびいきり立つ舎弟を胴元は「どうどう、どうどう」と宥めるのであった。
『続く』
「キサトさん! 俺もエンリョーの賞に応募しようと思うんだ!」
「えっ」
「エンリョーで書いたことがあるあなたが読んだら爆笑するほどヘタかもしれねーけど。エイミ執筆中!」
それを言うなら『鋭意』ですユージ、と表面上は冷静に突っ込むが、その心の内は後悔で渦巻く。しまった、しくじった、
「ところでキサトさんて、いつ、どの部門で書いたことあるの? ほら、本名がわかんねーからさぁ」
(しくじりました……! この僕としたことが、こうなる予測が出来なかったとは!)
【宵闇の扉 ① マヌル猫の襲来】
舎弟・ユージこと白鷺邑治、かれとダベるは、常日頃から通う馴染みの喫茶室だ。邑治にとっては別段、いつもと変わらぬルーティン。しかし、党元の親・キサトにとっては絶体絶命になりかねぬ非常事態である。
(ああ、もう、迂闊に口を滑らせた先日の僕のノドを僕は突いてやりたい!)
コーヒーを啜り返答を待つ邑治から、かれは微妙に目線を逸らす。そうだ、あのときは夜だった。愛車を走らせる儀礼を終え、わたしはかれと交わした、取り止めのない雑談を。ただし、あのときの盃の中はアルコールだった。わたしは下戸なのに、少々、注がれたままに素直に飲み過ぎた。おかげで、単なる雑談に重要項目を盛りこんでしまったのだ。そう、それは、
「それとも実はキサトさんて、アマチュア部門じゃなくプロのライターだったり?」
それは、本名。実名。身元。その特定となるヒントーー
(どうする、どうしましょうか、僕? もちろん『ハイ僕は日野数李です』とは噴けません。しかし他の誰かの名を語っても嘘はすぐバレる、白鷺邑治の実家はトンでもない情報網をもってます、あああ……名案よ飛来しろ、ハレー彗星の如き名案よ、奇跡よ! 頼みます! 飛来してーー!!)
「お客様、お客様。御歓談中、すみません」
なんと、まさに奇跡である。祈ったと同時に、声がかかり、肘を置くテーブルの上には紙がスッと差し込まれた。
「えっ、ハイ!?」
「ちょ、オイオイ、なんだよ? いきなり失礼なヤツだな! なんの用? このペラいチラシ、なに!?」
「これこれ、ユージ、そう乱暴に返しては相手が怯えてしまいます! 貴方はコワモテなのだから」
諌めながらキサト、もとい、数李は心で歓声を挙げた。おお、ジーザス! 感謝いたします、倶利伽羅!と、崇める神と実家の不動明王の名を連呼する。
(ありがとうございます、謎のチラシ配りさん)
声掛けの主を見やる。年若い少年のようだ。感謝の笑顔を咲かせたいほどありがたい。しかし、表面上はクールに徹さねば。わたしは手前の舎弟の兄貴分なのだから。「あなたも席は選んだほうがいい。僕と彼は雷砲党のトップなのですよ」と、静かに諭してやる。
だが、相手の反応は意外なものだった。
「らいほうとう? それは社会からハミ出たバテレンどものチームだろ。俺はそんな不良なんかに怯えたりしない」
とんだ毒舌である。少年は言い切ると、ふん、と鼻を鳴らしてみせた。
「おやおや、威勢のいい」
「つーか、ナマイキ!! オイ、おまえどこの高校!? それとも大学!?」
割りいる邑治にも少年は些かも怯まない。一瞥し、「ふん。なんだい不良め」と冷ややかな眼差しで睨み射る。
「なぜ俺の学校を尋ねるのさ。さては校門にバイクで乗り込み、旗を掲げて襲おうってのか?」
本当に威勢が良い。チラシ配りの少年は小脇に抱えし荷物を空いたテーブルに置き、自由になった手で刀を構えた。
「もしそうならその前に、ココで俺が潰してやる」
口振りが牽制に過ぎないことを数李は直ぐに見抜く。なんだとこのヤロ、と息巻く舎弟の立ち上がる身体の、腹の前に腕を伸ばし留めた。
「ちょ、キサトさん!」
「落ち着きなさい。まだトワイライトです。僕たちカミナリ族の時間ではありません」
「ダメッすよ、こんなナマを許しちゃ! このガキ、ガッコで『雷砲党が関東イチ強い? ケケケ、ビリっけつから1番の間違いさ』とか噴きますよきっと!!」
「Sit、よしてくれよ不良、俺はそんな変な笑い方しない」
けれどソーリー、と続けてきた。
「Sorry、俺が確かに無礼だね。いまは不良を成敗したい正義のハートは抑え、任務を遂行しなくちゃだ」
謝ってるつもり、らしい。いや、だから、それなら素直に謝れよ、『不良を成敗』とか余計な付け足しするな、と邑治は呆れ混じりにやり返す。
「任務って、このペラいチラシ配り!?」
「さっきからチラシチラシと。よく見ろ、4枚綴りだ」
言われて数李は紙の端を摘まみ持つ。成る程、ホチキスの中綴じの、いちおう、立派な冊子だ。
「手作りにしては中々、グレードの高い印刷物ですね」
「そりゃそうさ、俺の先生んちのプリンターは最新鋭のやつなんだ」
「へ!? プリンタって、パソコンと同期で使うコピー機? なにおまえの雇用主、なにセンセイ? 写真家?」
なぜ写真家と尋ねたかは想像に易い。数李のもった印象の通り、この冊子、表紙も中身も非常に鮮明かつ、繊細な見栄えだ。ここまでのものを創るなら相当に画にこだわる御仁に違いない、と邑治は考えたのだ。
「写真家ならさぁ、俺のスキな女優とか映画スターとか撮ったりしてない?」
そう妄想したらば、急に彼はフレンドリーな態度となる。
「あー、なんなら隣に座れよ! いちごみるくパフェ奢っちゃるから!」
「おまけに買収までするのですか。やれやれ、相変わらず猫のように態度が急変しますね君は」
苦笑まじりな数季に「ちょ。ネコって言ーなよキサトさん!」と邑治は全否定を試みる。
するとチラシ少年は腕組みし、「そうだぞ、ぬこのようだと言われてるのは俺の方だ」と馬鹿真面目に応えきった。
「はー? そこ、張りあうとこ!? あと、おま、ネコっつわれて嬉しーの!? 変わってる!!」
「ほかのやつに言われたなら嫌だが、先生なら構わない」
「それ! だから何をやってるセンセなの?」
「ノベライズです、ユージ」
数李は冊子のページを開き、作品と著者が描かれた箇所を指差した。
「しかも、ちょう大物ではありませんか。びっくりです」
邑治は示された箇所を目で追い、音読した。
「大物……なの? たんのじん? 俺、国語はケッコー真面目にベンキョしてたけど、あんまし知らねーなぁ」
「でしょうね。彼の作品は教科書には載ってない。しかし、ニギノハカ、というフレーズは聴いた覚えはありませんか」
「あー、なんとなく……って、これ、ニギノハカって読むの?」
「聴こえてるだろ、不良」
「ああ!? オイおまえ、マジ言いかた悪すぎ!!」
「聴こえてるだろ」
店内の上を指差すから邑治も数李も辺りを見回した。有線放送が流れるステレオを眺め、悟る。
「ヒットソングですよね」
「レモンスカッシュガールズのオープニング! おまえのセンセ、あのドラマの監督!?」
なら、サイン、サイン! と肩を寄せる邑治。チラシ少年は「馴れ馴れしいやつだな!」と煙たがる。
「監督じゃない、原作者だ」
「へ? 原作、あったの?」
「お前、ドラマのクレジットまともに観てないな? ちゃんと作者名は出てる」
「そうですか、レモガルも手掛けてらっしゃいましたか仭御大。なかなかに守備範囲がお広い」
数李は、ひとり、冷静だ。片手でティーカップの端を摘み、もう片手の指先は冊子をゆるやかに捲る。
「今までの作品の紹介だけではない。このラスト2ページの短文は、よりぬき記事でしょうか?」
「いや、新作のショートショートさ」
「それは福音だ。仭先生、体調が回復されたのですね」
「どーゆうことキサトさん。そのエラいやつ、入院でもしてたの」
「入院か通院かは存じあげてませんが、眼の御病気で各連載をストップされてるのですよ」
ねえ、アシスタントなあなた、と数李は向き直り、微笑んだ。サングラス越しだが柔和な雰囲気は十二分に伝わる。邑治は「いーなぁ、俺にもそのビューティフルスマイル向けてくださいよぉ!」とボヤいた。
「ねえアシスタントなあなた。この配布は、丹野仭先生復帰への布石なのでしょうか?」
しかし問われた側は曖昧に笑い返すだけだった。
「復帰、か。だったら俺も嬉しいけど」
数李は悟った。この配布の裏にある事情は、喜ばしいものではない。
「出過ぎた物言い、すいませんでした」
「ぜんぜん。だって、さっきから聞いてたら。きさと、だっけ。あなた、仭先生のファンなんだろ。彼の作品が好きなひとに会えたのは凄く嬉しいから」
それとも、文学が好きなの? とも続けるので、はっ、と、数李は我に返った。その話題はよせ、若者よ、と繋げたくなる。
「いえ、その、僕は……」
「そーだぜ! キサトさんはエンリョーに書いたことがあるんだ、ニギノハカぐらいダチに決まってる!」
「ひっ」
ひいぃ、なんてこと抜かすんですかこの暗黒物質! と叫びたくもなった。出来ないが。
「仭先生とダチ、だと……?」
疑念の目線と共に翳された。「あなたの名、ペンネームは」と。
数李は機転を走らせた。あなたの御名前は? と。
「学舎の名称もお願いいたします」
「……もしかして、それは脅しか?」
「フッ、察しのいい子で助かります。さぁ、ならば騙りはお開き。君はこのまま、お引き取り下さい」
互いの密談の意味が解せず、邑治は戸惑う。
「マテマテ、待ってくれよキサトさん! こいつが偉いセンセの手下であなたがダチなら、俺が書くエッセイの入賞にイロ貸してとかお願いしなきゃだろ!」
惑いながらもアピールは忘れない。そんな間抜けさに二人は冷ややかな視線を投げる。
「そもそも僕は丹野御大と友達などと言ってません」
「つうか、ピコ耳、お前みたいな脳みそ筋肉な奴がエッセイ部門に来るのかよ。ハッ、審査員泣かせだ。いや、爆笑かな」
うーわー、自分で自分をサゲるぶんにはいいけど他人、しかも初対面のクソガキから詰られるのマジむかつくんだけど!! みたびいきり立つ舎弟を胴元は「どうどう、どうどう」と宥めるのであった。
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