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本編
14.ミュゼ
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静まりかえる森の中、時おり聞こえる忙しない吐息は、隠しきれない焦りを帯びていた。
マニア共和国との国境を挟んで隣接する村の出身である少年は、その幼い身に酷い裂傷を負い、それでもヨタヨタと木々の隙間を縫うように懸命に走る。
少年を追いかけるように聞こえる獣の咆哮はかるく片手では足りないほどの数で、緊迫した状況であることを知らせていた。
先ほどから暗闇の中にちらりと見え隠れしている明かりの方へ、藁にもすがる思いで向かう少年を嘲笑うかの如く獣の吐息が近付いてくる。
「た…けて…だれか…た……て…」
息が吐けず声がうまく音にならなかった。明かりはもうすぐそこだというのに……。
「おい、伏せてろッ!!」
鋭い声が聞こえて、少年は咄嗟に脇へと倒れ込み地面へと転がる。その際木にぶつけた肩が酷く痛んだか、そんなことを言ってられる状況ではない。
ギャンッと耳元で聞こえた悲鳴は彼をずっと執拗に追ってきた魔獣たちのものだった。
続け様に数回同じように魔獣の泣き声が響き、次第に足音がバタバタと逸れていく。
ほとんど意識を失いかけていた少年は、自分の体を包む光の暖かさに思わずほぅと息をつく。
そして誰かの手に優しく頭を撫でられる感触に気付き、そっと目を開けた。
この辺では珍しい黒髪に黒っぽい瞳の青年が細い眉をしかめてこちらを見下ろしている。それでもその青年の瞳の色は優しく、少年は怯えることなく撫でられるままじっとしていた。
「…大丈夫か?」
「ぁ…り…と」
お礼を口にした瞬間に体がふわりと浮き上がり、慌てた少年が青年の服の裾を必死に掴む。
そのまま抱えあげて移動し始めた青年は、先ほどまで少年が目指していた明かりの方へと向かって行く。
「ぁ…の…」
「ムリに喋らなくていい」
こくんと素直に頷く少年を瑛冬は自分の仲間たちの休むテントの中へと運んだ。
騒ぎに気付いていたのかベッドの上で起き上がった大眞がすぐに近寄って来た。いつもの騒がしさは鳴りを潜め少年を見やる顔はまるで別人のようだ。
「その子どうしたの?」
「近くで魔獣に襲われてたから助けた」
「血が凄いけど、傷は塞がってる?」
「治癒魔法はかけてみたんだが、失血が酷い…。俺は医者じゃないから、このまま寝かせて様子を見るぐらいしかできることはないな」
「そっか…」
瑛冬のベッドへ少年をおろす手伝いをしながら、傷の具合を確かめていく大眞が手慣れた仕草でブランケットをかぶせると、すぐに規則正しい寝息が聞こえはじめた。
「寝ちゃったね」
「このままそっとしとこう」
「ん…ぁれ、二人ともどうした? …もう交代の時間か?」
背後のベッドでちょうど寝返りを打った慎哉が、薄らと目を開けてこちらを見ていた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「な、おい! その子血だらけじゃないか?!」
大眞が静かにとジェスチャーで伝えると、少しは冷静になったのか慎哉も起き出してきた。
「もしかして、俺だけのんきに寝てたのか…? なにがあった?」
「いや、俺もついさっきまで寝てたよ。瑛冬が魔獣から助けて連れて来たんだって」
「この子が森の奥から血塗れで魔獣を引き連れてこちらへ走って来たんだ。何匹かは逃がしたが、まだこの近くをうろついてるかもしれない」
「それなら残りも始末しといたほうがいいね」
瑛冬がテントの出口へと向かいながら少年の方を指差す。
「俺が行く。その間その子を見ててくれ」
「一人で行くのは危険だ。俺も一緒に行くよ」
「それなら魔獣の死体の始末を頼めるか? そのままにしておいたらまずい気がする」
「任せなさい!」
大眞は胸を勢いよくドンッと叩いて瑛冬のあとについて来る。慎哉は瑛冬のベッドに寝ている少年の近くへと移動していた。
「二人とも気を付けて!」
「行って来る」
テントの外はまだ暗闇が支配する世界だった。
黒く塗りつぶされた景色は生き物の気配を消すのには都合がよく、こちらの目には見えないが獣の唸り声だけは聞こえてくる。
「うーん。真っ暗だね。こんな視界ゼロでうまく狩れるかな?」
「「グランクロス」ではこれぐらい飽きるほど狩ってたんだけどな。実戦はやっぱり難しい」
「これから慣れていかなきゃね。【アナライズ】で敵の位置は分かるから、あとは【ライト】!」
大眞が唱えた途端に明るい球体が浮かび上がり、周りが照らされる。
「正面左横から2匹来るよ!」
「わかった!」
腰に挿した剣を手に取り構えると、大雑把にブンッと振るう。丁度その軌道に飛び出して来た魔獣に何かが命中し、バラバラとこと切れた肉塊が辺りに散乱した。
「あらま。あっさりバッサリと切っちゃって。全然上手いじゃん」
「さっきは怪我人もいたしな。少し焦ってたから手元が狂ったんだ」
「まあ、急にこんなのが出てきたら焦るよね。さ、片付け始めますか! どこか一ヶ所に集めて全部燃やしちゃえばいいよね!」
「そうだな。念のため少し遠くで燃やそう」
スプラッタになった魔獣の肉片をなるべく目に入れないようにしながら、適当な袋に詰め込む。小さなものはその場で燃やしたり、土をかけたりと、なるべく血の匂いを消していくことも忘れない。
本当は血の流れた場所からは離れた方がいいのだが、保護した少年をあまり動かしたくはない。
鼻につく血生臭さを我慢しながら、黙々と二人は作業を続けた。
*
「どうしてだろう…。なぜか犯罪の香りがする気がする…。抱っこをかわった方が…いや、でも大眞に一番懐いてるしな…」
うんうんと唸りながら首をひねる慎哉と、なに言ってんだよと呆れた顔の瑛冬が並んで歩いていた。
その少し前を行く大眞は、にっこにこの笑顔で少年を両腕に大事そうに抱えて森の中を進んでいる。
「ん~なんか言った?」
「なんでもない…たぶん勘違いだ……。そのはずだ…そうであってくれ…」
振り返った大眞の顔があまりにも蕩けきったものだったので、つい慎哉は目を逸らしてしまった。見てはいけないものを見てしまった気になるのは何故だろうか。
「幼児趣味? まさかな…」
隣で眉を潜めた瑛冬の小さな呟きを拾った慎哉が心の中で声なき悲鳴を上げ頭を抱えた。
それぐらい今朝からの大眞の態度は気持ちが悪かったのである。
翌日、目を覚ました少年は少し顔色は青白かったが食欲もあり、三人にハキハキと受け答えもできた。だからといって油断はできないが。
「きのうは危ないところを助けてくれて、ありがとうございました! ぼくはミュゼです!」
ペコリとミュゼがお辞儀をすると、ふわふわのハニーブロンドが揺れる。
ボロボロだった服は着替えて少しダボつく瑛冬のシャツを羽織っているのだが、血が滲んでいた傷も瑛冬の治癒魔法で全て塞がったツルツルの健康な肌がのぞき目に眩しい。
「ミュゼくんか、君は名前もかわいいんだね」
「はい、ぼくのお父さんとお母さんがつけてくれた、じまんの名前なんです!」
「そうか~(かっわい~)ミュゼくん、喉は乾いてない? お腹は空いてない?」
「のど、乾きました! きのうはたくさんはしったから…ぼく、あのまま食べられちゃうかと思った…グスッ」
語っている間にその時の恐怖を思い出してしまったのか、涙ぐんでいるミュゼの頭を大眞は優しく撫でてあげる。
その優しい仕草もデレッデレの顔が全てを台無しにしているのだが、ミュゼは下を向いているので生憎誰も見ていない。
「大丈夫! お兄ちゃんたちが追い払ったから、怖い魔獣はもういないよ!」
「ぅ、うわぁーーん!! こわかった…もぅ、お父さんに…あえなぃかと、ヒック、おもって…でも、でも…あかり見えて、ぼくひっしで走ったんだ…! ヒック…」
「うんうん、ミュゼくんはがんばったよ~えらかった! お兄ちゃんたちがお父さんとお母さんに会えるように連れて行ってあげる!」
「うん…ありがとう…。でも、お母さんはいないの。ミュゼとお父さん、だけなの…」
その思いもよらぬ告白に思わず気まずげに視線を見合わせた三人だったが、ミュゼ本人は嬉しそうに笑っていた。
「でもね、お父さんはお母さんがずっとぼくのこと、近くで見ててくれてるから、さびしくないんだよっていってたよ」
「そうなんだ。もしかしたら、ミュゼくんがきのう助かったのは、ずっとそばで見守っていてくれたお母さんのおかげかもね!」
「うん!」
満面の笑みで力強く頷くミュゼは、天使のように可愛かった。その笑顔を見て興奮して鼻の穴を膨らます変態さえいなければ素直に瑛冬たちもその話に感動できたのだが。
「はぁ~天使か。天使の降臨か。尊い」
コトリとサイドテーブルにグラスを置いて、瑛冬は魔法で水を注ぐとミュゼに手渡す。
「ほら、水が欲しかったんだろ?」
「うわぁー、すごい。今のどうやったの?
お兄さんありがとう!」
「あ、ずるい! 俺だってそれぐらいできるんだよ! おかわりが欲しかったから、今度は俺に言ってね!」
「うん!」
こうしてミュゼを親元へ送り届けるため寄り道することになってしまった三人だったが、大眞がたびたび暴走しながらも、無事国境を越えシェスタへと辿り着いた。
寄り道と言っても、目的の街からはそう遠くもない距離だったので反対する理由もとくにない。
「迷子の送迎なんて、まるでゲームのクエストみたいだよね」と呑気に笑う大眞はとても幸せそうであった。
マニア共和国との国境を挟んで隣接する村の出身である少年は、その幼い身に酷い裂傷を負い、それでもヨタヨタと木々の隙間を縫うように懸命に走る。
少年を追いかけるように聞こえる獣の咆哮はかるく片手では足りないほどの数で、緊迫した状況であることを知らせていた。
先ほどから暗闇の中にちらりと見え隠れしている明かりの方へ、藁にもすがる思いで向かう少年を嘲笑うかの如く獣の吐息が近付いてくる。
「た…けて…だれか…た……て…」
息が吐けず声がうまく音にならなかった。明かりはもうすぐそこだというのに……。
「おい、伏せてろッ!!」
鋭い声が聞こえて、少年は咄嗟に脇へと倒れ込み地面へと転がる。その際木にぶつけた肩が酷く痛んだか、そんなことを言ってられる状況ではない。
ギャンッと耳元で聞こえた悲鳴は彼をずっと執拗に追ってきた魔獣たちのものだった。
続け様に数回同じように魔獣の泣き声が響き、次第に足音がバタバタと逸れていく。
ほとんど意識を失いかけていた少年は、自分の体を包む光の暖かさに思わずほぅと息をつく。
そして誰かの手に優しく頭を撫でられる感触に気付き、そっと目を開けた。
この辺では珍しい黒髪に黒っぽい瞳の青年が細い眉をしかめてこちらを見下ろしている。それでもその青年の瞳の色は優しく、少年は怯えることなく撫でられるままじっとしていた。
「…大丈夫か?」
「ぁ…り…と」
お礼を口にした瞬間に体がふわりと浮き上がり、慌てた少年が青年の服の裾を必死に掴む。
そのまま抱えあげて移動し始めた青年は、先ほどまで少年が目指していた明かりの方へと向かって行く。
「ぁ…の…」
「ムリに喋らなくていい」
こくんと素直に頷く少年を瑛冬は自分の仲間たちの休むテントの中へと運んだ。
騒ぎに気付いていたのかベッドの上で起き上がった大眞がすぐに近寄って来た。いつもの騒がしさは鳴りを潜め少年を見やる顔はまるで別人のようだ。
「その子どうしたの?」
「近くで魔獣に襲われてたから助けた」
「血が凄いけど、傷は塞がってる?」
「治癒魔法はかけてみたんだが、失血が酷い…。俺は医者じゃないから、このまま寝かせて様子を見るぐらいしかできることはないな」
「そっか…」
瑛冬のベッドへ少年をおろす手伝いをしながら、傷の具合を確かめていく大眞が手慣れた仕草でブランケットをかぶせると、すぐに規則正しい寝息が聞こえはじめた。
「寝ちゃったね」
「このままそっとしとこう」
「ん…ぁれ、二人ともどうした? …もう交代の時間か?」
背後のベッドでちょうど寝返りを打った慎哉が、薄らと目を開けてこちらを見ていた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「な、おい! その子血だらけじゃないか?!」
大眞が静かにとジェスチャーで伝えると、少しは冷静になったのか慎哉も起き出してきた。
「もしかして、俺だけのんきに寝てたのか…? なにがあった?」
「いや、俺もついさっきまで寝てたよ。瑛冬が魔獣から助けて連れて来たんだって」
「この子が森の奥から血塗れで魔獣を引き連れてこちらへ走って来たんだ。何匹かは逃がしたが、まだこの近くをうろついてるかもしれない」
「それなら残りも始末しといたほうがいいね」
瑛冬がテントの出口へと向かいながら少年の方を指差す。
「俺が行く。その間その子を見ててくれ」
「一人で行くのは危険だ。俺も一緒に行くよ」
「それなら魔獣の死体の始末を頼めるか? そのままにしておいたらまずい気がする」
「任せなさい!」
大眞は胸を勢いよくドンッと叩いて瑛冬のあとについて来る。慎哉は瑛冬のベッドに寝ている少年の近くへと移動していた。
「二人とも気を付けて!」
「行って来る」
テントの外はまだ暗闇が支配する世界だった。
黒く塗りつぶされた景色は生き物の気配を消すのには都合がよく、こちらの目には見えないが獣の唸り声だけは聞こえてくる。
「うーん。真っ暗だね。こんな視界ゼロでうまく狩れるかな?」
「「グランクロス」ではこれぐらい飽きるほど狩ってたんだけどな。実戦はやっぱり難しい」
「これから慣れていかなきゃね。【アナライズ】で敵の位置は分かるから、あとは【ライト】!」
大眞が唱えた途端に明るい球体が浮かび上がり、周りが照らされる。
「正面左横から2匹来るよ!」
「わかった!」
腰に挿した剣を手に取り構えると、大雑把にブンッと振るう。丁度その軌道に飛び出して来た魔獣に何かが命中し、バラバラとこと切れた肉塊が辺りに散乱した。
「あらま。あっさりバッサリと切っちゃって。全然上手いじゃん」
「さっきは怪我人もいたしな。少し焦ってたから手元が狂ったんだ」
「まあ、急にこんなのが出てきたら焦るよね。さ、片付け始めますか! どこか一ヶ所に集めて全部燃やしちゃえばいいよね!」
「そうだな。念のため少し遠くで燃やそう」
スプラッタになった魔獣の肉片をなるべく目に入れないようにしながら、適当な袋に詰め込む。小さなものはその場で燃やしたり、土をかけたりと、なるべく血の匂いを消していくことも忘れない。
本当は血の流れた場所からは離れた方がいいのだが、保護した少年をあまり動かしたくはない。
鼻につく血生臭さを我慢しながら、黙々と二人は作業を続けた。
*
「どうしてだろう…。なぜか犯罪の香りがする気がする…。抱っこをかわった方が…いや、でも大眞に一番懐いてるしな…」
うんうんと唸りながら首をひねる慎哉と、なに言ってんだよと呆れた顔の瑛冬が並んで歩いていた。
その少し前を行く大眞は、にっこにこの笑顔で少年を両腕に大事そうに抱えて森の中を進んでいる。
「ん~なんか言った?」
「なんでもない…たぶん勘違いだ……。そのはずだ…そうであってくれ…」
振り返った大眞の顔があまりにも蕩けきったものだったので、つい慎哉は目を逸らしてしまった。見てはいけないものを見てしまった気になるのは何故だろうか。
「幼児趣味? まさかな…」
隣で眉を潜めた瑛冬の小さな呟きを拾った慎哉が心の中で声なき悲鳴を上げ頭を抱えた。
それぐらい今朝からの大眞の態度は気持ちが悪かったのである。
翌日、目を覚ました少年は少し顔色は青白かったが食欲もあり、三人にハキハキと受け答えもできた。だからといって油断はできないが。
「きのうは危ないところを助けてくれて、ありがとうございました! ぼくはミュゼです!」
ペコリとミュゼがお辞儀をすると、ふわふわのハニーブロンドが揺れる。
ボロボロだった服は着替えて少しダボつく瑛冬のシャツを羽織っているのだが、血が滲んでいた傷も瑛冬の治癒魔法で全て塞がったツルツルの健康な肌がのぞき目に眩しい。
「ミュゼくんか、君は名前もかわいいんだね」
「はい、ぼくのお父さんとお母さんがつけてくれた、じまんの名前なんです!」
「そうか~(かっわい~)ミュゼくん、喉は乾いてない? お腹は空いてない?」
「のど、乾きました! きのうはたくさんはしったから…ぼく、あのまま食べられちゃうかと思った…グスッ」
語っている間にその時の恐怖を思い出してしまったのか、涙ぐんでいるミュゼの頭を大眞は優しく撫でてあげる。
その優しい仕草もデレッデレの顔が全てを台無しにしているのだが、ミュゼは下を向いているので生憎誰も見ていない。
「大丈夫! お兄ちゃんたちが追い払ったから、怖い魔獣はもういないよ!」
「ぅ、うわぁーーん!! こわかった…もぅ、お父さんに…あえなぃかと、ヒック、おもって…でも、でも…あかり見えて、ぼくひっしで走ったんだ…! ヒック…」
「うんうん、ミュゼくんはがんばったよ~えらかった! お兄ちゃんたちがお父さんとお母さんに会えるように連れて行ってあげる!」
「うん…ありがとう…。でも、お母さんはいないの。ミュゼとお父さん、だけなの…」
その思いもよらぬ告白に思わず気まずげに視線を見合わせた三人だったが、ミュゼ本人は嬉しそうに笑っていた。
「でもね、お父さんはお母さんがずっとぼくのこと、近くで見ててくれてるから、さびしくないんだよっていってたよ」
「そうなんだ。もしかしたら、ミュゼくんがきのう助かったのは、ずっとそばで見守っていてくれたお母さんのおかげかもね!」
「うん!」
満面の笑みで力強く頷くミュゼは、天使のように可愛かった。その笑顔を見て興奮して鼻の穴を膨らます変態さえいなければ素直に瑛冬たちもその話に感動できたのだが。
「はぁ~天使か。天使の降臨か。尊い」
コトリとサイドテーブルにグラスを置いて、瑛冬は魔法で水を注ぐとミュゼに手渡す。
「ほら、水が欲しかったんだろ?」
「うわぁー、すごい。今のどうやったの?
お兄さんありがとう!」
「あ、ずるい! 俺だってそれぐらいできるんだよ! おかわりが欲しかったから、今度は俺に言ってね!」
「うん!」
こうしてミュゼを親元へ送り届けるため寄り道することになってしまった三人だったが、大眞がたびたび暴走しながらも、無事国境を越えシェスタへと辿り着いた。
寄り道と言っても、目的の街からはそう遠くもない距離だったので反対する理由もとくにない。
「迷子の送迎なんて、まるでゲームのクエストみたいだよね」と呑気に笑う大眞はとても幸せそうであった。
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