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前編

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「どうしてお前はそんなに無能なんだ!」
「すみません」

 我が婚約者アルデハードは高圧的で攻撃的な男性である。

 年齢は彼の方が三つ年上。
 でもたった三つ。
 なのに彼は私をまるで奴隷か何かであるかのように扱う。

 彼と私は明らかに対等ではない。

「さっさとハーブティーを淹れろと言っただろう!」
「待ってください、先ほど書類の整理をしておくようにと……」
「口ごたえするな! 俺が言ったことがすべてだ!」
「はい……ではハーブティーを……」
「いちいち動作が遅い! さっさと動け! 普通の女ならこの会話の間にハーブティーを淹れ書類も整理できているところだぞ」

 いや、良いのだ、対等でないというだけなら。
 私だってさすがに彼と同じ位置に立って生きていきたいとは思っていない。
 この国では男性の方が偉い、それはそういうものだ。
 だからべつに、何も、彼より上の立場として生きていきたいなんて贅沢な夢をみているわけではないのだ。

「こちら、ハーブティーをお持ちしました」
「はぁ!? カモミール!? 馬鹿か!? 今日は紅茶の気分なんだよ!!」

 ただ、私を人間でないかのように扱うのだけはやめてほしいのだ。

 私だって人間だ。有能ではないかもしれない。それでも人で、一応心というものを持っているのだ。理不尽なことを言われたりされたり、そんなことばかりだと段々疲れてきてしまう。

「ええっ……し、しかし、ハーブティーと言った時はカモミールだと……」
「また口ごたえか?」
「い、いえ。でも、その……前にそう仰っていましたので……」
「一分以内に淹れ直せ!」
「ええっ。それはできません、時間が」

 当然、アルデハードへの愛はとうに費えている。

 今はもうただ仕方なく従っているだけだ。

 そんなある日、私は、庭に座って空を見上げた。それから呟く「ああ、もう消えてしまいたい」そんなことを。せっかく産んでもらったのだ、生を放棄するようなことを言ってはならないとは分かっている。が、それでも彼との毎日は辛くて。どうしても呟いてしまった。

 その時、ふと、青い空に何かが光った気がした。

「光……? 昼間なのに……」

 昼間の空が光る、なんていう現象は聞いたことがない。

 ああ、そうか。
 きっと気のせいだ、目が変になっていたのだろう。

 ――その時はそうとしか思わなかったのだが。
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