婚約はなかったことになりましたが、新たな出会いはあったので、穏やかに暮らします。

四季

文字の大きさ
6 / 46

6.開店

しおりを挟む
 シュヴェーアと喋ってみたいことが色々あったが、狩りに行かれてしまっては話せない。仕方がないから、私は普段通り店の手伝いに励むことにした。接客する際恥ずかしくないよう身支度をして、ダリアがいる方へ向かう。

「母さん。手伝うわ」

 うちの店はカウンターを挟んだ向こうとこっちで客と関わる形になっている。こちらから順に言うと、自宅、カウンター、店内。接客は基本カウンターのこちら側で行う制度だ。

 もちろん、店内の方へ出ていくこともないわけではない。
 ただ、その回数は少ない。さほど多くない直置きの商品を追加する時くらいのものである。

「え、いいの? シュヴェーアさんは?」
「狩りに行っちゃったわ」
「え!?」

 カウンターで客を待っていたダリアは目を剥く。

「か、狩り……?」

 彼女もまた、シュヴェーアの行動が理解できていないようだ。そういう意味では、彼女と私は同類。だがそれも当然のことだ、私とダリアは同じような暮らしをしてきたのだから。

「そ、そう。分かった。じゃあセリナは店の手伝いね」
「えぇ! 結婚もなくなったし、思う存分任せて!」
「セリナ、それは……」

 ちょっとした冗談のつもりで発言したのだが、変に気を遣われてしまった。そのせいで場が気まずい空気に。

「いいのよ、母さん。私、そんなに気にしてないわ」
「無理しなくていいのよ!? 何なら、今から怒鳴り込んでも……!!」
「待って待って。母さん落ち着いて」

 ちょうどそのタイミングで、店の入り口の扉が開いた。扉の上部に取り付けられている小振りの鐘が愛らしく鳴る。

「いらっしゃいませー」

 直前まで怒っていたダリアは、急に明るい声を発した。
 この切り替えの早さは一級品だ。
 普通、少し前まで怒っていたら、明るく振る舞おうと思っても上手く振る舞えなかったりするものだろう。声質であったり、表情であったり、ついどこかに怒りの色が滲ませてしまいがちだ。しかし、ダリアにはそれがない。

「すみません。いつものブレンドティー頂けますか」
「はい、もちろんー!」

 今日一番目の客は女性。それも二十代くらいの。栗色のセミロングヘアを右耳の下で一つに束ねた大人しそうな人。慎ましい身形だが、生まれ持った品はある。

「二袋お願いします」
「はい、少しお待ち下さいー」

 ダリアがカウンター横の棚からブレンドティーを取り出している時、女性はなぜかこちらを凝視してきていた。

「あの……私に何か?」

 彼女の薄い水色の瞳があまりに何か言いたげだったから、私は思わず尋ねてしまう。
 すると、女性はハッとして、両手の手のひらで桜色の口もとを押さえる。

「す、すみません。私ったら」
「いえ。大丈夫ですよ。何かご用ですか?」

 ダリアはブレンドティーの茶葉が詰まった袋を二つ取り出し、一旦カウンターに置く。そして「こちらでよろしいですか?」と確認。客の女性が頷くと、二つの袋を一つにまとめ始める。

「……昨夜、村に怪物が出たのはご存知ですか?」
「え? あ、はい」
「その際、ある殿方が、怪物を退治して下さったのです。そのこともご存知でしょうか」

 シュヴェーアのことか。

「はい」

 彼女はシュヴェーアに何か用事だろうか?

「実は私……あの殿方に惚れてしまいまして。それで調べていくうちに、こちらの家から出てきたという話を耳にしました。なので確認したかったのです」

 惚れて。
 なんて可愛らしい理由だろう。

 婚約解消で男性にうんざりした今の私には、微塵もなかった発想だ。もちろん、シュヴェーアのことは嫌いではないけれど。

「彼はこちらの息子さんなのですか?」

 ダリアがぶばっと唾を噴き出してしまう。

「え……? え……?」

 いきなり噴き出され狼狽える女性を見ていたら、少し気の毒に思えてきた。
 特別おかしなことを言ったわけではないのにこんな豪快な笑い方をされたら、誰だって狼狽えるだろう。

「まさか! そんなわけないですよー。うちは娘二人だけです」
「え。では……お婿さんですか?」
「まさか! そんなわけないじゃないですかー!」

 ダリアは楽しげに話しながら袋を包み終えた。

「彼は今だけここにいるんですよー! 帰るところがないと言うので!」
「あ……そうでしたか」

 女性は安堵したように微笑む。
 その時、私は、得体の知れない感覚に襲われた。もやっ、としたのだ。客が喜んでくれていればこちらも嬉しいはずなのに。妙な感じだ。

「も、もし良ければ……今度紹介していただけないでしょうか?」
「機会があればぜひ! はい、ではこちら。商品です。今回の会計は——」

 シュヴェーアは人気が出るタイプだったのか、と、意外に思った。だが、よくよく考えてみれば、彼が女性に気に入られるのも分からないではない。容姿端麗で剣の腕もかなりのものとなれば、憧れる女性だって出てくるだろう。当然のことだし、自然な流れだ。

「ありがとうございましたー」
「いえ、こちらこそ。お邪魔しました」

 栗色の髪の女性はブレンドティーの茶葉を購入して去っていった。
 しかし、気は抜けない。
 すぐに次の客がやって来る。しかも今度は一人客ではない。わらわらと数名。時間帯もあってか、いよいよ店内が賑やかになってきた。


 ◆


 夕方になり、来店する客の数も徐々に減ってきた頃、シュヴェーアが帰ってきた。

「……戻った」
「え、えええっ!?」

 私は一旦店から離れ、家の方で休憩していた。その時にシュヴェーアが帰ってきたのだ。それゆえ、帰宅した彼を迎えられたのは私一人。だから私は、一人で愕然とするしかなかった。

「……どうした?」

 シュヴェーアは肩に豚のような生物を二頭抱えている。それだけでも十分奇妙な光景だが、平常心を保ちつつ抱えているからなおさら奇妙だ。

「豚?」
「……魔物の、一種だ」

 ここに来てまたよく分からない発言が出た。
 真面目な顔で「魔物の一種」なんて、謎でしかない。

「……旨いぞ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました

黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。 古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。 一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。 追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。 愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...