婚約はなかったことになりましたが、新たな出会いはあったので、穏やかに暮らします。

四季

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17.待つだけでも涎が垂れる

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 私とダリアはウサギのような生き物を燻製にするべく動き、それから眠る。
 シュヴェーアは結局起きてこなかった。

 そして、迎えた朝。私とダリアが起きて朝食の用意をしていると、シュヴェーアがのろのろと起き上がってきた。

「シュヴェーアさん! おはよう。頭の傷はもう大丈夫そう?」
「……あぁ」

 お茶を運びつつ声をかけると、彼はまだ眠そうな顔のまま答える。

「良かった。今日も無理しないでちょうだいね」
「……なぜ、そう気に掛ける」
「なぜって……そりゃ、心配だからよ。貴方の命に何かあったら、良い気はしないもの」

 特別な意図があるわけではない。そのため、なぜと聞かれても、具体的な理由など挙げられはしない。負傷した者の身を案じるのは、人として当たり前のこと。そこに必ずしも特別な理由が存在するわけではない。

「そうだ。昨日のウサギみたいなの、燻製にしてみたわ」

 テーブルにお茶が入った容器を三つ並べる。
 私とダリア、そしてシュヴェーア。三人のためのものだ。

「……それは、いい」
「勝手に触ってごめんなさいね」
「……いや、好きにしてくれ。あれは……セリナへの、贈り物だ……」

 面と向かって「贈り物」と言われたら、何だか少し恥ずかしいような気がしてきてしまう。嬉しいけれど恥ずかしい、というか。

「……パンは、あるのか」
「えぇ、あるわよ。昨日買ってきたの」

 どうやらパンのことは記憶していたらしい。
 あれほどぐっすり眠っていたから忘れていたかと思っていた。それだけに、彼の記憶力には驚きだ。執着ゆえの記憶力だろうか。

 ——とそこへダリアがやって来る。

「お待たせー。スープよ」

 汁物を深さのある器に注ぎ、ダリアは軽やかな足取りでそれを持ってきてくれた。液体のものを運んでいるにもかかわらずここまで軽やかな歩き方ができる、というのは、経験の賜物なのだろう。私だったら、きっと、こんな速やかには運べない。

「はい。シュヴェーアさんもどうぞ」
「……感謝する!」

 既に着席しているシュヴェーアの前にダリアがスープを置くと、シュヴェーアは瞳を輝かせて礼を述べた。

 今日のスープはクリームスープのようで、液体が雪のように真っ白。掻き混ぜてみていないから確定ではないが、恐らく、とろみのついた液体だと思われる。そこに、数種類の野菜と一口サイズにされた肉と思われる物体が入っていて、漂ってくるのは甘めの香り。ただ、単に甘いだけの香りではなく、微かにスパイスのような匂いも感じられる。

 直後、シュヴェーアは期待の視線を向けながら「もう食べて、いいのか!?」と尋ねてきた。私は「せっかくだから、皆揃ってから食べない?」と、鋭くない言い方になるよう気をつけつつ提案してみる。すると彼は、残念そうに俯いたが、「……そう、だな」と納得したように言ってくれた。

 その後、ダリアは昨日買ったばかりのパンを運んでくる。
 私とダリアの分は、立方体のものを薄くスライスしたもの。シュヴェーアの分は、丸パン。そんな風に分かれている。

「あら、待ってくれているの? セリナ」

 私とシュヴェーアがいるテーブルの方へ歩いてきながらダリアは言った。

「うん。たまには皆で食べた方が良くないかなって」
「気にしなくていいのにー。じゃ、早速食べましょっか」

 ダリアが、先に食べ始めていたからといって怒り出すような心の狭い人だとは、私も思っていない。家族が揃っていた頃も、母はいつも、皆の世話ばかりをしてくれていた。だから、ダリアが先に食べられて怒る人でないということは知っている。

 でも、怒られないからといっていつも先に食べ始めるというのはどうかと思う自分がいてるのだ。

「シュヴェーアさんが涎垂らしてる」
「あらら……」

 せっかく時間が合ったのだ、その時くらいは一斉に食べ始めるようにしたい。たとえ、毎日は無理でも。

 ——それが私の心だ。

「「いただきまーす!」」

 私とダリアは同時に声を発する。
 直後、シュヴェーアが顔を上げた。

「……もう食べて、いいのか!?」

 妙に力のこもった声での発言。
 いつもの静かな話し方の彼とは別人のようだ。

 彼は本当に、食べ物が絡むと人格が豹変する。基本物静かで落ち着いた人物だが、食べられる物が目の前に出てきた途端、子どものような面が出てくるのだ。

 その特徴はもう理解しているつもりだが、それでも、いまだに不思議に思う時はたまにあったりする。

「どうぞ、シュヴェーアさん」
「……いただく!」

 ダリアが笑顔で告げると、シュヴェーアは力強く頷いた。
 そして、光の速さでスプーンを手に取る。

 食事中の彼は、戦場に立つベテラン戦士のような勇ましさをまとっている。目の前の食べ物だけを見つめ、それを口へ運ぶことに集中し。そうやって、目前の食料を次から次へと腹へ送ってゆくのだ。

 スープだろうが、パンだろうが、お構いなし。
 彼の前においては、皆、食べ物という一種類なのだ。

「相変わらずよく食べてるわねー」

 食事に夢中になっているシュヴェーアを見て、ダリアが私にそんなことを言ってくる。

「凄い食いっぷりだわ。こんなに食べる人、見たことない」
「そうよね……」

 彼と一緒に暮らしたら、食費が恐ろしいことになりそうだ。
 親切で頼りになる彼のことは好きだが、共に暮らすとなれば、きっと食費面では苦労するに違いない。その食費を賄えるほど収入があれば、話は別だが。

「……美味!」

 具だくさんのスープを食べ終え、シュヴェーアはいきなり感想を述べる。

「あら、スープを気に入って下さったんですね」
「……もう、ないのかと」
「もしかしてお代わりですか? ありますよ。持ってきましょうか」

 ダリアはシュヴェーアの心を見抜いていた。
 二杯目を欲しているのだと。

「……お願い、したい」
「構いませんよ。持ってきますね」
「……感謝!」

 ダリアはシュヴェーアの器を持って、鍋の方へと足を進める。
 その間、彼はパンを食べていた。

「シュヴェーアさん、今日も凄い食べっぷりね」
「……そう、か?」
「え。もしかして、それが普通なの」
「……多く食べている、つもりは……ない、が」

 別段空腹だったというわけではないようだ。とすると、この食べぶりが普通の食べぶりということになる。それはある意味恐ろしい話だ。常人を遥かに凌ぐ食事量である。
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