婚約はなかったことになりましたが、新たな出会いはあったので、穏やかに暮らします。

四季

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31.特別な気持ち?

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 いよいよ、焼いた魔物の肉を食べる時。
 ダリアの分は小さく切っておいた。その方が喉を通りやすいだろうと思って。

「シュヴェーアさんは片脚丸かぶりするのね」
「……あぁ」

 鳥の形をした魔物を三人で分けて食べることになったのだが、シュヴェーアは片脚を素手で掴んでいる。脚の部分だから掴みやすいというのは分かるが、よく素手で持てたものだ。何も巻かずに手で持って、気にならないのだろうか。

「母さんはこれ。小さく切ったから、もし良かったら一口くらい食べて」
「ありがとうー」

 細かくしてから塩をかけた。味がないということはないはずだ。

「いただくわ」
「食べられる範囲でいいから」
「はーい」

 ついでに私もダリア用と同じように調理しておいた。シュヴェーアのようにそのまま食べていくのは無理だと思ったからだ。簡易的な味付けなので、使ったのは塩だけ。だが、塩だけであっても、味付けしていれば少しは食べやすくなるだろう。

 私は、自分用の器に入った肉を、ひとかけら口に含んでみる。
 まろやかな味だ。
 焼いているから焦げたような香りがするが、塩を振ったからか肉は甘い。果物やお菓子のような強い甘さではないが、ほんのりとした甘みが感じられる。塩の硬い味と肉の柔らかい味、その組み合わせが、絶妙な味わいを作り出している。

「これ、美味しいわね」

 一番に感想を述べたのはダリア。
 ちなみに、シュヴェーアは黙々と食べ進んでいる。

「塩だけ?」
「うん」
「それでこの味は見事ねー。きっと良い肉なんだわ」

 いつも不思議に思うのだが、魔物の肉は味が良い。

 色々食べたことがあるわけではないので細やかな評価はできないが、一般的に食用とされている生き物の肉よりずっと美味しい気がする。

 皆もっと魔物を食べれば良いのに、なんて考えてしまうくらいだ。

 シュヴェーアから以前聞いた話によれば、地域によっては魔物を食用としているところもあるとか。この辺りには魔物を食する文化はないけれど、個人的には「魔物を食するのは良い文化なのでは」と思う。

 もっと広まれば良いのに、と思う。
 けれど、魔物の乱獲が始まることを想像するとおおっぴらにオススメする気にもなれない。

 取り敢えず、魔物を食べることを禁じられさえしなければそれでいい。その味の良さを知っている者だけが口にすれば良いのだから。


 ◆


「癒やされるわー」

 食後、お茶を飲む。
 消化を手伝う効果を持つと言われているサパリグラスの葉を使って作ったお茶。
 サパリグラスは胃腸に優しい。そして肉食には特に良く合う。スパイスのような癖のある匂いがするけれど、温かい湯を使ってお茶にすると爽やかな風味が滲み出る。

「美味しいわー」
「良かった」
「セリナ、お茶を淹れるのが得意ねー」
「ううん。そんなことない」
「美味しいわよ。……ね? シュヴェーアさん。そう思いますよね?」

 ダリアは唐突にシュヴェーアへと話を振った。
 魔物の両脚を一人で食べきったシュヴェーアは、カップを口もとから離し、こくりと頷く。

「ほらね」
「そ、そう……?」
「そうよ! セリナったら、謙遜しないの!」

 小さい頃からお茶を飲んできた。よくお茶を飲む家庭で育ったから、馴染みがあって。それで、いつしか自分でも淹れてみるようになった。最初は味が薄すぎて飲めなかったりもしたけれど、徐々に慣れて、今ではそれなりの質のお茶を作ることができるようになった気がする。でも、上手いかどうかと言われれば、堂々と「上手い」とは返せない。

「……パンと、同じ……セリナの茶は、美味だ」
「えっ」

 ゆっくりとサパリグラスのお茶を飲んでいたシュヴェーアが、突然褒めてくれた。
 褒めてもらえたことは嬉しい。が、唐突過ぎてありがとうと言えない。心の準備をしていなかったから、速やかに相応しい対応をすることができなかった。

「……素晴らしいな」

 じっとこちらを見て、シュヴェーアは言う。

 直視されたら、褒められたら、誤解してしまいそうになる。こんなことが続いたら、彼に惚れてしまいそうだ。
 家族以外の人たちから褒められることなんて滅多にない。だから、なおさら、嬉しくて。
 笑われるだろうか? 少し褒められたから惚れた、なんて言ったら。馬鹿にされるだろうか? ほんの僅かな褒め言葉をかけてもらっただけで心を奪われた、なんて話したら。

「……なぜ、黙って……いる?」
「あっ。ごめんなさい」
「……いや、謝ることは……ないが。ただ……何か、おかしなことを、言ったかと」

 私の反応が遅れたことをシュヴェーアは気にしていたみたいだ。

「いいえ、違うわ! むしろ嬉しかった! 褒めてくれてありがとう」
「……そう、か」

 こうしてシュヴェーアと言葉を交わす時、今まで経験したことのないような不思議な感情が込み上げてくる。温かいような、恥ずかしいような、そんな感情。甘くもほろ苦いチョコレートのようなものだ。それが泉のように湧いてきて、どうしても、未経験の気持ちに戸惑ってしまう。

 アルトに婚約解消を突き付けられた時はアンラッキーと思ったけれど、それはある意味幸運なことだったのかもしれない。

 なぜって、アルトに婚約解消を告げられたからこそシュヴェーアに出会えたから。

 あのままアルトの妻になっていたら、シュヴェーアとこうして話すこともなかっただろう。
 妻という安定した立場は得られたかもしれないけれど、でも、それだけだ。
 もし結婚したとしても、アルトはきっと私を大切にしなかったはず。自身が愛する女性にだけ目を向けて、こちらを見てはくれなかっただろう。

 そんな残念な役回りになるのは嫌だ。そもそも、アルトの妻になることにそこまでの執着はなかったから、彼に縛られず自由の身になれたことは一種の幸運だった。直後は衝撃を受けたが、今は、結果的に良かったと思える。

「褒められて良かったわね、セリナ」
「か、母さん? その目は何?」
「ふふふー」
「ちょっと!? ホントに何!?」

 私の胸の内に生まれた、シュヴェーアへの小さな想い。その存在に、ダリアは既に気づいているみたいだ。私自身ですら気づいていなかったのに、彼女はもう気がついている。

 女の勘か、母親の勘か、そこははっきり分からないけれど……ダリア、恐るべし。
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