21 / 147
episode.20 遊びに行かない?
しおりを挟む
帝都へ移り初めての休日。
朝、私がまだベッドの中でむにゃむにゃと寝惚けていると、フランシスカがやって来た。彼女が訪ねてきたのがあまりに唐突だったため、私は寝起きのだらしない格好で彼女を迎えることになってしまった。
「マレイちゃん、今日遊びに行かないっ?」
いきなりのお誘い。
私は暫し、ぽかんと口を空ける外なかった。
「なになに? 行きたくない感じ?」
怪訝な顔で首を傾げる彼女は、既にお出掛けに相応しい服装になっている。
空色をした膝より上の丈のワンピース、太股までの長いソックス、そして紺のリボン付きパンプス。大人びながらも、愛らしい顔と上手く混ざり合う、絶妙なバランスが印象的だ。ちなみに、パンプスのヒールは低めである。
「い、いえ。ただ少し驚いてしまって……」
「そっか! マレイちゃんって、あまり友達いなさそうだもんねっ」
無邪気に言われ、何とも言えない気持ちになる。
確かに、友人は多い方ではなかった。人付き合いにおいて器用な質ではないことも理解している。
ただ、改めてこうもはっきり言われると、複雑な心境だ。
「でも安心して! フランが帝都を案内してあげるから!」
「私でも楽しめそうですか?」
「それはもちろん! フラン、そういうのは得意なのっ」
フランシスカは自慢げだ。
妙に自慢げで、頼んでもいないのに恩を売ろうとしてくる女——普通なら迷惑以外の何でもない。だが彼女の場合は、その愛らしい容姿ゆえに、迷惑だとは感じなかった。
容姿ひとつでこれほど感じ方が変わるのだから、面白いものである。
「分かりました。じゃあ今から用意します」
「それじゃあ、ここで待ってるねっ」
言いながら、私の自室内へドカドカと入ってくるフランシスカ。彼女は私の部屋でも、まるで自分の部屋にいるかのように振る舞っている。まさに自由奔放である。
「服は、えぇと……」
私は余所行きの服に着替えるべく、クローゼットを開ける。
しかし、そこに入っているのは、二着だけだった。一着は、ダリアから帝都へ来るときに着ていたワインレッドのワンピース。そしてもう一着は、帝国軍の制服。これは先日作ってもらったばかりの、ほぼ新品である。
休日のお出掛けとなると、どちらを着ていくべきなのか……。
考え込んでいると、フランシスカが歩み寄ってくる。
「なに迷ってるのっ?」
「あ、着ていく服を」
「そっか。どんなのがあるのっ?」
言いながらクローゼットの中を覗き、愕然とした顔をするフランシスカ。
「え……これだけ?」
彼女は、新人類を目にしたかのような表情で、こちらを見つめてきた。
クローゼットの中に二着しか入っていないのが、よほど驚きだったのだろう。
「マレイちゃんって……一体何者?」
「えっと、マレイ・チャーム・カトレアです」
「そうじゃないよっ!」
フランシスカは心なしか調子を強める。
「女の子なのに余所行きがこれだけって、どうなってるの!?」
宿屋で働く分には余所行きの服など必要ない。ちょっとおしゃれな感じなら何でも良かったのだ。だから、活動する時と寝る時は同じ服を着用していた。その方が効率的だと思うからだ。
だが、その考えは帝都では通用しないのだと、今初めて知った。
いくら観光客が多いとはいえ田舎の域を抜け出しきれないダリアと、レヴィアス帝国の中心にある帝都では、話が違うのだろう。
「二着だと、おかしいですか?」
「おかしいよ! っていうか、おかしいおかしくない以前の問題だよっ!」
そういうものなのだろうか。
「じゃあ取り敢えず、そのワインレッドの方を着て!」
「こっちですか?」
私がクローゼットの中からワインレッドのワンピースを取り出すと、彼女は一度、こくりと頷いた。
「そう。それでまずは服屋さんまで行こう。もう少し数を増やさないと!」
「でもフランさん。私、そんなにお金を持っていません」
「それならフランが買うから!」
両手を腰に当て、上半身をやや前に倒して、ぐんぐん迫ってくるフランシスカ。その瞳は真剣そのものだ。
距離が縮まると、ミルクティー色の髪から良い香りが漂ってきた。それは極力気にしないように心掛け、落ち着いて言葉を返す。
「いいですよ、そんなの。フランさんに買っていただくなんて申し訳ないです」
「じゃあ入隊祝いで!」
「駄目ですよ、そんなの。自分の服は自分で買わないと……」
すると彼女はくすっと笑みをこぼす。
「フランが買ってあげるのはね。外出着二着しか持ってないような娘と並ぶのが嫌だからだよっ」
ここまではっきり言われると、少々落ち込みそうになる。
しかしフランシスカのことだ、悪気はないのだろう。純粋に思ったことを言っているだけに違いない。
「楽しみだねっ。マレイちゃん」
「は、はい……」
「何それっ。楽しみじゃなさそう!」
「ごめんなさい」
「もしかして、本当に楽しみじゃないのっ!?」
私がこんなことを言うのも何だが。
フランシスカ——彼女は結構、面倒臭そうな感じがした。トリスタンと接する時の様子といい、今のずけずけ言ってくるノリといい、いろんな意味でややこしそうだ。
ゼーレには狙われる。隊の仲間は面倒臭い。そして、強くならなければならない。そう考えると、帝国軍での暮らしも楽なものではなさそうだ。むしろ、アニタの宿屋で働き続ける方が楽だったかも、と思ってしまったくらいである。
けれど、私はこのくらいでは挫けない。
嫌なことがあっても、辛いことがあっても、これは私の選んだ道だ。
だから大丈夫。
きっと進んでゆける。
朝、私がまだベッドの中でむにゃむにゃと寝惚けていると、フランシスカがやって来た。彼女が訪ねてきたのがあまりに唐突だったため、私は寝起きのだらしない格好で彼女を迎えることになってしまった。
「マレイちゃん、今日遊びに行かないっ?」
いきなりのお誘い。
私は暫し、ぽかんと口を空ける外なかった。
「なになに? 行きたくない感じ?」
怪訝な顔で首を傾げる彼女は、既にお出掛けに相応しい服装になっている。
空色をした膝より上の丈のワンピース、太股までの長いソックス、そして紺のリボン付きパンプス。大人びながらも、愛らしい顔と上手く混ざり合う、絶妙なバランスが印象的だ。ちなみに、パンプスのヒールは低めである。
「い、いえ。ただ少し驚いてしまって……」
「そっか! マレイちゃんって、あまり友達いなさそうだもんねっ」
無邪気に言われ、何とも言えない気持ちになる。
確かに、友人は多い方ではなかった。人付き合いにおいて器用な質ではないことも理解している。
ただ、改めてこうもはっきり言われると、複雑な心境だ。
「でも安心して! フランが帝都を案内してあげるから!」
「私でも楽しめそうですか?」
「それはもちろん! フラン、そういうのは得意なのっ」
フランシスカは自慢げだ。
妙に自慢げで、頼んでもいないのに恩を売ろうとしてくる女——普通なら迷惑以外の何でもない。だが彼女の場合は、その愛らしい容姿ゆえに、迷惑だとは感じなかった。
容姿ひとつでこれほど感じ方が変わるのだから、面白いものである。
「分かりました。じゃあ今から用意します」
「それじゃあ、ここで待ってるねっ」
言いながら、私の自室内へドカドカと入ってくるフランシスカ。彼女は私の部屋でも、まるで自分の部屋にいるかのように振る舞っている。まさに自由奔放である。
「服は、えぇと……」
私は余所行きの服に着替えるべく、クローゼットを開ける。
しかし、そこに入っているのは、二着だけだった。一着は、ダリアから帝都へ来るときに着ていたワインレッドのワンピース。そしてもう一着は、帝国軍の制服。これは先日作ってもらったばかりの、ほぼ新品である。
休日のお出掛けとなると、どちらを着ていくべきなのか……。
考え込んでいると、フランシスカが歩み寄ってくる。
「なに迷ってるのっ?」
「あ、着ていく服を」
「そっか。どんなのがあるのっ?」
言いながらクローゼットの中を覗き、愕然とした顔をするフランシスカ。
「え……これだけ?」
彼女は、新人類を目にしたかのような表情で、こちらを見つめてきた。
クローゼットの中に二着しか入っていないのが、よほど驚きだったのだろう。
「マレイちゃんって……一体何者?」
「えっと、マレイ・チャーム・カトレアです」
「そうじゃないよっ!」
フランシスカは心なしか調子を強める。
「女の子なのに余所行きがこれだけって、どうなってるの!?」
宿屋で働く分には余所行きの服など必要ない。ちょっとおしゃれな感じなら何でも良かったのだ。だから、活動する時と寝る時は同じ服を着用していた。その方が効率的だと思うからだ。
だが、その考えは帝都では通用しないのだと、今初めて知った。
いくら観光客が多いとはいえ田舎の域を抜け出しきれないダリアと、レヴィアス帝国の中心にある帝都では、話が違うのだろう。
「二着だと、おかしいですか?」
「おかしいよ! っていうか、おかしいおかしくない以前の問題だよっ!」
そういうものなのだろうか。
「じゃあ取り敢えず、そのワインレッドの方を着て!」
「こっちですか?」
私がクローゼットの中からワインレッドのワンピースを取り出すと、彼女は一度、こくりと頷いた。
「そう。それでまずは服屋さんまで行こう。もう少し数を増やさないと!」
「でもフランさん。私、そんなにお金を持っていません」
「それならフランが買うから!」
両手を腰に当て、上半身をやや前に倒して、ぐんぐん迫ってくるフランシスカ。その瞳は真剣そのものだ。
距離が縮まると、ミルクティー色の髪から良い香りが漂ってきた。それは極力気にしないように心掛け、落ち着いて言葉を返す。
「いいですよ、そんなの。フランさんに買っていただくなんて申し訳ないです」
「じゃあ入隊祝いで!」
「駄目ですよ、そんなの。自分の服は自分で買わないと……」
すると彼女はくすっと笑みをこぼす。
「フランが買ってあげるのはね。外出着二着しか持ってないような娘と並ぶのが嫌だからだよっ」
ここまではっきり言われると、少々落ち込みそうになる。
しかしフランシスカのことだ、悪気はないのだろう。純粋に思ったことを言っているだけに違いない。
「楽しみだねっ。マレイちゃん」
「は、はい……」
「何それっ。楽しみじゃなさそう!」
「ごめんなさい」
「もしかして、本当に楽しみじゃないのっ!?」
私がこんなことを言うのも何だが。
フランシスカ——彼女は結構、面倒臭そうな感じがした。トリスタンと接する時の様子といい、今のずけずけ言ってくるノリといい、いろんな意味でややこしそうだ。
ゼーレには狙われる。隊の仲間は面倒臭い。そして、強くならなければならない。そう考えると、帝国軍での暮らしも楽なものではなさそうだ。むしろ、アニタの宿屋で働き続ける方が楽だったかも、と思ってしまったくらいである。
けれど、私はこのくらいでは挫けない。
嫌なことがあっても、辛いことがあっても、これは私の選んだ道だ。
だから大丈夫。
きっと進んでゆける。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる