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episode.31 復讐心
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食堂を出て、来た道を戻る。目指すは、先ほどグレイブを見かけた地下へ続く階段。
「……ここね」
階段へたどり着く。
地下へと続く階段は、結構な段数がありそうだ。階段の下は暗くて見えず、ただ、不気味な雰囲気に包まれている。
闇へ踏み込むのは怖い。
やはりまだ、あの夜のことを思い出してしまう。
——でも。
「しっかりして! 私!」
ビクビクしていては駄目だ。
過去はもう過ぎたもの。いつまでも怯えていては、何も変わらない。いや、変えられない。
私がいるのは過去ではない、現在だ。
「……よし」
一度頷き、小さく呟いて、私は足を進めた。
地下は暗闇だった。
二人分ほどの幅しかない細い通路の脇には、ところどころ、蝋燭の明かりが灯されている。しかし、十分な明るさにはなっていない。十分どころか、「ほとんど何も見えない」に近しい。
こうも暗くては、視力はほとんど役にたたない。だから私は、耳をすましながら歩いた。人がいるなら音が聞こえるはず、と思ったからである。
耳をすましながら、しばらく歩いた時だった。
またしても大きな音。そして、地響きのような微かな揺れが私の身を襲った。
私は音がした方へと、足を速める。
「……グレイブ、さん?」
そこに立っていたのは、艶のある黒い長髪が印象的なグレイブだった。暗闇の中ですら、彼女の容姿は輝いている。
長槍を持った彼女は、ほんの一瞬、視線をこちらへ向けた。身構えてしまうくらい、鋭い視線を。
「マレイか」
彼女の放つただならぬ雰囲気に、恐怖を覚え、私は一歩後ずさる。
「は、はい……」
「何をしに来た」
「あ、えっと……音がしたので。何だろうと思って来ました」
すると彼女は低い声で命令してくる。
「すぐにここから去れ」
どうやら私はこの場にいてはいけないようだ。化け物がいるわけでもないのになぜだろう、と思っていたら、彼女の向こう側にゼーレの姿が見えた。
そして、グレイブの槍の先が彼に向いていることに気がつく。
「グレイブさん! 待って下さい!」
私は思わず声を出していた。
「何を……なさるおつもりですか?」
すると、彼女の漆黒の瞳が、こちらをジロリと睨む。
「マレイ、お前には関係のないことだ」
突き刺すような視線に、震えそうになる。けれども私は、勇気を出して、言葉を返す。
「関係なくは……ないです」
その時もまだ、グレイブは、長槍の先をゼーレへ向けていた。今にも刺しにかかりそうな、殺伐とした空気を漂わせている。
私は、何者かに導かれるかのように足を進め、グレイブとゼーレの間へ入る。
その時、ここへ来て初めて、ゼーレの姿をまともに見た。
彼の、血にまみれた姿を。
「……ゼーレ」
思わず、彼の名が滑り出ていた。
彼は敵。私から大切な人を、すべてを奪った、憎き者。
けれども私は、血に濡れた彼を見て、嬉しいとは思えなかった。その憐れな姿には、むしろ切なささえ覚える。
「何です、その目は」
複雑な心情になりながら見つめていると、ゼーレは不快そうに言ってきた。不愉快極まりない、といった風な低い声だ。
「そんな憐れむような目で見ないで下さい。不愉快です」
そこへ入ってくるグレイブの声。
「分かっただろう、マレイ。そいつはそういう、心無い奴だ」
ゼーレとの間には私がいる。にもかかわらず、彼女は槍を下ろしはしなかった。
「さぁマレイ、そこを退いてくれ」
「でも、彼、怪我を……」
「怪我など構わん。退けと言っているんだ」
険しい表情をしたグレイブの顔と、鎖に繋がれた血濡れゼーレを、私は交互に見る。どうすればいいか必死に考えてみるが、答えはなかなか出ない。
「その男の味方をするのか! マレイ!」
「ち、違います。でも、こんなのは良くないと思います」
私の言葉を聞いたグレイブは、さらに怒りを露わにする。
「良い悪いの問題ではない!」
彼女の口から発される言葉。それは、彼女が握る長槍の先端のように鋭利だ。
「この憎しみの感情は復讐無しでは晴れない」
グレイブはついに、長槍を片手に歩み寄ってきた。私もろともゼーレを攻撃する気だろうか。
「もっとも、化け物に奪われたことのない人間には分からないのだろうがな!」
叫ぶのとほぼ同時に、グレイブは長槍を振り下ろす。
鋭い光る先端が迫る——。
私は咄嗟に、腕時計をはめた右手首を前へ出した。
「いいえ、分かります!」
得体の知れない何かに突き動かされ、私はそう言い放つ。それとほぼ同時に、小さな塊となった赤い光がグレイブ目がけて飛んでいった。
赤い光の塊は槍にぶつかる。パァンと乾いた音が鳴り、槍は彼女の手からすり抜ける。
これには、さすがのグレイブも動揺を隠せていなかった。いきなりのことだったので、当然といえば当然かもしれない。
「私も化け物に奪われた人間です。だからグレイブさん。貴女の気持ち、少しは分かります」
「……何だと?」
眉をひそめ怪訝な顔をするグレイブ。
「生まれ故郷、知人、そして母親。私も化け物に、大切なものを奪われました」
グレイブの表情が、ほんの少し緩む。
「マレイ、お前もそうだったのか」
「はい」
「なるほど。それは分かった。しかし、それならなおさら、なぜそいつを庇うんだ」
彼女は「分からない」といった顔つきをしていた。
そうだろう、それが正しい反応だ。グレイブが間違っているのではない。私が変なだけである。
「傷つけ返すのは簡単です。ただ、それでは同じことを繰り返すだけになってしまいます。私たちが優先すべきことは、個人の復讐ではなく、帝国を平和にすること」
「だが、やられっぱなしでは気が済まない」
「それは分かります。けれど、復讐をしたところで、死んだ人が生き返るわけではありません」
私がそこまで言うと、グレイブは静かにまぶたを閉じる。落ち着きのある動作だ。
「……そうか。私とマレイは正反対の意見のようだな」
かかってくるかと一瞬身構えたが、さすがにそんなことはなかった。
意見は違えど帝国軍の仲間であることに変わりはない。そんな私へ攻撃を仕掛けるほどの過激さではなかったようだ。
「まぁ、今日はここまでにするか。じきに皆が起きてくるしな」
「はい。その方が良さそうですね」
グレイブは一度だけ静かに頷くと、身を返し、牢から出ていった。急に静かになった気がする。
それと入れ替わりで、トリスタンが入ってきた。
「凄いね。さすがはマレイちゃん」
「トリスタン! 見ていたの?」
驚いた。まさかトリスタンが見ていたなんて。
「うん。グレイブさんの槍を退けるなんて、驚いたよ」
トリスタンは呑気にそんなことを言っている。何やら楽しげな表情だ。
「あれは偶然……って、どうして入ってきてくれなかったの! トリスタンが来てくれれば、きっともっと早く解決したのに!」
私が文句を言うと、彼は私の体をぎゅっと抱き締めてきた。
いきなり何!? という気分だ。
「ごめんね、マレイちゃん」
「ちょ、ちょっと」
「怒ってる?」
「別に怒ってはいないけど……」
どうも、トリスタンはおかしい。彼は時折、行動が普通でない時がある。
「それなら良かった」
「でも、いきなり抱き締めるのはどうかと思うわよ……」
恐らくはそれが彼にとっての普通で、自覚はないのだろう。しかし、私からしてみれば不思議でならないのだ。
「……ここね」
階段へたどり着く。
地下へと続く階段は、結構な段数がありそうだ。階段の下は暗くて見えず、ただ、不気味な雰囲気に包まれている。
闇へ踏み込むのは怖い。
やはりまだ、あの夜のことを思い出してしまう。
——でも。
「しっかりして! 私!」
ビクビクしていては駄目だ。
過去はもう過ぎたもの。いつまでも怯えていては、何も変わらない。いや、変えられない。
私がいるのは過去ではない、現在だ。
「……よし」
一度頷き、小さく呟いて、私は足を進めた。
地下は暗闇だった。
二人分ほどの幅しかない細い通路の脇には、ところどころ、蝋燭の明かりが灯されている。しかし、十分な明るさにはなっていない。十分どころか、「ほとんど何も見えない」に近しい。
こうも暗くては、視力はほとんど役にたたない。だから私は、耳をすましながら歩いた。人がいるなら音が聞こえるはず、と思ったからである。
耳をすましながら、しばらく歩いた時だった。
またしても大きな音。そして、地響きのような微かな揺れが私の身を襲った。
私は音がした方へと、足を速める。
「……グレイブ、さん?」
そこに立っていたのは、艶のある黒い長髪が印象的なグレイブだった。暗闇の中ですら、彼女の容姿は輝いている。
長槍を持った彼女は、ほんの一瞬、視線をこちらへ向けた。身構えてしまうくらい、鋭い視線を。
「マレイか」
彼女の放つただならぬ雰囲気に、恐怖を覚え、私は一歩後ずさる。
「は、はい……」
「何をしに来た」
「あ、えっと……音がしたので。何だろうと思って来ました」
すると彼女は低い声で命令してくる。
「すぐにここから去れ」
どうやら私はこの場にいてはいけないようだ。化け物がいるわけでもないのになぜだろう、と思っていたら、彼女の向こう側にゼーレの姿が見えた。
そして、グレイブの槍の先が彼に向いていることに気がつく。
「グレイブさん! 待って下さい!」
私は思わず声を出していた。
「何を……なさるおつもりですか?」
すると、彼女の漆黒の瞳が、こちらをジロリと睨む。
「マレイ、お前には関係のないことだ」
突き刺すような視線に、震えそうになる。けれども私は、勇気を出して、言葉を返す。
「関係なくは……ないです」
その時もまだ、グレイブは、長槍の先をゼーレへ向けていた。今にも刺しにかかりそうな、殺伐とした空気を漂わせている。
私は、何者かに導かれるかのように足を進め、グレイブとゼーレの間へ入る。
その時、ここへ来て初めて、ゼーレの姿をまともに見た。
彼の、血にまみれた姿を。
「……ゼーレ」
思わず、彼の名が滑り出ていた。
彼は敵。私から大切な人を、すべてを奪った、憎き者。
けれども私は、血に濡れた彼を見て、嬉しいとは思えなかった。その憐れな姿には、むしろ切なささえ覚える。
「何です、その目は」
複雑な心情になりながら見つめていると、ゼーレは不快そうに言ってきた。不愉快極まりない、といった風な低い声だ。
「そんな憐れむような目で見ないで下さい。不愉快です」
そこへ入ってくるグレイブの声。
「分かっただろう、マレイ。そいつはそういう、心無い奴だ」
ゼーレとの間には私がいる。にもかかわらず、彼女は槍を下ろしはしなかった。
「さぁマレイ、そこを退いてくれ」
「でも、彼、怪我を……」
「怪我など構わん。退けと言っているんだ」
険しい表情をしたグレイブの顔と、鎖に繋がれた血濡れゼーレを、私は交互に見る。どうすればいいか必死に考えてみるが、答えはなかなか出ない。
「その男の味方をするのか! マレイ!」
「ち、違います。でも、こんなのは良くないと思います」
私の言葉を聞いたグレイブは、さらに怒りを露わにする。
「良い悪いの問題ではない!」
彼女の口から発される言葉。それは、彼女が握る長槍の先端のように鋭利だ。
「この憎しみの感情は復讐無しでは晴れない」
グレイブはついに、長槍を片手に歩み寄ってきた。私もろともゼーレを攻撃する気だろうか。
「もっとも、化け物に奪われたことのない人間には分からないのだろうがな!」
叫ぶのとほぼ同時に、グレイブは長槍を振り下ろす。
鋭い光る先端が迫る——。
私は咄嗟に、腕時計をはめた右手首を前へ出した。
「いいえ、分かります!」
得体の知れない何かに突き動かされ、私はそう言い放つ。それとほぼ同時に、小さな塊となった赤い光がグレイブ目がけて飛んでいった。
赤い光の塊は槍にぶつかる。パァンと乾いた音が鳴り、槍は彼女の手からすり抜ける。
これには、さすがのグレイブも動揺を隠せていなかった。いきなりのことだったので、当然といえば当然かもしれない。
「私も化け物に奪われた人間です。だからグレイブさん。貴女の気持ち、少しは分かります」
「……何だと?」
眉をひそめ怪訝な顔をするグレイブ。
「生まれ故郷、知人、そして母親。私も化け物に、大切なものを奪われました」
グレイブの表情が、ほんの少し緩む。
「マレイ、お前もそうだったのか」
「はい」
「なるほど。それは分かった。しかし、それならなおさら、なぜそいつを庇うんだ」
彼女は「分からない」といった顔つきをしていた。
そうだろう、それが正しい反応だ。グレイブが間違っているのではない。私が変なだけである。
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私がそこまで言うと、グレイブは静かにまぶたを閉じる。落ち着きのある動作だ。
「……そうか。私とマレイは正反対の意見のようだな」
かかってくるかと一瞬身構えたが、さすがにそんなことはなかった。
意見は違えど帝国軍の仲間であることに変わりはない。そんな私へ攻撃を仕掛けるほどの過激さではなかったようだ。
「まぁ、今日はここまでにするか。じきに皆が起きてくるしな」
「はい。その方が良さそうですね」
グレイブは一度だけ静かに頷くと、身を返し、牢から出ていった。急に静かになった気がする。
それと入れ替わりで、トリスタンが入ってきた。
「凄いね。さすがはマレイちゃん」
「トリスタン! 見ていたの?」
驚いた。まさかトリスタンが見ていたなんて。
「うん。グレイブさんの槍を退けるなんて、驚いたよ」
トリスタンは呑気にそんなことを言っている。何やら楽しげな表情だ。
「あれは偶然……って、どうして入ってきてくれなかったの! トリスタンが来てくれれば、きっともっと早く解決したのに!」
私が文句を言うと、彼は私の体をぎゅっと抱き締めてきた。
いきなり何!? という気分だ。
「ごめんね、マレイちゃん」
「ちょ、ちょっと」
「怒ってる?」
「別に怒ってはいないけど……」
どうも、トリスタンはおかしい。彼は時折、行動が普通でない時がある。
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