暁のカトレア

四季

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episode.106 穏やかな日々に戻りたい

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 フランシスカと話をしていると、ゼーレとトリスタンがどこかから帰ってきた。二人が喧嘩せず一緒に行動しているというのは、結構珍しい光景だ。

「マレイちゃん!」
「……カトレア」

 トリスタンとゼーレは、ほぼ同時に私の名前を述べる。

 まるで練習していたかのような揃いようである。これを練習なしでやったのだとしたら、かなり凄いと思う。もういっそ双子にでもなってしまえば、という感じだ。

「聞いたよ! マレイちゃんが、ボスを殺害場所まで引き寄せるための囮になるんだって!?」

 早速言ってきたのはトリスタン。表情を見た感じ、彼も、今さっき知ったところのようだ。ということはやはり……このことを前以て聞いていたのは、ゼーレだけだったようだ。

「マレイちゃん、本当に引き受けたの!?」

 トリスタンはかなり狼狽えている。

「危険すぎるよ!」
「分かっているわ、トリスタン。でも私はやるの。そう決めたのよ」

 一応説明をしてはみたものの、今の彼は、到底話を聞いてくれそうな状態ではなかった。多分、今はいくら丁寧に話したとしても、右から左へ通り抜けておしまいだろう。だから、それ以上説明するのは止めることにした。

「とにかく、私はできる限りのことをするわ。決めたことだから」

 私はそれだけ言って、話を変える。
 せっかくなのでゼーレに話を振ることにした。

「ところで。ゼーレ、貴方はどんな話を聞いてきたの?」

 すると、それまで無言だったゼーレが、腕組みしながら口を開く。

「私ですか? 私は……隊員を飛行艇内へ連れていく手順について、シンとかいう男から話を聞いていました」
「グレイブさんじゃなかったのね」
「当然ではありませんか……彼女は貴女の担当だったでしょう」

 言われてみればそうだ、と思った。

 私に説明をしてくれていたグレイブが、ほぼ同時にゼーレにも話をしていた可能性なんてゼロだ。そんな簡単なことも見落として言葉を発してしまったことに、私は内心、恥ずかしさを覚えた。

「確かにそうね。……それで? ゼーレの方も問題はなさそう?」
「えぇ。特別問題はありません。襲撃中は隠れておき、後から隊員らを飛行艇内部へと送る。それだけですから」

 ゼーレは、淡々とした調子で自分の役割について話していた。彼はさすがだ、結構しっかりと分かっている。

「ただ問題なのは……向こうが来るのがいつなのかが分からない、というところです。それがはっきりすればより分かりやすくなるのですが」
「いつ来ても良いように準備しておいて、と言われたわ」

 私はしばらく、指定の部屋に二人の隊員と共にいておかなくてはならない。特に夜間は、絶対にそこから離れてはならないそうだ。ボスに連れ去ってもらい逃すわけにはいかないからである。

「……はぁ。滅茶苦茶ですねぇ。ということは……カトレアは今晩からその部屋へ?」
「そうみたい」

 ゼーレに対して話をしていると、フランシスカがすかさず挟んでくる。

「えぇっ!? 何それ! フラン聞いてないっ!」

 そういえばそうだった。先ほどフランシスカと話した時には、このことは言わなかった。

 もちろん、隠そうとしていたわけではない。意図的に言わなかったのではないのだ。単に、そういう話の展開になっていかなかったから、というだけのことである。

「マレイちゃんったら、どうしてフランには言ってくれなかったの!? もっと早く言ってくれたら、その一緒にいておく隊員の枠、フランが貰ったのにっ!」

 そんなこと言われても……。

 私が決めたわけではないので、私に言われてもどうしようもない。そういった類の相談は、グレイブ辺りにすべきだと思うのだが。

「それで、来る敵みんな、ぶっ潰したのに!」

 フランシスカは頬を丸く膨らませつつ漏らす。愛らしい顔に浮かぶ表情からは、沸々と湧く不満が感じられる。

「いやいや。それじゃ意味ないよね」

 敵をぶっ潰す、などという勇ましい発言をしたフランシスカへ突っ込みを入れたのは、トリスタン。急に話に参加してきた。

「えっ、何? フラン、おかしかったかなっ」
「うん。おかしかったよ」
「えー? どこが?」
「いろんなところ。でも特に、敵をぶっ潰すなんて言っているところ」

 トリスタンはらしくない無表情な顔で、フランシスカのおかしな点を厳しく指摘する。

 アザラシ型化け物との戦いによって多少は友情が芽生えたかと思ったが、案外そんなこともなかったようだ。トリスタンのフランシスカに対する態度は、さほど良くなっていない。ほんの少し長文を話すようになったかな? というくらいのものである。

「どうして? 敵を倒すのは普通だよっ」
「いや、今回だけは倒しちゃ駄目だから。抵抗しつつも負けてマレイちゃんを奪われてしまう、っていうシナリオがあるから」
「あー……そっか」

 フランシスカは意外にも納得している。

 そんな説明だけでいいのか、という突っ込みを入れたくなるが、それはぐっとこらえた。
 今は呑気に突っ込んでいるような時ではないからだ。


 その後、私は予定通り、襲撃を待つ部屋へと移動した。
 そしてそこで、護っていると見せかける役の隊員二人と顔を合わせる。

 一人は男性、もう一人は女性。どちらも見たことのない隊員だ。しかし結構気さくな人たちだったため、ほぼ初対面の私に対しても躊躇うことなく話しかけてくれた。それが私にどれだけ勇気をくれたかということは、もはや言うまでもない。

 しかし、私の心は重いままだった。

 いつ起こるか分からない、もしかしたら数日後かもしれない——そんな襲撃を待つのだから、胃が痛む。私としては、なるべく早い方がいい。そうすれば、何もかもが早く終わるから。

 少しでも早く作戦を終えて、穏やかな日々に戻りたい。
 今私の胸にある思いは、ただそれだけだった。
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