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3話「温かな空気の中で生きてゆく」

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「でも……良かったのですか? 貴女、くびになったって……」
「構いません、元よりいずれ辞めるつもりでしたから」
「辞める? そうだったのですか?」
「ええ。……貴女がドーテス様と婚約なさるまでは私がエルベ様に虐められていたのです。貴女は救世主でした。あの女の虐めから……解放してくださったから」

 失礼なことを申し訳ありません、彼女はそう言って目を伏せた。

 彼女にそんな事情があったなんて知らなかった。

「あ、あの!」

 でもそういうことなら。
 彼女もあそこから出られて良かったのかもしれない。

「……何でしょうか?」
「よければ、うちへ来ませんか!?」
「え……し、しかし」
「実はうちの使用人が最近辞めたばかりで。経験者なら心強いですよ!」

 こうして私は実家で彼女を雇うことにした。

「あの、お名前は?」
「私の名は……モーリレと申します」


 ◆


 あれから十年、私は古本買取の仕事をしている男性と結婚したが、今も実家にいる。

 夫がそれを望んだのだ。
 自分は親と関係を切っていて良質な住めるところを用意できないから、と。

 だから今は、生まれ育ったこの家にて、私の両親と夫とモーリレを含む数名の使用人とで暮らしている。

「お茶をどうぞ」
「ありがとう、モーリレ」
「以前好きだと仰っていた種類のハーブティーにしてみました」
「あ! これ! 好きなの、ありがとう」

 私はこれからも温かな空間の中で生きてゆくだろう。

 ちなみに、ドーテスは、あの後しばらくしてちょっとした好奇心から街中で痴漢行為を働いてしまい治安維持組織に拘束され牢に入らなくてはならないこととなったそうだ。その後大金を払ったことで彼は何とか牢から出してもらえることになったものの。ちょうどその頃婚約者ができていたエルベは、痴漢の妹ということで婚約の破棄を告げられ、愛する人に切り捨てられたことに絶望して自害したそうだ。


◆終わり◆
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