平凡女子高生、美少女に転生する。〜夜会で出会った彼は、蜘蛛好き〜

四季

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9話「好きな分野については喋る」

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 私はさほど興味がなかったのだが、結局、かなりの時間パトリーの蜘蛛話に付き合わされてしまうことになった。

「糸いぼの動きには、つい見惚れてしまう。この子たちは、網は張らないが巣は作る種なのだがな、巣を作る時の動きが本当に可愛い。腹部をこう、左右に動かしながら巣を作っているところを見ていると、熱心さが伝わってきて本当に心癒やされる」

 話が長い。
 終わりそうにない。

 まだ室内にいるボクは、パトリーが楽しそうに蜘蛛話をしている姿を、嬉しそうに眺めている。できれば制止してほしいのだが、制止してくれそうな雰囲気は微塵も感じられなかった。もしかしたら、面倒臭がりの息子がたくさん喋っているのを見て、安心しているのかもしれない。

「ちなみにこの子は、死んだ虫も食べる。世では生きている虫しか食べないと言われているが、この子は、なぜか死んだ物も食べられる」
「へぇ。個体差があるのかもしれないですね」

 若干飽きてきたが、無視するというのも申し訳ないので、一応言葉を返しておく。
 すると、パトリーは少し嬉しそうな顔をしていた。
 いつもは硬い表情が浮かんでいる彼の顔面に柔らかな色が差した時、私は不覚にもドキッとしてしまった。凛々しい顔立ちと穏やかな表情という組み合わせが、妙に魅力的だったからである。

「だが、死んでいる虫より気絶状態の虫の方が食いつきが良いことは確かだ。以前、飛んでいたのを払い落として気絶させた虫を入れた時などは、一瞬で飛びついていた。死んだ虫を入れた時とは反応が違っていて驚いたな、あの時は」

 とはいえ、話はやはり蜘蛛。

 蜘蛛が好きなのだ、彼は。


 その日の晩。
 夕食もとうに済み、客室で一人眠る準備をしていると、誰かがノックしてきた。

 侍女か誰かが用事で来たのかな? くらいにしか考えていなかった私は、寝巻きのまま扉を開けてしまう。

 そこに立っているのがパトリーだなんて、少しも思わずに。

「夜分にすまない」

 パトリーの第一声。
 さりげなく礼儀正しかった。

「あ、パトリーさん……」
「パトリーでいい」
「えっ。無理ですよ、そんなの」

 いきなり名前を呼び捨てしろと言われても、そんなことはできない。
 現代日本で暮らしていた頃の友達にだって、必ずと言っていいほど「さん」か「ちゃん」か「くん」は付けていた。あだ名で呼ぶことはあれど、呼び捨てになんてしたことはない。

「パトリーと呼べ」
「どうして強制するんですか!」
「私が、そう呼ばれることを望んでいるからだ」
「えっ……」

 望んでいる、という言い方に違和感を覚えた。

「それは……どういう意味ですか」
「私は面倒なことが嫌いだ。とにかく、パトリーと呼べ」

 会話が成り立たない。

「わ、分かりましたよ! 分かりましたから!」
「そうか。なら助かる」

 もはや違和感しかない。

 何か、色々とおかしい。
 だがそれは置いておき、自分がまず知りたいところについて質問をしてみることにした。

「……で。呼ばれることを望んでいる、というのは、どういう意味ですか」

 問いを放った瞬間、パトリーの表情が硬くなる。

「勘違いするな」

 いや、変わったのは表情だけじゃない。声も低く変化した。

「私は何も、意外と善い人だと貴女に好感を抱いているわけではない」

 何その具体的な例。
 少し分かりやすすぎやしないだろうか。

「ガツガツこないところも良い、だとか、よく見ると美しい、だとか、そういったことを思っているわけでもない」

 それはつまり、今挙げたようなことを思っている、と解釈して問題ないのだろうか。

「ただ、パトリーと呼んでほしいだけだ」
「……分かりました」

 聞きたいことは色々あるが、いきなり大量の問いを投げかけるというのも少々浅ましいかもしれないと思い、聞かないでおいた。
 もう二度と会わないというわけではないだろうから、すべての疑問点を慌てて今ここで問うこともない。後から、時間がある時に聞いても、問題ないだろう。

「では、パトリーと呼ばせていただきますね」
「あぁ。それで頼む」

 数秒空けて。

「では、私は帰る」

 思わず「え?」と言いそうになってしまった。
 何か話したいことがあって来たのだろう、と想像していたから、あっさり帰ろうとしているのが驚きだったのだ。

「用事があったわけではなかったのですか?」
「もちろん、用事はあった。だが、もう済んだ」
「え?」
「気にするな。呼び方のことを言おうと思い、訪ねただけだ。おやすみ」

 あっさりとした調子でそう言って、パトリーは扉の前から去ってゆく。
 偶然すれ違った侍女に軽く会釈していたのは好印象。
 だが、わざわざ訪ねてきておきながらあっという間に去ってゆくというまさかの展開に、私はしばらく呆然とすることしかできなかった。
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